第11話
「お久しぶりですっ!」
私は勢いよく編集室の扉を開けた。ばばばーん、という効果音を自分の脳内で鳴らしながら。
室内には、資料を運んでいる途中のスラーさんがいた。私と目があうと、彼女はニヒッと笑う。
「お、リタじゃん。退院したの?」
「ばっちり元気になりました!」
ドラッグ工場に突入してから早くも一週間が経っていた。
突然の衝撃で私が気を失った後、編集長よスラーさんがなんとか私とプリムを担ぎ出してなんとか脱出したらしい。スラーさんはすでに一度脱出していたのに、建物内部が異常なのを見てわざわざ危険の中に飛び込んで救出に来てくれたという。薬物でヘロヘロになった私たちは病院に搬送された。
病院でそれを聞いたとき、私がどれだけ感謝したか!致命傷を負ってはいなかったとはいえ、
そんなことがあったのに変わらず接してくれるスラーさんに、私はもうメロメロである。
「おっ、と。後ろの彼女はプリムちゃんね?」
びくっ、と怯えたように体を震わせるプリム。私の後ろで隠れるように佇んでいた彼女が、はじめて口を開いた。
「あ、あの・・・ごめんなさい!」
「え?」
「私が騙されたせいで今回こんな事件に巻き込んじゃって、危険な目に・・・本当にすみません!」
「ああ、そういうことね・・・」
ふっ、と大人びた笑いをこぼし、彼女はつかつかと私たちに歩み寄ってきたと思いきや。
「もふもふー!」
「きゃんっ!」
プリムを抱き寄せ頬ずりをスリスリと始めた。
「な、な、なんですかぁ!」
「うーん、このフニフニ感が夜勤明けの体に染み渡るわぁ!」
「わああ、リタ!リタ!助けて!」
涙目になりながら救助を求めるプリム。それを気にもとめず、無言でプリムの頭をわしゃわしゃするスラーさん。それを呆然と見守る私。
ええ・・・ええと?
五分後。
「ぷはー。堪能したー!」
一通り満足したらしく、プリムをようやく解放するスラーさん。
「だ、だいじょぶ?」
「うう・・・くらくらする」
もみくちゃにされて目を回しているようだ。
「ん、で?迷惑をかけたって話だっけ?」
「ふえぇ?あ、はい・・・」
「気にしないでいいのよ。顔を突っ込むことを決めたのはうちの編集長、プリムちゃんが気にやむことはないからねー。それに今回の事件を無断で記事にしてるこっちが謝らなきゃいけないくらいなんだから」
「いえいえ、事実をちゃんと伝えていただければ・・・そうすれば私みたいに友人を傷つけてしまう人が少しでも減るかなって・・・」
「そう・・・そうかもね」
スラーさんは穏やかに微笑んだ。
「まあ、私としては度々ここに顔を出して、もふもふさせてくれればいいかもね〜」
「ひええ・・・」
「ちょっと、スラーさん!プリムはまだ入院中なんですよ!できるだけ安静にしなきゃいけないんだから、無理させないでください!」
「あ、ごめんね。ならリタで我慢するわ」
「こらー!ってか地味に失礼!」
「や、リタはリタでいいんだけど・・・やっぱり柔らかさがね?」
「こ、この人、私のコンプレックスをぐさっと・・・」
「心配しないで、胸の大きさなら私の方が酷いから・・・」
・・・とりあえず、この世は不平等なのである。うん。
「あの・・・編集長さんは?」
勝手に盛り上がった結果二人してへこんでしまった私たちにおろおろしつつ、プリムが申し訳なさそうに訊いた。
「ん?プレスタに用事?」
「挨拶と・・・謝罪しておかないと。いろいろ酷いこと言ったし・・・なのに助けてもらって」
本当に申し訳なさそうな表情。いじらしい。
思わず心を掴まれそうになるが、なんとか耐える。
「それに、なんかリタが呼び出しをくらったらしいですし・・・」
「ぎくっ!」
「あれ、そうなの?」
私はぎこちない笑みを浮かべる。
ははは、心当たりがあるから怖いんだよなあ・・・きゅーん。
「ふふ、そういうことね。わかった。あいつは自室にこもってるわ。リタが寝てた部屋ね」
「ふぇ?リタが寝てたって?」
唐突にプリムが反応した。
「んー?男の部屋のベッドで裸で寝てたってだけだけど?」
「ちょっと!いかがわしい言い方しないでくださいよ!しかも隣で寝てたのスラーさんでしたし!っていうかなんで隣で寝てたんですか!しかも裸で!」
「大丈夫よ、私は貞操を奪うようなことはしない主義だから」
「あ、安心しました。って違う!」
ほら、プリムが顔を赤くしてる!勘違いされてる!
