Episode28 レッド・ジェイド結成


 初日はアルフレッドとドウェインと三人でコンラン亭に訪れた。

 クエストの受注には冒険者パーティー登録が必要だからだ。

 コンラン亭の正面入り口の扉を開けて中に入ると、ベルが来客を告げる。


「いらっしゃいませ………あら?」


 コンラン亭の看板娘ナンシーさん。

 エプロン姿がとても似合う人だ。

 ソルテール以外の町でもその存在は評判で、この片田舎のこの宿屋をレストランとして利用する客もいるくらいだとか。


「みなさんお揃いでどうかされたのかしら?」

「ナンシーさぁん」

「ドウェインさんも今日は遅いんですわね」

「今日は……ジャック君に止められて……朝ご飯を食べて……それで? だったかな?」

「あら、そうだったんですの。ジャックさん、ナイスディフェンスですわね」

「えぇ、そんなぁ」


 ファンの一人であるドウェインがショックを受けていた。ナンシーさんはドウェインのしつこさを疎ましく思うでもなく、公平な態度だ。

 それがこの人のすばらしいところでもある。


「ナンシーさん昨日は面倒かけたな。今日は冒険者ギルドに用があるんだ」

「ついにリベルタの復活でもされるのかしら?」

「いや、リベルタは………ちゃんとメンバーが揃ってからだ」


 そこはアルフレッドなりのこだわりがあるんだろう。

 あの五人が揃わなければシュヴァリエ・ド・リベルタとは言えない。俺が戻ってきたからって、リベルタを再結成するわけにはいかなかった。


「これからはまた真面目にコツコツ、クエストを受けてこうと思ってな」

「ふふ、アルフレッドさんにしては珍しいですわね。どうぞ、こちらですわ」


 そしてナンシーさんは厨房カウンターとは別に建てつけられたカウンターへ俺たちを案内した。


「では、マナグラムを外してこちらへ」

「んじゃ、頼みます。……あ、ジャック、お前もしかして」

「マナグラム?」


 俺のマナグラムはぶっ壊れている。

 ぶっ壊れているというか、異様に変形して本来の機能は既に無い。


「マナグラムがないとパーティー登録ができませんわよ」

「え! そうなんですか?」


 なんてこった、知らなかった。

 リベルタの加入のときのことはよく覚えていない。そういえばまだ無知な俺はリンジーに言われるまま、冒険者ギルドで一度マナグラムを外したことがあった気がする。

 あれはこういうことだったのか。

 ただでさえ家計が苦しいのに、どうしよう。

 新しいもの買えるのか?


