第2話

「……夢……? そんなわけないよね……」

 ハナは財布を持ってブツブツ言いながら商店街を歩く。

「お、ハナちゃん! 今日もおつかい? えらいねえ!」

 天ぷら屋のおじさんに話しかけられたことにも気づかず、ハナは商店街に出たところで腕を組んで立ち止まり、考え込む。

 ウメがしゃべったなんて信じられない。ウメは当たり前のようにふるまっていたけど、当たり前のことなわけがない。ウメとは生まれてからずっと一緒にいる。そのせいもあって、ウメにはハナの言葉……というか、人間の言葉が全部わかっている気がする。でもその逆は、やっぱりちょっと信じられなかった。もっとウメにいろいろ聞いてもよかったけど、お母さんを起こしそうだったし、魚屋さんのお刺身のいいところは夕方の早い時間になくなってしまう。それにカリンちゃんのおばあちゃんにお見舞いを持って行くという大事な役目もあった。いや、そもそもそのお見舞いもウメの命令によるものだったけど、おばあちゃんが心配なのはハナも一緒だ。

「そういや聞いたかい? カリンちゃんのおばあちゃんの話」

 ぼんやりとしているハナに天ぷら屋のおじさんがさらに話しかけた。ハナはようやく顔をあげるとおじさんに答える。

「泥棒が入ったんでしょう?」

「ケガしたって聞いたけど大丈夫かね」

「ケガ!?」

 その話は初耳だった。確かおばあちゃんが留守の隙に入り込んだんじゃなかったっけ……?

「なんでも頭をケガしたって話だよ」

 一瞬ハナの頭からウメのことが消えて、とにかくおばあちゃんが心配でたまらなくなってくる。カリンちゃんと一緒に遊びに行くといつもおいしいお茶とお菓子を出してくれるおばあちゃんだ。

「そっか、わかった。おじさん、教えてくれてありがとう」

「え?」

 勝手に頷き、ハナは天ぷら屋さんの隣のパン屋さんに入るとフィナンシェの詰め合わせを買い、カリンちゃんのおばあちゃんちへと向かう。


 魚屋さんの手前の路地を入ったところがカリンちゃんのおばあちゃんちだ。カリンちゃんのすんでいる高層マンションとは大違いの古い小さな家の前に立ち、ハナはインターホンを押した。ちょっとだけ待つと扉の向こうに人の気配がした。カリンちゃんのおばあちゃんだ。

「こんにちは。斉藤の家のハナです」

「あら、ハナちゃん」

 扉の向こうからおばあちゃんが顔を出した。

「泥棒に入られたって聞いてお見舞いを持って行けってウメ……じゃない、お母さんが」

 ハナはフィナンシェの包みを差し出す。

「わざわざ悪いわねえ」

 困ったように言うおばあちゃんは、それでも少しうれしそうだった。そのときハナはあることに気づく。

「あれ? おばあちゃん、ケガは?」

「ケガ? ケガなんてしてないわよ。また誰かが大げさに話をしたのね」

 おばあちゃんはふふっと笑う。商店街で噂になると話がちょっぴり大げさに伝わるのはハナも知っていた。ずっと前に酒屋のおじさんが転んでケガをしたときもちょっとすりむいただけだったのに、翌日天ぷら屋さんで話を聞いたときは命に関わる大ケガになっていた。

「でも、よかった。元気そうで」

「いろいろもってかれちゃったけどね。おじいちゃんとの思い出の品まで」

 おばあちゃんがさみしそうに言った。カリンちゃんのおじいちゃんがなくなったのは、つい去年のことだった。商店街のみんながたくさん来たお葬式と、泣いていたおばあちゃんとカリンちゃんのことをハナはよく覚えている。

「でも本当にありがとう。お母さんにもよろしく伝えてね。お茶でも飲んでく?」

「うーん、今日は買い物の途中だから帰るね。ごめんなさい」

「あら残念。また来てね」

「うん」

 ハナが頷くと、おばあちゃんはにっこりと笑って扉を閉じた。とりあえずおばあちゃんにケガがなくてよかった。でもいったい誰が泥棒なんてしたんだろう? 昼間におばあちゃんが買い物に行った隙になんて、きっと15分くらいの時間のはずだ。そんな短い時間に泥棒するなんて、難しい気がする。商店街の誰かがおばあちゃんの家に泥棒したなんて考えたくないけど……。

