第6話 その事情1




               ***




 まるでこの場所だけぽっかりと穴でも開いているようだった。


 周りでは様々な雑音がひしめいている。いや、ここは病院なのだから〝ひしめく〟という表現は適さないかもしれない。平日の午前中だがそれほど混雑もしていないし、待合室は静かで話し声も会話の内容が聞き取れるほどの声量ではなく、受付の方もそれは同様だ。


 マスクをつけた男性や子供連れの女性、家族らしき人物に連れられた老人。囁き、咳き込み、上階から響く足音、駆け足、遠くから泣き叫ぶ幼い声、喚き声……。


 それに比べてここはどうだ。


「「「…………」」」


 静かすぎる。

 三人もいるのに、ただただ沈黙だけが横たわっている。


(……はぁ)


 諒真りょうまの隣にはレンカと、昨日もここに座っていた異彩を放つ少女の姿がある。キャスケットを目深に被り、ギプスに覆われた右腕を三角巾で吊るしている少女だ。


 白い頭髪の少女である。

 ただし、今日の彼女は付き添いだ。

 まあ、昨日も受診に来ていたかは怪しいところだが。


(……まさか、折れてるとはな……)


 病院に用があったのは諒真の方だ。

 昨夜、赤いコートの人物に金属バットで殴打された右腕。やたら痛むもののあれだけ殴られたのだから仕方ないだろうと大して気にも留めていなかったのだが、今朝になると大きく腫れていて、


「今でさえクラスでも浮いてるのに……これで本物の腫れ物になっちゃいましたね」

「うるせえよ」


 ……朝食の準備にもだいぶ支障が出るものだから、遊里から病院に行くよう言われたのだ。そうしたらどうだ。骨折。全治約二か月と言い渡されてしまった。

 幸いだったのは、あんなにやられたにもかかわらず片腕だけの骨折で、今は痛みもなく……そうでなくても利き腕である右をやられたのは痛いが、それより、


「お揃いですねぇ、おふたりさん~。ひゅーひゅー、見せつけちゃって~」


 ……それだ。なんの因果か、隣にいる白髪の少女と同じ腕を吊るしている格好なのだ。たまに向けられる周囲の視線が痛い。何が悲しくて同じところを骨折しているのだろう。というか、事情を知らない他人が見れば、いったい自分たちの間に何があったのかと不思議に思うに違いない。いろいろ勘繰られているかもしれない。そう考えるといたたまれなくなる。

 とっとと会計を済ませて帰りたい。


(……通り魔め……次にあったらおぼえてろ……)


 昨夜はいろいろあってとり逃してしまったが、思わぬ収穫を得た。

 ずっと知りたかった両親についてだ。

 でもだからこそ――誰かにこの不満をぶつけたい。

 つまり、八つ当たりしたい。


(身ぐるみ剥いで慰謝料ぶんどってやる……)


 そんな過激なことを考えてしまうくらいにはやるかたない想いを抱えていた。




               ***




 ――――まるで夜闇から滲み出た幻のように、彼女は諒真の前に現れた。


 そして、不意に駆けだしたのだ。

 こちらに向かって迫ってくる白い頭髪の少女。彼女は路上を蹴って跳び、身軽な動作で諒真を飛び越えたかと思うと、


「っぁ……!」


 すぐに振り返って見れば、通り魔に飛び蹴りを喰らわせているところだった。

 吹っ飛ばされた通り魔も一瞬わけが分からず混乱しているようだったが、すぐに身を起こし、背を向けて走り出した。逃げるつもりなのは一目瞭然だったし、それを突然現れた白い髪の少女が追いかけようとしているのも分かった。そのまま追わせていればよかったと思う。

 しかし、言葉が口を衝いていた。


「待て! そいつを追うな……っ!」


 わけが分からず状況を呑み込めていなかったからだろう。自分が命令して白い髪の少女がそれに従うかどうかなんて考えるより先に、彼女の追跡を引き留めようとする想いが働いた。


「…………」


 初対面の相手の言うことを聞く義理はなかっただろうが、そもそも追いかける必要もなかったのかもしれない。白い髪の少女は諒真の言葉にぴたりと足を止め、体ごとこちらに振り返った。


「…………」


 無言で近寄ってくる。迷いのない真っ直ぐな足取りに既視感を覚えたが、同じ無表情でもあっちはまだ人間的な感情が垣間見えた。向こうとは何度となく言葉も交わしたからそう思えるだけかもしれないが、こっちの少女はどこか機械的、無機質な印象を受ける。人間味が感じられず、ひどく不気味だ。彼女の左手にある拳銃のようなものもそれら印象を強くさせる。


