第17話
情報屋ーーそれは陰謀渦巻く闇の世界。
そんな超アダルティでデンジャラスな場所に、ついに私は踏み出そうとしている。
う〜ん、いい感じいい感じ!
やっぱり新聞記者ってのはこうでなくちゃね! 危険をかいくぐってこその裏社会だよね!
こんなこと言ってると、本当に死にかねないよね! あっという間に!
緊張で変なテンションになってる私と、明らかに不機嫌なアーフィさん。少し遠くからそれを眺め、ニヤニヤしているレンティさん。まだ二十歳に満たないであろう三人組。端から見れば少し遅めの社会科見学かなにかに見えるだろう。
寂れた街並みと釣り合ってないのを自覚しつつ、うきうきしながら狭い玄関に入っていく。ぞろぞろと。
建物自体は重厚感があるわけでも特別ボロボロなわけでもない、住宅街の日陰に建つ集合住宅そのものだ。コンクリート製で四角いやつである。どのへやが情報屋なのかわからない私は、仕方なくレンティさんの背中を追いかけて歩く。アーフィさんはずっと黙り込んだままだし。
埃臭いのぼり階段に足をかける。硬い段の上で靴音が踊る。三人ともスニーカー。私たちはともかく、大人っぽいレンティさんがハイヒールやローファーを履いてないのは意外だった。
「なんか、冒険しているみたいで楽しいね」
「黙って歩け、能天気」
ひそっとアーフィさんに耳打ちするも、そっけなく返された。がびーん。予想はしていたけど。
「ほらほら、お二人さん。口喧嘩してないで早くお昼ご飯食べに行こうよ」
「徹底した食堂扱いだな・・・」
呆れるアーフィさんを尻目に、レンティさんはずんずんと上の階へと進んでいく。
高揚感に浸りすぎ、今何階にいるのか忘れかけた頃、ようやくレンティさんの足が止まる。
「エレベーター設置できないんなら、こんなに高く積み上げないでほしいよね。人口過密、怖い怖い」
ぶつくさと文句を言う割に、全然疲れた素振りを見せないレンティさん。息も絶え絶えの私たちとは大違いだ。
列車でのやり取りや喋り方から頭脳派だと思っていたけど・・・どうやらこの少女も只者ではないらしい。
でも、と私は口を開く。
「さすがに、この高さまで登ってくると、いい眺めですね」
踊り場にはガラスの嵌められていない、半ば投げやりにも思えるほど馬鹿でかい窓、というか四角い穴が空いていた。これのおかげで階段は隅から隅まで明るく照らされ、そして外の景色のありのままを私たちに叩きつけていた。妙に生暖かい外気とともに。
実際に歩いてみてわかったことだが、コラルには飾りっ気のある建物が極端に少ない。お店が集まる駅周辺はまだしも、そこから少し離れれば灰色のビルだらけになる。だが、う〜む、それでも見晴らしのいいところから全体を見渡すと、それなりにキラキラした景色になるんだなあ。青空と白銀のコンクリートが、無愛想ながらも魅了的な風景を展開している。
「あはは、情報屋と取引しに来た新聞記者の言うことじゃないねぇ」
うぅ、恥ずかしい・・・。未熟・・・。
レンティさん、めっちゃ笑ってるし。ほーんと、捉えどころのない人だぁ。
「さ、て、と。ルップラの部屋はこの奥だから。もうちょっと頑張って歩いてね、猫さん」
「・・・るっせえな、言われなくても知ってるっての」
相変わらずクスリとも笑わないまま、アーフィさんはレンティさんを押しのけるようにして廊下を歩いた。強い陽差しの中、彼女の背中はやけに小さく見えた・・・いや、実際ちっこいけど。
「うーん・・・なんかすみません、レンティさん。なんていうか、その」
「いいのいいの、リタちゃん。あの顔が見たくてからかってるわけだし」
えげつねぇ・・・。
というか、スラーさんといい編集長といい、この業界の人間はどいつもこいつも皮肉っぽいのだろうか。
ってかアーフィさんは用心棒、暗殺者として裏世界では有名だったって聞いてたんだけど? すごく愛されてるというか、正直舐められてるんじゃ?
「とはいえ、今日は本当に元気ないみたいだねえ。落ち着きがないというか、ビクビクしてるようにも見えるし。
なんかあったの? 新人いびりとか?」
レンティさんが首をかしげる。
「え、ええと。あったといえばあったんですけど。どちらかというと国報から抜け出す時に負った傷が治ってないんじゃないかと」
「ん、なに? 一悶着あったの?」
「死にかけで編集室にやって来て、大変だったんでしたよ?」
あちゃ〜、とレンティさんは頭を掻いた。
「さすがに回復早すぎでしょ猫さん。あっちゃ〜、言いすぎちゃったなあ」
「え、どういうことですか?」
「いや、ね? てっきり追っ手が来る前にリブ・タイムズに逃げ込んだと思い込んじゃってて。
ああ、嫌だなあ。ブン屋に負い目はご法度だけど、流石にからかいの度が過ぎてたよねぇ」
苦虫を噛み潰したような顔のレンティさん。
裏の世界でもなんだかんだで、人間関係って大事なんだなあ。しみじみ。
「おい、何こそこそ話してんだよ。早く来い」
離れた位置でこちらに振り返るアーフィさん。
「なんでもないさ。さあ、乗り込もうか、リタちゃん!」
「は、はいっ!」
手を握られ引っ張られるように歩く私を不審そうに睨み、腑に落ちないような様子でまた歩き出すアーフィさん。
「あのさ」
「へ?」
レンティさんはどこか虫の居所が悪いような笑みを浮かべて、私に囁いた。
「覚えてたらでいいんだけどさ、悪かった、って猫さんに伝えといてもらえる?」
「・・・新聞記者なら自分の言葉で伝えなきゃ、ですよ?」
私がにやりと笑うと、レンティさんは一瞬驚いたように目を開き、そしてつられるように笑った。
「ここがルップラ情報屋ですか」
「そだよ。しょぼいでしょ」
「・・・」
しょぼいとは言い過ぎだが、確かにあまりにも平素だ。白い扉に『ルップラ』と書かれているだけで、一見ただの居住室にしか見えない。何も知らない人が見れば、そこが新聞記者の通い詰める情報屋だとは夢にも思わないだろう。
私はごまかしようもないくらいの田舎出身なので、マンシュタインのような大都会だけでなく、コラルのような過度にシステマライズされた郊外も憧れの存在なのである。
クールじゃん。平凡な見た目の一室が、実は情報屋だなんて!
「・・・目ぇキラキラさせてねえで、さっさと入るぞ」
アーフィさんが気だるそうにドアノブに手をかけ、引き開ける。
「に"ゃ"ん"っ!」
見えないほどのスピードの何かがこっちに飛んで来て、見事にアーフィさんの額を捉える。
「ああん!?」
そしてすぐにキレるアーフィさん。玄関の奥を鋭く睨みつける。
あまりの明るさの変化に目を細めつつ、その視線の先を眺める、と、不思議な光景が広がっていた。
「同じ顔が、二つ・・・?」
子供。ほとんど同じ顔の子供二人が、部屋の奥からこちらを眺めている。
一人は下らない紙芝居でも見せられているような侮蔑の表情。
もう一人は勝手に善意を押し付けられたような困惑の表情。
二人の口が同期して動く。
「「めんどくさいのがまとめて来やがった・・・」」
マックレーカーの狗 Acoh @Acoh
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