第一話 いたみ ②

 どれくらいのことが起こったのだろう。

 今日の1日で、それも時間的には10時間にも満たない間に、僕のこれまでの人生を覆すようなことが次々と起こった…起こりすぎた。

 秋の匂いが鼻先をかすめる。なんとなく枯れ草を連想させるような風。東京でも自然の多い地区に育った僕には、ここ佐賀の大気もまた同じ匂いがすることに少しだけ感動を覚えた。

 そして空では夜が僕達を追いかけてきていた。西にはまだコバルトブルーが残っているけど、東の彼方は竜胆りんどうの花を煮詰めたような藍色と紫のグラデーション。

本当ほんに大丈夫かアイス、足元ふらついとんぞ」

 僕と韻の歩調に合わせて自転車を押しながら斎がいてくる。

「あんたに言われるまでもないよ」

「そか。足腰立たんなら、ほれ、俺ん自転車のケツに乗せてやっけん」

 柄にもなく気遣わしげな言葉をかけてくる斎。しかしその表情は科白とあべこべに、同情とか心配とかいったものではなく、どちらかというと鼠をいたぶる野良猫が相手の様子を伺うように楽しげだ。

「高校生にもなって自転車に腰掛けて押してもらうだけって…アリかナシかで言ったらナシだろ。彼女でもあるまいし」

 斎は、ふーんと顎をしゃくり、ニマニマしている。文字通りこちらの足元を見て、膝から下が軽く笑っている僕の強がりを挑発しているんだ。

 ならばなおさら弱みなど見せられない。

「しっかしそがん驚くほどのもんでんなかろうに」

「驚くなって方が無理な注文だろ」

 環境の違いと価値基準のズレからくる精神的な疲労、それに斎とやった柔道のシゴキまがいの稽古のせいで、あちこちの関節までもがきしんでいるようだ。

「まー、アイスがずっと育ってきた関東ところじゃ考えられんことなんやろねぇ」とは韻の科白。こちらは本当に僕のことをおもんばかっているのだろう。「そいけん、こっちの水に馴染むまでは大変やろうばってん、ほんなごて困るようなことになる前に僕達に相談してね」

「ありがと韻。あったかい奴だな、お前」

 ええー、そがんことなかよぉ!と後ろ頭をかいて照れている。

「ばってんが韻、お前何度も東京やら行っとるんやろ?」自転車を押しながらの斎が首をねじって訊く。「あっちってそがんにガッチガチにルールの厳しかとか?アイスが大袈裟に言いよっとやなかか」

「おい!」

「うーん、行っとる言うても僕の場合は、パパにくっついて株主総会やら報告会やらに顔出すぐらいよ。特別東京のあがりもんの人達と会合やらしたりはしとらんもんねぇ。むしろ普通の人間の人たちとの付き合いの方が重要って感じかなぁ」

「も…いい。なんかどうでも良くなってきたよ」

「そうやなぁ、もうお前はこっちん人間なんやけん、小さいほそかことはもう忘れんね。佐賀ん土地にどっぷり染まれば良かたい、ばははははは!」と、月夜を仰ぐように豪放に笑い飛ばす斎。

 僕達は柔道場での『歓迎会』のあと要とアサヒ、二人のお邪魔にならないように、僕・斎・韻の三人で帰路についている。携帯をチェックしたらまだ6時前だった。新居の近くにある保育園に着いたら、首を長くしたセイが待っているかもしれない。

 隼はといえば弟妹達の夕飯を作るため、棗に半分引きずられる形で先に行くのを、名残惜しく手を振って見送った(おもに韻が)。

 さぁ僕達も帰ろうかと校門を出たところで、サングラスの男が韻を「お坊ちゃん!」と呼び止めてきた。

 電子レンジでオーブン機能を使うと加熱処理をしてすぐにはなかなか冷えないように、9月の大気中にはまだ残暑がくすぶっている。

 息苦しくないのかな、と思うほど黒服をかっちりと着込んでいたその人は、なんと古賀家の専属…もっと言えば韻に専属の運転手だった。それも普通の人間の。

 痩せてはいるが上背のある、サバンナの猛獣のような雰囲気に、ドスの効いた塩辛声。

 定規を差し込んだようにまっすぐなその背中が最敬礼の角度に曲がるのを見た僕はそれこそ、韻は主に暴力を取り扱う実業家の息子なのかと勘ぐってしまった。

「大原さん。今日は新しい友達ばできたけん、歩いて帰って良かでしょ?」

「お友達、ですか」

 韻から大原さんと呼ばれた男の顔が瞬時にして変わった。いや、仮面を外して相手をよく見ようとするように、重ねていた愛想の皮一枚が剥がれたみたいだった。

 無理やり脳の中までこじ開けて透過するような視線を投げられる。うろたえてはいけないと本能で感じた。後ろ暗いことがないのに鼓動が早まる。肉食獣に魅入られた草食動物の気分というか蛇に睨まれた蛙というか、身がすくむ思い、ってのはこういうことを言うんだな。

 静かな危険物検査機みたいな眼差しに耐えることしばし。

「手前は古賀の家にお世話になっております大原おおはらと申しやす。坊ちゃんのお友達になって下さり誠におありがとうございます。どうぞ末永く坊ちゃんと仲良くして下さいやし」

 大原さんはすぐにもとの無表情に戻った。声の調子にも慇懃なところはなく、率直で骨太な敬意を含んで頭を下げられて、僕の方が戸惑ってしまう。

「あ、ど、どうも。僕は刀指氷裂です。えーと、こちらこそよろしくお願いします」や、べつにこの人とは仲良くする必要もないんだけどさ。

大原さんの落ち窪んだ眼窩の中で、鷹のような瞳が少しだけ和らいだ気がした。

「で早速なんでやすが、ここんとこ世間で誘拐やらなんやらと危なっかしい事件が増えておりますんで、手前どうしても坊ちゃんを古賀のご自宅までお連れしたいのですが、了承して頂けやすかい」

 ええー!?と素っ頓狂な声を出して韻が飛び上がった。

「もー、大原さん!僕お子ちゃまじゃなかし、そがん大袈裟に言わんどいてぇ!」と憤慨する韻に、斎も「途中まで三人なんやけん安全安全!」と僕の方を示す。

「こがんにボディガードのおるけん大丈夫ですって大原さん。それに、いざっちゅうときにはアイスば囮にすっけん」

「おい斎!」

「じょーだんじょーだん。な、こいつも真面目なやつやし、大原さんに黙って寄り道やらせんよ」

 まるで小学生の言いわけみたいだ。

「ね大原さん、今回だけ大目に見て!パパには内緒で」

 大原さんはたっぷり5分間逡巡してから、小鼻に溜まった空気を抜いた。

「…森野々宮の総領さんもいなさるなら今回は承知しやしょう」

「わぁい!やった!」

「手前は後から付かず離れず車を運転コロがして参りますんで、どうぞお気になさらず」

 つと踵を返し駐車場に向かう大原さん。

「えぇ?何言うとっと!?そいじゃ乗らんで歩く意味なかやん、冗談でしょ!!」

「いいえ」もう一度振り返り深々と叩頭した。「大真面目でございやすよ」

 下から見上げた大原さんの顔は、きっと僕達の安心を誘うための微笑みだったのだろう。…そう思いたい。

 泣きわめく子供の脚の皮を切り取るナマハゲのような凄絶な顔面だったけれども。



 というわけで、今もこうして振り返ると、交差点一つ分ぐらいの距離を開けて古賀の家の車の屋根が見えている。まるで探偵もののドラマでおなじみの、あからさまで嘘っぽい尾行シーンのようだ。

 そんな非日常的な状況ではあるけれど、僕は斎と響との中間地点をとる形で歩いている。話すたびに右に左に見上げなければならないのがちょびっと億劫だが。

「こういうこと聞くと失礼かもだけどさ、韻んちっていいとこ系?」

「ううん、全然そがんことなかよ」

「へえ」

「ただパパがちょっとチェーンのお店やっとるだけよー」

「…それってどんな?」

 ええと、と言い漏れがないように指を折って数えていく韻。「パンケーキ専門のカフェとぉ、ファミレスとぉ、ジェラート専門店とぉ、ラーメン屋さんと…あと焼き鳥屋さん。全部でそうねー、40軒やったかな、今のところ、佐賀市内だけで」

 それは所謂いわゆるグループ企業というやつで、一種の小づくりな財閥と呼べるのじゃないだろうか。

 僕の指摘を「そーなるんかねえ、その呼び方やとカッコよかねえ」などと柔らかく受け流すところ、韻は外側だけでなく中身も育ちが良いのだ。ドラえもんに出てくるスネ夫のような嫌味や卑屈さがなく、誰からも好かれる人懐っこいお坊ちゃん。

 つまりかくいう僕も、韻に対しては警戒が薄れるわけで。…まぁここにはもう一人、違った意味で警戒する必要のないやつがいるのだけど。

「そういえばさっきさ、あの大原さんて言う人があんたのことを総領って呼んでたけど、あれはなんなの?どういう意味?」

 もう一人は言わずもがなだろう。斎だ。こっちのほうには警戒は要らないが、別の意味で用心しなければいけない。これも今日分かったが、図々しくて強権的で乱暴で、何より記憶力が弱くて馬鹿なのだ。

「んー、そいかぁ」斎は斜め上に視線を外す。「まぁ、ウチもそこそこ名前の知れた家やけんな」

「…それだけ?佐賀では有名ってこと?」

 んー、まぁな、何やら言い淀む気配がと感じさせる。まさに昨日今日の付き合いなわけだけれど、こいつの開けっぴろげで大雑把な性格はもう心得ているのだ。

「斎がもったいぶりよるなんて珍しかねぇ。言えばよかったい、うちは名家の血筋やぞー、お金持ちやぞー、って」

「ばっ、韻!言うなやそんなん。自慢すっことやなかやろが!」それからバツが悪そうに「それにお前が言うな。うちと比べたら古賀は飛ぶ鳥落とす勢いのやり手やろが」と睨む。

 ああ、そうなんだ。東京とは違って、田舎ではまだそういうのがあるのか。名家の出身っていえばそれだけでも社会カーストで幅をきかせられるのか。

 でも僕にはそんな威光も通じない。血筋の良さを振りかざされたって「だからなに?」というだけのことだ。

 だいたい麻布とか松濤あたりのお祭りに行けば、セレブというかセレブ中のセレブっぽい人達が、優雅にカフェテラスで大型犬をはべらしてお茶してるなんてありふれた光景だったし。

 なんのことはない、斎も韻もあがりもんによくいる「日本人の平均値からすれば経済的に豊かな層」に属してるわけだ。

 そういうことね、と得心した僕を横目で見て、後味悪そうに顎を掻く斎。とりたてて自慢することじゃないからと伏せてたのかな?

