第2話 コイの話




 昨日はほとんど徹夜だったしいろいろあって疲れていた。しかしよく眠れた理由はそれだけではないだろう。

 きっと一番は、レンカが静かだったからだ。

 本人いわく、美依みいのせいで走り回ったりと散々な目に遭ったことを考慮したらしいが、今夜もまた黙り込んでいるのはいったいどういう了見か。


「…………………………」


 それだけならまだしも、ひとの部屋の隅で膝を抱えていかにも幽霊らしいテンションでいるのはいったい。


 あまりに諒真りょうまが言うことをきかないものだから愛想を尽かしたという話なら大歓迎なのだが、どうもそういうわけではなさそうで。


 静かなのはいっこうにかまわないものの、これはこれで目障りというか迷惑というか、ともかく気になって仕方がない。


「……何なんだよお前」


 周りからはそう思われていないようだがこれでもけっこう真面目な方で、明日の授業で当てられてもいいように予習していた手を止め、諒真は椅子を回転させてレンカの方に向き直った。


「……かまわないでください。ちょっと落ち込みたいんです……」


 ぼそっとつぶやくと、レンカは膝に埋めていた顔を背けた。


「どこに落ち込む必要があんだよ」

「だって……」


「別にお前、死んでねえんだから」


 そうだ。遊里ゆうりは妙にひとの不安を煽るように話し始めたが、実際のところ心配していたようなオチなどなかったのだ。


 蓮延憐果はすのべれんかという少女は一年前、火災に巻き込まれ負傷するもなんとか一命を取り留めたらしい。それは櫛無くしなが持ってきた情報も証明している。


 ただ、事件以降、彼女の意識は戻っていないのだという。


 その話はまるで自分の過去を想起させ、だからこそ言梨ことりは噂として聞いてはいても素直に打ち明けようとはしなかったのだろうと今なら分かる。いずれ知ることになったとしても、相手を気遣って口にできないのが渦野かの言梨という少女だ。それが乙女心というやつなのかはともかく。


「……お前の本体は意識不明で、だけどそれが覚醒しつつあるからこうして幽体離脱めいた現象が起きてる」


 遊里はそう推測した。本体が完全に目覚める兆しとでもいおうか。意識の一部だけが身体より先に目覚めてしまったのだ。


 あるいは――


「それがなんだ。どうして落ち込んでんだよ」

「だって私、一年も眠ったままだったんですよ? それってつまり、目覚めたくない理由があったからだと考えられませんか?」


 あるいは、そう、今のレンカは本体が作りだした、いわば〝斥候〟のようなものかもしれないという可能性。


「…………、」


 何か、言おうとした。

 しかし、そもそもどんな言葉を返せばいいのか、それともこういう時は黙って話を聞いていればいいのか。思いつく言葉といえば「災難だったな」とか「ご愁傷さま」くらいのもので、どちらも的を射すぎているというか余計に逆効果な気がして結局口を閉ざした。


 レンカは顔を背けたまま、その横顔だけを不安そうに、悲しそうに歪ませて、


「記憶喪失なのも、思い出したくないようなことがあったからかも……」

「…………」


 果たしてこのまま目覚めていいものか。それを本体が探るためにレンカという分身を送り出したのではないか。これが他所の街であれば起こりえない現象だが、この街に限っていえば不思議じゃない。


 視える・感じるといった霊感めいた力を持つものの中には、時にその死後、たとえばそれが事故死や自殺であった場合、現場となった場所に強い〝想念〟を残す。生前の未練といってもいい。とにかく霊的な〝力〟を刻み付ける。この〝力〟が怪奇現象の源となっているのだ。それは普通の人間にも起こりうることだが、霊感を持ったものの死は特に顕著に現れるらしい。

