第5場 ―女神争奪戦―
Episode36 決戦ブリーフィング
リンジー曰く、ソルテールのあの惨状は巨大な黒い魔物が襲ったということらしい。その魔物を操っていたのは、黒髪に黒衣の少年だったそうだ。その眼には、戦慄するほど青い瞳を宿していたという。
……ラインガルドだ。ラインガルドは演奏楽団の人間。つまりあの楽園シアンズの関係者。動機も明らかだった。
俺の推理ではこうだ。
光の雫演奏楽団は戦いのない平和な世界を目指している。戦いは戦士を根絶させれば無くなると思ったんだろう。すべての戦士を殺すのは無理だ。そこで子どもたちの誘拐を企てた。これから戦士になるかもしれない子どもたちに洗脳教育を施し、その可能性を絶って継代的に戦士の数を減らしていく。
そんな計画だったんだ。そしてダリ・アモールを拠点に、メルペック教会、ダリ・アモール近衛隊を巻き込んだ。表向きには演奏楽団として人気を獲得し、裏では子どもたちを拉致監禁。
洗脳していた。
そんなところか。
「さて、会議を始めるとしようかのぉ」
部屋をを見まわして、マーティーン・ストライドさんは口を開いた。ここは初回ブリーフィングでも使ったストライド家の客間だ。ソルテールの町の現状を目の当たりにしてから一日経過している。
俺たちはまたしてもバーウィッチに戻ってきた。馬車を使ってリンジーとドウェインも一緒にだ。俺たちにはもうあそこに家がない。みんなで半年間過ごした家がなくなった………悔やんでも悔やみきれない。
コンラン亭のナンシーさんやフィリップさんも無事だった。ソルテールでの死者は数名しか出なかったが、数名といえど尊い命。さらには障害を負ってしまった人も何人かいる。それを奪ったラインガルド含め、あの連中を決して許すわけにはいかない。
「ナンシーさん……ナンシーさん……」
ドウェインはぶつぶつと呟いていた。彼はナンシーさんの手伝いをするためソルテールに残ると言い張ったが、それは余計に迷惑になりそうなので無理やり連れてきた。アルフレッドがさらに、ナンシーさんを守るためにも戦えと発破をかけたのが良く効いて、付いてきてくれた。
「フレッドがまだのようだが?」
トリスタンが口を開いた。
「大事な時期なのじゃ。夫婦の時間も大事にするべきじゃろう」
リンジーはもう数か月で出産を控えた身だ。
ソルテールの町を守るために無茶したのが応えて、以前よりも寝込みがちだった。結局、この場に集まったのはストライド家からはマーティーンさん、パーシーンさん、元リベルタメンバーからはトリスタンとドウェイン、俺の3人だった。……戦力不足が否めない。
「まずはそうじゃな。現状確認からじゃ……パーシー」
隣のパーシーンさんにお呼びがかかる。
「はい、父上―――現在、シアンズに目立った動きは無し。不可侵の要塞を保ったままです。ソルテールの救済措置ですが、バーウィッチの市庁舎幹部が既に介入済み。しかしながら規模が規模だけに復興は時間を要しそうです」
「なるほどのう。資金的な問題かの?」
「ええ、それが一番のようですが……その、先方の優先度にも問題があるようでして」
パーシーンさんは言いづらそうに喋った。
娘が帰還したことで、すっかり生気を取り戻していた。第一印象よりもずっと若々しく見える。髪型もしっかり七三に整えられていて、以前は肌も張りがあった。
「ふむ。ソルテールはバーウィッチからしたら単なる集落みたいなもんじゃからの。この街が抱える諸問題からしたら優先順位が下がっても仕方あるまい」
マーティーンさんは、特に気にすることもなく大っぴらに話をした。パーシーンさんが発言に遠慮がちなのも、俺たちがソルテールの住民だったからだろうが、そんなことは気にしなくて構わない。この老人のようにハキハキと伝えてくれた方が清々しいというものだ。
「では、オルドリッジに声をかけてみようかのう」
ドキっとした。オルドリッジの名前が出る度に気が滅入る。おそらくトラウマのように、当時を思い出して嫌気がするんだ。
「うちとオルドリッジの寄附で一つの町ぐらいすぐ復興できるじゃろ。まずは住民の避難テントの確保から入ってくれ。各世帯一つ以上は提供できるようにな」
「承知しました、父上―――その旨、書簡を送らせます」
なんと器の大きいお爺さんなんだろう。ソルテールの町を早く復興してほしいという気持ちを汲んでくれたんだろうな。
「それでは、本題に入るかの」
本題。
つまり楽園シアンズをどう堕とすか、という事だ。
「まだ子どもたちがたくさん捕らえられたままです。彼らの救助を優先するべきです」
トリスタンが真っ先に答えた。
「そうじゃな。じゃが、仮に軍隊を引き連れでもしたらば、自棄になった奴らも子どもごと自滅するかもしれんぞ」
「………ご老師、であればまた潜入を?」
「うーむ、そうじゃなぁ」
目的が金銭や物資ではない狂信者とは厄介な存在だった。
信仰自体が目的なら、何を餌にしても動かない。
全員そろって輪廻解脱だー!
