ちょっと伏せておいたら、どうだろうか?

 

「堺さんのカバンに入ってたハサミ。

 血液反応があるか調べてみられるといいんですけどね」


 美乃よしのさかいに推理せよ、と詰め寄られた晶生あきおは少し考え、そう呟いた。


「そういうのって、何処に持ってったら調べられるのかしら」

と堺が言う。


「最近、本屋さんでも科学捜査キットみたいなの売ってますよね。

 それか、オキシドールでも血液が残ってればわかるみたいですけど。

 綺麗に拭き取られてるのまではわからないですかね」


「林田刑事に色仕掛けで頼んだらどうだ」

といつの間にか背後に立っていたなぎさが言う。


「晶生が?」

と振り返り言った堺に、


「無理だろう。

 堺がだ」

と汀は言った。


「私、男なんですけど、社長……」


 私が女なんですけど、社長……と堺と二人で汀を見上げる。


「伏せておけばわからないだろ」

と汀は堺に言うが。


 いやもう、知ってる人には無理なんじゃないですかね……?

と晶生は思っていた。


「ともかく、堺さん。

 その事件があったときのことをもう一度よく思い出してみてくださいよ。

 細かいことまで」


 そうねえ……と堺は呟いたあとで、ふと気づいたように晶生の肘を見て言ってくる。


「あら、あんた、そこどうしたのよ」


「あれっ? 目立ちますか?」

と晶生はおのれの肘を見ようとするように、ぐるりと腕を回して見ながら言った。


「昨日、陸橋でつまづいて、ちょっとこけたんですよ」


「なに子どもみたいなことしてんのよ」

と言ったあとで、堺は、ハッとしたような顔をする。


「……怪しいわ」


「……えーと。

 なにがですか?」


「今までその怪我のこと隠してたじゃない」


「隠してたわけじゃなくて、たいした怪我じゃないから、誰も気づかなかっただけですよね……?」


 何処も隠れてないじゃないですか、とちょっとっただけの肘を押さえ、晶生は言った。


「もしかして……なにか事件に関係あるんじゃないの?」


「あの~、自分が犯人になりたくないからって無闇矢鱈むやみやたらに人を犯人に仕立てようとしないでくださいよ。


 そもそも、堺さんたちがたまたま出くわした事件でしょ、それ」


「そうなのよっ。

 よく考えたら、私たち関係ないじゃないの。


 あー、もうあんたがトイレなんて行くからっ」

といきなり罵られ、すでに普通に仕事をしていた美乃が、はあっ? 私っ? とデスクから怒鳴り返していた。


 ……なにかめんどくさいことになりそうだから、そろそろおいとましようかな、と晶生は二人が揉めている隙に、コソコソと事務所を出た。


 汀は見ていたが、特に止めなかった。


 晶生が居た方が事件が解決するどころか。

 更にややこしい話になりそうな気がしたからだろう。





 怪しいわ、か。


 なんとなく堺の言葉を思い出しながら歩いていた晶生は足を止めた。


 かなり解体進んでるな、もう中には入れないか、とシートで覆ってある遠藤のホテルを見上げる。


 もう今日の工事は終わったようで、人気はないが、中に入るのは危険そうだった。


 晶生はシートの外から呼びかけてみる。


「……遠藤?」


 遠藤からの返事はない。


 不安になり、シートの方に近寄ろうとしたとき、後ろでガシャンと音がした。


 振り向くと、近くを歩いていたおばさんの買い物袋の持ち手が裂けたらしく、中身の缶詰が転がり出ていた。


 それを拾い、おばさんのところに持っていく。


「あら、ありがとう」

と言うおばさんと一緒に周囲に落ちた缶詰を集めた。


「ごめんなさいね。

 もう古かったから、この袋。


 ありがとうね、これ、あげるわ」

とおばさんはサバ缶をふたつくれた。


 あ、いえ、と言ったのだが、

「美味しいのよ。

 食べてみて」

と笑ったあとで、おばさんは取っ手の外れたマイバッグを抱えて去っていった。


 味噌煮か。

 美味しそうだな、とサバ缶を見たあとで、おばさんの後ろ姿を見た。


 今の取っ手、経年劣化で裂けたにしては、スッパリいってたな、と思いながら。




「あら、お帰り、沐生あらき

 今日はサバ缶よ」


 家に帰った沐生は、そんなことを言う母親に出迎えられた。


「あんた、帰るって言わないから」


「サバ缶、美味しいよ」

とダイニングテーブルに座っていた晶生が言う。


「道歩いてて、おばさん助けたら、サバ缶くれたの」


「サバの恩返しか」

と言いながら、晶生の前の椅子を引いて、


「いや、それだと助けたの、サバよね?」

と言われる。


 白くてふかふかのご飯がすぐに出て来た。


 サバ缶のサバをのせて食べると、サバがちょっと温まり、なんとも言えない味噌の香りがご飯の湯気とともに立ち昇る。


 鼻孔びこうをくすぐるその香りに、ロケ弁よりこっちの方が断然美味いような、と沐生は思っていた。


 ご飯が炊きたてだからだろうかな、と思いながら、

「あれから事件はどうなった?」

と晶生に訊く。


「私より、警察に訊いた方がいいと思うけど。

 特に進展なさそう。


 今、進展してるのは、遠藤のホテルの解体工事」


「まだ居るのか? 遠藤」


 わからない、と晶生は答えた。


「居ない感じはしなかったけどね」

と晶生は、ちょっと遠くを見て言う。


 ニセ霊能者の笹井がサングラスで目を隠す本当の理由は、これかな、と晶生の視線を見ながら思っていた。


 盲目の霊能者と名乗った方がそれらしいからではなく。


 霊が見えない笹井の目つきは本当に普通で。


 晶生のように、何処を見ているともしれない感じに物を見ることはない。


 そういう神秘性をかもし出せないからだろう。


 霊を見る自分も同じような目をしているのかもしれないが、自分の目つきを自分で見ることはテレビや雑誌以外ではないし。


 そういう役をやったことはないから、テレビに映る自分も笹井と同じ、普通の目をしている。


 そんなことを考えながら、思わず晶生を見つめていると、考えごとをしていたらしい晶生がそれに気づき、


「なによ」

とちょっと赤くなって視線を落とした。


 ……可愛い。


 小生意気なところもあるが、やはり可愛い。


 いや、そういうところも含めて可愛い。

 口に出して言うことは絶対にないが。


 自分が側に居ると、ロクなことにならないからと思って、晶生から離れたのに。


 やはり、完全に縁を断ち切ることは難しかったな、と思っていた。


 晶生はサバ缶を見ながらなにごとか考えている。


 サバ缶の中に親のかたきでも入っているのかという目つきだった。


「どうかしたのか?」

と訊いたが、


「いやいや。

 何処のメーカーのかなと思って。


 美味しいね、このサバ缶」

とはぐらかされた。


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