私は困っています


 みんなで少しお茶をして、まだロケのある堺と別れて、帰りながら、晶生は困っていた。


 猛烈に困っていた。


 人生において、こんなに困ったことないというくらい困っている気がしたが。


 よくよく考えてみれば、これ以上のことは幾つもあった。


 が、とりあえず、今もかなり深刻に困っていた。


 凛と道が分かれたあと、真田が言ってきた。


「どうした、晶生。

 渋い顔して。


 なにか困ったことでもあるのなら、言ってみろよ」


 真田はまるで、心の中で何度かリハーサルでもしたかのように、やけによどみなく、それでいて、何処か不自然な感じのする早口で言ってきた。


「いやあ、あると言えばあるんだけどさ。

 真田くん、……気づいてた?」


 少し迷いながらも晶生は真田にそう訊いてみた。


 だが、

「え? なにを?」

と真田は訊き返してくる。


「堺さんのあと、刑事らしき人がつけてる。

 やっぱり、他に当てがなくて、堺さんを犯人にしちゃったのかしら」


「……犯人って、そんな感じに決まるものなのか?」

と真田は苦笑いして言ってくるが。


 実際のところ、刑事たちの仕事は推理することではなく、足で調べることのような気がしているので。


 堀田たちの仕事の手法を間近で見たことはないが、おそらく――。


 まず、当たりをつける。


 調べまくる。


 やっぱ、あいつ怪しいぞ、となる。


 しょっぴく。


 あるいは、


 調べまくる。


 なんだ、違ったな。


 次、行こう、となっているだけなのではないかと思う。


「うーん。

 今回は堀田さんとか管轄外だからなあ」

と晶生は困る。


 情報が入ってこない分、状況が読めないのだ。


「まあ、堺さんに関しては、第一発見者だから怪しいというより。

 ……怪しい第一発見者なのが問題なんじゃないかとは思うんだけどね」


 そう晶生は呟いた。


 なにか存在自体が怪しい人だからな……。


 それを言うなら、自分や沐生なんかも、そもそもが怪しい人間なので。


 犯罪に関わった途端に、犯人候補に上がってしまいそうで怖いのだが……。


「でも、堺さんに被害者を襲う動機がないだろ?」

と真田がもっともなことを言ってきた。


「そうねえ。

 でも、被害者の身許がまだハッキリしてないからね。


 警察も他にあてがないんじゃないかしら。

 ドラマなんかだとすぐ身許とかわかるのにね」

と晶生は眉根を寄せる。


「まあ、大丈夫だよ。

 堺さん、やってないんだろ?


 そのうち、ほんとうの犯人が捕まって解放されるさ」

と真田は晶生を安心させようとしてか、言ってきた。


「まあ、なにかあったら、俺に言ってこいよ。

 じゃ、また明日」

と言って真田は笑いながら足早に帰っていく。


 実はこのとき、真田は、よし、ちょっとは頼りになる感じが出せたかな、と思っていた。


 だが、晶生は、もし、真田が突っ込んで訊いてくるようだったら、聞き込みに付き合ってもらおうと思っていたのだ。


「あーあ、帰ってっちゃった……」

と笑顔のまま消えていく真田を見送った。


 しょうがない、ひとりで回ってみるか、と晶生はバス停に向かって歩く。


 こうして、真田は晶生と二人で出かけるチャンスを見事に逃したのだった。





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