とかなんとか言って、自爆する可能性があるのは間違いない。
子どもたち自身も逃げ出そうとしてないから余計に厄介だ。
「それについては一度、現場を見てきたジャックに意見を聞こう」
「―――はい」
俺も見物人としてこの会議にいるわけではない。
どう動くのが最善か、一緒に考えるんだ。
「子どもたちはだいたい二百人全員が洗脳されています。自発的には脱出しようと思わないはずです」
自分自身でも整理するように意見を述べる。
「この洗脳は魔法によるものなので、解くとすれば術者を始末した方が早いと思います」
始末という言葉を敢えて選んだ。
それは自分自身を鼓舞するため。
「ジャック、お前はアイリーンを連れ出したときにはその洗脳をどう解除したと言っていた?」
トリスタンにふと問いかけられる。
あぁ、俺の血を口に含んだんだ。
「アイリーンは、俺の膝の血を吸い出したら元に戻った」
「……ジャックは、女神の加護によって特殊な魔力を宿している。もしそれが魔力無効の秘儀であれば、それを全員に飲ませれば元通りに戻せるだろう」
「二百人一斉に血を吸わせたら、ジャックが干からびてしまうんじゃないかのう」
マーティーンさんは冗談でもなく、真剣な顔してそんな怖ろしい事を言っていた。二百人に一斉に……。
そういえば――。
「一斉に俺の血を飲ませる方法が一つあります」
「ふむ、どんなじゃ?」
「あの施設では子どもたちへの食事の配給は一斉に管理してました。オードブル式に料理を出し、子どもたちが好きなだけ自分の取り分を取るのです」
日頃食べる料理。あれは、大勢の子どもたちが食べるには好都合だ。あれのスープか何かに俺の血を少し混ぜれば、一斉に洗脳解除できる、という寸法だ。
「ほうほう……つまり事前にジャックの血を、料理の具材か調理後のものに混ぜればいいというわけじゃな」
「はい」
「しかし、わしが気になるのはその女神の存在じゃ――――」
今回事情がさらに難しくなっている原因は、女神の件もあるからだ。
「話によるとジャックに異形の力を与え、その魔力無効の力を授けた張本人が女神……であるとすればその存在が敵の手に回っていたら少々厄介じゃ」
「…………」
リンジーが言うにはケアが誘拐されるときには、特に無抵抗だったとか。女神の力があれば近衛隊ごときの力、封殺できるのではなかろうか。それでも無抵抗に誘拐された、というのは何かの意図があって?
「ジャック、女神は奪還できるのか?」
「……さぁ」
そればかりは謎だった。トリスタンも俺が一番女神と近しいと思って聞いているんだろうけど、未だに何を考えているのか分からない。
「………女神、様……奪還………」
黙って聞いていたドウェインが呟きを再開し始めた。彼はもはや考える力が乏しい。
「僕は見たんだ。女神様が捕まるところを……」
しかしドウェインもぼそぼそと話し始めた。他全員が反応し、黙ってそれを聞こうと意見を促した。ドウェインは現場にいた貴重な人物だ。
「そのときの事、可能ならば教えてくれ」
トリスタンはそんなドウェインに対して以前と変わらず声をかけた。その接し方が一番ドウェインの治療に効果的なんだろう。
「女神様は………この場では戦わない……救いの役目は
俺たちを差していることは間違いない。
「そうか。ありがとう、ドウェイン。女神ケアは救いを待っていると考えるが、どうだ?」
トリスタンが俺の目を見て問いかけてきた。誰しも同じ事を考えただろう。
「うん。助けにいこう」
「よし、決まりだ」
女神救出。
リベルタの面々は未だかつてないほどの大役を担った。
…
それから会議はかなり長引いた。午前中に集まったのに、気づいたら日が暮れていた。その結果、各々どう動くか、決まった。
まずは子どもたちの洗脳解除だ。これは潜入調査になるが、一番得意なトリスタンが行うことになった。こっそりと食堂の料理に俺の血を混ぜてもらう。さらにこの時、トリスタンには女神ケアの奪還もお願いした。子どもと女神の両方の安全を確保し、リベルタのメンバーで総攻撃をしかけるというものだ。
しかし攻撃を仕掛けるには戦力が心許ない。
リンジーが戦えないからには後衛がいない。
リズベスは今はどこにいるか分からない。
「ところで、その女神ケアというのはどのような様相なんだ?」
「あ………」