 はっきり言って、気味が悪い。

 これまで出会ったことのないタイプの――人間、と呼ぶことすら抵抗を覚える、まるで人形めいた少女。


〝わけが分からない〟の次元が違い過ぎる。

 正体不明、意味不明、皆目見当もつかない。

 何なのだろうか、この少女は。


「お前……何なんだ……?」


 よぎった想いはそのまま言葉となって放たれた。


、は……、」


 その目はずっとこちらに向けられている。しかし彼女の青い瞳は諒真を映していない。何か別のものを見ているかのようだ。視線は固定され動かないが、ほとんど〝泳いでいる〟といっていい。瞳の奥、揺れるものがあるように感じた。


「…………、」


 表情を変えないまま、しかしどこか困惑の色を滲ませながらいったん口を閉ざす。

 何を言うべきか悩んでいるというより、言葉を探している、選んでいるのか。

 見た目からして日本人ではなさそうだし、もしかすると日本語が通じていないのだろうか。

 と思えば、もっと理解しがたい台詞が飛び出してきた。


「あるてるはおよめさま、です」

「……は?」


 何かこう、覚えのある言葉が聞こえたような、聞きたくないような。



「あるてるは、お前のお嫁様……です」




               ***




 ――そういう次第で、意味が分からない。


 その時点ではかろうじて少女の名前が『アルテル』というらしいことは分かったものの、それだけだ。何が「お嫁様」なんだか。そもそも〝様〟ってなんだ、様って。


 ……そんな具合に、とにかく混乱していた。


 しかしいつまでもそうしておられず、すぐに移動することになったのだが。


「……人が来ます」


 頭の上に耳でもあったらぴこんと動きそうな反応だった。アルテルは唐突に顔を上げたかと思うと、赤いコートの人物が消えていった通りの向こうに目を向けた。


「りょ、諒真さん、さっき襲われてた人が誰か連れて戻ってきます……!」

「あ……?」


 レンカに言われてはじめて気づいた。あのくせ毛がいない。ひとが殴られているうちに逃げ出し……どうやら助けを呼んできたようだ。交番にでも駆け込んだのか。


「…………」


 一瞬、迷った。

 この場に残って警察のお世話になるべきか、見つかる前に逃げ出すべきか。櫛無くしなの名前を出せば面倒なことにはならないだろうし、先ほどの赤いコートの人物について伝えることが出来る。


 ただ――


「…………」


 このアルテルという少女。今は右腕の三角巾の中に収めているが、拳銃を持っている。警察に見つかるのは絶対マズい。


(別に知らないやつだし、どうなろうと知ったこっちゃないが――)


 それでも一応、助けてくれたようだし――


(……同じこと言ったぞ、こいつ)



 ――私は、諒真くんのお嫁さんです。



 言葉の選択こそ違えど、言ってることは同じだ。

 何か、両親に繋がる手がかりになるかもしれないという考えが頭をよぎった。


 結果的にはその判断は正しく、かねてからの疑問も解決したのだが――厄介なお荷物を抱える羽目になってしまった。


 今の状況こそまさしくその弊害だ。


 ようやく呼ばれたので会計へ向かうとアルテルもついてきて、お陰でこれまで以上の人目につく羽目となった。片手が使えないので難儀しながら支払いを済ませて振り返ってみれば顔を逸らす人なんかいたりして、こういうことがこれから先も続くかと思うと、なんというかもう惨憺たる気持ちにさせられる。


 ギプスがとれればもう少しマシになるかもしれないが、それでもアルテルの容姿は視線を集めるものだ。帽子で髪を隠していても、一度目に入れば嫌でも二度見してしまうような、諒真のような一般人でも感じられる何かただならぬ雰囲気が彼女にはあった。


 単純に外見が人並み以上なのも理由の一つだろう。芸能人のような華やかさとは程遠いが、むしろ真逆の、控えめな美しさを備えている。静かで大人しく主張のない、ただし人形めいて気味の悪い、そういう美しさだ。


(目の保養にはならない類の……)