 この街はそうした意味の〝強い人間〟が多い。というより、怪奇現象が起きやすいという地質のせいで、ここで生まれる人間に強い力を持ったものが多いというべきだろうか。

 その前後関係がどうであるにせよ、とにかくこの街では〝条件〟さえそろえばなんだって起こりうるのだ。


 蓮延憐果がその〝強い人間〟だったとして、他にレンカという存在を作りだすような要因があれば先の幽体離脱説も成立するというわけだ。


(他の要因……意識不明の本体が〝目覚めたい〟と思うような外的要因……とか)


 外からの刺激に反応して、それを調べたい想いが生まれた結果が今のレンカではないか。


 レンカの生じた具体的な原因は今もって不明だが、なんにせよ彼女の本体は生きているのだ。

 問題はどうすれば目覚めてくれるのか、だ。


「私、思うんですよ」


 顔を上げたレンカは困ったような顔で言う。


 まるで人生相談でもされている気分だが、今日くらいは諒真も話を聞いてやっていいと思えた。


「こういう状態といいますか、今の私になってから、なんだか妙に『幸せ』って言葉が胸に響くんです。だからたぶん、生前の私は青春を全うできずに、不幸だなと思ってたんじゃないかと」

「生前てお前」


 ひとが言うと嫌がってたくせに。他に自分のことをどう言えばいいのか分からないんですよ、とレンカはぼやいてから、


「そんな私は啓示を得ました」

「……胡散臭い流れになってきたな」

「諒真さんが私を幸せにしてくれる人なんだと思って信じていました。それがどうですか。ひとの言うことは聞かないわ約束は破るわでもう……今の私も不幸だなと。生前も今も幸せじゃなかったんです……」

「……お前の話を聞いてやろうと思った俺が馬鹿だった」


 椅子を回し机に向き直ろうとすると、レンカが慌てたようにずずいとこちらに寄ってきた。


「そこで私は考えました! 諒真さん、私に何か青春の話をしてください! 特に諒真さんの恋愛事情に興味があります! 幸せっていうのは要するに心が満たされるようなことだと思うんです! その代表的なものといえばやっぱり恋愛ですよねそうですよね! というわけで何か話してくださいよ。現在進行形でなくても昔の初恋の話でもいいですから! それくらい諒真さんだって経験あるでしょう?」

「そこで腐ってろ」


 今度こそ机に向き直った。


「えー、まさか初恋すらない悲しい人生だったんですかそうですか……」

「うるせえな……」


 恋をしたことがない=悲しいなんてどれだけ恋愛脳なのやら。


「初恋、な」

「おっ」

「……そうだな……」

「おっ? おぉっ?」

「…………」

「あれー……?」


 何か適当にでっちあげてその話で満足させてやろうと思ったのだが、そう易々とエピソードを作れたら苦労しない。そんな話し上手だったら今よりもっと交友関係と呼べるものもあったに違いない。


 とはいえ、それが恋心かどうかは別にしても、誰しもそうした経験はあるものだろう。誰かのことが気になったとか、気付けばその人のことを考えているとか、単純に印象に残っている、記憶に残っているというものでもいい。レンカのいう昔の初恋というのはつまりそういう幼い頃の話を指している……はずだ。

 それなら諒真にだって経験はある。

 だからといってレンカの暇潰しにわざわざ語るつもりはないが。


 ぼんやりと、思い出しはする。


 あれは何年前のことだろう。それすら曖昧になるほど過去の出来事なのか、それとも言梨に関わったせいで失われてしまったのか。頭の、心の奥底、もやのかかった記憶の箱に手を伸ばしてみる。


 相手は高校生だった。〝彼女〟の着ていた制服は今でもはっきり憶えている。なぜならそれは諒真が現在通う高校のものだからだ。〝彼女〟の存在があったから今の高校を選んだというとレンカあたりが喜ぶストーリーかもしれないが、単純に歩いて通える距離にあったし特に希望もなかったから選んだだけで他意はない。

 となると、〝彼女〟もこの近所に住んでいて、相手を〝高校生〟と意識していたということはつまりそれより下の学年、小学生か中学生の時の思い出なのだろう。


 さすがに顔までは思い出せないが、とてもきれいなひとだったことは印象に残っている。不思議な、惹きつけられる雰囲気があった。

 いったいどういう経緯で〝彼女〟と知り合ったのかは判然としない。単にどこかで見かけただけかもしれないが――


(……ん)


