第16話

 汽笛とともに、電車がコラルの駅へと滑り込み、やがてゆっくりと止まった。


「ふぃ〜、やっと到着したみたいだねぇ。ほら、リタちゃんも猫さんも早く降りようよ」

 レンティさんはそういって立ち上がった。私と雑談している間に、ちゃっかりと身支度を済ませていたらしい。くつろいだまま鞄を床に放ったままの私とは大違いだ。


 急いで荷物をまとめ、列車から降りようと立ち上がる。

「ほら、アーニャさん。いつまでも拗ねてないで、私たちも早く行こうよ」

「拗ねてねえよ」

 ボソッと言いながらゆっくりと立ち上がるも、その表情は心底不快、といった様子だった。私に目線を向けることすらせず、無言で私の横をすり抜けていく。慌ててその背中を追いかけた。


 ホームに降りる。それなりに整備されたホームに、人はまばらだった。コックテールの駅はああ見えて王都近郊線では一、二を争う大きな駅なのである。そこと比べて人の数が少ないというのもしょうがない。あたりを見渡すがレンティさんは見当たらない。先に改札を通ってしまったのだろうか。せっかちだなあ。


 二人きりでしばらく立ち尽くした後、目を合わせもしないまま、アーフィさんが言葉をかけてきた。

「・・・一つ言いたい」

「え、なに?」

「あんまり自分の情報をライバル会社に流すなって、電車に乗ったとき言わなかったか?」

「え」

「なに故郷から初恋話まで漏らしてんだよ、つかお前がホットケーキ好きとか興味ねえんだよ!」

「あっはは・・・だってレンティさん、聞き上手なんだもん。」

 その返答が気に入らなかったのか、アーフィさんはあきれるようにため息を吐き、そのまま出口へと歩き出してしまった。

 なんというか、出会ってからずっと不機嫌な顔しか見てないなあ。怒られっぱなしだし。

 慌てて後を追う。高速で離れていく小さい背中を見失わないように。

「でもさ、あの人そんなに悪い人じゃないと思うんだよね。笑顔が素敵だし」

「新聞記者だぞ、相手は。おだてて調子付けて相手の口を滑らせるくらいはお手のものだ」

「ほええぇ・・・」

「それに、たとえ今は友好的に見えても、後々敵になる可能性は充分にある相手だ。ある意味じゃ、もっとも用心すべきパターンだろう」

 大人の世界だとはわかってはたけど、やっぱり世知辛い。この先会う人々全てを疑わなきゃいけないのか・・・。

 そして、と。私はアーフィさんを見つめる。

 彼女は今までそうやって生きてきた。そうしなければ生きていけないような修羅場を体験してきた。

 彼女は少しばかり心配性すぎる気もするけど。新聞記者にはそれくらいがちょうどいいのかもしれない。


「あうぅぅ・・・。私もあんな風にしたたかにならなきゃ・・・」

「・・・誰もお前には求めてねえよ、そういうことは。私の忠告を二秒で忘れるような奴には」

「う・・・そんな言い方しなくても」

「とにかく、今じゃ私の生活はお前の行動にかかってるんだ、軽率な行動は控えろよ。せいぜい騙されないくらいには頑張ってもらわないと困るぞ」

 うう・・・私の方が先輩なのになあ。いちおうは。


 小川のせせらぎのような人の流れに乗って、改札を通る。時計を確認すると針はてっぺんを指していた。秋の穏やかな太陽がちょうど真南に登っている。

 レンティさんは改札口のすぐそばにいた。彼女は壁に背を預け、いかにも新聞記者らしく皮表紙の手帳を眺めていたが、私たちの姿を認めるとすぐに駆け寄ってきた。

「ちょっと、遅かったじゃない?」

「ごめんなさい。アーフィさんが拗ねちゃって」

「だから、拗ねてないって言ってるだろうが!」

 すごい剣幕で怒鳴ってくる。鬼神の如く。

「え? ほら、あれじゃん。ハッタリじゃん。新聞記者として、ちっちゃいことから始めようってね」

「ぐ・・・変なところだけ利口になりやがって・・・あとで覚えてろよ!」

 そんな私たちのやりとりを眺め、レンティさんは困ったように笑った。

「あっはは、すっかり仲良くなっちゃって。私ともそんな風に接して欲しかったなあ、猫さん」

「うるせえよ。善人ぶって敵企業の情報を聞き出すようなやつと付き合ってちゃ、命が何個あっても足んねえだろうが」

「あららぁ、バレちゃった?」


 ヘラヘラと笑うレンティさん。本当に情報を引き出されていたことにショックを受ける私。

「とは言っても、本気でリブ・タイムズの情報を抜き出そうとしたわけじゃないからね。正直なとこ、リタちゃん自身が面白かったから話を聞いてただけだし」

 ほっ。どうやら根っからの悪人ではなさそうだ。

「うっわぁ、この娘どんだけ個人情報漏らす気なんだろうって」

「ちょっとぉぉぉ!?」

 うわぁぁぁ! やっぱりバカにされてたぁぁぁ!