 見ていて不安にさせられる、嫌な感じの、〝何も感じさせない〟顔をしている。


(これをどうしろというんだ……


 いろいろと思うところはあるが、


「――さて」


 せっかく病院に来たのだ。

 たくさんの視線にさらされて心が折れそうになったものの、ここは行かねばなるまい。


「レンカ、行くぞ」

「はい? 行くってどこにですか?」


 どうやら事情を呑み込めていないようだが、まあ行けば分かるのであえて何も言わないことにした。


 ちゃんと向き合わねばならないのだ、お互い――その現実に。




               ***




「ん」


 ――と、ここまでの道中まったく表情に変化を見せず自主的に声を出すことすらなかったアルテルが初めて目を細めたのは、赤いコートの人物にぼろぼろにされた諒真が彼女の力を借りてなんとか事務所にまで帰り着いた時だった。


 出迎えてくれた遊里ゆうりを見て、何か不思議なものでも見るような顔つきになった。

 遊里の方もそんな顔をしたが、こちらはアルテルではなく諒真を見た反応だった。


「んん……? 散歩にでも出かけたのかと思ってたら……またそんなぼろぼろになって、どうしたいんだい?」


 服が汚れたりといった見た目上の〝ぼろぼろ感〟はなくとも、やっぱり一目で伝わるほどの疲弊が顔にでも滲んでいたらしい。


 歩くぶんには支障ないと思っていたのだが、腕の痛みがずきずきと響いてつらく、少なからず脇腹なんかも殴られていたようでだんだんとこたえるようになってきたのだ。どこかで休むべきだったのかもしれないしアルテルもそういう提案をするような素振りを見せたものの、その時は一刻も早く一息つける場所に帰りたかった。


 無理を通して帰宅すると、思わず倒れ込みそうな安堵を覚えるくらいには、ここは自分の〝居場所〟なのだと感じた。


「まあとにかく、奥に」


 遊里も一応心配してくれているのかなんなのか、アルテルの存在はスルーして、むしろ奥に運ぶよう指示までして、自分は台所の方へ向かっていった。応接間のソファに座らされたところで遊里が水と濡れたタオルを持ってくる。


「とりあえず、腕」


 明るい室内に入って今更気付いた。腕が赤くなっている。内出血でもしていそうで、熱をもっていた。タオルを当てて冷やすと少しだけ楽になる。コップに注がれた水を飲んで一服し、ようやく一息つくことが出来た。


「大丈夫かい?」

「……なんとか」


 腕はまだ痛むものの、隣に妙なものがちょこんと腰掛けてはいるものの、精神的にはだいぶ落ち着くことが出来た。


 ぼんやりというほどではないがしばらく何も考えずにリラックスしていると、事務所の静寂を引き裂くように遅れてレンカが戻ってきた。あの場を去る前に一つ頼みごとをしていたのだ。


「おかえりー」

「ただいまです! ところで諒真さんは大丈夫ですか? というかそのひと知り合いですか?」

「そうそう。そろそろ何があったのか聞いてもいいかな?」

「実はですね――」


 自分で話そうとしたのだが、こちらを気遣ってかそれともさくっと済ませてアルテルについて言及したいのか、レンカがこうなった経緯をかいつまんで説明してくれた。


「それはまた……貴重というか、不運な体験をしたねぇ……」

「ですよ。まさか通り魔が自分から姿を現すなんて、思ってもみませんでした。というかむしろ追ってきてくださいって感じで。あれは絶対諒真さんのこと挑発してますよね! ここは番長として売られた喧嘩は買うしかないですよ!」

「ボロ負けしただろうが……」


 認めるのは癪だが、あれを惨敗と言わずしてなんと呼ぶ。まあ言い訳できる余地はあるものの、あの状況から一切の抵抗が出来なかったということはつまりそういうことだ。


 そんなことより。


「…………」


 隣に座るアルテルをちらりと見やる。相変わらずの表情でどこを見るともなしに見つめている。何を考えているのか読めないどころか、何も感じていなさそうな完璧な無表情だ。

 しかし彼女は先ほど遊里を見て微妙ながらもたしかな反応を示した。


「……叔父さん」

「なんだい? というか、バットで殴られたのなら念のため病院に行った方がいいんじゃないかな?」


 遊里もまた相変わらずで、困ったように眉を寄せてはいるものの基本的には笑顔を浮かべている。その表情からこちらの知りたいことを読み取るのは難しい。

 なら、直截きくのみだ。


「こいつ、知ってるのか?」


 隣を示すとようやく遊里の視線がアルテルに向けられる。彼女も遊里を見て、それから諒真の方に顔を向けた。


「知ってるかどうかといえば……まあ、知っていると答えるべきなのかな」


 いまいち要領を得ないが、ここにきて遊里の方もまたアルテルの存在に本気で困惑していることが伝わってきた。レンカの時のように諒真が言い出すのを待っていたのではなく、厄介事を先送りにしていただけらしい。


