ちょっと、そこの女子

 




「ちょっと、そこの女子」


 ぼんやり道端に立つ、生きた女の方に堺が声をかけた。


 えっ? と顔を上げた彼女は、そういえば、あのときのOLにも見えたが、もともと顔が覚えられないうえに、視力もよくないので、晶生にはよくわからなかった。


 もう少し髪が長かった気もするのだが、女の髪型はよく変わるのでわからない。


「あんた、真田を突き飛ばした子?」


 堺さん、ストレート過ぎますよ、と思いながらも、晶生は、すべてを堺に任せ、後ろで見学していた。


 だが、晶生の苦笑いに気づいたのか、堺は振り返り、

「なによ。

 遠回しに言えっての?


 私はいつも忙しいのよ。


 そんな暇ないわよ。

 今も沐生を待たせてるのに」

と言ってくる。


 ……いろいろ突っ込みたいところだが、まあ、此処はこらえようか、と晶生が思っていると、


「気を使いながら質問したいのなら、林田辺りに頼みなさいよ。


 それから、私の方がきっと、あんたよりはマシよ。


 あんたが話してご覧なさいよ。

 この子が、もっとショック死しそうなこと言い出すから」


 そうなんですかね、と自分では自覚がなく、晶生は思う。


「お嬢ちゃん、此処であんたに突き飛ばされた高校生ね、真田って言うんだけど」


 もう彼女が突き飛ばした犯人と決めつけ、堺はそんなことを言い出した。


「真田、さっき」


 退院したのよ、と教えてあげるのかと思ったら、


「死んだのよ。

 打ち所が悪くて」


 ひっ、と彼女が息を呑む。


「――とか言ったら、どうすんのよ。

 突き飛ばして置いて逃げたあんたは殺人犯よ」


 ……やめてあげてください、堺さん。


 貴方が彼女をショック死させてしまいます、と思い見ると、案の定、彼女は顔色悪く、胸に手をやり、俯いていた。


「す、すみませんでした。


 そうです。

 私がやったんです」

と言い出したので、一瞬、あの霊が彼女と重なっているのかと思ったが、土下座の霊はちゃんと堺の後ろに居た。


「彼に私が目撃者であることを目撃されてたと知って、恐ろしくて」


 ……なんかややこしいな。


 結局、誰がなにを目撃したんだ、と問いたくなる。


「あのとき、私、目の前で人が刺されて、怖くて逃げ出してしまって。


 そのあとも、余計な証言をしたら、犯人に狙われるかと思って、名乗り出られませんでした。


 犯人、まだ捕まってないんですよね?」

と怯えたように彼女は言ってくる。


 それから、

「あの男の方、助かったんですよね?」

と窺うように訊いてきた。


「今のところ、大丈夫みたいよ」

と堺は言う。


「……真田も大丈夫。


 気をつけなさいよ、あんたも。

 こんな狭い歩道で、ふざけてでも人突いたら危ないんだから」


「はい、どうもすみませんでした。

 明日、警察に行きます」


「真田の方は別に訴えたりしないと思うわよ。

 人がいいから。


 あんたみたいな可愛らしいお嬢さんに神妙に謝られたら、きっと、鼻の下伸ばして許すわよ」


 そう堺が言ったときだけ、彼女は少し表情を柔らかくした。


「だから、今すぐ、警察に行って。

 真田のことはいいから」

と勝手に結論づけ、


「あんたが男が刺された現場で見たものだけでも話してきなさいよ」

と言う。


 はい、と頷いた彼女だったが。


「でも、正直、一瞬のことだったので、よく覚えていないんですが。

 刺したのは、若い男の人でしたね。


 これといって特徴のない」

と少し上を見て、一生懸命思い出そうとするような顔で彼女は言う。


「警察まで、乗せてってあげましょうか?」

と堺が言うと、いえ、と彼女は断り、


「そこの交番に行きます」

と角を曲がったところにある交番を指差した。


 そう、と堺は彼女を信じて頷く。


「あの」

と少し迷ったあとで、彼女は、鞄から名刺を取り出した。


「これ、私の連絡先です。

 あとでまた、お詫びには伺いますが、なにか後遺症などこざいましたら、すぐにご連絡くださるよう、真田さんにお伝えください」


 そう言いながら、堺に名刺を手渡していた。


 いや、症状なら出ている。

 霊が見えたり、残像が見えたりするという諸症状が……。


 失礼します、と深々と頭を下げ、彼女は交番がある道へと歩いていった。


「まあ、これで彼女もすっきりするでしょう」

と最初は脅しつけたくせに、そんなことを堺は言う。


「堺さん、人がいいですよね」


 そう晶生が言うと、

「なによ。

 あの子、逃げると思うの?」


 そう訊いてくる。


「いいえ。

 ちゃんと警察に行くし、真田くんにも詫びに行くと思いますよ」


 じゃあ、いいじゃないの、という顔を堺はする。


 そう。

 それはいいんだが、と思いながら、晶生は、真田の転げ落ちた道路を見、彼女の消えた曲がり角を見た。


「あの霊……

 彼女にもっと近づけてみるべきだったかもしれませんね」


 明るい夜道を見ながら、晶生はそう呟いた。







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