Episode37 剣と弓


 翌朝。ストライド家の別館道場にて。


「それでは始めようか」


 薄手のネイビー生地の羽織りとスカートのようにだらけた下衣を着たトリスタン。腰の部分で帯できつく結んでいる。

 道着、というらしいがなかなか格好いい。


「お願いします」


 俺とトリスタンは久しぶりに朝の修行のため、この道場を借りていた。こうしてトリスタンに稽古をつけてもらうのも久しぶりすぎてわくわくしていた。

 両者、竹刀を持って対峙する。この作法というのはかなり独特で、東方の文化らしい。

 


 トリスタンの動きは以前に比べたらかなり目で追えるようになった。

 最初は小手調べだったのか、若干の手加減をしているのが感じられたが、俺がそのスピードについてこられると判断するや否や、徐々に斬撃のスピードを上げていき、最終的にはとてつもない速度で打ち合っていた。

 俺はその剣技についていくのがやっとだった。俺がどれだけ速く動けても、トリスタンの剣技はそれを上回る。


「ジャック、お前はまだ無駄な動きが多い。だから俺より一手出遅れるのだ」

「………むう」


 時間制御スキルに頼れば、もしかしたらトリスタンに先手を打てるかもしれないが、それじゃあまるで通常の打ち合いでは敵いませんと認めたようなもんだ。


「どれだけ速く打ち込んでも、トリスタンは対処できる?」

「物の動きには限界というものがある。どんな卓越した剣士が剣を素早く振ったとしても、無駄な動きがある以上は、俺の懐には届かないだろう」

「そうなんだ……」

「しかし例外ならある―――例えばドウェインが得意とした転移魔法。あれの応用次第では曲芸にも似た剣術を披露できよう。俺もそういうものの対応には限界がある」


 転移魔法は確かに反則的だ。

 俺もあの魔法が使えたら、真っ先に戦いに取り入れようと考えたりした。


「……ジャック、俺のマナグラムを見せてやる」

「え?! いいの?」

「俺はお前と同様、特殊な力を持っているんだ」


 急に、トリスタンは右手のマナグラムを外して俺の方に向けて見せてきた。


 ================

 種族:人間 年齢:19歳 2ヶ月

 生命:296/296

 魔力:223/223

 筋力 B

 敏捷 S 


 <能力>

 剣術 S

 直感 F

 魔 氷 C

 魔 雷 A

 魔 闇 B

 心眼 S+

 隠密 S

 ================


 トリスタンの能力バランスはなんだか俺と似ていてちょっと嬉しい。

 敏捷型だ。

 いや、俺がトリスタンに似たんだろうな。


「ジャック……この心眼というのがそれだ」

「心眼?」

「直感と似ているが、感覚的なものであるそれと比べると、より論理的なものに近い。これは俺の生まれ故郷の者が得意とする一種の特殊能力だ」

「トリスタンの生まれ故郷って………」

「ある地方の、暗殺業を生業としている集落のことだ」


 それはアルフレッドから聞いていた。

 トリスタンの出身はある暗殺者集落だという。なぜその集落から出たのか、なぜリベルタの面々と行動を共にしていたかの詳細については聞いていない。トリスタンもそれについては話したがらない。