 こいつにも人並みに謙虚なところがあるのか。ちょっと親しみが増した。

「森野々宮のおじさん、全然偉そうなとこなかったし、ふだんタクシーの運転士とかしてるって言ってたけど、それは世を忍ぶ仮の姿ってわけ?」

「やー、あいは父ちゃんの趣味やっさ。本当ほんにはあがん働かんでよかばってん、身体ば動かしよらんとの鈍るて言いよっさ」

 ああ、なんとも「らしい」言い方だ。あの、人を不快にしない程度に無神経なところが斎によく似てる、気働きのする謙虚なおじさんが言いそうなこと…もしかするとその辺の事情もあいまって、うちの父親はおじさんのことが苦手なのかもしれないな。

 人を見下げることには慣れてるし得意だけど、本来地位や階級が上の人間が対等に付き合ってくれることはありがたいというより気持ち悪い。そういうタイプだ、あの父親は。

 おじさんはその他にも畑やら山林管理やら造園やらをしているらしい。趣味人の域を超えた、働くことのとことん好きな悠々自適セレブってやつなのかな。

 ま、僕には関係ないしどーでもいいけど。

「そっか、そこの跡取りの一人息子だから惣領ね。なるほど」

「なるほど?」

「態度がでかくて厚顔無恥でデリカシーがないってこと」

 言いよったな!と伸びてくる斎の腕をかわす。

「で、アイスは決めたと?」

 くりんとした瞳でこちらを覗き込んでくる韻に何を?ときき返す。

「もー、決まっとるやん!部活よ部活。僕んとこかー、僕んとこかー、僕んとこかー」

「韻は自分の希望に忠実すぎ。選択肢一つしかないのかよ」

「そやぜ韻、アイスは俺んとこに来るったい!」

「違うもん!アイスは僕んとこ!それ以外やらありえんでしょ!」

「あのね君たち、肝心の僕の意見はどうでもいいわけ?」

「サクッと答えんばいかんよアイス、グリーに入るよ、って」

 韻はおでこにライトをつけたみたいに明るい笑顔をし、太った脇腹を何度も肘で打ってわくわくしている。

 斎は黙ってまっすぐこちらにまなざしを向けている。

「うん、もう決めてるよ。一応柔道部にしとこうかなって」

 あれ?

 自分が喋ったはずの科白なのに驚いた。不意に言葉が出てきた己の口先を、僕は他人のもののように押さえる。

「あ…や…その…」

 斎が目を丸くして口をパクパクさせている。韻はあからさまに落胆する。二人とも僕が逆の答えをしてくると予想して次の反応を用意していたんだ。

 この二人の部のうちどちらか選べ、と迫られたらグリーのほうがいいに決まってるのに。理論的に考えて、文科系なら体育系より東京のバスケ部連中と関係ができる危険も薄いのに…どうして僕は…

「えーえええ!なんしてそっちに決めよっとぉ!?もっとよう考えんさい!!やってこの斎んとこよ!?時々は今日みたく真面目か練習しよるばってん、普段は結構、なかなかのアホの巣窟よ!?そいよりか僕たちのグリーの方がよっぽど」

「おい待て韻、いまのは聞き捨てならんぞ」

 再考を切に促す韻と、それに噛みついていく斎の間で挟まれて、僕の上半身が潰されそうだ。

「あいや、グリーもいいかなって思ってたんだけど、その」

 しどろもどろになってしまう。柔道部を選んだと答えたことに、自分の中でも説明できる明確な理由などないのだ。なぜか明確な判断だけが先にあるという中途半端なクリアさ。

 まるで自分の中に棲みついている別の何かが答えたみたいなーーー

 ぱしゃんーーーと、水しぶきの上がる映像が映し出される。青い夏空に染め抜かれた水面を破る、大きな水しぶき。

 あのときも、こんな感じだった。本能的な判断で僕は取り返しのつかないミスをーーー

「やったら!明日僕とカラオケ行こ!そんで試してみてからさ」

 僕の肩に痛いほどしがみつく韻の握力で我に返った。

 そこへ斎が悪い顔つきで割り込んでくる。

「うぇっへっへっへ〜。もう悪あがきはよしんさい〜無駄よ無駄〜!」

「…ごめんね、韻。べつにお前もグリーもイヤなわけじゃないからね」

「う〜…分かった…………」韻は瞳を潤ませてる。「でもでもでも、もしよ?もしやってみたくなったらいつでんよかけん言うてね。僕、待っとるけんね」

 分かった、その時はそうするよ。しょんぼりと折れ曲がる丸っこい背中を叩いてやる。

「そがんことでいちいちベソばかきそうになんなや、女々しかにゃあ。フられよんのはアイスが初めてやなかやろに」

「え?」

「ちょっと!斎!そいは言うたらいかん!!」

「もしかして韻、好きな子にもう告ったの?」

「えっ、えーっと、うや、えや、そがんこと、なか、よ…?」

 嘘が下手な証拠に眼が泳ぐとか口ごもるとかそういうレベルをはるか超えて、韻は阿波踊りの振り付けをなぞっていた。それはもう見事に。

「あ、そうなんだ。告ったんだ。やるじゃん韻!うまくいかなくっても偉いよそれは」

「し、知らんもん知らんもん!………ていうかアイス、僕が好いとう女子の誰か分かっとると?」

「そんなん決まってるじゃん。あのガサツなヤンキー女でしょ?さっき乱入してきた赤髪の…棗、ってったっけ?隼の双子の妹とかいうあの」

「いっ」

 ぽっちゃりとしたジャムおじさんの親戚みたいな韻の顔が驚愕に崩れ、目鼻口のパーツは表記できない記号に置き換わった。「そっそそそそそそがんそがんことなかぁ、棗!?棗やらどがんしたと!?えー僕、僕は、ボクハベツニソガンコトナカヨォ?」あからさまに片言の発音になる。

「語るに落ちるってこういうことか。韻、耳に血管浮いてる。嘘をつく時のあがりもんって、耳たぶが充血するんだよ」

「えっウッソぉ!?マジで!?」

「嘘だよ、うん」

 ぱっと両手の指を耳に持っていった感じの良いクラスメイト…新しい友達が一瞬キョトンとして僕を見て、それから顔を朱に染めて泣きそうな顔になる。

「ひっ、卑怯かアイス!ひっかけよったとね!!」

「まぁいーじゃん。人を好きになるって別に、悪いことじゃないんだからさ」

 ぴええええ!夜の空の雲の果てまで届きそうな韻の叫び。後ろで大原さんの運転が止まるのが分かる。

「正直言ってどこがいいのか分かんないけど。下品だし乱暴だし空気読めてないし、失礼だしケバいしとにかく下品」

「棗は優しかよ!真面目で責任感あって…そりゃあ、ほんのちょびっと言葉に柔らかさの足らんかも知れんけど…よかとこ沢山ごっとあっと!!そいけんが僕は」

 惚れとうとたい!

 恥ずかしさで前屈みになりながら地球に叩きつけた科白だった。それを情けないとは感じず、反対に好感度が増した。

 いまどき純朴な恋心。珍しいのを通り越して、これって国宝指定の天然記念物的なものになるんじゃないかな?

 …まぁ色々と、グダグダなところはあったけど、事実確認はできた。自分と正反対のタイプを好きになるっていうのは不思議だなぁ。

「そがん膨れんなって。ケツん穴ん小さいほそかこと言うとっと棗により一層相手にされんごとなっぞ」

「別に膨れとらん!」

「そうだよ斎。それはもとからだよ」

「アイスもひどか!」

 うー、うー、酷かぁ!アイスも隼も斎も、みーんな僕んことからかってぇ…としょげる韻の背中をもう一度叩いてやる。韻みたいな奴は、なんとなく苛めたくなるもんなんだな。それは、嗜虐心からくるものでも相手が嫌いだからでもなくて、その逆なんだ。

 自分がとうに失くしてしまった純真さ。これまでの人生経験で獲得できなかった優しさ。本来理想的な人間の美点とされるそれらを韻が当たり前にもっているから、それが好ましくて、でもちょっと羨ましいから、ちょっかいを出したくなるんだ。

「アイスはアサヒやろ?好いとるん」とだしぬけに言ってきたのは斎だった。

「な、何言ってんだよ」

 むくれっ面から一転、復讐者の表情になった韻が「こりゃ大変ざっとなかよぉ、リャクダツやねリャクダツ。しかもあの要相手に!両腕両足無事に済めば良かばってん、殴られくらさるるんは確率的に100%やねえ」とやり返してくる。

「ばってんがアサヒか…分かるにゃあ。優しかし美人やし、おしとやかやもんな」とは斎。顎をしごきながら「うちの学校の男子はほとんどみいんなアサヒちゃんば好いとうぞ。アイスもファンの仲間入りっつうわけやな」

「バーカ。塚原さんとアサヒさんはラブラブじゃんか。そんなつもりはさらさらないね」

 確かにアサヒさんは僕がこれまで会った中で一番タイプで一番気立てが良さそうで、しかもぶっちぎり一番の美人だ。

 だけど。

 頭の中で魚が跳ねる。水面、波紋、さざ波。揺れる振袖に片方だけ流れていく下駄。僕を見上げている黒目がちな瞳は非難ではなく、ただひたすらに僕のとった行動に対する疑問をぶつけてくる。

「…僕は恋愛とかしたくないんだ。…しばらくは」

 斎と韻が僕からは見えない高いところで何をか示し合わせている気配があり、それ以降は恋愛をネタにした会話は絶えた。その代わりに斎は韻の図体の大きさと肝っ玉の小ささを比較してからかって、丸いほっぺをもっとまぁるくした韻と巨大な和式の住宅の門前で別れ、僕は斎と二人になった。



 二人だけの帰り道は打って変わって静かになる。僕は別に斎に聞きたいこともないし。

 そちらの方をチラリと見やると、何やらニヤついている横顔がむかついた。ので、もう喋らないことにする。

「あーけど良かった良かった。奥の手ば出さんでも済んだな」

 な!と肩先を小突いてくる。放っておいてくれないらしい。

「いきなりなんだよ。奥の手って?」

「アイスが入部渋ったら、あれやこれやの打つ手を考えとったくさ。そいが使わずに済んで良かったにゃーって」

「どうせよからぬことだろ」

 まぁそうも言える、と神妙な真面目顔で頷く。

「ったくどうかしてるよ、あんたら。新入りのアガりかたで賭けしたり、こっちはズブの素人なのに柔道でシゴいたり。先が思いやられるなぁ」

「けど楽しかったろうもん?」

「まぁ…」東京を追われるように都落ちしてきたことを取り繕うこととか、前の部活を続けたくない理由とか、余計なことを考えずに済んでいるし。それだけでも心が軽い。「そうだけどさ」

「こいだけはっきり言っとく」

 斎が横並んだ間隔をグッと寄せてきた。

「俺と仲良ぅしとったがトクやぞ。お前友達付き合いやら苦手やろ?韻や隼みたかやつばっかりやなかけん、なんーあの東京モンがーって反感買ってやりづらくならんごと、俺を味方につけとけ」

「…そーいう上から目線の押し付けがいちっっっっっ番いけ好かないんだけど。第一味方とかなんとかおかしいだろ?友達って、強制力が働かなきゃ作れないもんなのかよ?」

 ざらりとした空気が流れるのが分かった。斎の方を見なくたって、ハンドルを掴む手に静脈が盛り上がり、腕の筋肉が張り詰めているのが分かる。

 こいつは、ガキ大将なんだ。それも現代的というよりもやや原始的な。序列を尊重しそれを他者にも守らせようとするタイプ。それが良いことだと信じているんだ。言っていることは一面正しいし理解できる。こいつを怒らせたってなんの得にもならないってことも。

 だけど僕は。

 僕は曲がっていると感じたことや不条理な扱いに、脊髄反射で反抗してしまうタイプなんだ。

「申告して友達になるとか無理だから。好きじゃないと、なれない。絶対無理!」

「お前…」

 顔を背けてはいても、斎のこめかみから首筋から、みるみる青筋が立ってえげつないほど表情筋が浮き沈みするのが分かる。

「けどあんたはセイが気に入ってるから」

 あの弟を、わずかな時間一緒にいただけで懐かせてしまった。そんなやつは初めてだ。それに、セイは人を見抜く純粋な心がある。

 押し付けられるのは嫌いだ。だけど、わざわざそんな小手先のいやがらせみたいなことをしなくたって、僕はとっくにと決めてるんだ。

「だから…こんなことしなくてもさ…………友達で、いいじゃん?」

 うわー、うわー!恥ずかしい!!

 首筋と背中が熱くなって汗ばんでくる。どうして高校生にもなってこんな青臭い、コドモみたいな痛々しいことを言い合ってなきゃならないんだ!?

