魔都マクサス

 魔都マクサス。

 その名の通り世界の魔術の中心地。現在の魔術体系を築き上げた初代大魔導師が、この地に学院を作ったことから、世界中の魔術を志す人々が集まり作った都市。その影響力は世界中に及び、この地を有するニステ王国から自治権をえている独立都市だった。

 そんなマクサスが一年で一番活気づくのが春。今年も、魔術学校への入学を控えた若者が、世界各地から集まっていた。

 その中に、ニステの外れにある村から出てきたばかりの少女がいた。今年13となる少女は、なれない人混みに苦戦しながら、賑わう大通りを行ったり来たりしている。店に入り、出てくる度に手荷物が増えていくその様子は、傍目にも大変そうだったが、その明るい茶の瞳は楽しげに輝いていた。

 彼女の名はティア。今年の魔術学校の新入生のひとりだった。今は、入学の為の用品を揃える買い出しの最中だった。

「あとは……教科書類、かな」

 必要な物を書き出したメモに目を落として確認しながら、大通りに出る。その両手にいくつもの紙袋を提げているティアは、それらの荷物を見て、少し考え込む。

 教科書なんて、重いものを買う前に、下宿に戻って荷物を置いてきた方がいいかもしれない。しかし、買ってから帰った方が、効率はいい。

 どちらにすべきか、考えて歩いていると、不意に裏路地から誰かが飛び出してきた。

 あ、と思ったときには、止まれなかった。飛び出てきた人も、同様で、次の瞬間、正面から思いっきりぶつかる。しかも、ティアの両手には大量の荷物。ぶつかった反動でバランスを崩したティアは思いっきり尻餅をついた。

「……ったぁ」

「申し訳ありません!」

 慌てた相手の声に、ティアは顔を上げる。前に現れたのは、魔導師の制服を着た二十代半ばくらいの若い女性だった。その襟に付けられた紋章の色を見て、ティアは軽く目を見張る。それは、純白の第一級(ファースト)に続く、青の紋章ーー第二級(セカンド)の紋章だ。

「……お怪我はありませんか?」

 心配そうにそう問われて、ティアははっと我に返る。

「だ、大丈夫です。私も考え事してて……」

 そう答えたティアは、女性の差し出した手を借りて立ち上がる。すると、急ににっこりと女性が笑った。

「捕まえましたよ、ラルア様」

 がしりっ、とティアの手を掴んだ女性は、勝ち誇ったような笑みを浮かべて言う。

「へ?」

「とぼけても無駄です! カツラを被って変装したところで、私の目は誤魔化せません」

「カ、カツラ……?」

 唖然と問い返すものの、その女性は、ティアを誰かに間違えているらしく、気付かない。

「ほら、ご公務が山のように残っているんです! 屋敷に戻りますよ」

 そう言って、引っ張って行こうとする女性に、ティアは焦って叫ぶ。

「ちょっ、ちょっと、人違いです!」

「人違いなものですか、同じ顔をした人がそう簡単にいるわけ無いでしょう! ほら、カツラを取ってみれば……って」

 ティアの長い髪をつかんだ女性は、軽く引っ張って、はたと動きを止めた。

「……あれ? カツラ、じゃない……?」

 唖然として、首を傾げて女性はしばし考え込む。その間、数秒。固まっていた女性は、次の瞬間、慌てて手を離した。

「あ、わ、す、すみません! 私ったら、なんて失礼なことをっ」

「……いえ」

 あんまり慌てる女性に、ティアは怒る気も失せて、寧ろ、気の毒になってしまったくらいである。取り敢えず落とした荷物を拾い、だめになった物がないか確認する。その荷物を見た女性は、あ、と小さな声を上げた。