「なーお」

 気がつくと異様に体格のいい猫が座ってハナを見上げていた。魚屋のトロだ。黒と灰色のしま模様のトロの背中は太りすぎで毛が割れている。大きくなったせいで皮膚が伸びて、体に横線が入ったみたいに毛が生えていないように見えるところがあるのだ。毛のことを抜きにしても、トロは真上から体だけ見ると、丸くて別の動物みたいだ。

「あんたなんか知ってるの?」

「なーう」

 トロの声はウメの声よりちょっぴり低い。そして当たり前だけど、人間の言葉は話さなかった。

「……あんたはしゃべんないのね」

 トロはハナを見上げると不思議そうに首をかしげた。

「しゃべるわけないよねえ」

 ハナのその声にはこたえず、トロはハナの行き先を知っていたかのように、路地を魚屋に向かって歩き出す。もっとも家に帰りたいだけかもしれなかったけど。ハナはそんなトロのあとを追って魚屋に向かう。


 魚屋さんで買ったお刺身をハナが冷蔵庫にいれて、椅子に座ったのとほとんど同時にウメが台所に入ってくる。顔を出すとまず大きく伸びをして、それからウメは言った。

「ふあーよく寝た」

 ウメがしゃべっていたのは夢じゃなかったみたいだ。でもハナはもう驚かなかった。

「ちゃんとお刺身買ってきた?」

「買ってきたわよ、イカとエビとマグロの盛り合わせ」

「ハァ!? それじゃ半分もあたしが食べられないじゃない!」

 ウメがきれいなつり目でハナをにらみつける。もちろんそのつもりで買ってきたのだ。猫はおなかを壊すのでイカとエビは食べられない。食べられたとしてもマグロだけだ。

「どういうつもりよ」

 ウメはぴょんっと飛び跳ねて膝の上に乗るとハナの胸に片手を置き、もう片方の手でハナのほっぺを叩いた。といっても爪も出ていないし、ただ肉球が当たるだけで痛くはない。

「どういうつもりもなにも、ウメにはキャットフードがあるでしょ」

「あんたね~! 今日はあたしの誕生日だって言ったでしょ! 」

 ウメは膝の上に座ってハナを見上げると不満げに叫んだ。だが、そのすぐあとにまるでふふんときれいなお姉さんが笑うかのように、口の端をあげながら言った。

「いいわよ? そっちがそのつもりならあんたのベッドにおしっこしてくるから」

「げっ!」

 思わずうめき声をあげたハナの膝から飛び降りると、ウメはおしりを振りながら台所から出て行こうとする。

「ちょ、ちょっと待ってよ、ウメ」

「なによ?」

 ウメが勝ち誇ったようにハナを振り返った。ちょっとしたイジワルのつもりだったのに、そんなことでベッドにおしっこをされるのは困る。

「ちゃんとマグロいっぱいあげるし、おやつもあげるから!」

「わかればいいのよ、わかれば」

 ウメはすました顔で言うと、ハナの腕に飛び込むようにジャンプした。仕方なくハナはウメを抱き上げると、もう一度椅子に座る。ウメは何事もなかったようにハナの膝の上で毛づくろいを始めた。

 悔しい……! ハナはウメをにらみつけながら今年のはじめの出来事を思い出す。

ウメのベッドおしっこ攻撃は、年に1回か2回あるかないかのウメの“粗相”だった。ウメは基本的に変なところで爪も研がないし、トイレ以外の場所でおしっこをすることもない。だが、年に1回くらいのそれは、あきらかにウメがなにか不満があってする“抗議”だった。今年のはじめにやられたときは、ウメに留守番をさせてハナとお母さんが二泊三日の温泉旅行に行って帰ってきた日のことだった。