「あ、あんたはその、一応!その、まだちょっと早いとは思うけども!…と、友達ってことでいいからさ!暫定的に認めてやる。勘違いだけはするなよ、あくまでセイのおまけだからな!!」

 ブクス、という音が聞こえて僕は斎を睨みつけた。横を向いて嚙み殺すこともせずに、真っ直ぐに僕を見つめて盛大に苦笑いしている。

「おっま、お前そい、そいさ、ツンデレってやつやなかか?」

 身体が燃え上がるように恥ずかしさで包まれた。

「も、いい!さよなら!」

「待てって、アイス!」

 ほとんど駆け足になった僕を追いかけてくる。

「俺、アイスんことがば気に入ったくさ。あの部にお前のおったら安心や。俺はアホやけど、怒らんし辛抱強か他の部員だけやのうて、よう怒るけど頭の良かお前のおったら安泰。やけんが、柔道部に入ってくれてありがとな」

 またしても横並びに歩調を揃えて、ふと瞼の裏に記憶のプレイバックがかかった。

 僕の両親の離婚の事を忘れていると責めた時の、教室での斎の返答。

 僕には興味がある。でもバックボーンはどうでもいい。

 どうでもいいのとは少し違うか。僕にしか興味はなくて、親達が離婚していようがいまいが悪人だろうが善人だろうが、そんな事には構いやしないということだ。そう言いたかったに違いない。

 そんな風に無条件な好意を向けられたのは経験がなかった。保育園も小学校も中学校も、もちろん高校でも、いまどき形ばかりの仲の良さを示すのは身についていて当たり前のマナーだ。反対に総てを明白に表に出せば、それこそイジメや不和の原因になってしまう。そういう社会だ、現在の日本は。

 なのに斎はやることなすこと子供っぽいというか、まるで時代劇の人情長屋みたいに無邪気な好き嫌いを露骨に押し出してくる。

 なんだよ、あんただって結局は、単純に友達になりたかっただけじゃないか。

 …僕とおんなじで。

「…まぁ、入ったからにはちゃんとやるけど」

「っしゃやっりぃ!」

「けどさ、ひとつ教えろよ。顧問の先生と何の相談してたわけ?」

 斎はつるっと白状した。うまいこと入部させるから焼肉奢ってくれと要求したこと。で、箱崎先生はそれを快諾。

「とんだ闇取引じゃないか」

「ま、よかやんよかやん。結果オーライ!」

「てゆーか、あんた結局どこの部に所属してんの?野球部は助っ人ってこと?」

 野球部はノック要員でまさかの時の欠番キープ、バスケ部とラグビー部はガタイでかいから壁要員、華道部と茶道部はお茶菓子捕食兼感想要員であーる、と鼻高々に並べ上げた斎。僕は、その横腹にパンチ。

「なんだその優柔不断ぶり!カメレオンか!?」

「じゃあ入部届渡しとくな!てか先に渡すつもりやったんやけど忘れとった、あ、しかも持ってくんのも忘れとった。ロッカーん中やな。ぐぁばははははは!」

「笑うとこじゃないよ」誤魔化しでなく、何がおかしいのかただ笑う。そんな間抜けさに、僕もつられて笑ってしまう。「ふっ、ふふふ。本当に馬鹿なの?あんた、なんていうか…変なの」

 大きな月のかかる空。星が本当に多い。さすが田舎というか、中学の修学旅行で行った奈良よりも綺麗な星空だ。ここの土地の空気が清澄なせいだろうか。

「おっ、笑うたなアイス。そがん空ば見上げよっと首のもげるぞ」

「そうしたら繋げてよ。あんたならできそうだし」

 気がついたら縁石の上を進みながらステップを踏んでいた。

「お!なんそれカッコ良か!ジャニダンス?」

「ちっげーし!前の学校の体育祭で踊ったやつ、オリジナルのコールミーベイビーダンス。皆で振り付けまで考えてやってさ、楽しかったんだ!」

 故郷を遠く離れてやって来て、ここのところ下がりがちだったテンションが持ち直してきた。僕も単純だな。誰かと仲良くなるだけで、こんなにも心強くなるなんて。

「えと、右脚を?前…それから、後ろ、おっ、ジャンプ…じゃなかか、うわっ!」

 僕の踊りを真似ようとするが、脚の動きがぎこちなくバランスを崩して自転車ごと倒れる。あはは、どんくさ!

「なぁ斎!僕もあんたのこと気に入った!ここも、佐賀も多分、悪いとこじゃない!!」

 斎はまだうまく踊りをコピーできないでいる。ちょっと手を貸して、モーションの繋ぎを入れれば、やっぱり。ちゃんとリズムを取れるようになった。本当に脳の運動野が発達してるんだな。

 こちらから手を出して身体に触れて動きを直したことに、ギョッと驚いている斎。少し拍子を置いてから、にこぉっと満面に笑みを輝かせ、僕を追うようについてくる。

「あんたのその坊主頭!お月様みたいだな!ちょっとニキビのクレーターで凸凹だけど!!」

「うっせ!…なぁアイス!オイもお前んこと、まだよう知らんけど気に入った!オイの周りにはおらんタイプや!!」

 こーいうのってちょっと胸の中がくすぐったい。けど、まあいいか。古い漫画っぽいし野暮ったいし別に好きではないけれど、たちの悪いもんでもなさそうだ。

「へーそりゃどうも…」

「危なか!!」

 予告なく駆け抜けたつむじ風。よろめく僕を斎が力任せに引き寄せる。すぐ隣を救急車が駆け抜けていったのだ。

「近かにゃ。あっちは繁華街の方やけど」

 中学一年生か小学校高学年くらいといった背格好の男の子が数人、自転車でつるんで走っていく。興奮で立ち漕ぎになっている背中と「早よ早よ」「すごからしかぞ、映画んごたるって」という他愛無い会話が遠ざかる。

「ふぅん…俺たちも行ってみんか」

「え、あの救急車の跡つけてくの?それって」

「そう!佐賀名物『がば事件のなか平和な土地やな〜いっちょふとかこと起きんかね〜?おっ!パトカーや!見に行かん?』の発動や!」

 またやたらと長い名前を。呼び方を変えてもそれではただの野次馬だろう。

「僕はいい。それよりセイが待ってるだろうし」

「よかやんよかやん、ちょっとだけ!ほんのちょこっとだけ先っちょだけなんもせん、絶対安全やから行こ、すぐに帰してやるけん、な?息抜きするだけやって!」

「女の子をよからぬ場所に誘い込む悪党の手口みたいなことをぺらぺらと…」

 まぁまぁまぁ、と僕の文句を流して、こちらの尻を騒ぎのしている道の先へ押す。

「しょうがないな、ちょっとだけだぞ?セイを1人にしちゃおけないんだからな」

「なぁなぁ、アイスってブラコンなんか?」

「はっ?そんなわけないだろ!」

「やって、男兄弟やのにそがん過保護なん、おかしかって。もっと突き放しても良かやなか?べたべた張りついとらんでも、セイの必要とした時に手助けしたらよかろうもん」

「あんたは僕達のことをよく知らないからそんなこと…」

「うんそうやな、お前のことよう知らん。昨日今日出会うたけんにゃ」

 悪びれもせず取り繕いもしないで、爽やかな表情をしていた。

「けん、お前んことこいからもっと知ってくけん。有無は言わさんぞ、覚悟しよれよ!」

「なんか、怖いな」

 その実全然脅しに感じないけど。大きな野獣に懐かれたみたいな、そんな風に思える。

「で、まだ先なのかな?市のどのあたり、ここ?」

「んー…」斎は背の高いところで伸び上がり、道路の向こうを確認する。「…ありゃ『宝貝泰ポウペイタイン』やな。こんあたりやったら一番格式のありよるホテルや」

「ふーん…」

 ドクン、と心臓の弁が引っかかった気がした。

「あーアイスお前、結局は田舎のホテルやって馬鹿にしよるやろ?ばってん、中入ったら驚くぞ。がば大きいふとかうえにスカイラウンジもあるけんな。更に夏場は花火大会の観覧が屋上開放でできったい」

「…そこって、高いの?」

「値段?高さのほうか?どっちもがば高やぜ。見晴らしの良さやったら佐賀イチかも知れん」

 ドクン。ドクン。

 またしてもだ。心臓が暴れてる。なんだこれ、気持ち悪いな…

「ー…あー、ありゃー庭にテープ貼られよったいねー、結構デカい事件かも知れんにゃー」

 もう僕にも見えてきた。そのホテルは庭園とテラスを足元にして、しずしずと立ち上がったお姫様みたいな壮麗な建築様式だった。ところどころの屋根瓦や漆喰風の壁がちょっと和風で、それでいて高層になっている。

 そのテラス、柔らかな芝生の上にKEEP OUTの黄色いテープで結界を張って、幾人もの警察官が動いている。そして、救急隊が担架を運び込んでいる。

 鼻先に血の匂いがプンと薫った。

「おんや?あれ、要やなかか?」

 ついさっきお見知りおきの、剣道部主将の角刈り頭が野次馬の中からにゅっと突き出て、パトカーの回転灯に照らされている。こちらを見つけると手を振って寄ってきた。牛の姿はもちろん引っ込めている。

「なーなー、こい何の事件?何があったとや?あと、俺たちより先に帰ったはずのお前がなんしておっと?あーそがんか、アサヒと喧嘩でもしよったにゃ!?ダサッ」

推論に想像を重ねる斎のいじりにかかずりあわず、要は肩をすくめる。

「自分はアサヒが父上殿とちょっとした約束があるとかでここへ一緒に寄ったんだ。少し前に来たときにはもうこうなっていた。彼女もすぐ降りてくると思うんだが…」僕と目が合う。「今日はよく会うな、刀指。その様子だと斎とは馬が合うらしい」

「どもです」

 会釈もせわしなく僕はへ近づいていく。人だかりの途切れたところ、警察官の何人かが帽子をいじりながら書き物をしている方へ。

 さっきから動悸が止まらない。滑稽なくらい周囲の動きが固く遅くなって見える。

 まさかね。父さんは確かに高いところが好きだよ。格式にも弱い。

 けど打ち合わせっていったって、ホテルなんか、ホテルなんかこの市内にいくらだってある。他にも…そう、ここに来てるなんてそんなドラマチックなことは考えにくい。もし来てたとして、確率の低い偶然が起こったというだけで、それが僕になんの関係がある?

