それはそれで可愛いではないか


 

「ちょっとあのまま、あそこに居るのも申し訳なくて、なんとなく消えてみたんですが。


 此処から更に移動するのが難しくて……」


 そんなことを篠塚は言い出した。


 霊体となって日が浅く、霊としての自分を上手くコントロール出来ていないようだった。


 ちょっと不器用な人なのかな、と晶生は思った。


「いやまあ、どうせ、凛には見えてなかったんで、あのまま居てもよかったんじゃないかと思いますが」

と晶生が言うと、素直に、そうでしたね、と言っている。

 

「……なんか篠塚さん、死んでからの方が人間らしくなりましたね」

と言うと、


「もう勉強しなくて良くなったので。

 他のことにも目が向くようになりました」

と言う。


 ようやく、そのことに気づいて、こちらに出てきたようだった。


 それにしても、何故、此処に現れたのか。


 凛の近くに出てきてしまったのか。


 お医者様は居ませんか、な状況を求めて、飛んできてしまったのかは知らないが。


「今になって、殺される前に、田所さんが言っていたことを思い返してみたんです。


 まさに今の話じゃないですが。


 僕に人間らしさが足りないと言って殺されたようなんですが。


 ……人間味が足りないからと言って、即、殺されるというのはどうなんでしょうね」

と篠塚は言ってくる。


「まあ……、田所さんに伝えておきますよ」


 いや、我が娘がらみでないなら、篠塚が勉強のことしか頭になくとも、知ったことではない、と田所も思っただろうが。


「ん? てことは、田所さんに殺されたんですね? やっぱり」


「そうなんですよ」

と言う篠塚と話していると、堀田が、


「待て待て待て」

と割り込んできた。


「篠塚が今、話してんのか。


 でも、お前、いつか、殺された人間の記憶が必ずしも正しいとは限らないし。

 霊も嘘をつくとか言ってなかったか?」


「堀田さん、堀田さん」

と苦笑いした林田に止められ、堀田は自然な感じで、霊がそこに居ると認めてしまった自分に気づいたようだった。


「……霊なんて居ないんだったな」


「今更ですよ……、堀田さん」


 貴方、もう何回も認めてますよ。


 というか、仕事の関係で、ずっと殺害現場をウロウロしているのだから、いつか堀田の波長に合う霊と出くわすこともあると思うのだが。


 まあ、見たところで、

「幻覚だ」

と言い張りそうな気もするが……、と思いながら、晶生は、


「まあいいですよ。

 じゃあ、これは、私の妄想だと思って聞いてください」


 堀田に向かい、そう言った。


「篠塚さんは確かに、田所さんに殺されたようですよ」


「じゃあ、石塚南央は関係ねえじゃねえか」

と堀田が言うと、篠塚が、


「石塚南央?」

と訊き返してくる。


「どうかしましたか?」

と晶生が振り向くと、


「いえ、聞いたことのある名前だな、と思いまして」

と篠塚は言う。


「何処でですか?」

と突っ込んで訊いてみたが、さあ? という頼りない返事だった。


 この人、人の顔も名前も覚えなさそうだな、と不安に思い、

「……篠塚さん、さっき、キスしたの、誰ですか?」

と確認のために訊いてみた。


「……凛?」


 間があったぞ。

 そして、凛の苗字は覚えているか?


 大丈夫か? とより不安になりながら、

「じゃあ、田所さんの娘さんの名前は?」

と訊く。


 篠塚はやはり、詰まった。


「……真奈美?」


 そう言ったあと、篠塚は思い出して、ホッとしたかのように少し笑う。


 婚約者の名前も忘れるとか。


 なかなかに最低だな、この男……。


「石塚南央も貴方の恋人のひとりだとか?」


 そう訊くと、晶生の声しか聞こえていない堀田が、なにっ? という顔をする。


「いえ、違うと思います。

 今、頭に浮かぶのは……


 なんだか……そう、


 ――丸い。


 子どもの頃、よく買ってもらったおもちゃのキャラクターです。


 丸くて、のぺっとした顔の」


「……やっぱり、石塚南央さんかな」

と晶生は呟く。


 丸くて、のぺっとした顔の、でそう言うと、沐生に、

「お前、石塚南央に殴られるぞ」

と言われてしまったが。


 いや、……それはそれで可愛いではないか、と晶生は思っていた。





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