「もしかして、学校の新入生ですか?」

「そうですけど……」

 どうしてそんなことを聞くのかと首をかしげたティアに、その女性はにっこりとほほ笑んでいった。

「それならぜひ、そこの喫茶店でお茶でもどうですか?」

「え? でも……」

「この後ご用でも?」

「いいえ、そういうわけでは」

「なら、お詫びもかねてお話を聞かせていただけませんか? 私、こういう者なんです」

 訝しげなティアに、その女性は一枚の名刺を差し出した。思わず受け取ったティアは、その肩書きを見て目を見張った。

ーー魔術学校 特別講師 兼 選定委員

「是非、新入生の様子も知りたいのです。毎年様々な方が入学されますからね」

 女性はにっこりと笑ってティアに言った。

 そうして、 女性に誘われるがまま、お茶をする事になってしまったティアは、それまでとは打って変わって、緊張に強ばっていた。それも当然だといえる。

 女性から渡された名刺には“選定委員”とあった。魔術学校の選定委員とは、魔術師や魔導師の等級認定や剥奪の権利を持つ人々のことで、その権限は大魔導師の代行という形で行使される。つまり、まだ学校にすら入っていないティアから見れば、大魔導師ともじかに連絡をとることが出来るすごい人だ。

「お待たせしました」

 ティアの心情を知ってか知らずか、女性ーーナオは穏やかな笑みを浮かべてティアの前の席に座った。

「お荷物はお部屋の方に届けるように手配しておきましたから、ご安心ください」

「え?」

 そういえば、先ほどまであった大量の荷物が消えている。ナオの言葉を理解したティアは恐縮するしかない。

「す、すみません! そんなことまでしていただいて……」

「いいえ、強引に誘ってしまいましたし、そのお礼も兼ねてですから」

 ティアの様子に、ナオは苦笑して言った。そんなナオに、ティアは改めて頭を下げた。

「ありがとうございます」

「いいえ」

 にっこり笑ったナオに、顔を上げたティアも笑顔を返す。そして、ふと、ナオのローブに付く紋章を見て言った。

「ナオさんは、セカンドなんですね」

「ええ。去年、上がったばかりですが」

 何でもないことのように言うナオを、ティアは改めて見てる。

「凄いですね」

「そうですか?」

「そうですよ。私、セカンドになるまで何十年も掛かるって聞いてたので、もっと、おじさんばかりだと思ってました」

 ティアの素直な意見に、ナオは笑いをこぼす。

「確かに、年輩の方が多いですからね。たぶん、私が一番年下です。ただ、私の場合、幼い頃から訓練を受けてきたのでティアさんぐらいの歳には魔導師になってましたから」

「え?」

「私、五家の出身なんです」

 そういわれて、改めてもらった名刺にあった名前を思い出して、あ、と声を上げた。

 “ナオ・フリーゼ”

 フリーゼ家は、五大魔導家の一つ。五大魔導家とは、初代以外の歴代大魔導師を輩出している五つの魔導家で、この魔導師という地位を築き上げた初代大魔導師がもっとも信頼した五人の魔導師たちを祖とする家だ。一般的には五家と呼ばれ、力が強い者が多く、大魔導師を頂点とする魔導師協会の上層部はほとんどが五家の者だという。しかも、五家に生まれた者は、幼い頃から英才教育を受けるため、出世が早い。逆に言えば、一般から学校に通い魔導師になる者は、五家の人間に比べると、一部の本当に強い力を持つ者でなければ、上級魔導師になれないというのが一般常識だった。

「私は学校には通ってないんです」

 不意にナオは言う。

「だから、選定委員となってもなかなか、実情を把握できなくて。こうして時々、生徒の意見を聞いたりするんです」

「そうなんですか……。でも、私、まだ入学もしてませんけど」

 そう、ティアが首を傾げると、ナオはおかしそうに笑って言う。

「あら、入学前の意見を聞くのも、とても参考になるんです。取りあえず、入学を間近にしたティアさんの気持ちをお聞かせいただけませんか?」

 そういわれても、ティアにはあまりぴんとこない。考え込んでしまったティアに、ナオはさらに言った。

「それじゃあ、ティアさんの出身はどちらなんですか?」

「ムリアです」

 ティアが答えると、ナオは少し間をおいてから、感心したように言う。

「……随分遠くからいらしたんですね。ご両親は心配されたでしょう?」

「いえ……、両親は小さい頃に亡くなったので」

 答えたティアに、ナオはしまったというように目を見張った。

「あ、……申し訳ありません」

 申し訳なさそうに頭を下げたナオに、ティアは笑って首を振った。

「気にしないでください、私も覚えてないくらい昔のことですから。それに育ててくれた叔父には、ちゃんと魔導師になってこいと送り出されましたし」

 そんなティアの言葉に、ナオも微笑んで言う。

「まぁ、良い叔父様なんですね」

「はい。だから、絶対に魔導師になりたいんです」

 嬉しそうに頷いたティアに、ナオはもう一度微笑むと言った。

「いいですね」

「え?」

「何かを目指せるというのは良いことです」

 ナオの言葉に違和感を感じ、ティアは首を傾げる。そんなティアに気づいたナオは苦笑した。

「すみません。変な意味はないんです。ただ、私達五家に属する者は、少なからず家に将来を縛られます。勿論、魔術に関わらず生きる者もいますが、我々の多くは、生まれ持った力に将来を左右されるんです」

