芸能人様がそのようなことを
晶生はダイニングテーブルで夕食を食べている沐生を眺めていた。
……サバ缶とまびき菜と味噌汁だけでご飯を食べている、芸能人様が。
沐生は高貴な顔で、表情にはあまり出ないが、美味しそうにサバ缶を食べていた。
……出ないよな、表情に。
よくこれで俳優やってるよな、と思う。
「はい」
と沐生にお茶を持ってきた母親が、マジマジと沐生の顔を見ながら、
「お母さんが子供の頃は芸能人って雲の上の人だったのよね……」
と呟く。
たぶん、自分と同じようなことを考えていたのだろう。
芸能人様が、サバ缶とまびき菜と味噌汁だけでご飯を食べている、と。
いや、そのメニュー、用意したのは貴女ですが。
「ファンでなくとも、手を振られたら舞い上がって振り返しちゃうような芸能人って居たわ~、昔は」
なにか密かに息子をディスっている、と思いながら、
「今でもいっぱい居るよ」
と晶生が言うと、
「そうかもしれないけど。
沐生をずっと間近に見たら、慣れちゃって。
この間、公園ですっごい小顔で背の高い、なんとかっていうアイドルがロケしてたんだけど。
うちの沐生の方が断然格好いいわとか思って、ときめかなかったわ~」
などと、爽やかなイケメンが出ているCMを見ながら言い出すので、笑ってしまった。
沐生は恥ずかしいのか、聞かないフリをして、サバ缶を食べていた。
「ファンでなくとも、手を振られたら舞い上がって振り返しちゃうような芸能人って居たわ~、昔は」
そんな母親の言葉を思い出しながら、翌日、沐生が事務所の近くを歩いていると、事務所のビルから堀田が出てきた。
別に母の期待に応えようと思ったわけではないが、手を振ってみる。
すると、堀田が、ん? という顔をしながらも振り返してくれた。
……振り返してはくれたが、なにも熱狂的ではないようだ、と思っていると、目の前まで来た堀田が、
「どうした、長谷川沐生。
やけに今日はフレンドリーだな」
と言ってくる。
晶生が見ていたら、
いやいやいやっ。
お母さんが言ってるの、そういうことじゃないからっ、と言うところだったろう。
「ちょっと訊いてみるが、お前、
「……鳴海?」
「いや、今回の堺の事件を担当している刑事なんだが。
ちょっと気になってな」
今回の、という言葉は何気なく言った言葉なのだろうが。
『堺の事件』という言葉に引っ付いているので、次回の、とかありそうでちょっと怖い、と沐生は思っていた。
さあ、と晶生たちの言う、まったく表情の出ない顔で言うと、
「ま、一応訊いてみただけだ。
気にするな」
と言って、堀田はそのまま行ってしまった。
「あっ、堀田さんっ。
もうっ、待ってくださいよ~っ」
と遅れて林田が出てくる。
目が合ったので、なんとなく小さく手を振ると、林田は何故か真っ赤になって、物凄く手を振ってくれた。
なにかを成し遂げた気分になり、今の光景、晶生とお母さんに見せたかったと思いながら、事務所を見上げる。
あの二人、きっと堺たちに話を訊きに来たのだろうなと思いながら。
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