なにかを吸い取られそうで怖いんですが……


「あら、沐生。

 帰ってきてたの?」

と地区の会合から帰ってきた母に沐生は言われた。


「晩ご飯、食べたの?

 たいしたものなかったでしょう?」


「ああ、おかずはあんまりなかったけど、シュウマイとかコロッケとか、漬物とか、漬物とか」


 漬物を二回繰り返してしまったのは、二種類出ていたからだ。


 母はちょっと笑ったあとで、

「晶生も少しは気を使うのね」

と言う。


 あいつが何処になんの気を使ってくれたのだろうか。


 温めてくれたことか?


 いや、今、そんな話はしてないが、と思っているうちに、部屋で宿題をしていたらしい晶生が戻ってきた。


「沐生、絶対訊きたくないんだけど。

 ひとつ、わからない問題があるんだけど」

と問題集とノートを手に珍しいことを言う。


「……そう言われたら、絶対教えたくないんだが。

 どれだ、見せてみろ」

というやりとりをしたあとで、二人でダイニングテーブルで問題集を眺める。


 会合でもらったというリンゴを切って来た母親が笑い、

「まあ、そうしてると、仲のいい兄妹みたいね」

とよくわからないことを言ってくる。


 仲が悪かったことがあっただろうか。


 まあ……兄妹っぽくはないかもしれないが。





 次の日、晶生は学校帰りに甘いものでも食べて帰ろうと凛たちと話していた。


 何処に寄るかなと話しながらウロウロしていて、駅前でやっているロケに出くわした。


 あれ? 堺さんだ。


 晶生は撮影クルーと話している堺に気づく。


 その容姿もだが。

 シンプルだがセンスがいいものを身につけているせいもあってか、堺は何処に居ても、パッと目立つ。


 ……沐生はいないようだが。

 他の人に付いて来てるのかなと思って見ていると、

「あら、晶生じゃないの」

と堺はすぐに気づいてやってきた。


「なにしてるの?

 学校帰り?


 道違うじゃない。

 何処に行くの」

と補導の先生より矢継ぎ早に質問して来られる。


 みんなでお茶に行くのだと言うと、

「へー、そうなの。

 私ももうすぐ休憩なのよ。

 一緒行っていい?」

と堺は言い出した。


「いいですけど。

 タレントさんに付いて来てるんじゃないんですか?」

と晶生が言うと、


「あら、大丈夫よ。

 この人たちはこの人たちで一緒に休憩するでしょ。


 ねえ?」

と堺は横に突っ立っていた若い男に言う。


「あ、はい」

と少しぼんやりしたその男は頷いていた。


 堺に言われたからというわけでもないだろうが、男は他の共演者に声をかけに行ったようだった。


 男の背を見ながら真田が呟く。


「……あっちがタレントだったのか」


「真横にタレントさんがいるのに、堺さんしか目に入らなかったわ。

 まるで共演者潰しね」

と凛が言い、


「共演すらしてないのにね……」

と晶生は苦笑する。


 よかったー、と堺は喜んでいた。


「もう、なんかスカッとすることしたかったのよー。


 高校生とお茶。

 いいじゃない、いいじゃない。


 若さと勢いがもらえそうだわ」


 いや~、もらえるとか言う柔らかい表現は当てはまらないかと思いますね。


 どっちかと言うと、吸い取られそうなんですが。


 勢いなら、堺さんの方があるし……と思いながら、はは、と晶生が笑っていると、堺は同情を買おうとするように言ってきた。


「だって、今を楽しんでおかないと、いつ、警察に冤罪でしょっぴかれて、ムショにブチ込まれるかわからないじゃない」


「……堺さんをしょぴいたら、警察側に甚大な被害が出るくらい抵抗しそうですけどね。

 っていうか、大丈夫ですよ」

と堺の目を見て、晶生は言った。


「堺さんがしょっぴかれるはずありません。

 堺さんは絶対に犯人じゃないんですから」


「晶生……」

と堺は感激したように名を呼び、手を握ってくる。


「ありがとう、晶生。

 なんだかんだで、社長にも沐生にも美乃よしのにも太田にも、でも、あいつならもしかして、やるかもなーって思われてるみたいなのにっ。


 ありがとう、晶生。

 私を信じてくれるのは貴方だけよ。


 キスしてもいい?」

といきなり肩に手を回して言ってきた。


「いいわけないですよね……?」


 っていうか、私しか貴方を信用しないのは、貴方に原因があるのでは、と思いながら、晶生は堺の指を一本ずつ引きはがしていった。


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