 少し寂しげなナオの言葉に、ティアはふと思う。

「……ナオさんは、魔導師になりたくなかったのですか?」

「いえ、私は自分でこの道を選びました。……まぁ、初めから用意されていたものでもありますが」

 そう言ったナオは、ティアに優しい眼差しを向ける。

「私には、違う道を選ぶ自由もありました。しかし、より強い力を持つ方々はそうではないのです。家というよりも、その力によって道が限られてしまう」

 そう言うナオの瞳は悲しげな光を浮かべていて、ティアには返す言葉が見つからない。

「……すみません。つまらない話をしましたね。ティアさんの話を聞くはずだったのに」

「いえ……」

 ナオは優しく笑ったが、ティアにはどこか憂いがあるように思えて、なんと応えて良いのか分からなかった。そんなティアに、ナオは聞いた。

「因みに、ティアさんは何故魔導師になりたいのですか?」

「それは……」

 ナオの問いにティアは少し考える。

「……守りたいモノがあるんです。そのためには、まず知りたい。魔導師になって、いろんな事を知りたい」

 答えたティアの瞳に揺るがない決意が見え、ナオは軽く目を見張った。もちろん、13の少女が故郷を離れ、学校に入学するのだ。生半可な決意ではないだろう。しかし、その瞳に、ナオは既視感を覚えて驚いていた。


ーー似てる。見かけだけでなく、その心さえも彼女に似ている。


 しかし、ナオはその想いを言葉にはせず、ただ優しく笑いかけた。

「……それは、とても大切なモノなのですね」

「はい」

「その想いを忘れずにいてください。そうすれば、貴女は必ず魔導師になれるでしょう」

「え?」

 思わぬ言葉に、ティアは目を見張ってナオを見返した。

「魔術とは、根本的には思いの力。思いが強ければ強いほど、叶う可能性も高くなる。そういうモノなんです」

 笑顔で告げたナオは、不意に時計を見ていった。

「そろそろ、日が暮れますね」

「あっ……」

 その言葉で、ティアは買い出しの最中だったことを思い出す。

「お時間とらせてしまい、申し訳ありませんでした。私、そろそろ公務に戻りますね」

「こちらこそ、貴重なお話を聞けて良かったです。ありがとうございました」

 それこそ、学校に入学してもいなティアにとっては、ナオはあこがれの存在だ。そんな人と話せたのだから、ティアにとっては幸運だったのだ。

「いえ、私こそ、お話しできてよかった。もし、何かお困りのことがありましたら、ご連絡くださいね」

 そう言ってナオは席を立つ。あわせて立ち上がったティアと共に店を出ると、ナオは軽く頭を下げて雑踏に消えていった。

 その背を見送ったティアは、夕焼け空にはっと我に返る。今日、教科書を買って帰らないと、学校に間に合わないのだ。慌てて書店を目指して駆け出した。その背を、喫茶店の屋根から黒猫がじっと見つめていた。





 夜更けの屋敷に黒いローブを頭まで被った人影がそっと近づく。あたりを伺いながら、その影は屋敷の扉に手をかけ、静かに屋敷の中へと滑り込んだ。そして、さらに慎重に扉を閉める。

「お帰りなさいませ、ラルア様」

 突然背後からかけられたら声に、影はピタリと動きを止めた。そして、ゆっくりと振り返る。

「ナオ……」

 そこにいたのは、若い女性。その胸元には、セカンドの青の紋章がある。昼間、ティアと話していた女性ーーナオだった。険しい顔をしたナオを見て、影は観念したようにフードを外した。

 現れたのは茶色い瞳と髪の少女。肩までに揃えられた髪の長さを別にすれば、その容姿は、ティアとうり二つ。ただ、その雰囲気は全く違った。少女は、鋭さを含んだ冷めた瞳をナオに向けた。