 ウメは、帰ってきたハナたちがうれしくてたまらないように玄関まで出迎え、一緒に二階にあがると、旅行の荷物を片付けようとしたハナとお母さんの目の前で、ふたりの顔を見ながらベッドにおしっこをした。旅行は楽しかったけど、疲れて帰ってきてベッドにおしっこをされたらたまらない。驚いて怒ることも忘れたふたりの前で、ウメはすました顔でベッドから降りると、かわいらしくにゃーんと鳴いたのを覚えている。そのときお母さんはあきらめたように言った。

    留守番させて悪かったわよ、ウメ。

    今日は缶詰あげるから機嫌なおして。

 缶詰はいつも乾燥したキャットフードを食べているウメにはかなりのごちそうだった。そしてふたりは旅行から帰ってきたばかりなのに、布団にしみこんだおしっこをぞうきんで必死に吸い取り、布団カバーを換えたのだった。

「それにしてもあたしの言葉がわかってよかったじゃない。あたしの言葉がわからなかったら、あんたは今夜あたしのおしっこが染みついた布団で寝ることになってたわよ」

 そもそもウメの言葉がわからなかったら、晩ごはんをお刺身にはしていない。一応ウメの意見を聞いてお刺身にしたのに! 確かに選んだお刺身はちょっとイジワルだったけど、それでもマグロは入れたのだ。それで布団におしっこをするなんて、ひどい。

「ヤなやつ!」

 ウメを膝の上にのせたままハナは言う。するとウメは手を舐めながら答えた。

「わざわざイカとエビを選んで買ってくる方がヤなやつよ。そんなイジワルな子に育てたつもりないんだけど?」

「ウメに育ててもらったわけじゃないもん」

「よく言うわよ。あたしはあんたがユリのおなかの中にいるときから知ってるんですからね」

 それを言われるとハナはちょっと弱い。でも育ててくれたのはおばあちゃんとお母さんでウメではない。言い返す言葉を探しているハナの膝の上で、ウメは両手両足をきっちりそろえて座ると言った。

「で、どうだった? カリンとこのおばあちゃん」

「……おじいちゃんとの思い出の品まで盗まれちゃったって落ち込んでた。でも元気そうだったよ。ケガもしてなかったし」

 質問されてちょっと不機嫌そうにハナが答えるとウメは不思議そうに首をかしげる。

「ふーん……」

「なによ、なんか文句あるの」

「別に? で、おばあちゃん、ケガはしてなかったのね?」

 ウメが念を押すように言った。

「うん」

 ハナが頷くとウメは安心したように大きく息を吐いた。

「クロがケガしてたなんて言うから心配して損しちゃった」

「私も天ぷら屋さんにケガしたって聞いたから心配したけど大丈夫そうだった……ってクロ?」

 意外な名前が出てきてハナは聞き返す。クロは今日も学校の帰りに見かけた黒いオス猫だ。天ぷら屋さんのあたりを縄張りにしている。

「トロはケガなんてしてないっていうけど、トロったら名前どおりちょっとトロいじゃない? でもトロの話よりクロの話の方を信じたあたしが馬鹿だったわ。クロと天ぷら屋がそう言ってるってことはどうせ天ぷら屋のオヤジが話を大げさにしたのね」

 ウメが一気にしゃべり出す。

 たぶんウメの言うとおり、ハナもおじさんからケガの話を聞いたし、商店街イチおしゃべりで調子のいい天ぷら屋のおじさんが話を大げさにしたんだろうとハナも思う。でも、ウメはどうしてこんなに商店街のことに詳しいのだろう。それに家から出てないはずなのに、商店街の猫たちと会って話をしているみたいだった。

 いきなりしゃべり出すし、ウメには謎が多すぎる。ハナはウメの頭をつかまえて自分の方を向かせるとぐっと顔を近づける。

「ねえウメ」

「なによ」

 ウメが嫌そうに顔を離そうとするが、さらにハナはウメに顔を近づける。

「あんたいったい何者?」

「ハァ? あんたんちの猫だけど」

「そうじゃなくて!」

 ハナはウメと鼻がくっつきそうな距離で言い返す。するとウメは明らかに嫌そうな顔をして仕方なさそうに口を開く。

「だから、斉藤ウメ。日の出商店街生まれの今日で15歳。メス猫」

「そんなことは知ってます」

「ほかになにもないわよ」

 ウメがぐぐっと腕に力をいれてハナの手の間からすり抜ける。そのとき。

「ふぁーよく寝た」

 朝とまったく同じ格好でお母さんがあくびをしながら台所に入ってくる。そのセリフはウメがさっき台所に入ってきたときに言っていたセリフとまったく一緒だった。膝の上にウメを抱いたままのハナを見てお母さんが頭をかきながら言う。

