第十六話 一般人世界への留学

 かつて能力者が能力者世界を形成する以前、つまり、一般人世界に暮らしていた頃、彼らは奇術や魔術を使うとして一般人から気味悪がられ排斥されていた。伊達派の起こりも、一般人による能力者排斥という事態が背景となっている。伊達派の開祖である真仁や春瀬の祖先は、一般人のムラで暮らしていたものの理解し難い魔術を使うと忌避され追放されて、山野を彷徨っていたのだ。また他の地域でも、大規模な能力者狩りが行われた歴史は数多い。一般人と交われば排斥か虐殺と学んだ彼らは次第に自衛のため一般人との交流を避けるようになり、能力者世界という彼らの世界にこもるようになったのだ。特に伊達派は開祖が被害者ということもありその傾向が顕著で、現在も一般人世界との接触は基本厳禁とされ、どうしてもという時には、統治府所管の一般人対策専門委員会の厳しい審査を受けて、許可を得なければならない。

 が対して、強さを絶対の価値基準とする実力社会の北条派は例外的で、能力を持たない一般人を自分たちに及ぶべくもない弱者と見なしており、時折一般人世界に進出し一般人のように振舞って活動していることがある。ここ最近、酒類の海外輸入に積極的になってからは、伊達派も常識に囚われない(酒好きな)改革王真仁の下、一般人世界展開が進みつつあるけれども、浸透度や大胆さの面でまだまだ北条派と比べるべくもない。

 だからこそ、この提案は彼女にしか出来ないものだったと言えよう。

「えー、今年四月、つまり、高校から転入することになった二人だ。伊達真仁君と北条七海さんだ。みんな、仲良くな」

 能力者二人が、彼らにとっては得体の知れぬ生き物、一般人の前に立って会釈する。

「それでは、二人は、彼女の前に前後並びで座ってくれ」

 教室の窓寄りを示されると、はいと言って着席した。




 担任の教師がHRを終えて出て行った後、上下藍色のブレザー制服を着た七海が真仁を小突く。

「終始目が見開かれていましたよ。あれではさすがに不審がられます」

 しかし、慣れないブレザーを触りながら、ぶつぶつ不服そうに言い返す。

「仕方ないだろう。見るもの全てが未知なんだ。専門委員会に提出させた書類に目を通しはしたが、実物は違う」

「ああ、こちらのことを記した書類ですか。正直、役に立っていますか?」

「まあ、なければより悲惨だっただろう」

「微妙な評価ですね」

「ないと困る。結構、立派な評価ではないか?」

「そう言われれば、たしかに……」

 ふむと頷く。

「それにしても、この奇抜にして理に適った提案、お前にしか出来なかっただろう。外務庁設立への尽力に続きお手柄だな」

 満足した様子で賞賛する。

「まさかパンゲア政策において北条派の文化を理解し易くするために、一般人世界にて異文化理解の“留学”を行うとはなあ」

 はっはっとゆったり笑う。

 パンゲア政策では、王帝対立の根源を両国の根深い文化的な差異に求めており、それを能力者という国を超越した一つ上の次元にある共通項を意識させることで相互理解し諍いを解消することを目指している。言うなれば、国家の枠を超えて人類の平和を築くために相互理解を促進するというのと、規模は違えど、本質的には同じ試みだ。対立の根本治療として異文化理解を謳っているのだ。この事前学習として“留学”を提案したのである。

 これが実現したのは、亡命後も細々と保っていた皇女の人脈のおかげであった。おそらくここに勤めている北条派の能力者がいるのだろう。ただ皇女も帝国の外に出ればその権力には限界があり、中途編入は十五歳高校一年のみという学校側の規定を満たすため彼らの方が年を一つ誤魔化した。

「しかしまあ、春瀬が知ったらうるさそうだ。お前の手柄とあったら尚更。良かったよ、委員会以外、極秘にしておいて」

 真仁が皮肉めいた笑みを浮かべると、七海は嘆息し目を伏せる。

「そうですね……。殿下は、未だに私を認めて下さりません……」

「王都の仇と気持ちが分かるだけに一方的に悪く言うことは出来ないが――切り替えも時に重要であると言ってやりたい。それと、現実の話をすれば、春瀬の承認など少なくとも政界では役に立たんぞ? あれは僕の下だ」

 そう言って、唇の端を上げると、七海は眉間に皺を寄せる。

「時々、良い人なのか、そうでないのか、分からなくなります」

「僕がか? まあ、政治をやっている時点で、少なくとも良い人間ではないさ。政治家に良心や潔癖さを求めてはならん」

「まさか」

 赤い目を開いて笑みをこぼすと、真仁は冗談っぽく肩をすくめた。

 その時。

「あ、あの……」

 突然、後ろから声が掛かり、二人はぎょっとして振り向く。能力者世界関連は完全秘匿。これが前提である以上、このタイミングで話し掛けられるのは彼らにとって非常に心臓に悪い。しかし、声の主の意図は、そんな悪い想像とは違ったようだ。

「は、はじめまして。わた、わたし、井田橋小夜子ですっ。その、生徒会の副会長で、引っ越してきたばかりでこちらの勝手がよく分からないお二人を、て、手伝うよう先生から言われていまして、あの……」

「そうか。では、お願いする」

「私からも、お世話になります」

 さすが王族に皇族。柔和な笑顔で慌てる少女を安心させる。

「は、はい。不束者ですが、ど、どうぞお願いします。だ、伊達くんに、北条さん」

 頭を下げると、やっとほっとしたように微笑んだ。柔らかそうな黒いくせっ毛がふわりと肩の上で揺れる。それから、あっと言って付け足す。

「ほ、放課後、時間が良ければ、生徒会室に来てください。会長が会いたいそうなので」

「七海。時間は?」

「今日は大丈夫です」

「ありがとう。それじゃあ、行かせてもらう」

 そう返答したところで天井から始業のチャイムが響いてくる。生徒たちが慌ただしく準備する中、真仁は一人頭上を不思議そうな顔で見上げる。


 ――この天井の裏で、鐘が鳴ってるのだろうか? それにしては、お腹に来る響きがない、まるで幽霊のような音だが……。


 この世界で学ぶべきことは多そうだ。

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