 漠然とだが、〝彼女〟の姿を中心に情景が蘇ってきた。意外にも、どうやらこの事務所兼自宅がある通りだ。ひと気がなく閑静な通り。そこに〝彼女〟はいた。

 仕事の依頼にでもきたのだろうか。もしそうなら遊里に聞けば何か分かるかもしれない。何年前のことだか知らないが、会えるのなら会ってみたいと思うこの気持ちはやっぱり初恋というやつなのだろうか。


「…………」


 何やらレンカがわくわくした表情でこちらを見つめているが、それを頭の隅に追いやって目を閉じる。もう少し、何か――〝彼女〟と一緒にいる誰かのことが思い出せそうなのだ。


 それは幼い少女。妹だろうか。黒い髪の、無表情といってもいいほどぼんやりとした顔の――


「ん……!?」


「わっ!? ど、どうしたんですか急に立ち上がって!」

「いや……」


 座り直して頭を抱えた。


(待て……なんでそこにあいつが出てくる!?)


 動揺が収まらない。気のせいかもしれないが、ふと浮かんだあの少女の顔立ちには憶えがある。というか、ほぼ毎日のように顔を合わせている。


 まさか、いや、でも、しかし……?


(過去に面識があったとすれば)


 転校初日にあんな爆弾発言をしたのも頷ける。頷きたくないが。


「どうしたんですかほんと?」

「……お前のせいで嫌なことを思い出した」

「あっ、やっぱり苦い初恋の記憶に浸ってたんですね! そういうのは誰かに話した方がすっきりするものですよ! 恥ずかしい思い出は一人で抱えて悶々とするべきではありません。はい、思い切って打ち明けちゃってください。私が笑ってあげますから!」

「相手が実は男だったんだ」

「嘘!?」


 少しはユーモアのセンスも芽生えてきただろうか。


「…………」


 それにしても、こうなってくるとますます彼女――束原緋景つかはらひかげのことが気になるのだが。


(さすがにこいつの前で鏡野きょうのを使うのもな……)


