第十九話 大王の画策
翌々日、三月末以来の不穏な沈黙を破り、大王は議会の玉座に再び現れ、再度パンゲア政策への理解と協力を求める演説を行った。その後、閣僚全員の署名が入った大王政府予算案議決催促状を示し、政策への協力を重ねて訴えた。
だが――
「『止まらぬ議会、再否決』……ですか」
執政室に届けられた新聞一面に目をやって秘書が呟く。
「ま、想像通りだな」
一段高い執政卓で他の書類に目を通しながら、あっけらかんと応える。
「軽いですね、反応」
ちらと見やるが、そう言う七海、もとい、お芭瀬の声もあまり重くない。大王は同調するように肩をすくめる。
「そりゃまあ、これで従ってくれたら、今までの対立は何なんだって話だ。逮捕者まで出して抗ってきたのが、ころりと寝返るわけがない」
書類をばさっと机に落とし、真っ直ぐお芭瀬の方を向く。
「だが、問題はなかろう。不満を持つ閣僚ももはや文句は言えないはずだ。それに、本予算ももうすぐ決着だ」
「決着と言うより、逃げ切るだけですがね」
「勝ちは勝ちだ。四月三十日――議会が予算の審議を新年度に延長して行えるのはこの日まで。議決しないまま五月になれば、それ以上の審議続行は不可能となり、四月より施行されている政府作成の暫定予算が大王大権により新年度正式予算として強制的に執行される」
「つまり、新年度に入ってから予算本決定までの空隙を埋めるべく既に施行済みのパンゲア予算が五月になっても継続して適用される、ということですね?」
「だんだんこっちの制度が分かってきたみたいだな」
言われて少し嬉しそうにしながら、広げていた新聞を畳んで机の隅に片付ける。
「はい。こちらでは、法律が全てを取り仕切っていますから、勉強がしやすくて助かります。とりあえず、法律さえ学んでおけば、この職場で困ることはあまりないですし」
「と言うかまあ、最低限だな。政治に関わるのに法を知らぬというのはさすがに……。もっとも、これは伊達派の常識に過ぎないんだろうがな」
と言うのは、北条派は法治主義の伊達派と違い、専制君主制のため、まず法律が存在しない。代わりに黄帝が発する勅令というものがあるが、これは一部の基本的な規則を除いて原則代を超えては法的拘束力を持たない。半恒久的な伊達派の法律とは大違いだ。七海が伊達派の法を学ぶ一方で、真仁も周黄帝との会談に備えて色々皇女から教わっているのである。
一瞬、和やかになった執政室であったが、すぐ大王の眉間に皺が寄る。
「議会に関してはもう問題ない。……が、ここからが正念場だ」
「はい。そうですね……」
お芭瀬も表情を険しくする。
「議会は五月には予算審議が出来なくなり用を成さなくなります。そうなりますと、背後の軍部が出て来るかもしれません」
「予算ばかり食う自分たちの殺人稼業を守るためなら、使えなくなった盾は打ち捨て、剣を抜いてくる可能性もある。こちらの子を流血から守ろうという気も知らずにな……」
大王の嘆息に対し、秘書は冷静に指摘する。
「しかし、陛下、パンゲア政策によって大量に発生が想定される失職軍人への再雇用策を打ち出せば、納得するのではないですか? 流血から守ろうにも、飢餓から救えねば賛同するはずがないでしょう」
もっともな意見だが、この問題については、大王側に有効な策がなく、経済企業省と繰り返し相談をする一方、議論をあえて避けてきた節がある。だが、必然的に大幅な軍縮をもたらすパンゲア政策で最大の問題とされているのはまさにこの軍人の大量失業問題である。公的な視点で考えると、再雇用に失敗すれば失業者手当ての乱発に陥り、むしろ今より財政状態が悪化する危険がある。あるいは、視点を個人レベルに変えれば、再雇用の失敗は、戦死は避けられても、飢えと貧しさの中野垂れ死にという結末を迎えさせるかもしれない。彼は幸福の大陸パンゲアの創造政策で、統一戦争をやめるばかりでなく、全員の幸福を実現したいのだ。大望を掲げ、いくら支持を獲得しても、効果的な失業軍人対策を考案できなければ、一歩を踏み出すのもままならない。
議会を沈黙に追いやり、ついに軍部との直接交渉が始まろうとしている現在、明確な案がまだ存在しないというのは、さすがに準備が遅すぎる。真仁は口を開くが、声音はいつになくこもっている。
「一応、策はある。北条派と経済交流協定を結んだ後、両国の流通を支える街道などを建設する二国間国土開発事業に従事させるというものだ。道路建設となれば大量の人手を要する。さらに、軍人は体力があるから重労働にも耐え得るし、戦場での経験や訓練、または、軍事技術も活用できる。まさに軍人にやらせるには、かつ、やらせるのが理想的な事業ではある……」
「良いではないですか。なぜそんなに不安そうなのですか?」
きょとんとした瞳で返されると、額を押さえて深くため息をつく。
「馬鹿を言え。そもそも経済交流協定が実現する確証がどこにある? こんなものを飢えた軍部の前に出せば、噛み付いて離さないだろう。それ以上歩くのが難しくなる。うるさいのが嫌なら、犬の前に骨を出してはならん」
要は楽観的な策を提起して批判を集中される位なら、初めからそのようなものを見せずに押し切ろうということだ。言ってしまえば、根源的な言論封殺である。この手法のみに着目すれば、確かに独裁大王深山の孫だと言えるだろう。
「とにかく、軍部を説得することは、現在不可能だ。それに足る再雇用策は未だないからな。新規事業開発も取り組んではいるが、どうにもぱっとせんし――。だが、説得は出来ずとも、とりあえず懐柔は出来るかもしれん」
「懐柔、ですか……?」
お芭瀬が首を傾げるものの、真仁はそれを無視して事務的な連絡をする。
「四月三十日。予算案の議決が絶望的だと判断された場合、少し遠出をするからそのつもりで」
「は、はい……」
釈然としない様子で秘書は頷いた。
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