4
放課後、俺は忘れかけてた約束を果たすためここへ来た。
七月二十七日の放課後、カバンを肩にかけながら俺は、記憶一か月分を上書きしていくってのはこんな気分なのかと理解しようとしていた。
異様な事態にもかかわらず、俺は変に落ち着いていた。もとい、落ち着いているように装っていた。というのも、そうでなければ今にも狂いそうだったからだ。
すっかり廊下からは人気が消えた。廊下の窓からは、湿っぽい潮風がかえって蒸し暑さを冗長しており。ニイニイゼミは強い日差しの擬音語を発しながら夏はこれからだと訴えるように鳴きやがる。窓から遠くに見える海が揺らいでみえたが、多分陽炎のせいかだろう。
「さて、どうするか」
一年七組の教室前。俺は右手に握りしめた紙切れに目を落としながら、考え込んでいた。
入るべきか、入らぬべきか。だが、入らない理由などない。現実から逃げてるだけだ。
今日は七月二十七日だ、この文面を信じるならこの教室に俺を待つであろう誰かがいる。
もうなんだっていい。何が起きたって動じない気さえする。
俺は、ことさら何でもないように引き戸を開けた。
「あら、今回は来たのね」
彼女は、清潔そうな膝まで長いストレートヘアを靡かせながら振り返りざまに、真夏のそよ風に似た笑みを浮かべた。この光景、どこか見覚えがある。
「あんただったか」
「ふふ、意外でしょ」
カバンを後ろ片手で持ち、髪を耳にかけて変わらない笑顔を向けた。
違和感……じゃないな、もっとこうはっきりした感覚。既視感、デジャヴだ。
「んで、委員長が俺に何の用だ」
言うまでもないが、この時点で俺は初々しくも輝かしい青春イベントの夢なんざ全くもって失せちまった。いや、そもそも期待してなかったが。
「あなたはここ最近の記憶がちゃんとあるかしら」
唐突だな。今日が七月二十七日だとするなら、それ以前の記憶ってことだろ?ええっと……
「三日前の八月二十四日は遅刻しそうになり、その翌日は手紙を見つけ、そのまた翌日である昨日に異変に気付く」
そうそう、坂田が北高の生徒だったり制服が違ってたり。ってあれ、なぜ俺の夢を知ってるんだ。
だが、俺の疑問そっちのけで話し続ける。
「そして帰り際、私に殺されかけたんだっけ。あれ正確には殺したのよ。でも殺意はないの、だって……」
手を後ろで組んで、七瀬は身体をわずかに傾けた。
「あれも任務の一つなの。あなたにはまだやってもらわなくちゃいけない。それまで、」
『まだ終わらないわよ、あなたの夏は。』
彼女が微笑みかけた時、ふっとビジョンが重なった、ぴったりだ。脳天から指先にかけて針金が貫かれたような感覚、これまでにない既視感が俺を襲う。
あの日あの帰り、あふれて止まらない血液におぼれながら聞こえた言葉だ。間違いなく、それだ。
「順を追って説明するわ。まず、」
「近づくな!」
気付けば俺は声を荒らげ中腰になり戦闘態勢になっていた。
「待って!別に危害を加えるわけじゃ」
彼女が言い終わる前に、何かが起きた。
ドンッ、という鈍いこもった音。そこからすぐ、信じたくはない事が起きちまった。
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