「……ただいま」

「どちらへ行かれていたのですか?」

「別にいいでしょ。私だって一人になりたいときもあるの」

 そんな少女の答えに、ナオは息を吐いた。

「承知しております。しかし、それならそうと一言お伝えください。皆、心配しております」

「だって、言ったら、許してくれないでしょう」

「ご要望があれば、公務も調節いたします」

 ナオの答えに、少女は目を伏せ、

溜め息を吐いた。

「……私は、気軽に出掛けることも出来ないのね」

 呟く少女に、ナオは真剣な表情で言う。

「それだけの身分であることをご承知ください。大魔導師様に何かあってからでは遅いのです」

「大魔導師様、ね」

 自嘲気味に繰り返し呟いた少女は、乾いた笑みを浮かべた。

 初代から数えて500年以上の歴史がある魔術史上、最年少の大魔導師。そうもてはやされても、少女にとっては煩いだけのものだった。現大魔導師、ラルア・マクリル・ファクト・ディ。それが少女の名前。

 ナオはそんなラルアをずっと側で見てきた。生まれたときから、強い力があると注目され、結果、だった12歳で大魔導師にまでなった。

 そんなラルアの表情は、昼出会ったティアとは全く違う。その容姿は似ているのに、話せば話すほど、違いが露わになった。それが少し苦しくて、ティアにあんな話をしてしまったのだろう。思い返して、ナオは反省する。改めて思えば、これから魔術を学ぶ子にする話ではなかった。

「……ナオ?」

 不意に呼ばれて顔を上げると、ラルアがナオを訝しげに見ていた。

「何かあった?」

「いえ……。今日、街で今度の新入生と話をしたもので」

「ふーん」

 興味のなさそうなラルアに、ナオは苦笑する。

「その子が、とてもラルア様に似ていたので思わず間違えてしまいました。それで、お詫びにお茶を……」

 ぴたり、とラルアが動きを止めた。

「……似ていた?」

「はい。それはもう。髪の長さを除けば瓜二つでした」

 お陰でカツラだと思ってしまった、と苦笑するナオをラルアは静かに見返した。

「目は?」

「え?」

 唐突な質問に、ナオはおもわす聞き返した。しかし、ラルアは真剣な眼差しをナオに向けている。あまりの真剣さにナオは一瞬戸惑った。

「瞳の色は、同じだった?」

「……はい。ラルア様と同じ、茶色の瞳でした」

 その答えを聞いたラルアは目を伏せた。その様子は、ほっとしたかのようでもあり、落胆したかのようでもある。

「……そう」

「ラルア様……?」

 ナオは想定外のラルアの態度に首を傾げていたが、ラルアはそれ以上何も言わず、ナオの横を抜け、歩き出す。

「もう寝るわ。ご苦労様」

 部屋へと向かうラルアの言葉に返すことも出来ず、ナオは唖然とラルアの背を見送った。





 魔都マクサス。そこは世界の魔導師を纏める大魔導師が治める街。世界の魔術の中心地である。その歴史は古く、まだ世界が光と闇に分かれていた頃にまで遡る。光と闇に分かれていた魔術を統合し、現在の体系に整えたのが、かの有名な初代大魔導師。それから、彼女がマクサスに学校を設立したため、ここが魔術の中心地となった。

 その魔術学校は今日も魔導師を志す人が勉学に励み、技術を磨いていた。様々なクラスがある中で、今年入学したばかりの者が集まるクラスでは、教壇に立つ教師が魔導師の歴史を話している。基礎魔導史の授業の真っ最中だった。

「……ということで、初代大魔導師様が、もっとも頼りにされていた五人の魔導師が最初に光と闇、両方の魔術を修めたとされています。その五人を祖とするのが今の五大魔導家、所謂五家になります。この五人の名前が分かる人はいますか?」

 教師の言葉に、聴いていた生徒の一部が手を挙げる。その中から教師は一人の生徒を当てた。

「サナイ、前に来て黒板に書きなさい」

「はい」

 当てられた生徒は、眼鏡をかけたいかにも優等生そうな少年だ。少し離れた席でそれを見ていたティアは、真面目そうなその少年が少し苦手だった。隣に座っていた少女もそうなのだろう。前に出て名前を書いていく少年を見て「またアイツだ」と呟いていた。そんな隣の少女にティア苦笑で返す。そして、書き終わった少年が席に戻る。黒板に書かれた名前は。