最後になって気づいたが、そういえばトリスタンはケアを見たことがなかった。見たこともなければ探すことは難しいかもしれない。
「どんなツラかって、ただの歳相応の子どもだぜ」
途中から会議に参加したアルフレッドが答えた。
「だがあそこには子どもがたくさんいるぞ」
「つってもなぁ……」
「困ったのう。潜入にはトリスタンが適任じゃが、女神の容貌が分からんとはな」
どちらにしろ、トリスタン以外でこの任務が遂行できる人物がいない。
「髪は薄い紫色でロングのくせっ毛だよ。ふわふわした印象の」
「うーむ、それだけで判別ができるかどうか……」
「あと服装は他の子と違うかも。白と黒の修道服を着てるよ」
懸念材料はあるけど服装も特徴的だし、間違えることはないだろう。
○
ストライド家で用意してもらった夕食を食べ、各自部屋に解散になった。もうすっかりこの家の生活に慣れてしまっている。作戦の決行は明日の夕刻からだ。
俺は部屋で武器や防具の点検をしていた。特製で作ってもらった身軽な鰐皮のスニーキングスーツ。ブーツ。そして仕込みナイフやハンマー。一通り並べてみると、冒険者というより暗殺者の装備だ。トリスタンの影響が大きいから仕方ないか。メイン武器に剣が欲しいところだな。
――そこにノックの音が鳴る。
「はい」
「ジャック、いる?」
がちゃりと扉を開けて顔を覗かせたのはアイリーンだ。
「アイリーン……どうしたの?」
「ちょっとね。入っていい?」
「いいよ」
シアンズ脱出直前のアイリーンとのやりとりを思い出してしまう。ちょっと気まずい。アイリーンは全く気にしていないようだ。ずかずかと部屋に入ってきて、ベッドで座る俺の隣を陣取ってきた。相変わらず距離が近い。その好意は明らかだけど、少女にしてはマセているというかなんというか。
というか、アイリーンっていくつなんだろう。
「ところでジャックって今何歳なの?」
俺と同じ疑問を持ったのか、ふと問いかけてきた。
「俺は……」
マナグラムをちらりと覗き込む。
十歳十一ヶ月……だいたい十一歳か。
「十一歳」
「え?!」
俺の年齢を知るや否や、目を丸くして驚きの声をあげるアイリーン。
「……そういえばアイリーンは?」
「わ、わたしは……十二歳」
年上だったのか。まだ十代にもなっていないかと思ってた。アイリーンはかなりショックを受けているようだった。
「そんな……わたしのが年上……」
「いや、一歳くらいしか違わないじゃん」
「そこが大事なの!」
ムキになって怒り始めた。確かに俺はこんな見た目になってしまったから、他人から見たら年齢が分かりにくいかもしれない。魔族だと勘違いもされるし、魔族だったら少年の姿のままで百歳とかもありえる。
「…………」
俺は何も気の利いたセリフは言えないでいた。そりゃそうだ。同世代の女の子が何を考えているのかなんて理解の範疇を超える。
「……ジャックは強いよね」
「あー、これは」
アイリーンがぽつりと呟いたのに対して反射的に応えた。
「俺自身が強いんじゃない。力が強いのも、神の力というか……普通の力じゃないから気にしないでいいよ」
「そういうのじゃないわ。わたしより年下なのに、もう大人たちに混じってあんな大事な話してるんだもん」
「聞いてたの?」
「………だって興味あるし」
アイリーンが言いたいことも分かる。子ども扱いされるか対等な立場として扱われるか、それ次第で子どもは大人に近づいていくんだ。
「なんか、わたしじゃ釣り合わないな……」
はぁ、と溜息をもらすアイリーン。
俺だって少し前まではただのガキだった。
「俺は、ただの子どもだよ。ちょっと力が強くて、生意気な……だからそんな特別でもない」
「そういう背伸びしないところも子どもっぽくないもん!」
だめだ。何を言っても逆効果だ。
彼女は何を言ったら正解にしてくれるんだろう。
「わたしも強くなりたい」
「……十分強いじゃん」
俺の攻撃を防いで投げ回したんだ。あれだけのパワーがあれば正直、その辺の大人になら打ち勝てるんじゃないだろうか。
「もう! ジャックのニブチン! スカタン!」
アイリーンは怒った勢いでベッドから飛び降りた。
そのまま部屋を出て行く。
壊れるんじゃないかという勢いで扉が閉まった。
結局なにをしにきたんだろ……。
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