私もやりました……

 



 晶生たちは、堀田について、病院の廊下を歩いていた。


 堀田は先頭で、

「まったく。

 ゾロゾロ連れて歩いて、俺は引率の先生か」

と愚痴っている。


「そうですね、ゾロゾロついて来てますね」


 病院ですしね、と晶生が後ろを振り向くと、堀田が、

「そんな説明はいらんっ」

と怒鳴ってきた。


 そんな堀田にもめげずに、真田がなにやら訴えている。


「あのー、堀田さん。

 俺なりに、推理してみたんですけど。


 実は、あの通りに、晶生が、刺された男の側で見たっていう女の霊がまだ立ってたんですよ」


 そんなことを言い出す真田に、堀田が、お前もか……というような寂しげな顔をしていた。


「刺された男は、きっと、あの路上の女の霊の恋人なんですよ。

 彼女は実は、刺した男に殺されていて、その復讐をしようとした男は、自分も同じ男に刺されてしまって――」


 真田の言葉を遮るように、堀田が言った。


「晶生。

 こいつに黙るように言え。


 洗脳される」


 あ、堀田さんでも洗脳されるんだ、と晶生が苦笑いしたとき、その病室に着いた。


 堀田がノックすると、中から若い警官が顔を出した。


 容体が急変したときのためか、病室がナースステーションの近くなので、目立つからだろう。


 外で見張っていたりはしないようだ。


 頭を下げてくる警官に下げ返しながら、堀田がこちらを振り向き、確認するように言ってくる。


「ちょっとだろ。

 ちょっと顔見たら、思い出すんだろ?」


 見張りの警官に、自分たちを此処に連れてきた言い訳をさりげなくしているようだった。


 個室のその部屋も病院独特の匂いがしていた。


 ベッドで寝ている男は点滴の管でつながれている。


 だが、酸素マスクなどはしていない。


 そう状態は悪くないようだった。


 あのときはうつ伏せていたので、よくわからなかった男の顔を晶生がマジマジと見ていると、堀田が教えてくれた。


「被害者の名前は、宮崎亘みやざき わたる

 わしには、よくわからんが、企業に頼まれて、HP作ったりとかしている会社の社員だそうだ。


 あの日は休みだったそうだぞ。


 まあまあの男前らしいから、結構、付き合う相手は変わってたみたいだが、他の周囲との人間関係はトラブルもなく、普通」


「まあまあの男前らしいってなんですか?」

と晶生が寝ている男を見ながら苦笑いして言うと、堀田は仏頂面のまま、


「最近、お前らとか、沐生とかをよく見るから、綺麗な顔の基準がわからなくなってきたんだ」


 だが、世間様では、これが男前らしい、と言ってくる。


「どんな怨恨なんですかね……」

と男を見下ろしながら、真田がまた先入観を植え付けるようなことを呟いていた。


 一般的な情報の入り方なら、堀田も先入観を持たずに聞く訓練は出来ているのだろうが、霊がらみだと、また勝手が違うようだった。


 わからないからこそ、畏怖の念を抱いたり、なんだかわからないままに信じそうになってしまったりするのだろう。


「俺を突き飛ばした女性は、刺す前のやりとりをなにか見聞きしていたんでしょうかね」


 堀田は黙っている。


「そして、霊の方の女性は、やはり、この人の恋人――」


「晶生。

 連れて帰れ、この坊ちゃん」

と堀田が言ったとき、入口の警察官に挨拶しながら入ってきた看護師が、にこやかに話しながら検温していたのだが。


 いきなり床に座り込み、土下座してくる。


「すみませんっ。

 私がやりましたっ」


 ええっ? なにをっ!?

とみんなが振り向く。


「先月、三日連続ナースステーションのボールペンを持って帰ってしまったのは私ですっ。


 うっかりなんですっ。

 胸ポケットにさしていて、ついついっ。


 すぐに持って来ようと思ったんですけどっ。

 書き心地がよかったし、ついついついっ。


 そうこうしてる間に、ヒカルくんが一本持ってっちゃってっ」


 ……ヒカルくんって誰だ?


「すみませんっ」

とまた頭を下げる看護師を見ながら、晶生は堺に呼びかけた。


「あの、堺さん、ちょっとこっち向いてくださいませんか?」


 晶生は意外にがっしりした堺の腕をつかみ、向きを変えさせる。


 なによう、と堺が言ったとき、看護師が、あら? という顔をした。


 どうして自分が床に手をついているのかわからないようだ。


 恥ずかしそうに笑いながら、立ち上がり、

「ごめんなさい。

 目眩でもしたのかしら。


 このところ、忙しくて」

と言う。


 すると、今のが聞こえていたらしい廊下から、

「駒田さんっ、貴女なのね。

 ボールペンどんどん持ってちゃうのはっ」

と聞こえてきた。


 駒田と呼ばれた看護師は、


「ええっ?

 なんでわかったの?」

と呟いたあとで、病室を出ながら、


「もう~、やだなあ、師長っ。

 三本だけですよーっ」

と笑ってごまかそうとしていた。


「……堺さん」

と晶生は、堺の立っている位置をまた、ずらす。


 実は、さっきまで、看護師の立っていた位置に、あの土下座の霊が居たのだ。


 あの霊に感化されて、しゃべりだしてしまったようだ。


 だが、土下座の霊を堀田と重なるように向けて、しばらく待ってみても、堀田は無反応だった。


「また、なにしてるんだ、嬢ちゃん」

と見えていない堀田が言ってくる。


「……長時間、被さってても、影響受ける人と受けない人が居るんですね」


 堺が、

「そんなもんでしょ」

と言ったあとで、自分で移動し、あの霊が真田に重なるようにしてみていた。


 俯いた真田がしゃべり出す。


「……すまん、晶生。

 あのとき、俺が神社にカメラを持って行ったのは――」


 そこで、ひょい、と動いて、堺は言った。


「まあ、可哀想だから、やめておいてあげましょう」


「それにしても、堺さんは、とり憑かれてるのに、全然影響受けませんね」

と晶生は言ったが、堺は、


「だって、私、特にやましいこともないもの」

としゃあしゃあと言う。


 そして、こちらを見下ろし、

「あんたもしゃべらないわね」

と言ってくるので、思わず、


「強い意志があるんで」

と言ってしまった。


 ベッドの側に居た堀田が、

「その一言で白状してるようなもんじゃねえか……」

と呟いていた。







 

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