 シアン・ディ

 ユーリ・ラスター

 イムナ・ティータ

 ララ・フリーゼ

 サーシャ・マルシェフ

それを見て、教師は黒板を指して説明を再開した。

「彼らは、今の魔導師の基礎を作った者たちです。そして、彼らの血を継ぐ、現在の五家は、魔導師協会にとって欠くことのできない存在となっています。そんな彼らの大きな役割の一つとして、大魔導師の選出があります。大魔導師は五家からの承認がなければなりません。現在の大魔導師様はディ家の方ですし、この学校の校長もラスター家の現当主です」

 と、そう教師が話したところで終業鐘が鳴る。

「時間ですので、今日はここまでにします。次回までに五家について予習しておくように」

 そう言い終えて教師が出て行くと、教室は緊張が切れたように、一斉にざわめき出す。

「……うーん」

 そんな中、眠気を振り払うようにティアは伸びをする。

「やっと終わったね」

 隣の少女もそうこぼして息を吐いた。

 学校が始まって、数日が経っていた。ティアが通う魔術学校は、魔導師を目指す者が最初に入学する学校である。基本的な知識、そして、魔術を操るための基礎技術を学ぶ場所だ。その課程を修了し、試験に合格すると『魔術士』となる。『魔導師』となるには、さらに、そこから学院に進学し、専門的な分野を収め、一定の成果を認められなければならない。早い者でも10年はかかると言われている。さらに魔導師にも階級がある。第七級から始まり、研究成果を上げ、実績を出すことで昇級していく。そんな中、大魔導師の補佐に当たる第一級魔導師になりえるのはほんの一部だ。そう考えると、先日、話した第二級魔導師であるナオなんかは、ティアにとって、物凄く遠い人だったのだ。

「ティア、今日、この後暇?」

 不意に、隣の少女――リリアが声をかけてきた。入学式当日、最初にティアに声をかけてきたのがリリアだった。学校と言っても、修了年数が制限されていない魔術学校は、入学時の年齢もバラバラである。しかし、リリアは、年が近いこともあってすぐに仲良くなったのだ。

「今日はこの授業で最後だよ」

 ティアが答えると、リリアは嬉しそうに言った。

「じゃあ、一緒に街でお茶していこうよ」

「いいね。行こう」

 そう、ティアが答えて、立ち上がる。と、その時、ちょうど後ろを通っていた人とぶつかった。

「あ、ごめんなさい」

 謝って振り向いたティアを見ていたのは、先ほどの授業で答えていた優等生風の少年。少しずれた眼鏡を直した少年は、ティアとリリアを見て言った。

「君たち、遊んでばかりいると、来週のテストで痛い目を見ることになるよ」

 思わぬ言葉に、ティアが唖然として答えずにいると、少年は少し睨むようにティアを見て「失礼」と言い残し、去って行った。

「……何あれ。そんなの言われなくてもわかってるってのに」

 少年の態度に苛立ったのか、リリアは少年の背中に向けて呟いた。

「何なんだろうね……」

 ティアもリリアに答える。あの少年――サナイは、ティアたちより少し年上のようだったが、入学式の時から、何かとティアに絡んできた。主に、敵視されるような態度だったが、ティアにはそんな態度を取られる覚えが全く無いのだ。

「あんな奴の事、気にしないで、お茶しに行こうよ」

「そうだね」

 サナイの態度に首をかしげつつ、ティアはリリアに促されるまま、街へと繰り出した。



 マクサスの街は、いたるところで魔導師や魔術士、その卵たちを見ることが出来る。魔術学校なら世界に多数存在するが、その本拠地であるマクサスは規模が違う。特に、授業が終わったこの時間は学生の姿が多い。ティア達が入った喫茶店も、店の中には魔術学校のローブを着た若者が数人いた。一口に若者とは言うものの、ティアやリリアのように10代前半の者から、20代半ばくらいの者まで、年齢には相当の幅があった。

「ここのケーキ美味しいんだよ」

 リリアが席に着くなりメニューを広げて言う。彼女は、幼いころからこの街で暮らしているらしい。ティアは、彼女から街の事を色々と教えてもらっているのだ。色々と話をしながら、ケーキを選び注文をする。