「お前は俺の力の秘密をよく探っていたが、そんなものがあるとすればこの心眼だろう」

「何ができるの?」

「うーむ……言葉で表現するのは難しいが、未来予知の類だな」

「ええ!」


 それこそ反則技じゃないか。そんな能力、俺も欲しい。


「トリスタン、また稽古つけてよ」

「いいだろう。仕事が片付いてからな」



     ○



 午前中に採血は終わった。

 右腕をナイフで斬りつけて硝子管に注ぐ。そこにシロヤナギの樹から抽出した樹液を混ぜて、撹拌させる。これで何日かは血が凝固するのを防げるらしい。


「それでは行ってこよう」

「トリスタン、気を付けて」


 トリスタンはストライド家の使用人と一足先に楽園シアンズに向けて出発することになった。俺やアルフレッド、ドウェインの三人は一日遅れて出発することになっている。


「………そうだ、トリスタン!」

「なんだ?」

「これ、返すよ」


 俺は借りていた魔導具 "魂の内循環機プレゼンス・リサーキュラー"をトリスタンに返した。

 最初の俺の潜入からずっと借りっぱなしだったものだ。

 気配を遮断する指輪なら今はトリスタンに必要だろう。


「いや……それはジャックにやろう」

「え? 借りてた物なんだから返すよ。それに今はトリスタンに必要なものだろ」

「うーむ」


 トリスタンは眉間に皺を寄せて、何やら考え込んだ。


「実はその魔道具は2つで1セットなんだ」

「どういうこと?」

「俺ももう一つ持っている」


 そう言ってトリスタンは懐ろから全く同じものを取り出した。


「ええ?!」

「これは古代の双子の魔術師が作り出したものだ。単機でも気配を絶つ力があるが、もう片方の装着者の魔力や所在を探知することができる」

「そんな便利アイテムだったんだ」


 つまり、俺の身に何かあってもすぐ気づけるように渡してくれていた、ということか。


「だからそれはジャックが持っていろ。弟子の身は師匠が守るものだ」

「わかったよ」


 それだけ言い残すと、トリスタンは使用人を引き連れて行ってしまった。俺たちはトリスタンの滅茶苦茶な強さ、精神力を知っている。

 囚われた女神や洗脳された子どもたちを無事に救出し、首尾よく事が運ぶと信じて疑わなかった。



     ○



 アルフレッドは翌日の出発に備えて日中ずっと庭で鍛錬に励んでいた。

 上裸になって素振りをする姿は、いつぞや意気消沈していた姿が微塵もなく、精気溢れる戦士のそれだった。


「フレッド」

「なんだ? ジャック」


 邪魔すんなという意味も含まれてそうな不遜な態度だ。


「剣が欲しい」

「あぁん?」


 俺の言葉に、アルフレッドは素振りの手を止めた。


「悪いが、今は金銭不足だ。お前は何本も剣を持ってるだろ?」


 彼が言っているのは俺の剣の生成能力のことだろう。だけどあれをいちいち作っていたら、敵に遅れを取ってしまうのは重々承知していた。


「金ならもう貰ってきた」

「なんだと?」


 俺は事前にパーシーンさんに相談していた。立派な剣一本買うぐらいのお金、訳もなく渡してくれた。


「だったら一人で買ってこいよ。俺は明日のために今集中してんだ」

「フレッドに選んで欲しいんだ」


 ここは流通の中心地バーウィッチだ。せっかくの大事なときに粗悪品を掴まされたら堪ったもんじゃない。


「俺じゃ目利きが効かない。フレッドなら良いもの選んでくれるでしょ?」

「………ちっ……仕方ねえな」


 フレッドは口では面倒くさそうだったが、すっかり"親離れ"してしまった俺にお願いされて悪い気はしていないようだった。

 あっさりと同意してくれた。



    …



 バーウィッチの露店商や武器屋が点在するエリアは川を越えて、西区の中央広場付近にある。冒険者が寄り付きやすいように、北門や西門から入ってもすぐに辿り着けるようになっていた。