「やっちまった。ジャックのマナグラムが壊れてたのすっかり忘れてたぜ」

「フレッド、ごめん」


 確かマナグラムは一個10,000Gくらいだった。

 けっこう高い。高価な武器一本購入するくらいの金額だ。


「……しょうがないですわね。これ、差し上げますわ」


 ナンシーさんはカウンターの裏に置いてあったマナグラムを取り出し、俺に渡してきた。


「え?!」

「ちょ、それは申し訳ない」

「これくらい別にいいんですのよ。ちょっとした余り物ですから」


 余り物か。

 マナグラムが余るなんて想像しにくい事態ではあるが。


「ジャックさんが無事に帰られた私からのお祝いです」

「でもそれにしては……」

「臨時収入が入ったときにでも、なにかご馳走してくださいな」


 俺とアルフレッドはナンシーさんに感謝して、一度俺の左腕にマナグラムを取り付けた。ドウェインは傍らでそれを羨ましそうに眺めていた。

 久しぶりにマナグラムを装着し、自分自身の能力値をちらっと確認した。


 ================

 種族:人間(魔) 年齢:10歳11ヶ月

 生命:4096/4096

 魔力: 0/0

 筋力 B

 敏捷 A


 <能力>

 直感 A

 拳闘 *

 剣術 *

 魔力放出 S

 **** S+

 魔力纏着 S+

 時間制御 A

 隠密 E

 ================


 ちら見では覚えきれないほどの情報量と変化に思わず卒倒しかけた。

 しかも文字が化けてちゃんと表示されていないものもある。

 俺はすぐにマナグラムを外し、カウンターへ置いた。


「ではこの三機分とメンバーの名前、パーティ名を登録します。こちらの用紙にパーティ名とお名前を書いてくださいまし」

「わかった……パーティ名は一時的なもんだし、適当に考えてきたんだが」


 そういえばパーティ名なんて事前に何も話し合わなかった。


「Red Jadeってのはどうだ?」

「レッド・ジェイド?」

「ジェイドってのは翡翠っていう宝石の一種だ。翡翠は調和とか飛躍とかって意味が込められてんだ。あと俺とジャックとドウェインの名前からもじった」


 レッド……ジェイ……ド。

 なるほど、適当とか言いつつちゃんと考えるとこは考えてるじゃん。


「いいと思う」

「よし。じゃあこれでお願いします」

「かしこまりましたわ」


 斯くして新パーティー、レッド・ジェイドは結成されたのである。



     ○



 レッド・ジェイド結成から一週間経過したが、稼ぎはあまりよくない。

 引き受けられるクエストはGランクから。

 モンスターを一斉討伐して、なんとかDランクまで上げた。

 メンバーが実質二人。さらに俺には家事の時間制約があってあまりたくさんの事はできなかった。そんな条件下でも一週間でDまで上げられたのは少数精鋭の力とも言えよう。

 俺の一日のスケジュールは予想以上にハードだった。

 リンジーは妊娠で異常に疲れやすい体になってしまったようで、一日中昼寝していることが多かった。天気が良い日はケアと庭へと出て行って、ベンチに腰かけてのんびり過ごしているようだ。

 それで俺の家事負担はけっこう増えつつある。

 ケアはというと「世界を救え」とか指示してくるわけでもなく、リンジーの周辺やアジト近くの草原で一人で遊んでいるだけだった。

 そもそも恐怖の大魔王が君臨したわけでもあるまいし、世界を救えとは此れ如何に。

 たまにリンジーのお腹に触って「元気な女の子!」と叫ぶらしい。

 ケアが言うからには女の子が生まれてくるんだろう。


 ところで朝の訓練で俺の戦術にも固有名詞を付けたりした。

 俺の右腕から出てくる光の粒子は「ライトスラスター」と命名した。

 さらにマナグラムと融合した歪な右腕によるパンチは「スレッドフィスト」と総称することにする。機械仕掛けの拳、という意味で。

 あといろんなものを剣に変えてしまう能力だが、そういったスキルは一応存在するらしい。

 闇魔法『構成変換オルタナティブ・スクエア』という魔法。

 低ランクでは曲がった木の棒を真っ直ぐな木の棒に変える程度。

 高ランクであれば任意の物からまったく別の物へと変換してしまう魔法で、例えば棒状の物なら何でも槍に変えてしまえる、というような能力。

 だがこの能力にも限界がある。

 俺みたいに時と場合によって長剣や短剣といった異なる剣を作り分けることはできないし、さらには槍を作るには、同じような構造をした槍状の何かでなければ変換できないという制限がある。

 ましてや平らなガラスを鋭利な刃物に変えるなど以ての外のようだ。

 結論、剣の生成術は名付けようがなかった。



     …



 また今朝もドウェインを連れてコンラン亭に訪れた。

 一週間も続けているとまるでペットの散歩のようだ。

 ドウェインも最近は朝ごはんを食べるとすぐに身支度して、俺が外へ出るのを待つようになった。

 あんなに助けてもらって頼もしかった彼がこんなになってしまってとても複雑な気分だった。


 ――――カランカラン……ガタン。

 いつもの小気味良いベルの音が鳴った。


「おはようございます、ジャックさん。ドウェインさん」

「おはようナンシーさん!」


 ドウェインがすぐさまナンシーさんの挨拶に反応した。

 よしよし、どうどう…。

 今の彼はリードでも付けないと襲いかからん勢いだからな。

 かつての知性あふれるドウェイン、早く戻ってきてくれ。


「今日は珍しいクエストが届いてますわよ」

「へぇ、どんなですか? 俺たちはどっちかというと討伐メインなんですけど」

「それなんですけど、ジャックさんにぴったりなんですの」


 ナンシーさんはいつものようにエプロン姿のまま、冒険者ギルド派出所のカウンターへ移動して依頼書を取り出した。

 依頼書を手渡されて確認した。


 ――――――――――――――――――――――――――――

 【おとり調査】ランク制限無し。


 資格要件: 13歳未満の子ども。

       要能力 隠密E以上

       適性能力試験あり。

 依頼主 : パーシーン・ストライド(バーウィッチ)