 何か言われそうだし、首を突っ込まれるのも面倒だ。


「諒真さん、私どうやらそっちもいけるクチみたいなので、詳しくどうぞ」

「……は? なんの話だ」


 適当に口走っていたから直前に自分が言ったことも忘れていた。


「諒真さんの苦い初恋の話ですよぉっ。ビターですねぇ、スイートですねー」


 もはや何を言ってるのだかさっぱりだ。


 まあ……これが空元気だとしても、さっきより彼女が明るく振る舞えるようになったのなら良かったのだろう。


 幸せだの不幸だのはよく分からなくても、たとえ蓮延憐果が生きていたのだとしても、今のレンカにとってその事実が明らかになったことは大きな衝撃だったろう。

 生きてはいても、意識不明で一年近く眠り込んでいる。

 目覚めるかどうかも定かでなく、その上、目覚めた先に自分の居場所があるかどうかも判然としない。


 まだ目覚めてすらいない彼女と、すでに目覚めて今を生きている自分とでは似て異なるものかもしれないが、その気持ちは痛いほど分かる。


 ふと、意識を取り戻したばかりの頃、一人きりで病室にいた時の記憶が頭をよぎった。


「…………」


 初恋ではないにしても、一人、印象に残っている人物がいる。

 きっとレンカのことを考えている中で自分のことを重ね、つい数時間前に遊里から聞かされた話のことを思い出してしまったせいだろう。


「コイバナは終わりな空気が漂っています……」

「……うるせえな」


 そもそも始まってすらいない。


「じゃあじゃあ、学校での話とかありませんか? 言梨さんを送った時に聞きましたよ、諒真さん実はあれなんですってね」


 もしもレンカが空気を読んで――諒真の表情が冴えないのに気付いて故意に話題を振ってきたのだとしたら、付き合わないわけにはいかなかった。


「……あれってなんだよ」

「ダブりです。つまり私よりも一つ上ということで、だったら人生経験とか豊富そうじゃないですか? 何かないんですか? 部活とか行事……学園祭とか?」

「…………」


 仮に空気を読んだのだとしても、さすがに心の中までは見通せない。


 学校、行事……学園祭。

 嫌でも彼女のことを思い出す。


『束原くんはもっと協調性を大事にすべきですよ?』


 一年も、二年も一緒で、もしかしたら三年でも一緒だったかもしれない、彼女。

 クラス委員だった。

 いつの時代もクラス委員というやつはお節介焼きなのか、彼女もことあるごとにその役職を盾に話しかけてきて、うざったく思うことはあっても決して嫌いではなかった。


 だからこそ――待っていたわけでもなかったし、来てほしいとも思わなかったけれど、あの病室で一人きりでいた時、そのやかましさを懐かしく感じた。

 来たら来たでまた邪険にしてしまっただろうが、彼女なら誰に言われずとも、自分が目覚めたと知ればやってくるものだとばかり思っていた。


 あぁ、結局そんなもんだったんだな、と。


 勝手に納得して、学校に復帰してからも探そうとさえ思わなかった。

 知らなかった。



(――死んでたのかよ、お前)



 ――玖純愛架くすみまなか



 なんでもないただのクラスメイトだったのに、友達ですらなかったのに、どうしてこうも苦しいのだろう。

 胸が痛む。

 机に突っ伏して腕の中に顔を埋め、堪えるように唇を噛みしめた。

 

 一年は、やっぱり長すぎる。

 その歳月は、重い。

 身近にいた人の死にすら気付けないのだから。


「……諒真さん」


 何を感じ取ったのだろう、レンカの声音は穏やかだった。


「言梨さんから聞きました。私たち、いっしょですね。仲間です」

「……一緒にするな」


 顔を上げないまま答えた。

 何が言いたいかは分かる。でも、そっち側と――人でない側と、一緒にされたくはない。


 まるでその死が――彼女とは最初から、相容れることがなかったかのように思えるから。結局自分は一人なのだと、独りでしかないのだと――


 普通でいたいのに。


「目覚める前も、目覚めてからも、諒真さんはあんまり幸せじゃなかったみたいですね」

「……余計なお世話だ」

「それならお互い幸せじゃないもの同士、これからは仲良くやりましょう」

「いやだよそんなネガティブな付き合い」

「見るからに落ち込んでるくせに我が侭ですね諒真さんはっ。せっかくひとが慰めてあげようと思ってるのに」


 そう思うなら今はそっとしておいてくれ、とは思っても口にしない。


 諒真が黙り込むとレンカもしばらく何も言わず――ふと、空気に溶け込みそうなほどか細いつぶやきが聞こえた。


「……諒真さんが幸せじゃないんなら、きっと私も、目覚めたっていいことはないんでしょうね」


 目覚めたら一年も歳月が流れていて。知らなければきっと幸せでいられたであろう変化がたくさんあって。


 そうかもしれない。そうじゃないかもしれない。


 まだ顔を上げられないまでも、それでも。


「……レンカ」

「?」

「……お前には、いるかもしれない」

「何がですか?」


 確証はない。伝えるかどうかも迷っていて、結局今の今まで言えずじまいだった。でもだからこそ、明日会って話を聞いてみようという気にはなれた。その時に確かめよう。


 せめて。


「お前に会いたがってる人がいる」


 せめて――目覚めを待ってくれる人がいるかもしれないのなら、自分にできることをしたいと思った。




               ***




 ――今朝のことだ。


「この人、蓮延さんについて聞きたいんですって!」


 観詰みつめ美依はとても不愉快そうだった。

 それもそのはずで、美依化現象のあった昨日の今日で彼女は一躍有名人となり、昨日の放課後にはどこからか美依のことを聞きつけた学校中の生徒が野次馬のように訪れていた。美依も最初こそ満更でもなさそうだったものの――