 僕は唾を飲み込んで、「あの…」と声を上げた。

 救急隊に運ばれる担架が前を横切った。酸素マスクをつけた血みどろのおじさんが毛布で固定されていた。その顔を一瞥して立ち止まる。

 ドクン。ドクン。ドクン。

 鼓動にまつわる一連の動きが収束して、視界が拡大して、息を飲み込む。

 ほらね。やっぱり知らない人だった。

 僕は分かっていた。

「…父さん!」

 分かっていたんだ。予感は、往々にして悪い方向に的中するってことを。

 地面が割れて崩れて落ちる。足元を掬われて倒れる僕を、斎が支えてくれたけれど、まるで自分が幽霊にでもなってしまったように現実感覚が喪失してしまった。…視覚を除いて。

 僕の水晶体が拡大して捉えたのは、鼻が潰れ、眉の片方がこそげ、髪の生え際からだくだくと血を流した、まさに血だるまの格好。

 まるで知らない他人のように人相の変わり果てた父の姿がそこにあった。




 刀指高坏、38歳。二人の子持ちで男やもめ。東京都出身だが、両親は佐賀からの転出組。血液型は…

 私、佐賀警察刑事課の係長八郷やさと菊治きくはるは、救急救命室ERのガラス戸の向こうに吊り下がっている輸血パックの表示を目を凝らして確認する。両眼とも2.5の視力をもってすれば、たとえ数メートルがた離れていても細かい文字までちゃんと判読できた。

 AB…と。手元の手帳にはざっくりとした被害者の情報が書き付けてある。もちろんこんなものは県警刑事課のPCに入れてしまうのだが、いちいち支給された端末から呼び出すよりも、こうしてメモすることで自分の意識・無意識という広大な次元そのものに記録したほうがいい。一見して非効率のようでありながら、そうしたほうが捜査の際に勘が利くのだ。

 さて、大体のところはまとめたかな。

 この刀指氏は、都内の芸術系の大学を卒業後、日本屈指の製陶メーカーに就職した。国内のみならず海外向けの製品でもデザイナーとして腕をふるったのち、独立しセラミックデザインの会社を立ち上げる。それが…あらあら昨年かい。

 しかも元の伴侶と協議離婚したのもつい最近だ。それと同時に東京から佐賀にやってきた。本人はこちらで育ってはいないものの、これもひとつのUターン族といえるかもしれない。

 上の男の子は市内の公立高校に編入、下の子は保育園。東京に残した元・伴侶は…

 手帳を閉じる。くだんの箇所は空白のままだ。その情報だけは、文書に残すわけにはいかなかった。

 刀指氏は、あがりもんである。両親ともにそうだった。



 いまから小一時間ほど前、ホテル宝貝泰ポーペンタインより墜落ありとの通報が入った。その現場に誰より早く到着し、担架に乗せられていく刀指氏の血の気の失せた瞑目する顔に、奇妙な既視感があった。どこか見覚えがあるのに、こんなところでは見るはずはないという違和感が。

 年甲斐もなく髪型を洒落込んで、こんなミドル向けのファッション雑誌のモデルのような軽薄な服装をする知り合いは居なかった筈だが___としばし考えてから、あ、と声が出た。

「これは、新参のあがりも…」

 口元を押さえて咄嗟に出る呟きを殺す。

 これは、この顔は数日前に『付き合い』(佐賀のあがりもんの内部呼称だ。普通の人間に聞かれても怪しまれない良い響きだと思う)から流れてきたものと同じだ。確か陶工だかなんたらデザイナーだか、よく分からんがそういう美術系の仕事を生業にしている東京からのあがりもん。念のため写真フォルダを開く。『あがりもん:新規参入者』のフォルダにきちんと記録が残されていた。

 ___しかし。



「参ったな、普通の人間との婚姻者ときては」

 刀指高坏の元・伴侶は、普通の人間なのだ。それだけでもややこしいのに、現在の住所は東京・築地ときている。そっちへも連絡し招呼し説明しなければならない___警察の業務の範囲内で。

「ただでさえ家族への説明は疲れるのにあがりもんでないとなるとねぇ。参った参った」

「何か困ったことがありましたか、八郷警部」

「ぉうぉっ!?」

 思わず飛び退いた、私がメモを取りつつ立っていた場所、柱の横から前髪を切り揃えた鈴蘭型の頭が突き出た。

「すみません、そんなに驚かしちゃいましたか」

「君ね、湯島とうしま、ちゃんと気配を発して近づきなさい」

 すみません。と謝りながら出てくるのは、湯島とうしまリイド。私の直属の部下にして母方の遠縁にあたる。

 ちんまりとした身体に散切りの崩れたような変わった髪型、丸縁眼鏡。愛くるしい顔立ちは高校すら卒業していないんじゃないかと思わせる、どこか締まっていない雰囲気の女性刑事だ。

「いつものごとくですが、私も本件に配属されまして。休憩室でKis-My-Ft2の視聴をしていたのですが、中断して駆けつけちゃいました!」

「そういう余計な前置きをいちいちしないでいいさ。…では、いつもの対応というわけなんだね」

 湯島は小鼻からピクンと頷く。その仕草はなんとも動物的だ。

「あがりもんの絡んだ事件ということで、私達『ワンニャンセット』の出番というわけです。がんばりましょー。えいえいおー」

 なんと緊張感の無い気合の号令だろう。勇を鼓するどころか張り詰めた空気に針を入れて萎えさせるようだ。

 私は眉をしかめざるをえなかった。

 私は関東出身のあがりもんだ。そして遠縁になるこの湯島もまたあがりもん。佐賀市中央警察の署長(これもまた御多分に洩れずあがりもんだ)は何かというと私と彼女をセットでこき使う。

 あがりもんの警察官は他にも多数在籍してはいるのだが、東京の警視庁にいた事のあるキャリアを買われて私は警部の地位についている。そして湯島は、将来を嘱望されたあがりもんの警察官として、つまり私の弟子となるべく部下に付けられている。

 そして『ワンニャンセット』の意味はごく単純だ。私は山犬のあがりもんで、湯島は猫のあがりもんなのだ。

 私はたまたま近くに用事があり、先に駆けつけ、そして現在までに得た情報を素早く共有した。

「___すると、このおじさんは、ホテル『宝貝泰』の宿泊客ではなく産業振興交流会の出席者で、本日の午後6時〜7時の間に、なぜか閉鎖されていた筈の展望庭園から墜落したのですね」消せるボールペンの胴体を齧りながら湯島はムーと目を細める。「警部のお考えではぁ、お酒も飲んで気が大きくなって、夜風に当たろうとしてピューどちゃ・ぐちゃり!…ってわけですかね?」

 たどたどしく階段を登る、千鳥足で座席もパラソルも片付けられた屋上庭園を歩く、手すりから身を乗り出して、空中をバタつきながら落ちる…一連の動作を臨場感たっぷりのジェスチャーで示す部下に、私は己が耳たぶを引っ張って考える。

「…そうだとすると単純だね。証言してくれそうな者は会場の外のクローク係と、非常階段や廊下に屯していた二、三人しか捕まらなかったし…」

「ほぼ立食パーティーで、アルコールを伴ってあちこちで商談していた。宴会場にいた人間の中で、一人で出て行ったそのおじさんのことを事細かに覚えてるひとはまずいないんでしょうねぇ〜」

「湯島、君はどうだい?」

「私ですかぁ?」

 ここで声のボリュームをぐっと落とす。

「___あがりもんとして面識はないか?もしくは噂とか、何かそういったものを」

「ぜぇーんぜん、あっりませぇ〜ん」

 ガクッ。おくれ毛を後ろで縛った私の首が落ちる。

 いやもう、なんというかこの緊張感の無い口調さえどうにかしてくれたら良い部下の部類に入る人材なのだが。

 一度それを指摘して改善を奨めたことがある。

「八郷警部はぁ、緊張感があって無能な部下とぉ、緊張感はなさげだけど有能な部下とぉ、とっちがいいですかぁ?」

 そう返された。その時の鋭い目つきが物語ったように、確かに射撃にしろ剣道柔道にしろ、湯島は有能この上ない部下なのだ。

 それに、ごくたまにだが…いや時として……ええい白状しよう、確かに彼女の愛嬌に助けられて進んだ捜査もあるにはあるのだ。

「面識はぁ、私にはありませんけど、ありそうな人は一人いますよっ」

 そして証言者の名前の一つを挙げた。それは私に対して知らぬ存ぜぬ憶えていないと白ばっくれた、非常階段の手前の椅子で携帯をいじっていたという市内の接骨院の院長だった。

「その人だったら、かなり酔っ払っていて何も思い出せないと言っていたのだけどね」

 湯島はそれに対ししれっと返してきた。

「私が一生懸命お願いしたら、思い出してくれましたぁ。もう酔いも醒めたみたいだから、って。一緒に聴いてもらえませんかっ?」

「…キミ、それはいま私が申し伝えるより先に取調室に寄ってきた、ということか?」

「はぁいっ」

 いつの間に?それに単独で勝手なことを!と言いたかったが飲み込んだ。

 これが警視庁の刑事課なら大目玉だ。一昔前ならまともに立つこともできなくなるくらいボコボコに殴られどやしつけられるところだ。警察官が上司の頭ごなしにスタンドプレー?ふざけているにもほどがある!

 …だが。

「いいか、湯島。私はキミを育てる立場にいるのさ」

はぁい、とまたもや素直に頷く湯島。

「本来ならそういった先走った行動は叱責の対象となる。それは分かっているよね」

「無論勿論常識論ですっ」

「そう。それなら今回は不問にす。なぜなら私はね、結果論者であって、捜査にもそれを何より優先しようと思っているからさ」

 そしてそれが私が警視庁で挫折を舐めた原因の一つ。

警察はラグビーに例えるならば守備ディフェンスが主なポジションであり、攻撃オフェンスは公安や内務省の権限である(22世紀現代)。

 だがそれでは時代遅れだ。なにより、国民が命を削って納めた血税に対する責任が果たせているのか甚だ疑問だ。

 私は佐賀に転勤を命ぜられてからは、私にできる範囲に限り、結果のみを重視し尊んでいくことにした。部下への教育もそれが骨子となっている。

 だからそれが失敗に終わらぬ場合には、スタンドプレーがあっても、単独行動を取られても、勝手な裁量を下すことすら許すと決めたのだ。

「じゃ、私がしたことも結果OKってことですよね?」

「そうだね。先に聴取した私にではなく君には記憶の一部を開き出して聞かせたというのは、いわば良い意味での女性のソフトパワー。もしくはキミ個人の魅力が結果を出したということ。文句は無いさ」

 そう、指導する立場にいる者として、結果を吟味してから叱責せねば。今回はその時ではない。

 今回は。

「その代わり誓ってほしい。私を、上司や先輩をいくらバカにしても構わないが、市民のためになることをすると」

「はい!えっと、そしたらぁとりあえず聞いてみます?その証言を゛ッッッ」

 私の右腕がのたくる太い縄のようにしなり、湯島の顎を抑えて一瞬で壁にはりつけにした。

「じゃあひとつだけ確認しておこう、湯島刑事」

 ゴッ、ゴホゴホッ。自分の体重で喉首絞められる形になった湯島はもがく。だが人ひとり片腕に持ち上げたところで、ベンチプレスで150kgをマークする私は箸を持ち上げたぐらいの負担しか感じない。

 口答えはおろか息すらまともにできない半分宙吊りのような状態で、私の右腕により壁に留められている湯島に、私は伝える。

「もし単独行動の結果、国民の一人たりとも傷つけたり、功をはやるあまりにその安全を軽んじるようなことがあれば、いまの誓いを立てたキミのこの舌を、下顎もろともに引きちぎるからね」

 苦悶の表情から発された、グビ、という音。それを「了解」の意に受け取り、降ろしてやった。

「…さすがです、八郷さん」

「うん?」

 なんのことだか分からない。そんな私に、湯島は恐れや怯えの混じった笑顔を向けた。

「…ホントにコレで普通なんだ。怒ってもないしふざけてもいないんですね」

「ふむ、怒ってこんなことをしていたらそれこそ問題上司だね。きみは優秀だからさして心配は無用とは思うが一応のことさ」

「さすが警視庁の魔犬と呼ばれただけの人のことです、ねっ」と呟き立ち上がった。「それでこそ、私もついて行く価値があります」

 そしてボイスレコーダーを取り出した。私と湯島の間にかざされたそれから、証言記録が再生される。

“…最初は俺も、ま、こりゃ酔っ払いの喧嘩だなって思ってシカトしてた。でそのうち何も聞こえなくなって、すぐに下の方で悲鳴がして…”

“どんな言い争いをしていたか分かりますかっ?”

