第15話

 本日は半端なく快晴! 泣く子も黙る秋晴れなのだ!

 なのだが。


 私は列車の中、ただじっと座っていることしかできなかった。なぜなら、隣にすっごい不機嫌な人がいるからだ。

「・・・」

「・・・」

 窓の外へと視野を逃す。彼女と目が合ってしまったら、何かが終わる気がする。そのくらいの苛立ちが、彼女の全身から見えない刃のように発せられていた。思わず冷や汗をかく。

 あれえ、なんで私が気を使ってるんだろう? どっちかというと相手に気を使ってもらえる側な気がするんだけども。


 編集長からの任務、もとい命令によって、私ことリタリアは新入社員のアーフィさんを連れて、二つ街を挟んだ位置にあるコラル共生地に向かい、情報屋を訪ねることとなった。彼女が編集室にやってきて八日後に当たる今日、彼女の、そして私にとっても初めての重大な任務だ。それなのに、最初から不安しかない・・・。うにゃあ・・・。

 そもそも、今日編集室を出てから今に至るまで、一言も会話を交わしていないというのはどうなんだ。それまでの一週間だって、療養中の彼女とろくに挨拶もしてない。私が殺されかけて、彼女が死にかけて、それ以来の対面である。とても二人で仕事ができる間柄ではない。


 気になってしまい、ちらっと彼女の横顔を伺った。偶然目が合う、などということもなく、腕を組んだまま無言を貫いていた。

 うーむ、大人サイズに合わせられた椅子に小柄な彼女が座るとなんとなくかわいいのだが、そんなことをうっかり口に出せば首斬りが待っていそうだ。さらに冷や汗をかくはめになった。


 汽笛が三度鳴らされ、駅を出発する。王都周辺をぐるりと囲むこの路線は、マンシュタインには朝と夕方の二度訪れるのみである。その本数の少なさもあってか、平日にもかかわらず座席は八割がた埋まっていた。北側から回って来たので車両内にはやはり猿族が多く、犬族や猫族もちらほら見えるくらいだが、よく探すと兎族や熊族の乗客の姿も見えた。


 私としては、彼女を特別憎いなどど思っているわけではない。編集室でのあの場面でのことは、素人ながらにもまあしょうがないとも思う。そりゃあ引っかかる部分はあるけども、もといた組織に見限られ、ボロボロになって助けを求めに来た彼女の姿を見てしまってからは、どうにも恨むに恨めないというのが正直な感想だ。

 ただし、だ。まだ一言も謝ってもらえてないのは少し気に食わない。いくら仕事とはいえ私に襲いかかって来たことを謝罪してほしい。それで全てをチャラにできればもう少し気持ちよく触れ合えるのに、それなのに彼女は一向に口を開こうとはしない。そんなこんなで、この気持ち悪いわだかまりを抱えているのだった。


 え、自分から話しかければいいじゃないかって?

 それはなんか、あれじゃん! 負けた気分になんじゃん!


 不意に電車が揺れ、体も大きく揺さぶられた。同時に、アーフィの体が私の方に倒れてくる。重みを感じるとともに、冷や汗が助長される。私に何か問題があるわけじゃないんだけれど、彼女がどう反応するかわからないから。ぶん殴って来たりはしないだろうけども、全く予測ができない!

 身を縮ませながら、私にのっかかったままの彼女が次の言葉を放つのを待った。が、彼女は一向に喋る様子を見せない。

 不思議に思って彼女の顔を覗き込む。瞳は閉ざされ、すーすーと小さく息が漏れている・・・完全に寝てやがるぜ、こいつ。


 んだよ、もう。こっちの気も知らずに、スヤスヤと眠りこけやがって。まだ傷が治りきってないのかもしれないけど、緊張感足りないでしょさすがに。

 体勢が崩れたのか、細かく体をくねらせる彼女。細い黒髪がそれに合わせて揺れる。

 人種差別はしない主義なんだけど、猫族ってなんというか、本当にせこい。たぶん犬族女子の八割くらいは同意してくれるだろう。高くない鼻に鋭い目尻、縦長の瞳。小柄で可愛らしいと同時に、ミステリアスな雰囲気を醸し出していて、雑誌などの洋服モデルにも男女問わず多くの猫族が起用されている。でかいくせに能天気と言われがちな犬族とは対照的である。幸せ家族計画くらいにしか抜擢されないし。まあそれはそれでいいんだけどさ。

 そんな猫族の中でも、目の前の少女は可愛らしい分野に入るだろう。毛深い方ではないらしく、猿族に近い顔立ち。それでも猫族を象徴するような細い瞳は意志の強さを感じさせ、ぶっきらぼうさが服装のワイルドさとマッチして、凛とした印象を受ける。そのくせ背は小さく、どことなく可愛らしさも帯びているとなると、ぶっちゃけ殴りたくなるほど羨ましい。私のコンプレックスをほとんどカバーしているぶん、余計に。


 はいはいわかってますよ! どうせ私なんかがっしり型の男女ですよ!


 と、つまらないことで悶々としつつ、彼女を起こすべきかどうか悩んでいると。

「あっれぇ? 猫さんじゃないの?」


 見知らぬ赤髪の少女に声をかけられたのだった。

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