第3話 ホーペの過去

汚れた子は街で生きていけない。そのことをホーペは重々知っていた。

18歳で看取り場を抜け、ホーペは迷うことなく、街はずれの山へ入り森の奥深くの山小屋でしばらく身を潜めた。

食べ物も、着るものもない山の中で、ホーペは一羽の弱った小鳥を見つけた。

魔法で火をおこせば、食料になるような小鳥。

その小鳥は、今にも殺されるだろう。そんなあきらめた目をしていた。

しかし、ホーペはその小鳥を両手で包み込み、自らの生気せいきを小鳥に与えたのだった。

小鳥は一瞬にして回復し、すぐに羽ばたいて去っていった。

ホーペはそれを見届けると、その場に倒れてしまった。



ふと、目が覚めたホーペは、辺りを見渡して驚いた。

倒れていたはずの場所は森の中道だったはずなのに、山小屋の中にあるはずのない、掛け布にくるまれている。

それだけではなかった。

小さな暖炉にはごうごうと燃える火が、そしてたくさんの薪も。

テーブルの上には、森の木の宮、果実に卵。

目を丸くしながらホーペは夢中で果実をほおばった。

冷え切った身体を暖炉で温めながら、だれが、何のために助けたのか、それが人間なのか考えた。

コツコツ、とドアをノックする音が聞こえ、ホーペはかまえた。

しかし、だれも入ってくる様子がない。恐る恐る、ドアを開けてみると、そこには以前、ホーペが助けた一羽の小鳥と、その背後にはたくさんの動物たちがいた。


「君が、僕を助けてくれたの?」


ホーペが小鳥に尋ねると、小鳥は羽ばたき、たくさんの動物の周りをくるくると羽ばたいて周った。


「みんなが、助けてくれたんだね。」


―ありがとう。


そのとき、ホーペの目から涙がこぼれた。

そしてそのしずくが、ホーペの肩にとまった小鳥の頭に落ちた。

すると、小鳥は光に包まれ、人間へと姿を変えた。

金色の髪に青色の目。そして、ホーペとよく似た顔立ち。


「母さん…」


ホーペは自然とそう呼んだ。

金色の髪の女は優しく微笑むと、ホーペにそっと近づき、頭を撫でた。

あたたかい温もりに包まれ、とめどなく涙があふれ、ひたすら母に縋りついた。

動物たちが静かに見守る中で女は言った。


「ホーペ。私たちはあなたを待ってるわ。迷ったときは森の動物たちに耳を傾けて。」


そこまでいうと、女の姿は薄く、光も消え始めた。

ホーペは、いやだ、行っちゃいやだ、と泣き叫ぶ。


「ごめんなさい。もう時間なの。最後に、これだけは守って。黒き者に近寄ってはだめよ。」


消えゆく女は強く言った。


「黒き者…?」


ホーペが尋ねると、女は力強く頷いた。


「黒き者と関わってはだめよ。決して。」


女は、バッと慌てて後ろを振り向き、一度ホーペに微笑むと、フッと消えていなくなった。


「母さん!?母さん!!」


どこを見ても母の姿はもうない。


「どこに行ったの!?ねえ!!みんな!!」


動物たちに訴えかけても、口を開くものはいない。


―答えてよ!!!!!


ホーペがそう叫んだとき、ホーペの身体から青い光が放たれ、キラキラと動物たちに振りかかった。

すると、一匹の大きな熊が口を開いた。


「ホーペ、聞こえるか。」


若い男の声だった。

ホーペが目を丸くして熊を見る。「話せる、の?」ホーペの問いに熊は頷き続けた。


「今、お前が話せるようにしてくれたんだ。母さんからもらった力でな。」


その言葉にホーペはまた、母さんはどこ!と聞いた。

しかし、熊は悲しい顔をして遠くを見るような目をした。


「お前の母さんは。とても遠い場所にいる。ホーペ。お前が助けてやるんだ。」


そして熊はホーペの足元を指した。


「その小鳥は渡り鳥だ。お前に助けてもらったことを、お前の母さんの元まで伝えに行ったんだ。」


ホーペは急いで小鳥を救い上げて確認したが、すでに固く冷えていた。

慌てて、前、助けた時と同じように、両手で包み込んだ。


「残念だが、死んだものを生き返すことはできない。」


若い女の声がして上を見上げると、一匹の子を抱えたサルがいた。


「そんな…」


ホーペは手の中の小鳥を見つめ、声を殺して泣いた。


「知らせを聞いたお前の母さんが、その小鳥に魔法をかけて、お前に会いに来たんだ」


限られた時間の中でな。と大きな熊はつぶやいた。


「ホーペ!ホーペ!」


小さな子供の声がして足元を見ると、白いうさぎが立っていた。


「その小鳥さんの翼の羽根を、ひとつ。絶対に無くさないで。」


ホーペが小鳥の翼に触れると、ひらり、と一枚の青い羽根が宙に舞った。

ホーペが慌てて見上げると、小鳥たちが丈夫なひもで羽根を拾い、ホーペの首の後ろで結んでくれた。


「その羽が、あなたをお母さんのところまで導いてくれるわ。」


胸元の羽根が、かすかに光っている。


「その光が強くなったら、お母さんのところに近づいているサインよ!」


―母さんは、生きている―


その事実がホーペの生きる力になった。


「コウモリにはくれぐれも気をつけなさい。」


大きな熊からの忠告を真に受け頷くいた。


「準備ができたら山を下りて北へ、ずっと北へ進むんだ。迷ったときは動物たちに尋ねたらいい。」


―みんな、必ず力になってくれるはずだ。


その言葉を胸に、ホーペは母を救うべく旅にでたのだった。

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