「私・・・リタのファーストキス奪ったかもって気にしてたのに・・・それよりもっと凄いところまで行ってたなんて!」
「違うから、って。あ!?」
思い出してしまった。あの牢獄の中のキスが、紛れもなく初めてだったことに。
まずい、恥ずかしい。ほおが爆発しそうだ。
「いや、大丈夫だからね!相手がプリムなら・・・まあ平気だから!」
「ごめんね!もっと優しくしてあげられたらよかったんだけど・・・」
「違う!気にするところはそこじゃない!」
「ということがあって遅れましたすみません」
「おお、そうか・・・バカじゃねえの?」
「うう・・・」
しょっぱなから毒舌野郎である。覚悟はしてたけど。
編集長は珍しく自分の部屋に引きこもって記事を書いていたらしい。机の上には大量の紙とペンとインクが転がっていた。そういえば部屋の隅にでかいタイプライターがある。なるほど、記事を書くのは編集長の仕事だったのかー。
「ところで、彼女の体調は大丈夫か?だいぶ薬漬けにされてたけど」
「あ、どうぞご心配なく・・・」
隣に立つプリムが緊張した面持ちで編集長に答えた。そういえば素面で編集長と話すのは初めてなんだろう。催眠にかかっていたとはいえかなりひどいことを言ってしまった記憶のある相手を前にして、緊張してしまうのも無理はない。
「どうだ、精神状態は安定してるのか?」
「いえ・・・一日に三時間が限度で、あとは意識が切れてしまうので・・・本当はもっと早くここに来たかったんですけど、取り調べとかの対応をするので精一杯になってしまって」
「今日だって病院に帰ったらまた治療ですから・・・本当に大変ですよ」
「まあでも、社会復帰はできるみたいだな。よかったよかった」
ふうっとため息を吐く編集長。
「本当に、ご迷惑をおかけしました」
「・・・頭をあげてくれ、病み上がりの被害者に謝られちゃ新聞記者失格だ」
「そりゃ社会的には私が被害者になってるみたいですけど・・・とにかく、私は貴方に迷惑をかけた。だから加害者なんです」
「・・・本っ当に聞き分けのないわんころだな」
「ええ、村一番の頑固者の娘ですから」
「お前らの村って、まともなやつはいないのか・・・?」
呆れたように言葉を吐き捨てる編集長。
いろいろと言いたいことあるけどとりあえず、さらっと種族差別、反対!
「で、だ。こっからはリタリアに話したいことがあるんだが」
は・・・はい。なんでしょうか・・・。
「まず手始めに、お前に貸したカメラ、今どうなってる?」
「や、やっぱり!」
病院で目を覚ました後に気づいたのだ。あれ、右手にカメラを固定していたはずなのに、どうやって注射を打ったんだろうって。
結果的に言うと、もし左手で無理やり注射を打っていればおそらく動脈に針が突き刺さって大量失血、晴れて殺人犯に・・・ってなるところだったから右手を使って間違いではないどころか大したファインプレーだったのだが。そういや注射針をとるときにポシェットの入り口で何か引っかかってたなあと。脳がグロッキーだったのであまりはっきりとは覚えてないけれど、多分あそこで落としたのだろう。
それで、取り調べに来てた警察官さんに、カメラは落ちてませんでしたかと聞いてみたところ、内部で何箇所も爆発が起きていて、もしそこにあったのだとしても、もう壊れて使い物にはならないだろう、って。
これはまずい・・・。
「ご、ごめんなさい!工場内で失くしました!」
「やっぱりか・・・」
「許してください!なんでもしますからどうか命だけは・・・」
「いや、いいさ。こんだけの特ダネを独占できたんだ。カメラ一台くらいくれてやるっての」
「ちょっとはもったいないと思ってくださいよ!私の給料一ヶ月分ですよ!」
「何がしてぇんだお前は」
ふああ、緊張したあ。てっきり恐喝でもされるのかと。
あれ、カメラはそんなに重要じゃないなら、なんで呼び出されたんだ私は?