 相変わらずたくさんの人たちで賑わっていた。

 なんとなくダリ・アモールに訪れた日のことを思い出した。

 あのときもフレッドと二人でこうして露店商を見て回ったりして、さらにはペテン師たちを捕まえたりしたっけ。

 もう半年も前になるなんて信じられない。


「よう、兄ちゃんたち! うちには良いの揃ってるよ!」


 通りを歩いていると露店商たちに何度も話しかけられた。彼ら行商人も、このバーウィッチで商売をするからには激戦を交えているのだろう。

 アルフレッドはその声をかけてきた露店商の方へと近寄って行った。


「俺たちは刀剣を探しているんだが」

「お、武器かい! 兄ちゃん、今日はついてるねぇ! ちょうど今仕入れてきたばかりなんだよ」


 口髭を蓄えたおじさんだったが、なんで商売人というのはこうも口髭を生やすもんなんだろう。胡散臭さが際立つなぁ。


「おたくのところじゃ、"何種類"あるんだ?」

「うちぁ、もう数えきれない種類を扱ってる! どんな剣をお探しなんで?」

「そうか……悪いが他をあたるわ」


 アルフレッドはそう言うと、踵を返してそそくさと露店商から離れていった。俺もそのあとを追う。


「兄ちゃん、ちょっと待ってくれよ! うちにはホント、お勧めが揃ってるんだ!」


 その言葉も無視して豪快に歩き去る。


「フレッドっ! 見せてもらわなくてよかったの?」

「ジャック、あぁいうのは見る前に相手にするもんじゃねえ。刀剣なんてそんな種類があるもんじゃねえんだ。それを数えきれないなんて言うアホ商人なんて粗悪品か廉価品しか扱ってねえよ」

「えー……そういうもんなの?」

「こればっかりは長年の経験と勘だな」


 アルフレッドはこういう駆け引きややりとりをよく熟知していた。

 戦い一筋じゃないところが彼の魅力でもあるし、いつかは俺もこうなりたいと思う。



 そしてアルフレッドが目に付けたのは他よりも少し古ぼけた店構えの露店だった。他の露店テントが派手なだけに、なんだか陰鬱そうに見える。でも商品のラインナップでは、刀剣類や弓矢がその光沢を輝かせているのが目に付いた。

 ダリ・アモールで立ち寄った店もあんな感じだった。

 アルフレッドは押し売り感のない店が好きなんだろうか。


「あぁいう店は面構えに金をかけてないからな。その分、剣が一品だったりするもんだ」

「なるほど」


 アルフレッドはその店に近づいて店主に声をかけた。


「よぉー、おたくんところの剣、見せてくんねえか?」


 狙いをつけたら気さくに声をかけるアルフレッド。

 しかし、店主の方はとても無愛想だった。

 無愛想というか表情すら見えない。小汚いフードローブを目深に被って、座敷に座り込んでいるため、口元しか確認できなかった。店主も陰鬱……売る気あるのかこの店。

 店主は俺たち二人を見て、息がつまるような反応を見せた。


「………!」

「ん? どうした、売りもんなんだろ?」


 アルフレッドがその店主の顔を覗きこむ。それを隠すように店主は俯いた。

 口元しか見えないにしてもやたらと線の細い顔立ちだった。ローブを取ったらまさか絶世のイケメンだったとかそんな店主なんだろうか?


「………」

「なんだか無口な店主だなぁ。まぁいいが……ジャック、どんな剣が欲しいんだ?」

「んー……ちょっと重い方がいいかな。幅広の重圧なのがいい」

「ほう。剣の好みは俺と気が合うじゃねえか」


 なんかこの店主、俺の右腕をすごい見てる気がする。確かに目立つけど魔族も少なからずいるんだし、この街ではそこまで珍しくないんじゃないかな?


「ってわけなんだが、どうだ?」

「……うちにはありません」


 店主が一言だけ喋った。やたらと高い声で。

 女の人?


「おいおい、後ろのそれはなんだよ。ちゃんと良さそうなもん取り揃えてんじゃねえか。それともアンタなにか? 客を差別でもしてんのか?」

「………」


 アルフレッドは気にせず喋りかけ続けた。

 相変わらず店主は静かだ。こんな人がこの激戦区で商売なりたっているのか、こっちが心配になってくるほどだ。


「まぁいいから、ちょっと見せるだけ見せてくれよ。別に俺たちぁ、冷やかしでも値切りでもねえんだ。もし良さそうなもんがあれば多少はレイズしてやってもいいぜ」


 なんだか店主は肩を震わせ始めた。

 首も小刻みに震えている。

 なんか怒りに打ち震えているようだ。


「あー、そのグラディウス、良さそうじゃねえか。ちょっと取って見せてくれ」


 アルフレッドが店先に身を乗り出す。


「――っだぁぁあ! もうっ、あんたに売る商品なんかないわよ!」


 店主はすごい剣幕で立ち上がって、アルフレッドに立ち向かった。アルフレッドは目を丸くして呆然としている。


「………おまえ………リズか?」

「そうよ! なんか文句あんの?!」


 そう言うと店主はフードを捲し上げて素顔を曝け出す。そこにはかつて仲間だったリズベスが以前と変わらない姿でそこに立っていた。


「なんであんたたちがこんなところにいるのよっ! しかも、ジャック、何であなたもっ!? 行方不明だったじゃない! それになにその格好っ!? あーもう訳わかんない!」