「そういえば、来週、試験あるんだよね」

 ふと思い出したようにティアが言うと、リリアはあからさまに顔をしかめた。

「もう、ティアまでそんな事言いだして。あの優等生くんに言われたこと気にしてるの?」

「そういうわけではないけど、そろそろ勉強しないとなって」

「まぁ、そうだけどね……。勉強、苦手なんだよなぁ。特に歴史」

 リリアは不満そうに言う。そんなリリアに苦笑しながら、ティアも頷いた。

「私も。どちらかというと、生物学とか構成学とかの方が好きだな」

「ティアは真面目だね。私は勉強ってだけで憂鬱。早く実技やりたいなぁ」

 そういうリリアに、ティアも頷いた。

 今年入学したばかりの彼女らは、まだまだ続くであろう座学にげんなりとしていた。通常、入学者が実際に術を使えるようになるまでは、数か月かかる。最初は、その原理やルール、制御の仕方を座学で学んでから、実技に移るのだ。入学してまだ一週間足らずの彼女たちが実技実習に入るのは、早くても1カ月後。それまでに、座学の基礎教科の試験をクリアしていかなければならない。

「……あれ、ティア?」

 不意に後ろから声を掛けられて、ティアは振り向く。そこにいたのは、少し年上の少年だった。それに気付いたティアは目を見張る。

「ラディストさん!」

「学校帰りか?」

「はい。ラディストさんも?」

「いや、ちょっと気晴らしにね。いまから研究室に戻るところ」

 そう言った少年をリリアは驚いたように見つめている。

「あ、ごめん、リリア。こちらはラディストさん。下宿のお隣さんなの」

「はじめまして、ラディスト・セルファです」

「リリア・クレモアです。……あの、そのローブ、院生の方ですか?」

 リリアがラディストのローブを示して問う。

「ああ、そうだよ」

 ラディストは答えて頷いた。院生とは、魔術学校の課程を修了し、魔術士の資格を取得後、魔導師になるために専門的な勉強をしている学生の事を言う。院生は一般の学生とはローブのデザインが違うので、ラディストのローブを見てリリアは気づいたのだろう。

「すごーい! 専攻は何なんですか?」

「俺は、歴史学だよ」

 その言葉を聞いたリリアとティアは思わず顔を見合わせた。先ほどまで話していた来週のテストが、他でもない歴史学だったからだ。妙な雰囲気の二人に、ラディストは首を傾げる。

「どうかしたのか?」

「……いえ」

 苦笑するしかないティアとリリアに、さらにラディストは疑問を深める。しかし、店の出口の方からラディストを呼ぶ声がして、気がついたラディストが振り返った。

「あ、俺はそろそろ戻らないと」

「あ、すいません。お引き留めして」

「いや、俺の方こそ邪魔してごめん。じゃ、またな」

 そう言って、ラディストは店の出口に向かった。出口ではラディストを待っていたのだろう長身の男性が見えた。その人は、この地でも珍しい銀髪の異国人のようだった。目が合ったティア達にその男性は笑顔で会釈をし、ラディストと共に店を出て行った。

「なんか、ティアのお隣の人、すごいね」

「そうなのかな?」

「うん。だって、あの若さで院生だよ? 五家ではないみたいだけど、そういう家系なのかな?」

「どうなんだろう。今度聞いてみるね」

 確かに、院生ということは、魔術士の資格を持っているはずである。確か年齢はティアの5つ上と言っていたので、若いと言えば若いだろう。

 そもそも、魔術士ならば誰でも院生になれるわけではない。一般的には、魔術士の資格を取ると、各国の役人になることが多い。魔術士であるだけで、各国では優遇されているのだ。魔導師になれるのは一握りの人だけであることを考えると、学校を卒業後そのまま就職してしまった方がいいという人もいるのだ。

「それにしても、歴史学ね……」

「うん……」

 まさか、ラディストの専攻が歴史だとはティアも知らなかった。二人は、顔を見合わせて苦笑する。

「勉強しなきゃね」

「そうだね……」

 そういいながらも、取りあえず勉強の事は置いておいて、運ばれてきたケーキに取り掛かった二人だった。


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双月の蒼 蒼蓮瑠亜 @laluare

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