「話を聞いてはいたんだよ、断片的にね。おまけに端的に。だから知っているといえば知っているんだけど、本人と会ったのは今が初めてなんだよね」

「……話」


 誰から――そう思い浮かんだ瞬間、頭の中で光が弾けるような閃きがあった。


 まさか。


「まさか……、」


 言葉が喉に引っかかって口にすることが出来なかった。

 その人を、その人たちのことをなんと呼べばいいのか、判じかねたからだ。


「……話を聞いたって、まさか、来てたのか……? いつ? 誰が?」


「いつかといえば、今日……諒真くんが学校にいる間にふらっとやってきてね。用件だけ言って逃げるように去っていったよ。その用件っていうのが、その子のことで」


「? なんの話ですか? 誰か来てたんですか?」


 レンカだけがきょとんとしている。アルテルはいっそぼんやりしているといってもいいほどこちらに関知していないように見えた。


 遊里が苦笑する。


「誰かといえば――うちの兄貴だね。つまり、諒真くんの父親さ」


「お父さん!」


 そうか、と納得がいく。両親のどちらかまでは分からなかったが、遊里を見て反応したということは、遊里とよく似た人物を知っていたということだ。


(そういえば……こいつ、病院にいたな)


 待合室で見かけたことを思い出す。ギプスをつけているし治療目的だったのかもしれないが、あの時かそれ以前からアルテルはひとの後をつけていた可能性もある。それならタイミングよく助けに現れたことも頷ける。


 そして場合によっては、アルテルと同じ場所に顔も知らない父親がいたかもしれない――そう考えると、見つけられなかったことや気付けなかったことになんだか悔しいような苛立つような微妙な心境になる。


「えっと……諒真さんのお父さんがこの方を……? ん? いったいどういう……」

「そうだ、こいつがなんだって?」


 隣のアルテルに視線を向けてから続きを促す。


「どこかで拾ってきたらしいんだけど、訳アリだからうちで面倒を見てくれってさ。ほら、僕って兄貴には逆らえないじゃない? 生活のほとんどが兄貴頼りだからね」


「…………」


 まあ、コメントすまい。


「それから、この子を諒真くんのお嫁さんにしたいんだって」

「……は?」

「いうならば、許嫁だね。つい最近兄貴が勝手に決めた」


「……いいなずけ」


 アルテルが頷いているが、これは認めたというより単語を反芻しているだけのようだ。もしかすると『お嫁さん』の言葉の意味するところも分かっていないのではないか。


「許嫁! お嫁さん! 諒真さん聞きました? これがいわゆる親同士が勝手に決めた許嫁ですよ! 転校生に許嫁! なんだか盛り上がってきましたね。次は幼馴染みとかきます?」

「そんなのいねえよ」


 ともあれ、レンカの台詞の中にも出てきた、〝転校生〟……。

 そいつについても気になる点は多々あるし、父親が連れてきた自称・お嫁様は銃なんて持っている物騒なやつだ。


 今まで漠然と抱いていた両親に対するイメージにはだいぶヒビが入っている。これまで直截の言及はしてこなかったが、そろそろ潮時というか、今がそういうタイミングなのだろう。


「……叔父さん」

「んー……? えーっと、一応言っておくんだけど、そっちの子についてはほんと今日が初耳だから、訊かれても何も答えられないよ?」


 何か察したらしい。途端に遊里の態度が妙にぎこちなくなる。


「前に、転校生のこと話したよな。束原つかはら緋景ひかげ

「聞いたような、聞いてないような」

「……そいつも自分のこと、俺の〝お嫁さん〟とか言ってたんだよ」

「それは奇遇だねぇ?」

「この際だから、いろいろ聞きたいんだけど。うちの親のこととか」

「…………」


 頭でも抱えそうな表情をする。困ったなぁ、弱ったなぁ、なんて心の中でつぶやいていそうだ。


「……まあ、そうだね。別に隠すつもりもなかったから……諒真くんが自分から聞きたいって言い出したら話そうとは思ってたよ。ただ、こればかりは話をする僕にも責任があるっていうか、責任が重くてね、話すのにだいぶ覚悟する必要があって……」