 と、これは湯島の質問だ。…随分とまあ愛嬌を振りまいていらっしゃるが。

 半分笑いながら(恐らくは鼻の下を伸ばしながら)の答えが返る。

“あ、ああ、憶えてるさ憶えてる。そう、確か太い男の声で『いい気になるなよ、化物のくせに』って言ってたよ”

 ピ、と停止操作のスイッチ音。

 私は表情も舌の根も重く干からびてしまったように感じた。

 湯島も、どうですかなどとは訊いてこない。

 頭痛がするほどの重たい事実を飲み込むには時間がかかった。実際には数分ほどだろうが、四十年分の肝を冷やしたような心持ちがする。

 とにかくこの事態になんらかの処置をせねばという現実への責任感が、私の正気の糸を保った。

「…あがりもんが露見した可能性がある。つまり、そういうわけだな」

 この証言者は普通の人間だ。だがそちらにバレたという意味ではない。

 問題は、その言い争いの相手だ。あがりもん同士の会話で相手を「化物」呼ばわりするなどありえない。もしくは普通の人間が普通の人間相手に口にするには仰々しすぎる科白。

 ということはつまり、普通の人間に対し、あがりもんがその正体を看破された上での発言ととらえてしかるべきだろう。

「まさかですけどねぇ。こんな証言が出てくるなんて」

 湯島も表情が重い。身体全体で「困りましたね」と叫んでいるみたいだ

「そんな顔をしないでいいさ、湯島。私だってこんなことは初めてだが、やりようがないわけじゃない。それに本当に普通の人間に取り沙汰されるようなことになるのかどうかも分からない。搬送された時に刀指氏はアガっていなかったからね」

「ご都合主義で希望するのは、その相手がお酒のせいで変なものを見ちゃったな、ぐらいに思っててくれたら…ってとこですねぇ」

「とにかく、その相手のことを探そう。あがりもんの付き合いSNSを守るためにも、また事件としても、そこから始めないと何も見えてはこない」

 はいっ!と、爽やかな敬礼を構えて湯島は答える。私は首の後ろをかきながら、秋の夜長に舞い降りた面倒ごとに嘆息した。




 どこか遠くで鳴り響くビバルディの『春』のメロディ。しかもフルオーケストラ。

 うっさいなぁもう。何時だと思ってるんだよ…

 枕元の携帯画面をつけてみて、僕は足元まですっぽりとくるまっていた掛け布団をはね散らかして起きた。

「う、うわ、もう8時!?」

 疲れですっかり寝入ってしまってたんだ。ショックのおかげで意識は明瞭、だから腹具合が空っぽであると分かる。早く支度して学校に行かないと…

 フローリングの床に降りて廊下に出る。『春』はまだ聴こえている。焦りを加速させるような旋律に苛立ち、僕は父親の寝室へ向かった。

 そこで我に返った。

 そうだ。父さんは、もうここにはいないんだ。

 それから昨日の記憶が…一昨日の夜からの出来事を包括した映像や音声がかしましく脳内を飛び交って、僕は壁に手をついて体を支えないとならなかった。

 しっかりしろ。しっかりしろ。僕がしっかりしないとどうするんだよ。

 父さんは生きてる。ただし病院のベッドに繋がれて。あそこから動かすことはできないし、そもそも意識が戻っていないんだ。脳波は正常、とは言われたけど…

 僕は猛烈にかぶりを振って自分の頬を叩く。まずは、あの音を止めてこよう。…セイは。そういえば弟の青磁はどこにいるんだ?

 父親の部屋は引っ越してから初めて入ったが、どこも綺麗に整頓されていた。コンポにアラーム設定されていた音楽プレイヤーを引っこ抜いて解除作業をし、僕は家の中にいるはずの弟を探し求めた。

 やっと見つけたのは、なんと僕の寝ていたベッドの足元だった。隅のところに手足を折りたたむようにして丸まり、まるでかくれんぼをする子犬みたいに目を開けたままじっとしていた。

 僕の顔を見ると表情のない声で「お兄ちゃんおにー」とだけ言った。

「よしよしセイ、大丈夫だよ。父さんはまだ帰ってこないけど、僕達だけでそれまでなんとか頑張ろうな」

 抱き上げてキッチンに連れて行き、テーブルにつかせた。

 冷蔵庫の中にはレトルト食品もコンビニ惣菜も、卵も牛乳もぎっしりと詰まっていた。献立の見通しも立てないで買い込んだため脈絡のない食材の数々。

 僕はそこからおにぎりとセルロイドの皿入りのシチューを発掘し、レンジで温めてセイと食べた。…事実を脚色しないで伝えるのなら、胃の要求がないのにも構わず、セイが食べるよう、お手本として自分の口のなかに流し込んだ。

 味のしない食事の後片付けをして、時計はまだ9時。登校すべきなのは頭では分かってはいるのだが、なんとも脚が重たい。こういうのを根が生えたよう、っていうのかもしれないな。

 丁度折良く電話が鳴る。僕は発信元も見ずに子機を取った。

「父さん?目が覚めたの?僕もセイも心配して」

 電話口の向こうで息を飲む音がした。かすれたような呼吸音と、咳払い。

 違う。これは父さんじゃない。そりゃそうだよ、一時危篤状態になってERに担ぎ込まれたような人間が、そんなすぐに電話してこられる筈ないじゃないか。

“すまんねえ氷裂くん、今度のこと、斎からもよう聞いたし付き合いからの連絡も来たとですよ”

「…森野々宮さん」

 はい、森野々宮のおじさんですよ、という優しい、ただし一歩だけ身を引いた口調の応えが返ってきた。こちらの気持ちを、辛さを慮っての苦しそうな響き。

“氷裂くん、もう起きとったとですか。そしたらね、学校のことなんですがね、今日の授業は出るとですね?”

「授業…」おうむ返しに舌で単語を作る。「…………出たほうが、良いでしょうか。僕が病院に行っても…することもないし…」

 電話口の向こうで、うんうんそうですか、という声がした。

“お父さんは、危篤状態から持ち直したって聞いたとですよ。警察の聴取も一通り終わっとるけん、早かとこ登校始めたほうが良かやなかですかねー、て、おじさんはこう思うとですばってんね”

 センテンスに「です」をつけることで佐賀弁を標準語に直せていると思っているらしい。この素朴なやっつけ感。つい、笑ってしまった。

「はい。これから準備して学校に行きます。今から行けば4限目には間に合いますから。セイも保育園に寄らないといけないから…」

“そいやったら、私に任せてください。おじさんのタクシーでセイちゃんば保育園に送ってあげますけんです”

「え、いや、いくらなんでもそこまで厚意に甘えるのは悪いですよ」

 なんのなんの、こがんときのための世話役ですけんね、じゃあ今から15分したら迎えに行きますけん準備しんさってくださいね!と森野々宮さんは元気に通話を終えた。

「…父さんのバカ野郎」

 僕は受話器を叩きつけて壊さないよう努力しながら下ろす。

 父さんが陰で、僕やセイの前で、何十回何百回と馬鹿にし続けた森野々宮さん。この人の方が、父さんより何千倍も何万倍も素晴らしい人間じゃないか。

 こういうのは、父さんにはなかった。さりげない優しさや謙虚な気遣いなんてものは。もし少しでもそういう他者への思いやりが身についていたなら、あんな事にはならなかったのだろうか。

 誰かに突き落とされる、なんて事には。

 深呼吸をして、喉の奥から溢れ出しそうになる叫びをなんとか押し込める。やるせなさも怒りも、先延ばしだ。なんとかこの生活を崩さずにやっていかないと。

 僕はセイに声をかけ、歯を磨かせ着替えをさせた。自分ももちろん制服になり教科書やノートをカバンに詰め込む。

 目を覚ましたら、今度は僕が父さんに教えてやる。ひとを敬うことと親しみを持つことを。

「___行こうか、セイ」

 口数少ない弟は、ただ力強く僕の手を握り返してきた。



 ちょうど三限目のチャイムが鳴っていた。下駄箱のあたりは教室移動の生徒で賑やかになっていて、遅い登校を注目されることもなかった。

 揺れる人波の中、こちらへ歩いてくる顔の一つに見覚えがあったので、礼儀として軽く挨拶を交わすだけのつもりだった。

 目が細くて浅黒い肌、特徴的な肥満体に僕と同じ一年生のネクタイの色。えっと相撲部の…

「あ、おはよ…確か、小副川ったっけ?」

 そこで相手の、昨日の柔道場で互いに自己紹介をした筈のあがりもんの同輩はツイと目をそらした。

「おはよ」

 控えめというよりも投げ捨てるような声のトーン。僕なりに精一杯愛想を出したつもりだったのだけど、なんだかイヤな感じの返答だった。

 どうやら虫の居所が悪そうなのでこちらも追いすがったりせずさっさと教室に向かう。頭の中でもう一度時間割を呼び出しながら。

 三限目は化学、四限目は日本史、五限目は英文法グラマー、今日は六限目はない日だ。

 階段の踊り場から談笑しながら肩を小突き合う三人組が降りてくる。やっぱりあがりもんの仲間達だ。

 デカ・チビ・ガリの三者三様、背格好も顔もみごとにカタカナの探偵アニメから抜け出てきたような連中だったから、昨日紹介のときに僕は心密かに「コナンとその仲間達」と名付けたのだ。

「や、やぁ、おは」

 笑顔が液体窒素をかけられたみたいに瞬間冷凍された。よくある動画だとジュースがジョーク映像みたいにストップして、さらに衝撃で崩れるけれど、三人とも表情が消えたさまはあれによく似ていた。

 片手を上げた僕を大きく回り込むように立ち去っていく。そこまできてからやっと勘付いた。

 僕は、避けられてる。みんなから…

 いや違う。普通の人間の生徒達はそんなにぎこちない妙な動きはしていない。ただ先日見知ったあがりもん達だけが、遠巻きに眺めたり足早に歩き過ぎていくんだ。笑ってしまうぐらいくっきりと分かれた反応。

 自分のクラスの席に着いても状況は変わらなかった。どころかここでは普通の人間の生徒達までもが僕を無視した。さらには韻も隼も、僕がおはよう、と言いかけるが早いか二人でヒソヒソ話を始める。

 まるで仲良くなったなんてカン違いなのかと疑うほど…いやきっとそうだったんだ。

 たった1日かそこらでもう仲間、誰とでも友達になれるなんてそんなことはありえない。人間はそんなインスタントな生き物じゃない。現実はゲームやアニメなんかとは違う。

 ここは東京じゃない。いや東京でだって、他から来たやつをそうおいそれとは受け入れたりしない。よそ者に対して心が狭くて狡くて陰惨なんだ。当然じゃないか、そうじゃないと…

 そこまで来てなんとなく分かった。見知ったあがりもん達が僕を避けるのは、父さんのことが知れ渡っていて、あがりもんの秘密をばらすようなの息子と非難されているからだ。

 普通の人間のクラスメイト達は、東京からわざわざやってきた早々事件に巻き込まれるという僕達家族の、なにやら胡散臭い噂話を吹聴し合っているようだ。

 ぶり返してくる感覚。割れて砕けたガラスの破片の上に座らされているような、悪口を書いた紙屑を投げつけられているような、そんな疎外感。この感じなら前にも味わっている。だから何も怖くない。

 僕は瞼を下ろし、授業が始まるのを静かに待つ。視界をシャットダウンしてしまえば、肩口や襟袖を緩衝材に低声こごえになって話すやつらは見えないから気にならない。

 そうだ、一昨日のことを思い出そう。意識を集中して記憶を再生させていれば、その間は鼓膜に飛び込んでくる雑音も聴き取れないから気にならない。

 そうして僕は何も感じない人の形をした石になる。



「単刀直入に聞かせてもらいたいのさ。君のお父君は、他人の恨みをかうような人物だったのかな。心当たりや思い当たる出来事、なんでもいいから包み隠さず明かしてくれないかな」

 どことなく野武士のような空気を漂わせたその刑事さんは、公務員にしては珍しく男のくせにポニーテールだった。

 僕の頭の中にその言葉が浸透するまで時間がかかった。なにせ生まれて初めて救急車に乗せられて、父さんに付き添ってERまで来たんだし、脳の思考野の中核は「父さんが高層階から落ちた」と「死ぬほどの大怪我をしてる」の二つに占められていたから。