「あんたたちは仲良しねえ」

「仲良しじゃないよ」

 そう答えたハナの膝からウメは飛び降りると、お母さんの足下をくるりと回る。

「おはよう、ウメ」

「にゃーん」

 ついさっきまでしゃべっていたはずなのに、ウメがちゃんと猫の声で鳴く。お母さんは冷蔵庫をあけ、麦茶のポットを取り出すと、コップに注ぐと一気に飲み干して言った。

「あらもうこんな時間?」

 すでに時計は6時をまわっていた。

「ごめん、出前でいい?」

 お母さんが顔の前で手をあわせるごめんなさいのポーズをしながら言った。

「お刺身買ってあるよ。エビとイカとマグロ」

「さすがハナ! できる娘ねー。でも昨日と一緒じゃない?」

「それは―――」

 なんて説明しようかハナが迷った瞬間、ウメがお母さんにすり寄った。

「にゃおん」

「あら、おはよう。ウメ。今日もお刺身だって。あんたラッキーね」

「にゃーん」

 まるでお母さんに同調するかのようにウメが鳴く。まったく調子がいいんだから!

「そんなことよりお母さん、家の鍵ちゃんと締めてよ。学校から帰ってきたら鍵開いてたよ」

「大丈夫よ。どうせ宅配便くらいしかこないし」

「もう、カリンちゃんのおばあちゃんちに泥棒が入ったんだからね!」

 お母さんと話し始めたハナの足下でウメがもう一度にゃーんと鳴いた。


「宿題終わった?」

 ベッドの上で寝ていたウメが起き上がり伸びをしながら言った。

「うるさいなー、あとちょっと」

 宿題の算数のプリントを終わらせようと机に向かっていたハナの隣で、ウメは毛づくろいを始める。お刺身の晩ごはんを食べて、お母さんが仕事部屋に入ったあとからまたウメはいろいろとしゃべりはじめた。ハナがお風呂に入って自分の部屋に戻ってからは、ずっとベッドの上で眠っていた。

「ウメはいいよね」

「なんの話?」

 ウメが毛づくろいをやめてハナを見た。

「宿題もないし、学校もないし、昼間は寝ているだけだしさ」

「あんたは知らないだろうけど、案外忙しいのよ、あたし」

 ウメはえらそうに言うとまた毛づくろいを始めた。

 忙しいなんて絶対にウソだとハナは思うけれど、学校に行っている間、ウメがなにをやっているかはわからない。商店街の猫たちと情報交換をしているのは昼間なのだろうか? お母さんが寝ているか仕事をしていて、ハナが学校に行っている間くらいしかウメがひとりでなにかをやる時間はない。それともハナが寝たあと?

 ウメには聞きたいことがたくさんあるけれど、簡単に答えてくれるとは思えなかった。

「なにぼんやりしてるのよ、さっさと宿題終わらせて寝ないと、寝坊するわよ」

「わかってるよ」

 ウメに言われてハナは宿題のプリントに向かう。晩ごはんの前にやっておきたかったけど、こんな時間になってしまった。お風呂に入ってパジャマになってから宿題をするのはハナの趣味ではないが仕方ない。ちなみにお母さんは家にいるときはほとんど一日中パジャマだ。

「終わった!」

「はい、おつかれさま。ユリは今夜も遅いのかしらねえ」

 ウメが手を舐めながら言った。

「〆切終わったのにね」

「あんな時間まで寝てたら夜眠れるはずないわ」

 そういいながらウメは再びベッドの上で丸くなる。

「ちょっとどいてよ」

 ベッドに向かうと、ハナはウメの載っている掛け布団を一気に持ち上げた。だがウメはどかずに眠そうな顔でハナを見た。

「なによ。今ちょうどこの布団、いいかんじで気持ちいいんだけど」

「あたしが寝れないじゃん」

「はいはい、どきますよ」

 ウメは布団から床へと飛び降りてから、今度はベッドに腰掛けたハナの膝にジャンプした。

「重いよ」

「トロに比べればこんなの半分よ、半分」

 ウメはすました顔で言ったが、どちらかというと特別なのは魚屋のトロの方で、ウメがやせているわけではないとハナは思う。トロの体重はいったい何キロあるんだろう?

