あの夜の出来事
昨夜、晶生は小洒落たものもなければ、メニューに可愛らしい名前がついていたりもしない、客のほとんどは男性という、普段ならば縁のない食堂を覗いていた。
ある人物を探すためだ。
くすんだガラス越しに店内の様子が見える。
料理は色褪せた食品サンプルの通り、なにもかもがてんこ盛りに盛ってあって、味が濃そうだった。
「シュウマイが美味しそうだな……」
とテーブルに置いた週刊誌を読みながら、シュウマイ定食を食べているサラリーマンを眺めながら晶生は呟く。
店内に探している人物の姿はない。
探しているその人物の名前も素性もよく知らないが。
顔だけは見たらわかるはずだった。
だって、いつも見ていたから――。
少し待ってみたが、それらしき客は現れず。
ただただ、やってくるおじさんたちに不審げに見られるばかりだったので、
……ま、そんなにタイミングよくは現れないか、と思いながら、引き上げることにした。
玄関を開け、習慣として、
「ただいまー」
と言ってみたが、誰も帰ってきていないのはわかっていた。
だが、晶生が部屋に入り、着替えようとしたタイミングで、突然、何処からともなく、いい匂いがしてきた。
振り返ると、いつの間にか部屋の戸が開いており、廊下には中庭の小さな竹林が夜風に揺れる影と、もうひとつ。
キャップをかぶった人影が見えていた。
「……なにしに来たの?」
その影に向かい、晶生が問うと、ないかと思った返事があった。
「なにしに来たのはないだろう。
お前、俺を探しに来たんじゃないのか」
初めて聞いた気がする声で男は言う。
壁の陰から白いビニール袋が突き出された。
いい匂いの元はそれのようだった。
「なにそれ」
「シュウマイ」
と男は言う。
食堂の前での、あの独り言を聞いていたようだった。
「私を付け回してるの?
暇なの?
タナカ イチロウさん」
と晶生は男に呼びかけてみた。
「……田中一郎か。
そういや、目が覚めたとき、病院のベッドにそんな名前が書いてあったな」
と男は呟く。
……どうでもいいから、そこから出て来い、と思いながら、晶生は思い出していた。
真田が入院していた病室に居た看護師の霊のことを。
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