 僕から話を聞くためと連れてこられた、奥まった病院の廊下。他の患者が通らないここは禁煙らしく、質問を投げかけてきたその刑事さんは胸から葉巻と携帯灰皿を出しかけて看護師さんから殺意のこもった視線を受けていた。

 それらを元の場所にしまって、その人はもう一度同じことを言ったけれど、僕にはやっぱりはっきりとした答えの形はできてはこなかった。

「えーと、この状況について君はどう思うかな?」

 そう尋いてきたのは刑事さんの部下らしい若い婦警さんだった。こちらはこちらで、鈴蘭みたいなさかさ壺型の可愛らしいヘアスタイルをしている。ファンシーな雑貨を扱う店の店員さんだというほうがよほど似合うだろう。

 ゆっくり、質問する側にしてみればまどろっこしさで怒鳴られても仕方がないようなペースで僕は口を開いた。…日本語を、習ったばかりの外国語のように組み立てながら。

「父さんが…………自分から…落ちる……なんて、考え、られ………ない…」

 そうか、そうだよね。二人の人間から発される同じ意味の言葉。

 混乱している自分自身を自覚しつつ、額に手をやる。

「恨み…だったら……なくはないかな…ううん、でも、そんなことされるぐらい…殺されるぐらいなことは……しない…と思う、………ムカつかれることはあるかも、だけど」

「ふむん。それじゃあ刀指くん、いや氷裂くん、キミのお父君は今夜誰とどんな用事があったのか詳しく話していたかい?佐賀には陶器の関係の仕事で人脈を作る途中だったようだけど、その中で固有名詞があれば挙げていってくれ」

「固有名詞…」

「はっきり伝えておいてほうがいいかな。…キミのお父君は何者かによって墜落させられたんだよ」

 重かった室内の空気がいっそ清々しくなるほどの断言だった。

「いいかい、何しろ手がかりが希薄なんだよ。なんでもいい、思いついたことを全部、片っ端から言っていってくれるかな」

 まず頭に浮かんだのは、空港に着いてから文句ばかりの父親の会話。なんだここは、本当に何もないな、サービスってもんが分かっちゃいない、しきたりにばかり小うるさい田舎者どもが、大学もろくに出てない素封家に何が分かる、伝統と品格を一緒くたにしていては産業が発展するわけがない、カビの生えた古臭いデザインなど私が刷新してやる……

「さぁどうしたんだ?ずっと黙ってばかりじゃ何も解決しないよ。捜査はスピードが重要なんだ。キミだって父親が害されて悔しいだろう?情けないだろう?それに警察としても勿論だが、あがりもんとしても見過ごせない事態に」

「おっさん、あんた大概にせんか!!」

 咆哮とともに、僕は何か強い力で抱きすくめられた。生温かい…温度がありあまって熱いほどの人肌、肉の焼けるような体臭。

 全然気がつかなかった。隣には斎がいたのだ。眼を怒りにらんらんと光らせて、刑事さんを睨みつけている。

「こいつは親父ば殺されかけよったんやぞ!そがん辛か目に遭うて、ホイホイサッサと喋られるもんかい!!」

「斎…」

「アイス、お前はなんも考えんでよか!」つむじの上に顎の骨の硬さを感じる。斎が、僕のことを守ろうと抱きかかえるようにしてくれている。「なんっ…てことばい。お前も、セイも、父ちゃん倒れてこいからどがんすっとか…」

「あのね君、だからこそ事件を迅速に解決しなければならないのさ。分かってるのかい」

「分かっとろうが、そっちこそ!こいつはまだ高1やぞ、子供なんやぞ、あんたらからしたら証言やらなんやらのコマなんかも知れんけど、こいつは、アイスはいま一番辛か心持ちの真ン中に居っとたい!!」

 また別の看護師さんが「院内はお静かに」と声をかけて通り過ぎる。

「…そうだね。焦りすぎたかも知れないな」

「そうですね、八郷さん。今日のところは一旦返したほうがいいかも知れないですよ。未成年の聴取には時間も遅いし…ね?」

 婦警さんの「ね?」は明らかに僕に向けられていた。でも僕は斎の腕にしがみついて震えているだけだった。

 僕の代わりに斎が「…おう。分かってくれたらよか。こいつん家族は俺の父ちゃんが世話役やけん、このまま家まで送ってく。多分もう車で迎えに来るやろ。落ち着いたらこっちから連絡すっけん」と受け答えしてくれた。

「あのねぇキミ、森野々宮君だったか、警察のお株を奪うような真似はするんじゃないよ。指示はこちらからするからね」

「なんっかオゥ、ゴラ、やっとか?大体何ねあんた、さっきから冷たいひやかことばっか言いくさって、気に食わん!裏ば行くか!?オオ!?」

「いやだからね…」

 ちょうどその時だった。白衣に手術着を重ね、聴診器を首から提げた小柄な医師が、白い運動靴で床を引きずるようにしながら歩いてきた。

 八郷と呼ばれた刑事が立ち上がってそれを迎える。

「どうです先生、被害者の具合は」

「どうにかこうにかっちゅうところかねえ」

 黒髪と白髪と半々ぐらいの医師は、さも当然のごとくタバコを取り出して火を点けた。すぐさま半分がた灰にして、血糊の真新しい胸のあたりを指差す。

「新人の助手が慌てちゃってもーこんなに汚しちゃったよ。あ、処置だけは完璧だから安心して。運び込まれた時は典型的なDICだったよね。もー血管バッキバキーの、臓器グッチャグチャーの…」

「ちょっと高上たかがみ先生!」これは婦警さん。「被害者の息子さんの前ですよ」

「おっと」婦警さんから高上と呼ばれた医師は、ぺろり、と舌を出して肩をすくめる。「失敬。専門用語だとよく分かんないよね」

「そういうことじゃなくって…ごめんね刀指くん、お父さんの容態については追って知らせるね。とりあえず、世話役の人が来るまで休養室で身体を落ち着けない?」

「…いえ、結構です」

 婦警さんの気遣いをはねのけ、僕は顔を上げた。身体の震えはもう止まっている。

「アイス、無理すんな」

「…大丈夫だ。もう落ち着いたから」

慎重に抱擁を解く斎になんとか笑いかけて、僕は一歩前に出た。

「高上…さん、教えてください。父さんは現在いまどうなっていますか。DICってなんなんですか」

 ほうやるじゃないか、と言わんばかりの様子で眉を上げ、医師は簡単に言うとと切り出す。

「強い衝撃により全身に外傷を負うとだねえ、つまり早い話が血管中に小さく無数のカサブタができて、それがありとあらゆる場所で目詰まりを起こして臓器の働きの邪魔をしたり壊したりしてしまうことがあるのさ。播種性血管内凝固症候群、これを縮めてDICというわけ」

 場合によっては多臓器不全で死に至ることもある、平たくいうと危篤寸前の状態だったのだと理解した。

「さっきも言ったけど、処置はちゃんとしてあるから予断を許さぬほど危険な状況じゃあないよ。ただし脳にかなりのダメージを負ってるのは確実だから、意識が戻ってくるかどうか、元どおりになるかどうか、障害が残るかそうでないかまではまだこれから…って感じかなあ」

「…当座は生きてる、死ぬことはない、ってことでいいですか」

 うん、そう。と、医師があっさりと頷いたので、煙草の灰が全部床に落ちた。それを遠くからまたまた別の看護師さんが「あぁもう高上先生ったら!!喫煙所がちゃんとあるでしょうが!!」と絶叫。

 それから僕は八郷刑事のやり口が気に食わんと文句タラタラな斎と、隣県まで仕事で出ていたのに事ありと聞くや引き返して、僕の代わりにセイを保育園から預かってくれた森野々宮のおじさんとそのまま彼らの家に一泊した。

 明朝から佐賀署に詰めて丸一日かけて事情を聴かれ、その日は宵の口ごろに解放されて兄弟二人でマンションに帰り泥のように眠った。

 以上が一昨日から昨日までの出来事だ。

 結局のところ父さんが目を覚まして語り出すまでは真相は藪の中、断片的な事実だけを取り出してみても犯行状況も動機も分からない…だけど。

「化け物のくせに」

 そうまで罵ったからには、その犯人は普通の人間と見て間違いないだろう。だって、僕達あがりもんが自らの種を異常なものと意識することはありえないのだから。



「起立!」

 はっと頭を上げると黒板上の丸時計は12:30になっていた。礼を済ませるやいなや担任はそそくさといなくなった。

 昼休みのチャイムが鳴る。二つの時限の記憶がそっくり抜け落ちてるなんて、まるで時をかける少年だ。

 まぁいいや。我ながらよくショックから立ち直ってきてるよなぁ。

 教室の中は奇妙に静かだ。転校そうそういきなり1日休んで遅刻してきたことについて教師たちが何も言及しなかった(というか授業中一度も当てられなかった)。あがりもんではないクラスメイトも何かしら察しているんだろう。いや、もしかしたら報道されたのかな?僕自身はニュースをサイトやテレビで確認するなんて暇はなかったから、どの程度まで広まっているのか皆目見当がつかないけど…

 その辺を知りたい。ひょっとしてあいつらなら…

「あのさ、韻、隼…」

 意を決して声を出す。名前を呼ばれた韻は半ば以上嬉しそうに立ち上がりかけた。それを隼が制止する。僕に聞こえないぐらいの声量で何事かを言い含めている…

 それから2人で教室を出て行った。

 取り残された僕は、おもむろに机に突っ伏す。

「…なんだよお前ら…友達だって言ったくせに……」

 呟くと同時にプンと塩胡椒の香りがした。周りではクラスメイトたちが腹の虫に急かされて、集まったり離れたりしながらめいめいの弁当を広げ始めている。

 そうだ、補給はしておかないと身体がもたない。僕は立ち上がりかける、だけどへたり込む。

 購買に何か食べ物を調達に行く気力も湧かない。そう、精神力の問題だ。

 誰とも話したくない。好奇の視線が背中を灼くようだ。肘を立てて両腕の間に顔を埋める。

 僕が何をした。何も間違っちゃいない。父さんも僕も被害者だ。なのにこの扱いはなんなんだ。全部が悪い冗談なら、降参するよ。頼むからもうやめてくれ。

 ひそひそと鼓膜をこするような会話が、形を保たない真綿のように意地悪く絡みついてくる。

「転校生さ…」「何か、やらかしたらしか…」「一昨日の宝貝泰の飛び降りはあいつの…」「がばヤバくなか?…」

 引き戸を戸袋に叩きつけるように開ける音。囁き声でのざわめきが中断される。

 誰かが教室に入ってきた。床の激しく軋む音、ドスドスという振動、大柄な体軀の気配。

 ガサリ!とビニールが突っ張る音がした。

「風通しの悪かにゃー」

 ガバッと上半身を起こすと、目の前にコンビニの袋があった。

「ようアイス、お前と昼飯デートでんせんかにゃー思いよって来てみたばってんが」

 斎だ。拳から弁当が5個も6個も重なったビニール袋を吊り下げている。

「こんクラスはどがんしたとかー?暗かぁー、なんかこいはぁ!葬式でんこがん暗うなかぞ!!」

 空気を切る音が出るほど上半身をひねり韻・隼を探す。

「韻も隼もどこに行った?友達甲斐のない奴らやにゃあ」

 そしてわざとらしいほどにあてつけがましい表情を振りまく。

「あーあぁ!こがーんに風通しの悪かとこに大事なの置いとけんばい!なアイス、屋上行こか屋上」

 ブレザーを掴まれ、席から引きずり出すように立たされた。

「ちょっ、斎…」

 よかけんよかけん、と息苦しいほど首っ玉をホールドされながら僕はそのまま外に出された。まだルートをよく覚えていない廊下を渡り、避難通路の非常階段から屋上に上がる。

 水の残ったプールの反射が眩しかった。空が、吹き抜けの青い天井みたいに近く思えた。

 雲の山脈と地上の峰。その二つが重なり合う地平線には、雲影の中に二本の天使の梯子が下りていて、壮大な交響曲でもつけたらファンタジー系のゲーム画面に似合いそうな景色になっている。