 リズベスは抑えていた怒りを爆発させるかの剣幕だった。

 一通り喋り通したと思ったら、ふーふーと憤怒の息を吐いていた。

 宿敵ここに来たり、とばかりに喧嘩腰な姿勢だった。


「お前こそ何やってんだよ、商人にでも転職したのか?」

「これはただの身辺整理っ!」

「身辺整理……?」

「あ……っ! あんたには関係ないわよ。もう他人なんだからねっ」


 そもそもリズベスがアジトを出て行った理由は大人の事情だ何だってはぐらかされたけど、俺はリンジーの妊娠が関係しているんだろうな、と思っていた。

 リズベスがアルフレッドの事を好きだというのは当時の態度を見ても丸分かりだったし。


「それより、ジャック……? あなたジャックなの?」


 俺の変わり様にリズは怪訝そうにこちらを見ていた。


「うん、リズも元気そうでよかった」

「なんか、ずいぶん変わったみたいだけど……そもそもどうやってあそこから?」

「それは話すとちょっと長い」


 今はそれ以上にいろいろとやらなければいけないことがある。


「そ、そうだ、リズ!」


 アルフレッドがリズベスに迫る。彼女も久々の再会にどぎまぎしているようで顔が赤らんでいた。


「な、なによ……」

「頼む……! 俺たちの、リベルタの元へ戻ってきてくれ! この通りだ」


 アルフレッドはとても綺麗な姿勢で頭を下げた。この男が頭を下げるのは珍しい。


「なによ今更……そんなこと言われても無理よ」

「今ちょっといろいろとやべえんだ! トリスタンだって戻ってきてくれた。あとはお前が揃えばリベルタだって復活できるんだっ」


 アルフレッドの言うとおりだ。あとはリズベスさえ戻ってきてくれれば元通りになる。ドウェインは前とは違う人間になってしまってるけど、それを言ったら俺だって違う人間だ。みんな徐々に変わっていくもんだし、それでも今まで培った仲間との絆は変わらないだろう。


「無理。リンジーだってもう出産近いんでしょ……。子どもだってできるんだし、結局、前のようには戻れないわよ」


 その言葉にはリンジーとアルフレッドへの祝福の言葉が含まれているのに加えて、リズベス自身の嫉妬が含まれているように感じてならない。


「そこを……そこをなんとか!」


 アルフレッドはついに地べたに這いつくばって土下座し始めた。


「ちょっとやめてよ。しばらく見ない間にしおらしい男になっちゃったわね」

「リズ! 俺からも頼むよ!」


 俺もそれに合わせたお願いした。俺とアルフレッドがプライドを捨てるだけであの日々が取り戻せるなら安いものだ。


「やめてってば! どうやっても無理! 私、数日したらちょっと遠くの国へ旅立つんだから」

「なん……だと……?」


 アルフレッドが驚愕の表情を浮かべた。


「どこにだ? どこに行くんだ?」

「それは言えないわね。私の技能を買ってくれそうなギルドがあるの」


 ギルド……リズがギルド直轄の人になるってことか? ってことはもう冒険者は引退するのか。冒険者ギルドってわけでもなさそうだし、何のギルドに所属するんだ?