「ああ、そんでもってお前がこの部屋に残していったものは袋にまとめて編集室に置いといた。国が責任をドラッグ工場の一味になすりつけたからもうお前の命が狙われることはない」
「なら、もう私の家に帰っていいってことですか?」
「そういうこと。お疲れさん」
「あ、どうも」
そっか、これで全部解決したんっけ・・・結局国の不正を完璧に暴くことはできなかったけど、プリムを救うことはできたから、私の出番はここまで。あとは編集長さんたちに任せるしかないのか。
・・・なんか寂しいな。
「んで、もう一つ話があるんだが」
「・・・はい、なんでしょう?」
「お前、何であのとき薬を自分に使わなかった?」
え、あのときってのは監獄の中の話だろう。事前の計画と違う使い方をした理由・・・そういや何でだろう。
「わかんないです」
「・・・は?もしかしてただの反抗期・・・とかいうんじゃないだろうな?」
「いや、それはないですけど!そういえばなんか、私は大丈夫だって感じたんですけど・・・」
そして思い出す。プリムにキスをされた、ドラッグに侵されたときに感じた違和感を。
「わ、わかった!」
「は?」
「あのドラッグ、スラーさんに盛られた睡眠薬と同じ感じがしたんです!だから、なんとなくこれは平気なんじゃないかって気持ちに・・・ほら、体に免疫ができるっていうじゃないですか!」
「は・・・マジか?なるほど・・・そういうこともありうるか」
なるほど、と急に自分の世界に入り込む編集長さん。そして私の目を見据えて再び話し始めた。
「なあリタ。いやリタリア・シュタード」
「な、なんですか急に」
「お前、ここで正式に働く気はないか?」
「は、は、はい?」
え、え、え?
「いや、そんなに驚かなくても・・・」
「驚きますって、え、冗談ですよね?」
「ほい、契約書」
「うぎゃああぁぁ!」
鳥肌に次ぐ鳥肌で体感温度が十度くらい下がったぜ。
「な、な、なんで私を狙って?」
「狙ってるわけじゃねえけど・・・まあ第一にお前がうちの情報をいくらかつかんでいるってのはでかいな。もし悪用されたら情報を生業とする俺らにとっちゃ厳しい」
「そんなことしませんってば!」
「まあ、素のお前ならそうだろうが、今回の事件みたいに洗脳されないとも限らねえ。あいにく敵は多いい方なんでな、何が起きてもおかしかねえだろ」
うーん、シビアな世界である。
「それに、俺は単純にお前を評価してる。だからお前の力が欲しいし、給料を払ってもいいと思ってる」
「え・・・っと、私を、ですか?」
「そうだ。敵のアジトであんだけ暴られたんだ。しかも自分の感覚をきちんと把握して冷静に行動できる。まあ毎回カメラを無くされちゃあ困るんだがな。何よりも自分の正義感を最後まで突き通す根性がある。だろ?」
うーん、自分ではあんまり実感がないというか。
はっきりいって、ああいう危機的状況になると私は別人になる。らしい。昔から土壇場になると無駄にかっこいいと言われていたもんだ。嘘じゃないもんね!こう見えてもエースストライカーだもんね!
だからこそ、普段の自分に自信がない。スラーさんや編集長さんについていけるとは全然思えないのだ。
「ああ、言い忘れたけど、もちろん断ってもいい。危険なのが嫌だというなら事務的な仕事に回ってくれてもいいんだ」
「・・・」
「とにかく、返事は来週までに聞かせてくれればいい。その契約書をここに・・・」
「やりますよ!」
私は思わず叫んだ。焦る心がそのまま声となった。
「危険だって望むところです!そりゃ危険は避けたいですけども!」
もちろんこの危ない世界で一人前に働けるかはわからない。前にこの編集室で殺されかけたあの猫の少女のように、これから私の命を狙ってくる組織もたくさん増えるだろう。
「・・・けども?」
「国の不正を知ってしまった今、普通に暮らせって言われてもできませんよ!どうしてくれるんですか!」
にひっ、と笑うと編集長もひきつった笑みを返してくる。
「どんだけ馬鹿なんだよお前・・・」
「編集長さんも負けてないです、よね!」
「・・・それもそうか」
編集長は吹っ切れたように皮肉っぽく笑い、そして私を見つめて言った。
「リタリア・シュタード、お前をリブ・タイムズの新入記者として採用する。あとで後悔すんなよ?」
「上等です!」
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