「覚悟を決める必要があるって、どんなヤバい話が……き、緊張しますね……」

「うん、気が重いんだよね……。胃薬ほしいな……」


「…………」


 冗談めかしてはいるが、遊里のそれは本心なのだろう。訊かれなければ答えないようなところが遊里にはあるものの、大事なことならちゃんと教えてくれる叔父だ。言葉にはしなくても諒真が両親について知りたいと思っていたことくらいは察していただろうし、にもかかわらず何も言ってくれなかったということはそれだけの事情があるということだ。


「でもまあ、いつかは話さなくちゃいけないとは思ってたんだ。この日に備えてどう説明しようかといつもシミュレーションしてきたしね」


 遊里は覚悟を決めるように一息ついてから、


「じゃあ、始めようか」


 珍しく真面目な表情になって、話し始めた。




               ***




「まずはうちの兄貴……束原悠夜ゆうやについてから。誤解しないでほしいのは、兄貴が家にいないのは何も家庭を顧みないような仕事人間だとか、家族をほったらかして遊びほうけている放蕩者だからじゃあ、ない。体質的な……理由があってね」


 これまではなんとなく対外的な理由……それこそ仕事の都合なのだろうと自分を納得させてきた。そうでなければ、そう思わなければやっていけなかった。どんどん悪い方向に邪推していって、きっと今より酷い性格になっていただろう。


「弟である僕や息子の君を見れば察することも出来るだろうけど、兄貴も霊的な資質があってね……僕は昔からいろいろと助けられてきたよ。ただ、兄貴のそれは僕らなんか比にならない、厄介なものでね。悪いものを惹きつけるというか、悪いものを呼び起こすようなところがあって。本人はそれを〝不幸体質〟だとか、最近じゃあ〝探偵体質〟だなんて言ってるんだけど」


「行く先々で事件が起きる的な感じですか?」


「そうそう。関係ない人たちを巻き込んでしまうかもしれない……だから、あまり一か所に長居しないように世界中を転々としてるわけさ。それも危ない地域をね。その方が無関係な一般人を巻き込まないで済むとかで。……身内としちゃ当然心配なんだけど、まあ毎回無事に帰ってこられるだけの能力はあるし、お陰でうちも生活費に困らないわけで……」


 そして今回はおまけに身寄りのない少女を拾ってきたらしい。


 少し信じがたいものの、分からなくはない。これでアルテルが銃なんて持っていたことも説明できる気がする。


 しかし――


 諒真が微妙な顔をしていたからか、遊里は力の抜けていた表情を引き締め、


「分かってほしいのは、兄貴は自分のせいで諒真くんに悪影響をもたらさないよう、各地を放浪してるんだ。……当然覚えてないだろうけど、君が生まれて間もない頃にちょっとトラブルがあってね。そういうのもあって神経質になってるんだよ」

「…………」


「……それに、僕らは両親を早くに亡くしていてね。兄貴はそれも自分のせいだと考えてるから。こと〝家族〟の問題になると、さ。少なくとも、諒真くんにある程度の〝耐性〟がつくまでは遠くから見守るつもりらしいよ」


 その〝耐性〟とやらがどんなことを指すのか……レンカのような悪霊にとり憑かれている程度ではまだまだなのだろうか。


 ともあれ、ひとまず父親の事情は把握した。納得できるかどうかはまた別の話ではあるが、覚悟していたほど悪い内容ではなかったのがせめてもの救いか。


「それで……母親の方は」


 話が一段落したからか一息ついていた遊里だったが、諒真のその一言で「うっ」とお腹を押さえた。


「続きは明日にするのはどうだろう……?」

「…………」

「……分かってるよ……。しかし、ここからが難しいところなんだよなぁ……」


 なんだろう、父親の話はまだ前座に過ぎなかったということなのか。聞いているこちらまで胃が痛くなってきそうだ。


 遊里が少し考えるように宙に視線をさまよわせている間に、諒真はそれとなくアルテルの様子を窺ってみた。話を聞いているのかいないのか、まるで彫像のように微動だにせず座っている。レンカと違って他人の家庭事情になんて興味ないらしい。というかむしろ目を開けたまま眠っているといった方が適しているような状態だ。


(ロボットかよ、こいつは……)


 何か命令でもされない限り動かない……そんな機械的な印象を受ける。


 いったいこんなやつをどこから拾ってきたのか。訳アリにもほどがあるだろう。そう考えると自分の思う以上に父親は問題のある地域を廻っているのかもしれない。

 そんな父を超えるかもしれない、母の事情とはいったい。


「……よし」


 覚悟を新たに、遊里が普段は見せないからこそ真剣味を増す真面目な顔で一つ頷いた。


 そして――


「君のお母さんは――『魔女』なんだ」



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