「ウメって商店街の猫のことよく知ってるね」

「まあ長生きだからね。このへんだと次がシロかしら」

 ウメが佃煮屋さんの白猫の名前を言った。シロってそんなに年をとってたんだ。知らなかった。それにしても長生きってことは……。

「ウメっておばあちゃんってこと?」

「失礼ね! あたしはまだぴちぴちよ」

 ぴちぴちという言い方がおばあちゃんみたいだと思うが、ウメを怒らせるのは面倒なのでそれは言わないでおく。確かに猫で15歳というのは長生きな方だ。

「……もしかしてウメって化け猫?」

「ほんっとーにあんたは失礼な子ね!」

 化け猫は猫の妖怪だ。ハナはお母さんの部屋にある大量の猫写真やら猫の本の中で、化け猫について書かれた本を読んだことがある。もしウメが化け猫だったとしたら、呪い殺されちゃったりするかもしれない。

「あたしはちょっとかわいいただの猫よ、ただの。妖怪と一緒にしないでちょうだい」

「ただの猫はしゃべらないと思う」

「しゃべるわよ。人間が気づかないだけで」

「だって聞いたことないよ。今日昼間に会ったトロだってしゃべってなかったし。それにウメはお母さんの前だと人間の言葉をしゃべらないじゃん」

「そんなことどうでもいいじゃない。さっさと寝るわよ」

 ウメがハナの膝から降りていつもの定位置、ハナの枕の横で丸くなる。

「どうでもよくないよ」

「にゃーん?」

 枕の横でかわいらしく首をかしげてウメはそう鳴いた。

「ず、ずるい!」

「にゃおん?」

 つめよったハナにさらにウメはかわいらしく鳴いてみせた。

「ちょっとウメ!」

「おやすみなさい、ハナ」

 ウメは大事なところを話すつもりはないらしい。ハナはふたつに結んでいた髪の毛をほどき、カーディガンを脱ぐ。

「……うー、おやすみ、ウメ」

 ハナも仕方なくウメの横で布団に潜り込み、電気を消す。寝返りをうつと、そこにはウメのつやつやで茶色いしましまの背中があった。生まれてからずっとこの背中を見ながら眠っている気がする。冬になるとウメは布団の中に入り込んでくるけど、でもぴったりとくっついて一緒なのはかわらない。寝るときにウメは邪魔だといつも思う。でも、ほかの場所に泊まったときにウメがそばにいないとちょっとさみしい気もする。

 ハナはそっと手を伸ばしてウメの背中を撫でてみる。つやつやの毛皮の下にウメのごつごつした背骨がある。

「早く寝なさいよ」

「うん……」

 ウメが初めてやさしい声でしゃべった気がして、ハナはそのまま安心したように目を閉じた。


 その夜、ハナは夢を見た。小学校2年生のときに死んじゃったおばあちゃんの夢だ。

 ハナが小さい頃からお母さんは忙しくて、いつも一緒に眠ってくれたのはウメとおばあちゃんだった。おばあちゃんは眠るときにいろんな話をしてくれた。

「ウメはマツの娘だからね、特別な猫なんだよ」

「マツってだあれ?」

「ウメのお母さんで、おばあちゃんの大切な友だち」

「猫なのに友だちなの?」

「そう、友だち。だからハナもウメと友だちになるんだよ」

「にゃうん」

 おばあちゃんにまだ若いウメがすり寄る。

 ウメは全然友だちってかんじがしない。でもおばあちゃんはウメのお母さん……マツと友だちだったんだって。それにしても、マツってどんな猫だったんだろう?

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