「ほれアイス、こっちやこっち。ここ座らんか」

 斎は更衣室の庇が陰を作る壁際に手招きした。どっかりと胡座をかいた上にビニール袋を置き、ごそごそと海苔弁やシャケ弁や唐揚げ弁当にサンドイッチ、おにぎりなどを取り出して並べ出す。

「なんだってこんなに…買いすぎだろ」

「へっへー、弁当屋のごと買うてきたくさ」

「あんた一人で食い切れんの、これ」

「ってアイス、お前の分もあるに決まっとるやろが。さ、好きなもん選べ」

 ニコニコと手を広げている斎に僕は苦笑する。

「…あんまり食べたくない…今朝はセイの手前無理やり食べてきたけど。これ以上お腹に何か入れたら気持ち悪くなりそう」

 気持ちはありがたい。けど、それにお礼を言うほどの元気もないんだ。

 斎は「ふーん」とだけ応えて、ペットボトルのコーラを開けると一口で飲み干した。

「そがんかー、そいやったら仕方のなか。こいは俺が片づけとく。んで、お前には良かもんやろー」

 ぽんと膝の上に落とされた小さな箱。

「…何これ」

「ボンタンアメ。こいやったら腹にももたれんやろ」

 大きめのマッチ箱くらいのそれをつまんでなんとなく振る。かろかろという音がした。

「あんたの好物なだけなんじゃないの?それに僕、これ…」

 あんまり好きじゃないんだよね。そう吐こうとした科白を引っ込めた。

 斎が、からかいでもいじりでも、ましてやお節介でもない笑顔でこちらを眺めていたから。

 そうだ。なんの義理があったって、ここまでのことをしてくれるのは目上としてとか父親が世話役だからとかの、ただの責任感からだけじゃない。あれだけ僕を部活に引き入れようとした韻も、(あまり友情的なものは構築できなさそうだけど)隼もあっさり見限った僕のことを、斎はこうして昼食に誘ってくれた。

 僕の方がはじめはあんなに邪険にしてたのに。

 そうだ、僕だって…こいつの第一印象が悪かったからって、ただの粗暴で雑なタイプだと決めつけてかかってたじゃないか。

 それって、他人をバカにする父さんに、イヤになるぐらい似てないか?

「…じゃひとつだけ…」

 ラッピングを切り箱を開ける。オブラートにくるまれたどぎついオレンジ色の立方体が並んでいた。

 口に含んだら不思議とあたたかい味がした。普段なら甘ったるく感じるはずの蜜柑の果汁の塊が、舌の上で柔らかく解けて咽喉の奥に吸い込まれていく。

 ひと粒、ふた粒、三つ、四つーーー気がついたらあっという間にカラにしてしまった。

 そしてその間に斎はこちらを眺めようともせず猛烈な勢いで弁当を平らげていき、空箱の山を積み上げていた。

「うーん、さすがに気持ち悪うなってきよった。くぐぷう」

 膨れた腹を撫ぜ、品のないゲップを空砲のように青空に向けて何発も放り出す。

「あんたよくそんなに食ったな。食道の先から四次元ポケットにでもなってるんじゃないの?」

「べっ、別にあんたなんかのために食べ過ぎたんじゃないんだからねッ!ゴカイシナイデヨネッ!」

「…なにそれ」

 えー分からんかぁー?と肩をすくめる。

「デレツンやデレツン。こがんかやろ、アニメとかキャラとかの生意気か女子おなごのしゃべり口調」

 いやそれはツンデレとはなんか違う。使用・用法ともに大いに逸脱していると思う。それに可愛い女の子ならまだしもゴツい男子がやると気持ちが悪い。

 けど。

「ほいこれ」僕の膝の上に、長くて黄色くてもったりとした物体が置かれた。「デザートには、なんつったってバナナたい。口に入れるだけでん栄養になったい。繊維質の豊富かしてミネラルもビタミンもたっぷりばい。あと飲み物もな」と、瓶入り牛乳を二本、僕の足の横に立てる。

 右手に牛乳、左手にバナナを構える。斎も同じものを同じようにして貪っている。その格好はまんま…

「合わせたらバナナ牛乳。って、あんたゴリラか?チョイスが似合いすぎるだろ」

「お、生意気生意気、そん調子。そいでこそ本家ツンデレボーイやな!アイスはそがんやなかと張り合いの無うなるけんにゃ」

「まだあんたとしゃべってから3日しか経ってないんだぞ。僕のこと分かったような口振りはやめろよ」

「分かっとる」

「ウザい。キモい。あっち行ってくれ。1人になりたいんだ」

「分かっとるって」

「じゃあ、どうして放っといてくれないんだよ!!」

 僕は牛乳瓶を握ったまま下のコンクリに叩きつけた。瓶底が割れて白い中身が飛び散り、掌が切れた。

 なんで自分がこんなことを言っているのかわからなかった。怒ってなんかいやしない。むしろ嬉しくさえ思ってる。なのにわけのわからないムシャクシャが爆発して、感謝の言葉を封じてしまう。

 僕は、最低サイテーな奴だ。母さんにぶつけた言葉も、東京を追われる原因になったあのことも、そして…今も。自分を抑制できないところはちっとも進歩しちゃいない。

 斎は自分で傷つけた僕の手を取った。ガラスの欠片が刺さったりしていないか調べつつ、ティッシュを取り出して傷口を押さえる。

「…俺はな、自分が一旦世話してやるて決めた奴は、どがんことのありよっても最後まで面倒ば見るて誓うたんや。そいけんが、お前から離れん。一人にさせん。男が一度決めたことば曲げたらいかんけんにゃ」

「……そんな…」

「そいにな、やっぱ俺はなぁ」誤解すんやなかぞ、と鼻の頭をこすって前置きをする。「アイスんこと好いとっと。こがん我の強うてもろかして面白か奴、周りにらんけんにゃ」

 肩の力が抜けていく。プールの水面の照り返しは、壁にも僕達にも白い波の形の照明を当てている。

 血がゆっくりと肘まで伝って、赤い雫となってコンクリに落ちていく。その速度もゆるまり、やがて止まる。

 ああ、頭が冷えるってこういう感じなのか。呼吸も平らになって、腹の底から楽になってきた。

「そろそろ血も止まったごたるにゃ、お前ハンカチやら持っとるか?巻いてやるけん貸さんね」

「斎……………」

「ん、何ね」

「…一つ、頼まれてくれないかな」

「おおー、よかぞ!よかよか、なんでんいってみんしゃい」

「……………慰めて欲しい」

 不思議と恥ずかしさはなかった。この図々しくて鷹揚な、年の差のあるできたてほやほやの友人に、奇妙な依頼心というか帰依するような感覚に支配されている。

 でもそれは、不快なものではなくて…むしろ生(き)のままの自分でいられる心地よさは、赤ん坊の頃に戻ってしまったみたいに甘かった。

 そう、これは、甘えだ。僕はいま、こいつに甘えているんだ。もう少しだけ優しさが欲しいんだ。

 立ち上がるための、精神こころ養分ちからを充足させたいんだ。

「おう、任せろ」

 斎に両肩を掴まれた。視線を上げると、すぐ近くに相手の顔がある。

 1、2、3、4、5、6。数える間、しばし迷うような様子があった。その大型の肉食獣のような瞳孔の中から、僕自身の憔悴しょうすいしきった面差しが見返してくる。

 それから。

「元気出せ!」

 ゴスッ。と、額同士を打ち付けられた。

 完全なる不意打ちのヘッドバットだった。

「〜〜〜〜っっっっ、でぇぇぇぇぇぇ!!」

「どがんね、気合い入ったやろ?」

「…っ、痛ってえよバカ!!」

 額に手をやったまま、今度はグッと抱き締められた。これも腕力がきつすぎて息ができなくなる。

「…よう頑張った。ほんなごて、よう頑張ったにゃ、アイス」

 頭を撫でられた。僕がこれまでセイにしてきたように。そしてきっと、いやたぶん、そんなことはないと思うのだけど、…僕がするよりももっと優しい手つきだった。

「俺の胸でよかったらいつでん貸してやるけん、もうガマンはすっとやなかぞ」

 胸の中でもくもくと渦巻いていた不発の花火みたいな憤りや恨みが晴れていく。腹の底に沈んで結晶化しかけた悲しみや不安が溶けていく。

 なんか色々と予想外のことをしてくるけど、この斎のとった一連の行動が、僕に力強い立ち位置と意志を取り戻してくれた。

 僕は自然と斎の背中に腕を回した。相手の名前を呼ぶこともしなかったけど、胸の中がいっぱいで、日光浴をする猫のように穏やかな気分で広く厚い胸板に頬を預ける。

 ピンコーン♬

 スマフォがシャッターを切るときの聞き慣れたメロディ。つと横を向くと、階段に続いている開きかけのドアから明らかに隼のものと思われるスマフォのカメラレンズと、韻の巨体の影が見えていた。

「…おいのぞき魔ども。そこで何してる」

 僕の科白で押されたように二人のあがりもんが出てきた。というより、韻の突っ張りテッポウで出入り口を塞ぐようにしてスマフォを構えていた隼が勢いよくどかされたのだ。

「うわっ、たっ、乗るなって韻」ふてぶてしい隼の文句。

「うわぁぁぁん、アイスぅやっと見つけたぁ〜!」いじめられた相撲取りのようにベソをかきながら両手を突き出してよろめいてくる韻。

「お。現れよったなこん薄情もんどもが」

 鼻白んで見せる斎に、遠くから隼が言い返す。

「お前らこそなんでプールサイドこんなとこに居んだよ。学校じゅう探し回ったっての」

「探した?なんで?」

 尋ねる僕に韻が覆いかぶさる。斎と二人して僕をサンドイッチにするのでいよいよ死にそうだ。

「ごめんねぇ!アイスごめんねぇ〜!もっと早う教えてあげたかったと!けど教室やと普通の人間のみんなも聞いとうし、隼がまだ早い・まだ待て言うけん話しかけられんやったと!」

 ごめん、ごめんと繰り返す。すがりつかれて泣き喚かれても、なにを許せば良いのかも分からない。

 と、隼が涙で目も開けられない韻をむしりとってくれた。

「バーカ。いきなり喚いてもアイスには分かんねーだろ」

 ヤンキー座りでスマフォをかざし、Twitterの画面を示してくる。およそ昨日からのツイートにサーチをかけて、「新入り」とか「刀指」にまつわる呟きを、取りも直さず僕に対する噂や中傷を抽出している。

 そしてそこには、おそらく普通の人間たちにはわからないであろう隠喩をちりばめた、あがりもんたちによる非難も数多く混じっていた。

「昨日の昼ぐらいから、お前の父親のせいであがりもんの存在のことが普通の人間にバレたかもしれないって噂が流れてきててさ。どうせ途中でさんざんシカトされて感じたろ?あがりもんの生徒達がお前のことを目の敵にしてるって」

「そりゃまぁ…ていうか普通の人間のクラスメイトも冷たかったし」

「まぁそっちも問題だったからな。昨日の午後からずっと授業そっちのけであちこちのSNS…あがりもんの付き合いじゃねえぞ、ネットの方な…を調べて発信源をつきとめた。そんで今日は午前からずっとその噂を根こそぎ否定するような風潮にもってくよう情報を操作してたってわけ。確かなソースも加えといたから、放課後くらいには普通の人間だろうとあがりもんだろうと、お前とお前の父親をとがめるような奴はいなくなるだろ」

