一章 後編

「…付喪神の類だな。」

診療所に帰り、少女を布団に寝かせるなり紀辺はそう呟いた。

「なにが『付喪神の類だな…』ですか!また厄介事に首つっこんでるんじゃないでしょうね!?」

少女を連れた紀辺の帰還にギョッとした爽生がプンプンと怒りながら少女の様子を記録していく。

爽生は雇われで診療所にいる身。ちゃんと仕事があるのだ。

「悪い悪い。ちょっと錯乱しててよ。今のままだとこいつは長くもたねえからな。連れてきちまった。」

「そういうのをいーちゃんがいるここに連れ込んでいいんですか!?」

錯乱という言葉を聞いた爽生は真っ青になる。

「だーから引っ込ませただろ!」

「よく、わからないが…言い争いはやめろ。」

2人の剣幕に驚いた伊桜が、隣の書庫から顔を出した。そして暫し少女を見つめたあとむすっとした顔でピシャッと障子を閉めた。なにやら気に触ったらしい。

「うーん、伊桜が嫌がる程の瘴気ってことか?」

伊桜の珍しい態度にむ?と眉を寄せた紀辺だったが気を取り直して少女に向きあった。

「爽生、どう思う?」

「15.6位の…うーん…女の子?お人形?」

「まあそんな所だろうな。付喪神、というよりはなり損ない、か。どうも安定してないみたいだ。これじゃあ瘴気の塊だな。体の材質は真綿か?」

紀辺が体のあちこちをいじっていると、少女の体のちょうど胸のあたり(必要がないからだろうか、ふくらみはほぼない)に固いなにかがあることに気が付いた。

「ん…?なんだこりゃあ。」

「どうかしたんですか?」

紀辺の触診を見ていた爽生が肩越しにずいっと少女を覗き込む。

それをちらっと見た紀辺は考えるそぶりを見せ、診療所の片隅を指さした。

「爽生、裁縫箱から鋏とってくれ。」

「え、何する気ですか…。」

不審に思った爽生だが言われるまま部屋の片隅にあった裁縫箱を丸ごと紀辺の横に置く。そしてその中かから鋏を取り出して、手を出している紀辺に渡した。

「おう、ありがとうな。ついでに針に糸通してくれ。いつものやつじゃなくて白の布用糸で頼む。」

一つ要件を済ませるとすぐに次の要件を言ってくるのは紀辺の悪い癖だ。ハイハイ、爽生はもう慣れたようで裁縫箱の中にある糸を短めの、紀辺が気に入っているいつもの針に通し始めた。普段はここに洋風街から買ってきた「テグス」と呼ばれるものや、医療用の糸、または紀辺自身の妖力を込めたジョロウグモの細い糸を通すのだが、今回は違うらしい。

「うーん?あかねえなあ。」

ジョキジョキという小気味のいい音を立てて紀辺が何かを切った後、首を傾げ始めた。

「糸通しておきましたよ…なにしてるんですか!!?」

爽生がぎょっとしたのも無理はない。紀辺は先ほどの人形少女の胸の部分を切り裂いたのだ。

どうやら紀辺の診たとおり、中の材質は綿だったらしい。床のそこかしこに真白のふわふわしたものが飛び散っている。そして少女に無体を働いた本人はあっけらかんとして、

「お、開いた開いた。げ、さびてやがる。」

などと言いながら少女の体をいじくりまわしている。もうはたから見たら変質者のそれである。

「きいちゃん!!女の子を傷物にするのは何回目ですか!!?」

「触診だっつってんだろうが!!ほら見ろ、これがこいつの本体だ。」

そういって紀辺が手をどけると、少女の体内にあった機械がキュルキュルと小さな音を立てて回り始めた。

「…何ですかこれ…?機械…?」

「正確に言うと機関、だな。おまえらの世界でいうモーターだ。」

「モーター?」

首をかしげる爽生に紀辺は「あー、」と頭を搔いて悩んだ末に

「多分こいつにとっては動くための心臓みたいなもんだ。」

と言って、針山以外の裁縫道具を箱にしまい片付けると、その横から今度は工具がたくさん入った箱を取り出した。

「なんとまぁ、お嬢ちゃんは機械人形だったってわけだ。ちょっくら出かけてくる。留守を頼むぜ。」

そう言うが早いか紀辺は工具箱といつもしょっている箱二つと先ほどまで触っていた少女を担いで診療所を出ていった。



しばらくして…。

「大黒柱が帰ったぜー。」

のんきな声を出して帰ってきた紀辺の腕にはまるで手負いの子猫のような風体の人形少女が担がれていた。しかし先ほどとはどうも違うようだ。

「離せ!!俺をどうしようってんだバケモノ!!」

「あら、おかえりなさい。見違えるように元気になりましたねえ。」

二コリと笑った爽生の顔にはもう紀辺の急な帰還にも少女の様子にも驚かないぞという決意が見える。

「おう、軽めの貧血みたいなもんだったからな。飯食わせたら治った。」

「ごはんですか?」

「電気不足とモーターの錆びだったよ。」

すると紀辺の腕に抱えられて暴れている少女が「おい!!」とひときわ大きな声を上げた。

「元気になったとたんこれだ…なんだいお嬢ちゃん。」

「…俺はお前らみたいなやつらと一緒ってことか。」

少女の小さな問いに紀辺と爽生は顔を見合わせた。

自分の出自を知らない妖か、と頭を抱えた紀辺は少女を下ろして目線を彼女に合わせると真面目な顔をして

「そうだ。お嬢ちゃん、お前さんは俺らと同じ妖怪なんだ。」

少女の手を取り告げるのだった。

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