どっちにしても、よくわからないらしい……




「なんだ、ついてかなかったのか、須藤晶生」


 相変わらず、フルネームでこの人が私を呼ぶのは、距離を置きたい気持ちの表れだろうか。


 息を切らしていることを隠しつつ、渋い顔で、事件の通りに戻ってきた堀田を見ながら、晶生は思っていた。


「あの社長、今際いまわきわにお前の名前を呼んでたじゃねえか」


 いや。

 今際の際って。


 まったく死にそうになかったですけど……、と思いながら、晶生は問うた。


「どうでした?」


 まあ、その顔と手ぶらな様子で、犯人を捕獲できなかったことはわかっていたが。


 堀田はガリガリと頭を掻き、

「まあ、あの社長とオカマの兄ちゃんが顔見てるだろ」

と言ったが。


「いやあ、どうですかねえ」

と晶生は呟く。


 人間、咄嗟とっさのことだと、なかなか人の顔をよく見て覚えるなんて出来ないものだから。


 石塚南央がたいしたことを覚えてはいなかったように。


「怨恨か? 堺は」


「さあ、どうでしょうねえ?

 ああ見えて、あまり恨まれる当てはないように思えますが」


「じゃあ、犯人は、お前か、須藤沐生だな」

と堀田は沐生を親指で、くい、と示す。


 他に当てがないんなら、と。


「無茶言わないでくださいよ、店内に居たのに」

と晶生が言うと、堀田は今度は真面目に、


「……怨恨かな」

と繰り返す。


「なんか……こんな感じの会話しましたよね、最近」

と晶生が言ったとき、それまで黙って事のなり行きを見守っていた沐生が、


「真田」

と真田を呼んだ。


 ピリッとした空気が走り、真田が緊張したのが伝わってきた。


 沐生に呼びかけられると緊張する人間が、一定数居ることは知っている。


 なんなんだろうな、この人のこの迫力は。


 ぼーっとしてるときは、ぼーっとしてるのに、と思いながら、晶生は二人の様子を眺めていた。


「真田、そいつを連れて帰れ」

と沐生は凛を見て言う。


 ええっ? と沐生の命令に真田は声を上げた。


 そいつとは、凛のことのようだった。


 文句を言いながらも、真田が凛を連れてその場を去ると、沐生は道向かいのビルの陰を見て、手招きをした。


 見ると、そこに篠塚がひそんでいる。


「……なんでまだ居るんですか」


 格好良く消えたんじゃないんですか、と言うと、

「いや、移動の仕方がよくわからなくて……」

と篠塚は言ってきた。


 生きていたときも、机に張りつく以外のことはできなかったようだが。


 死んでも、他のことはよくわからないらしい、と思いながら、晶生はその姿を眺めていた。




 

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