 プラプラとスマフォを揺らしながら説明する隼。確かなソースというのは聞いていて注意を引かせられる部分だったが、詳細を説明するのは骨が 折れるようでそこは省かれた。

「でかいことをしたわけじゃねーよ。論理的に反証すれば十分だったしな。有る事無い事噂するようなバカ共は早めに潰しておくにこしたこたねーし。大体が普通の人間にやられたにしちゃ、おかしなことだらけなんだぜ」

「…ってことは、アイスの父ちゃん殺そうとしよったとは普通の人間の仕業やなかて言いよるんか」とは半信半疑の斎。

「可能性の観点からはな。かなり低いと思っていんじゃね?そーだな…おい韻、お前もしUFOとか遭遇したらどうする」

「え、僕!?そーやね、そんな凄かもんの見つけたらすぐに写真やら動画ば撮って投稿するよー」

「だよな。ところがこの事件にはそれがない。アイスの父親に恨みを持って、わざわざ目立つような殺害(未遂)方法を取る、しかもつながりの深い…なんて普通の人間もいない。犯行時刻もパーティが始まってから割とすぐだったみたいだし、だからしてアイスの父親があがりもんだと看破するための時間もないだろう。落ちた時には変身しアガってなかったってーから、な」

 僕も斎も韻も、瞳を■の形にして「ほへー」と聞くだけ。短い期間、限られた情報からここまでの推理を組み立てているのが安物アクセをチャラチャラさせてる隼というのがまた、なんというかアンバランスというかミスマッチだ。

「だからもし自分からの飛び降りじゃなく誰かの犯行だとすれば、犯人のほうもあがりもんのはずさ」

「うっわー、凄か隼ーーー!探偵のごたる!!」

 惚れ惚れとする韻に鼻高々の隼。

「気持ちいいな。もっとほめろ」

「そがんか、そいけん韻も隼もこん大変かときにアイスば1人にしよったとか。納得納得」

「そか…僕も見直したよ隼、てっきり自己利益しか頭にない金儲け主義の人間のカスクズだと思ってた」

「ひっでぇ言い方」

「いやーマジで感謝するよ、僕のポジキャンしてくれるなんて」

「ふふふんふん!そうだぞー感謝しろよー?寿ことほげ崇めろ奉りやがれ!!なんなら誠意を金銭ってゆー形にして、見返りに提供してくれてもやぶさかでないぜ?」

 有頂天になってはしゃぎ回る隼は、僕の視点がTwitterのリツイート通知の数値の異様な上昇に注がれていることに気づいていない。

「うんうんすごいよ。周りの人間、特に男子生徒同士の怪しげな写真を撮影してはツイッターに上げて、アフィ稼ぎに余念がないような守銭奴じゃなかったんだなー」

「ぎくり」

「ところでさー、そのスマフォのカメラロール、一応だけど確認してみていいかな?さっきも僕たちのこと、撮ってたよね?」

「ぎくぎくぎくりっ」

「斎」

「ふが?」

「捕獲」

「アイアイサー!」

 僕が指さした隼の身柄を背後から羽交い締めにする斎。「おっ、おっ?変なことはやめたまえよキミタチ?」と、戸惑っているのかとぼけているのか口調がおかしくなっている隼の手元から、僕はスマフォを奪い取る。迅速な対応により、ロックはかかっていなかった。

「え、ちょおい!返せよ俺のスマフォ!!」

「……やっぱり」

「何ねアイス。何が映っとったか」

「つくづく懲りないね隼。こんなのどうするつもりだったのかな?」

 ストラップをつまんで、嫌味たっぷりに動けない隼の眼の前でヒラヒラさせてやる。

 画像ファイルのサムネイルを拡大した画面には、僕と斎が映っていた。先程、隼と韻が登場する前の、二人でいた時の写メ。

 プールの水面の反射をバックにして、僕達は見つめ合っていた。ただそれだけではなく、画像編集アプリをふんだんに活用した痕跡があり、切り絵みたいにシルエットじみた二人がいままさに愛を語らってキスをする寸前ででもあるかのような加工をされていた。

 韻はその画像を食い入るように眺めて口許を抑える。

「うわ、なんなんこい。ヤバかぁ、なんかこう、こん格好でこん姿勢って…」ボボボっ、と効果音付きで血液を顔面に集めて呟く。「な、なんてゆうか………がばBLっぽかよ」

「ん?びー・える?紙のサイズがどがんしたか」

「斎、BLっていうのはなんていうか、その、男同士でその…」

 韻はどんどん語尾を細らせ、赤くなった首を襟の中に引っ込めていく。

「こんなキラキラな意味深写メにして、一体どういうつもりなのかなー」

「うんうん、それはだな、好感度を上げるためのイメージ操作というか」

「黙れこのお調子者!!僕と斎を腐った女子に売りやがっただろ!?」

 そして僕は女子と思われるリプライを読み上げて聞かせる。

「素敵です!これ隠し撮りですか?続きはないんですか?」「先輩と後輩…尊いです…」「ほかには写真ないですか?いくらでも買います!!」

 結審のときだ。隼のスマフォは僕により、すい、と中空を泳いでプール真上にかざされる。

「隼、武士の情けだ。選ばせてやる。水死と溺死、どっちがいい?」

「ちょ待っ!待てって、それ意味同じだろ!」

「あ〜重い〜、重いなぁ〜、落っことしちゃうなぁ〜〜〜」

 わあやめろ馬鹿!という叫び。はい謝りもしないから罪が重くなりました、と僕は古代エジプトの魂の審判気取りで、隼の液晶の摩り切れかけたスマフォを一層水面に近づける。

「落ち着けアイス!TL!TL追ってみろって!!」

「TLだぁ?このいやらしい写メのコメントなんか汚らわしくて見たくもないね。どーせフジョシがホモ最高とかBL萌えとか呟いてんだろ」

「違う違うその前だよ!!ちゃんと根回しフォローと噂潰ししてるから!!本当!!信じて!!」

「相葉の言うことは真実だぞ、刀指」

 どうしようか(ほんのちょっとだけ)迷っている僕を、太く落ち着いた声が止めた。

 角刈りの頭。屈強な上体をワイシャツに押し込めた要が、「しかしながら脚色を加えたのは褒められたことではないがな」と苦笑していた。

「自分のところにまで連絡が回ってきた。安心しろ刀指、もう君のことをしりぞけたりするような不心得者はいないだろう。もしいたら」片腕を曲げて冗談にならないほど太い力こぶを作る。「全校あがりもんのリーダーとして、この自分が相手だ」

 続いてドアから現れたのは、膝上どころかほとんど絶対領域にまで侵食しているスカート丈を翻した色黒の美少女だった。

「バカ兄貴のコスいとこはほとんど性格の一部だから諦めな。金になるってことだったら、身内だって平気でネタにすんだからコイツは」

 棗は隙を逃さず僕の指からスマフォを奪い返す実の双子の兄つまり隼を、生ゴミの這いずりを見やる目つきで眺めている。

「女子の方にはあたしがメインで噂のカウンタークラッシュかましといた。ま、バカ兄貴のせいでしばらくはホモ疑惑ついてまわるかもね。どーでもいいけど」

「…意外だよ。棗、お前まで僕を助けてくれたのか」

「や、あんたはどーでもいいんだけどさ、巻き込まれて斎にまで火の粉が飛んできそうだったからね。あとアサヒが頼んできたからさ」

 アサヒさん。あの子が、僕の味方をしてくれてるのか。

 その恋人の要が、あー、オホン、とわざとらしい咳払いをして告げる。

「アサヒからの言伝だ。刀指、君のご家族のことは大変気の毒だ。自分にできることがあれば、微力ながら力添えをしたいと。…心配していたぞ」

 そういえば昨日から姿を見かけないけどどうかしたのかという斎に、秋口の夜風で体調を崩しているようだと答える。

「それにしても要、あんたアサヒには本当になんでも話すんだねー。あたしだっていくら仲良くても普通の人間だから遠慮してるのに」

 …それはなんだか怪しいな。棗の性格も言動も、一般社会の礼儀やあがりもんとしての制約に縛られるデリケートさがあるようには思われないんだけど。

「それは当然だろう。アサヒは自分の未来の妻だからな。あがりもんの付き合いについてはいまからしっかり身につけさせていくつもりだ」

 既に子持ちの社会人のように老けた物言いで、要は自分の言葉に頷いている。

「お熱うございますなあ」

 という隼の冷やかしにかぶって、昼休憩の時間の終わりを告げるチャイムが屋上に鳴り響いた。



 それぞれの教室に向かって階段を下りながら、棗がいかにも隼の妹らしい邪悪な笑みで

「なぁアイス、さっきtwitterに流れた斎とあんたの写メで、あんたのクラスのオタ女の連中が今頃こぞって大騒ぎなんじゃない?大変だねぇ、次から次へと」

 と、肘で小突いてきた。

「別にいいさ。父さんのことで痛くもない腹を探られるよりは、斎とホモだって思われた方がまだマシかもしれないし」

 おっ、と周りが色めく。

「たくましいこと言うじゃん、あんた」と棗。

「僕は泣いちゃうんやなかかと思ったよ」と韻。

「気持ち悪かったんじゃねえの、斎みたいなゴリラにハグされて」と隼。

「いや、逆に楽になったのじゃないか。相談して吐き出して立ち直る。若者らしく素晴らしいことだ」と要。

 その、全部だ。あは、と笑って肯定。

「ところで僕、聞きたかったんやけど、アイスん家族が佐賀に来たのってなんでなん?」

「お前、それを尋くのか韻。…自分も気になってはいたのだが」

「なんかやらかしたってのは皆それとなく察してるけどな。ネットで身バレでもしたのか?」

「バカだな兄貴。あたしだと予想はどっちかの親の浮気!でなきゃギャンブル破産とか!!」

「お前らのが酷かぞ棗。アイスがいっちゃん言いとうなかことやんか」

「あ、そのことね」

 僕は踊り場からジャンプ、五人全員人追い越して降り立ち、先に行く。

「婚約相手のお姫様を浜離宮の庭池に突き落としたのさ」

「ふーん、そうなんだ、女の子をねえ」

 韻ののんびりした相槌。

 それから間を置いて男子四人・女子一人分の「えええーーーっ!?」が響いてきた。

 胸のすく思いがした。





…私があの男を殺そうとしたことは誰にも露見していない。

…当面、当分、もしかするとこの先もずっとそうかもしれない。

…うまくやったのだと、自分では思う。しかし、どんな証拠や目撃談が出てくるのか分からない。あの時はさすがにかなり泡を食っていたのだ。

…油断は禁物。誰にも漏らしてはいけない。細心の注意を払っていかねば。

…まあいい。いずれにせよ、よほどの発見がない限り、捜査の手がこちらまで及んでくるようなことはあるまい。

…あの時あそこで起こった出来事を完全に解き明かさない限り、私にたどり着くことは不可能だ。

「化け物のくせに、いい気になるから」

…噛みしめるように一音一音を発し、しっかりと反芻する。

…自然と笑いがこみ上げてきた。そのまま臆すことなく顔を上げて、空にかかる塩の塊みたいな真昼の月に微笑む。

…私の罪。罪を隠すのは嘘。

…あがりもんという存在が悠久の時の中で、そして現代もなお積み重ねてきた嘘。その罪が形をとったなら、あんな風に映るのかもしれない。

嘘の中から私を見つけられるものならCatch me in the lie。お気に入りの小説の題名をもじってつぶやく。

…見つけられるのなら、そうしてみるがいい。それこそ、私が長年望んできたことなのだから………

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