「そんな……」

「別に今生の別れってわけじゃないんだから、そんな顔しないでよ」


 アルフレッドは久しぶりに肩を落としていた。


「それより……今度は一体どんなトラブル抱えてるの?」


 リズベスはこの街の最後の土産話のつもりなのか、興味本位で聞いているようだった。リズが思っている以上の事態だということは伝えたい。

 そしてできれば手伝ってほしい。


「それがよ、実は――――」

「待って、フレッド」

「なんだよジャック」

「ここは人目が多いから、あまり喋ることじゃないと思う。リズが良ければ場所を移して話がしたい」


 リズベスはそれに対して露店の方をちらって見てから続けた。


「別にいいわよ。どうせ売れないし。にしても今はジャックの方がリーダーみたいじゃない?」

「うるせえ。こいつの成長を素直に祝ってやれ」



     …



 人気の少ない喫茶店に場所を移した。

 大通りから外れたところで薄暗い怪しい雰囲気の喫茶店だった。

 俺とアルフレッドとリズベスは三人でテーブルを囲み、これまでの経緯や今の状況をすべて話した。

 リズベスは最初面白半分に聞いていたが、楽園シアンズの話が出てきたあたりからその表情も消えていた。


「なるほどねぇ。確かに今までにないわね」

「だろ?」

「女神なんてちょっと信じにくいけど……まぁジャックを見れば信じられないこともないか」


 リズベスは俺の右腕と右頬をちらりと見た。

 俺はその視線を受け取って、リズベスに再度お願いすることにした。


「リズ、きっとここからが大事なんだ。その女神も誘拐されるとき、救いの役目はシュヴァリエが担うって言ってたんだ」


 シュヴァリエ、という言葉に彼女も少し反応を示した。それは戸惑いなのか、拒絶なのか、一瞬の顔の変化では分からない。


「シュヴァリエっていうのはリベルタのメンバーの事だと思う。もちろん、リズもその一人だ。だから明日の出発についてきてよ! お願いだ」


 俺の強い依頼に対して、リズベスもちょっとは心が動いたように見えた。


「……でも、今のところトリスタンがうまくやってくれるんでしょ? そこにアルフレッドが加われば大して苦労しないんじゃないかしら?」

「そんな……」

「それに、その演奏楽団……あのダリ・アモールのお祭りのときの人たちでしょ。大して強そうには見えなかったけれど」


 それについては未知数でしかない。実際に俺が戦ったのはラインガルドだけで、実力も大したものではなかったと思う。でもメドナさんのあの余裕の表情、神出鬼没な動き。俺の直感が危険人物だと告げている。

 しかも団長のグレイスも、楽器奏者と言えどもリーダー格だ。

 実力が伴なってこそだろう。


「私の出る幕じゃないわね」

「……お前はそれでいいのか?」


 リズは頑固者だった。

 アルフレッドが問いかけて食い下がる。


「どういうことよ?」

「お前はそれで満足なのか?」

「………」


 あとはアルフレッドの説得が頼みだ。

 俺なんかよりリズとはずいぶん長い付き合いだったはずだ。どんな性格でどういう思いがあるのかも理解できているだろう。


「私はもう大人なの。冒険者続けるのももう疲れたわ」

「そうかよ」


 アルフレッドが悪態をつくように言葉を吐き捨てた。すぱりと諦めたようにも感じられる。


「それとも今度はあなたが、私についてきてくれるかしら?」


 リズベスはそんな事をぽつりと漏らした。

 冗談なのか本気なのか、判断がつかない。


「バカ言ってんじゃねえ。俺にはもうガキだって出来るんだ」

「そう……」


 それだけ聞き届けるとリズベスは隣に置いていた重たそうな商人鞄を肩に提げて立ち上がった。


「だったら私はもう行くわ。頑張ってね」

「……え、リズ、待ってよ!」

「ごめんね、ジャック」


 すたすたと店先に向かって数歩歩いたかと思ったら、一瞬だけ振り返って、リズベスはあるものを投げてきた。それはくるくると円を描きながら向かってくる棒状の―――いや、刀剣グラディウスだった。

 俺はそれをタイミングよく掴む。

 危なっ……。


「それは私からの細やかな送別の品よ」

「俺たちは今、剣よりも"弓"の方が必要なんだがなぁ!」


 アルフレッドが俺の代理で文句を垂れた。

 リズベスはそれに答えることもなく、再度、店外へと向かって歩き始めた。

 ぽつりと小さな皮肉が俺の耳に届いた気がした。


「―――ほんと、男ってバカね」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る