第二話 対立の歴史
「ああは言ったが、広がるは茨道だな」
日本能力者世界の内陸側に広大な領土を持つ伊達派の一五四代大王、
重厚な歴史書をめくれば、伊達派の詳細な経歴が事細かに記されている。例えば、一ページ目には、赤暦前五年、西暦では紀元後五年頃に、一般人から異常者として村より放逐され放浪していた伊達木の彦と
次のページには、
この信念に基づき、現行の臣民法では、伊達派の正式な臣民になるには、国家の基盤を作った大王家伊達家と氷野家、法律で特別な身分とされているこの始祖両家と直接的、または、間接的に血縁関係を得なければならないと定められている。
ところが、父木の彦にあまりに心酔していた山鳴大王は、当初、正式な臣民を始祖両家と直接血縁関係を持った者とその親族、及び、子孫に限定する勅令を発し、間接的に、つまり、始祖両家の誰かと結婚し正式な地位を得た者の血族と婚姻関係になることでは正当な法の認可は受けないと規定した。そのような者たちは、準臣民と定められ、二級家臣として区別された。
だが、これで上手くいくはずはなく、さらにページを進めると、案の定、山鳴の子、
なお、飛躍する数値から明らかな通り、この頃、最初の人口爆発が発生している。この背景には、農業の発展や貨幣経済の誕生などが挙げられるが、実は最も大きな要因はそのいずれでもない。日本能力者世界の沿岸部を支配域に置くもう一つの国家、王帝分裂史の帝の国、北条派から大量の亡命者が流入したことが一番の理由であった。
「読むべきはここからだったな」
ついだらだらと読んでしまった自分に苦笑いしながら、真仁は椅子に背を正して座り直す。
北条派は西暦五年、独自の
この後、独裁的な最強の黄帝を頂点に据えた専制国家、北条派の樹立を宣言し、自身が初代帝位に就くと、双子の妹、
以来、北条派は徹底的な純血主義で近親相姦によって圧倒的な強さを誇る能力者を多量に輩出するようになり、その版図は国家樹立から十五年の内に本州の沿岸ほぼ全域と四国の東岸、さらに、関東では伊達派誕生の地である横浜北部を大きく超えて越後山脈の南側まで拡大した。さらに、海石帝が病没する黄暦八五年頃には、東北の奥羽山脈の南側、いわゆる日本三大アルプス全域、四国地方全域を支配下に新たに加え、北条派は一気に大帝国となった。次に、
本州を飛び越えて広がった領土を支配するのに、白海帝は強権を繰り返し用いたのである。各地域の独自の文化や考えを無視し、一切を黄帝の方針で統一し、違反するものは容赦なく公開処刑にして服従を恐怖で強用した。北条派の臣下たちはその暴力に脅え切っていた。
一方、同時期、伊達派では対照的に善き父による善き家庭というものが国家規模で実現していた。そこには、搾取はなく、弾圧もなく、恐怖もなかった。そこには、自由と平和とほっこりするような温かさがあった。これが噂で伝わると、より良い生活を求めて決死の思いで亡命する者が急増したのだ。そのピークがちょうど臣民の定義を一気に拡大した三代風森大王の時代に当たり、人口の激増に繋がったのだ。
しかしながら、この大亡命による人口移動が伊達派と北条派の間に最初の対立をもたらした。領土問題である。当然だが、当時の伊達派は北条派に比べれば、非常に矮小な国家であったため、一万をゆうに越す人口を養うだけの耕作地はなかった。そこで、民間レベルで北条派領地の略奪が横行。特に関東の内陸領はほとんど伊達派臣民に強奪され、北条派の国力は大きく減衰してしまった。三代黄帝浜風は、風森大王に書状を送って、事態の正常化と国土返還を求めたが、必要な耕作地を得るための領土拡大の手段が簒奪以外なかったので、何と大王は訴えを無視し、この動きを黙認してしまった。その態度を知った浜風帝は怒り狂い、後進国伊達派の大王を「山賊の頭領」と呼んで非難したと記録が残っている。
さらに悪いことに、人も土地も奪って繁栄し始めた伊達派は、四代大王の時代に一気に人口十万を突破して、先に国家として成立していた北条派とついに人口が逆転してしまう。ここから本格的に両国の関係は悪化してゆき、地方地方で領土紛争が頻発するようになってくる。
ページを急いでめくっていくと、赤暦三〇一年、黄暦三〇六年、伊達派で九代大王火ノ島が即位する。勤の口からもその名が出た戦争王だ。彼は大変な野心家で、あろうことか列島の統一を目論み、現在まで続く統一戦争を始めたのだった。
「悪しき風習はここら辺からか。長いものだな」
自嘲的にふっと笑う。それから、悲しい目になってぼそりと呟いた。
「しかし、両国の関係が良かった時期が、いくら探しても存在しないとは……」
読み過ぎて擦り切れた本をパタンと閉じる。これ以上国外のことについて読むものは何もないのだ。後は、本当にひたすら統一戦争が行われ、境界線が行ったり来たりを繰り返すだけなのである。もっともその前も、青年大王の願いと裏腹に、不和と争いの話しかなかったのだが――。
元通り本棚に仕舞うと、ロウソクの火をふうっと吹き消し、欠伸を一つしてから豪華な天蓋つきベッドに潜り込んだ。苦しそうな寝返りの衣擦れは、小一時間やむことはなかった。
ぱっかぱっか
馬よ駆けろ
春の風となって
進め
ぽっかぽっか
ひざを包め
春の日差し
我に注げ
春先の午後、大王を乗せた八頭立ての馬車は、一般人から気付かれないように人工的に作られた森の中の道を砂利をはねながら走っていた。全国に点在する伊達派城塞都市の間を結ぶ道路であり、有事の際には軍道となる非常に大きな街道だ。
十四で成人し親政を開始してからもう二ヶ月が経とうとしていた。黒いスーツに絹で出来た大王の赤いマントを羽織ってゆったり腰掛ける姿や、右肘を窓枠について外を眺める横顔には、早くも威厳ある王の気風が宿っている。仕事も突然増えた。今も一般人世界で言う埼玉県の中部にある森下市という町の視察に行った帰りである。明日はさらに北まで足を伸ばすことになるが、明後日は逆に南の方へ用事がある。昨日は東へ行って、一昨日は西に向かった。加えて、中央の仕事も容赦はしてくれない。為政者とは本当に忙しい身なのだ。その割に文句を言われることが圧倒的に多いのだから、真面目に政治をやっている人は気分が悪くて仕方ないだろう。
普段人前では押し殺している疲れが、油断すると、はあっとため息になって抜けてゆく。
「お疲れですか、陛下」
声にはと顔を上げると、開けた前面の窓の外から中年の御者が鞭を打ちつつ微笑んで右肩越しに振り返っている。
「ああ。少しな」
しかし、その目は空の水色を映さず、どんより曇っている。御者の男はそれを見咎め、息子と同い年くらいの青年大王に優しく言葉をかける。
「次の目的地までまだまだ御座います。どうぞお休みください。お体もあまり強くはないのですから。着きましたら、声をおかけしますよ」
「そうか。それでは――お言葉に甘えるとしようか」
欠伸交じりに言うと、早速頭を窓ガラスに預ける。程なくしてすうすうと寝息が聞こえてくる。御者は今一度振り向いて目を細めると、馬の足音を少しでも抑えようと手綱を操った。
ぱっかぱっか
馬よ駆けろ
春の風となって
進め
ぽっかぽっか
ひざを包め
春の日差し
我に注げ
きっらきっら
光まぶしく
木漏れ日鱗の
ステンドグラスかな
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