「まあ、その話は置いといて。早速行こっか、ルップラ情報屋。早く行かないとお昼ご飯出てこなくなっちゃうよ?」

 ヘラヘラと笑いながらいうレンティさん。図太いというか、なんというか。とても敵わないや。

「お前、あそこをなんだと思ってんだよ」

「昼食費を浮かす場所」

「・・・初めてあいつらを可哀想だと思った」

 アーフィさんとレンティさんのすっごく温度差のある会話。元同僚として仲は良かったのかな?


 そんな二人に先行され、とことこと目的地に歩きはじめる。

 風が冷たい。灰色に曇った街は、なにかが抜け落ちたように静かだった。天気の問題かもしれないけど。

 コラル共生地は特に目立った特色のない街である。いや、住民を構成する種族が多すぎるせいで、一つの文化を形成できていないというべきだろうか。表立った種族間の争いはないものの、なんとなく統一感のない、ある意味混沌とした街だ。その分、創作料理とかすごいんだけどね。

 コックテールやコラルなど、王都近郊の混生街には、基本的に上京してきたが王都での生活がうまくいかなかった人が集まる傾向がある。すなわち反社会的、あるいは捻くれた仕事も多いということ。リブ・タイムズやルップラ情報屋もその例に漏れない。アンダーグラウンドってやつだ。かっこ良さげ。



「すいませんレンティさん。私、その情報屋のこと知らないんですけど・・・」

「ん、新人のリタちゃんならそりゃそうだろうねぇ。別にこの業界でも特別有名なわけじゃないし。まあリブ・タイムズにとっては数少ない取引相手ってことで、大切なとこだろうけど」

「つーか、なんで私じゃなくこいつに聞くんだよ。バカなのかてめーは」

「信用に足らないんじゃない?」

「あぁ?」

 再び険悪なムードになる二人、というかアーフィさん。原因は私なのだろうか。笑うしかない。

 こんな風に怒られるのが嫌だったから、聞くのを避けたんだけどなあ。


「せっかくだからアーフィに変わって説明するね。ルップラ情報屋ってのは名前通り情報屋なんだけども、まあこれといって他にいうべきところもないかな。

 扱う内容は一般ニュースから地域のお祭りまで、取引相手は国家から反社会組織まで。小規模ながら偏っていないことが特徴とも言えるかねえ。

 ま、そんなことよりも、局長の方が目立ってしょうがないんだけど」

「へえー、それは気になる・・・あれ? その程度なら、どうしてわざわざ国報のレンティさんがここまで?」

「ん? そりゃなんせ、国報だからねぇ。このでかいの各地の情報を手に入れる必要があるじゃん? そのためにここに派遣されたのがたまたま私だったってだけ」

「まあ国としちゃ、地方の小さな火種でも知っておきたいだろうからな。金脈になれば一石二鳥だろうし」

 アーフィさんが続けて言う。


「逆に、リブ・タイムズは割と名の知れた反社会民放、アウトローの多い王都周辺とはいえ、まともに取り合ってくれる相手は少ない。国報とそれなりの関係を保ちつつ自分たちにも情報を流してくれるあの情報屋は貴重な存在ってことだな」

「・・・両方の団体とつながるなんてこと、できるの?」

「簡単でねえのは確かだな。業界内に影響力のある大手ならまだしも、下町の私設情報局なんてヤクザの言いがかり一つで簡単に滅ぶだろうし

 まあその辺はいろいろ理由があんだよ。私じゃとても見渡せないような事情がな」

「その辺は素直なのねぇ」

 レンティさんが茶化すように口を挟む。アーフィさんは気に入らないといった様子を見せながらも、静かに返事をした。

「身の程はわきまえてるつもりだからな。それに、徳にもならないのに難しいことを考える趣味はねえよ」

「ま、身の程をわきまえてるなら、リタちゃんを取り逃がしたりしないと思うんだけどねぇ」

「・・・昼飯は焼き魚にしようぜ、締めたての生意気なやつを」

 あーもう、また喧嘩が始まっちゃうよ。どうにもレンティさんはアーフィさんをからかって遊んでる節がある。


 レンティさんは自分で点けた火種を気にもせず、私に向かって爽やかな笑みとともに言った。

「さーて、そんじゃあその情報屋とやらに乗り込もうか」

 指差す方向には、飾りっ気のない素朴な建物。木の看板に記されているのは、確かに「ルップラ情報屋」の文字だった。

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