「すまないね、僕は君の想いに応えることが出来ない。なぜなら、」

「は……?」

「僕は世界中の全ての女の子を愛しているから! 誰かひとりのものになれない僕を許してくれるかい、美しい君」

「はあ……?」


 とか、


「あの時はありがとうございました!」

「え? はい? あの時って?」

「ほんっと助かりました! マジ感謝です!」

「ど、どうも……?」


 など、途中から何か妙なものが混じり始めた。


 どうやらそれらは『美依の姿をした何者か』によるものらしく、一時期みんながみんな美依になっていたのだからそういうことも起きるだろうなどと、諒真は「それは私じゃないのよ」とおろおろしながらなんとか説明する美依を他人事のように見ていた。


 しかし。


「あんた、どういうつもりよ!」


 と、突然教室にやってきては噛み付かんばかりの勢いで迫る女子が現れ、さすがの美依もこれには弱り果てていた。予想外の事態に戸惑っていたところへ今度は上級生の登場だ。その相手がやたらと切迫した様子だったのも美依を涙目にした理由の一つだろう。


 諒真は構わずに帰り支度をしていた。実際他人事だったしそもそも美依の自業自得だし、むしろざまあみろ、これで懲りるだろという思いでいたのだが、


「束原くん……観詰さんなんか困ってるけどいいの……?」


 クラス委員がなんやかや言うものだから仕方なく、美依の助けに入ったのが運の尽きだった。


 美依に絡んでいた三年女子は諒真の出現にこちらが驚くほどに驚くと去っていったが、それをいいことに美依は諒真をクレーマー対策に利用し始めたのだ。いちいち付き合う自分もどうかとは思いつつ、これも鏡野関係で生じた問題なのだからどうにかするのも仕事の内だと自分に言い聞かせていた。


 大抵は諒真を恐れて逃げ去るのだが、当然ながらあれはいったいなんだったのかという美依化現象についてしつこく聞いてくる輩もいて、そういう手合いには言梨が適当な言い訳――どこかの悪戯好きの男子が美依の映像をプロジェクターを使って投影していただの、「何言ってるんですか気のせいですよ」等、最後は幻覚だと言い張っていた――で追い払ってくれた。


 美依に関するトラブルはこれだけではない。むしろここからが問題だった。

 また妙な連中が二年四組の教室にやってきた。


「我々はオカルト研究会なのだが、どうやらこのクラスに幽霊がいるらしい。君は何か知らないだろうか?」


「映像研究会なんですが、ぜひとも今度私たちが撮る作品への出演をと……この教室にいるらしいと聞いてきたんですが」


「幽霊なんてプラズマで証明できることを実証するためにご協力願いたい。申し遅れました私は科学部の――」


 どうやら美依を探したり追い込んだりするために学校中を走り回っていたレンカの目撃情報が広まっていたらしい。同時に起こっていた美依化現象もあってこの教室に来れば何か分かると踏んだものたちが次から次へとやってきたのだ。

 恐らくその件もあり今日は留守番するなどと言い出したのだろうが――


 今朝のことだ。


 再びレンカについて聞きにやってきた人物が現れ、美依は自分よりレンカが目立っていることに不快感を露わにし、それに付き合わされる諒真は面倒に思いながらも相手をしようと来客に応対した。


 昨日さんざん怖がられ内心ちょっと傷ついていた諒真はなるべく心穏やかになるよう努め、美依のようにストレスを表に出さないよう意識しながら会ってみると、


「束原くん……?」

「……誰だ?」


 誰かは憶えていないが、こういう反応をするということは三年だろう。

 小柄で、中性的な顔立ちをした少年だった。

 彼は諒真の怪訝そうな顔に苦笑してから、


蓮延実咲はすのべみさきっていうんだけど……まあ憶えてないよね。クラスが一緒だったってだけで特に親しかったわけでもないし」


 蓮延……?

 戸惑う諒真に気付かず、蓮延実咲は用件を口にした。


「幽霊の噂なんだけど――もしかすると、その子、僕の妹かもしれないんだ」



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