 依頼内容: ある施設への潜入とおとり調査

 報酬  : 2,000,000G

 募集人員: 1名

 補償  : 無し。

       戦術指南、施設までの護衛あり。

       面接には保護者同伴も可。

 連絡先 : パーシーン・ストライド,

       バーウィッチ,マグリール通り♯545

 ――――――――――――――――――――――――――――



 おとり調査か。

 子どもによる囮とは確かに珍しい。

 しかも報酬がかなり高額だった。

 でも条件はちょうど俺に合ってる。


「ジャックさんの強さだったら怖いもの無しじゃないですか」


 ナンシーさんは、ふふふ、と笑いながら俺の強さについて茶化してきた。ちなみに俺とアルフレッドの戦いを目撃していたナンシーさんだが、俺の強さについては気味悪がるでもなく、普通に接してくれていた。

 強さの秘密やケアが女神であることは話していない。


「……俺にも怖いものはありますよ」


 とりあえず依頼書は貰っていくことにした。

 あといつものようにDランクでも受けられる無難な討伐クエストを引き受けて、一旦アジトへ帰ることにした。



     …



 太陽も高くなった時間帯。

 家の近くの森で薪を割るアルフレッドに声をかけた。

 この森には俺とアルフレッドの戦いの爪痕がまだ残っている。


「このクエストはジャック次第だな」


 アルフレッドは俺の判断に委ねた。

 なんだかやっぱり以前のアルフレッドらしくないな。前だったら「よっしゃあ、行って来い!」とか快活に背中を押してきたと思う。


「俺がいなくなったら、誰が家事やるんだよ?」

「んなの心配すんなって。お前が帰ってくる前だって何とかなってたんだ。飯は作れないが、俺だって掃除洗濯くらいできる」

「ドウェインのことは?」

「……また前みたいに放置するしかねえな。ナンシーさんには悪いが」


 うーん、心配だ……。


「報酬は高額だが、額が額だけにヤバそうなクエストかもな。何やらされるかこれだけじゃ分からねえ」

「もしやるって言ったらフレッドも面接ついてきてくれる?」

「珍しくガキみてえな事言うなぁ」

「いや、実際にガキだし」

「まぁバーウィッチなら近いし、日帰りでいけるか」


 とりあえずアルフレッドからは了解を得られた。

 次はリンジーだ。



     …



 昼、庭のベンチでのんびり過ごすリンジーに声をかけた。

 最近は編み物や裁縫に手を出し始めたみたいで、今は器用に羊毛のセーターを作っていた。


「なんか怪しい」


 やっぱりな。リンジーは過保護だし、俺は一度失踪してるし、当然と言えば当然の回答。


「一時期、子どもの誘拐事件が増えてたでしょ?」

「増えてた……もう下火って事?」

「よく知らないけどあまり騒がれなくなったかな」


 俺がアルマンドさんの家から飛び出したときに見かけた子どもの捜索依頼はもうけっこう前のやつなのか。

 ってことはまだ子どもたち見つかってないんだ。


「もしかしたら新手の手口かもしれない」

「でも面接での保護者の同伴可って書いてあるよ。ちゃんと名前も住所も明かしてるし」

「……ジャック、大人をそれだけで信用しちゃだめだよ」

「えー」


 リンジーが言いたいのは、今回だけじゃなくてなんでも警戒して行動しないとダメだよって事だろう。それは分かってるけど、でもこの高額報酬はなかなか諦めたくない。


「ま、今のジャックなら心配なんて要らないんだろうけどさっ」


 リンジーは不貞腐れたようにそっぽを向いた。


「そんなことない。それにもしリンジーの負担が増えるなら辞めるよ」

「家のことは大丈夫だよ。ジャックはその……気遣い過ぎっていうかさ」


 リンジーは裁縫の手を止めて俺を見た。

 真剣なまなざしだ。


「これ、お金はたくさん手に入るけど、私もアルフィもお金なんて二の次でいいんだよ。ジャックはもっとジャックのやりたいことをやってて欲しいな。今だけでもすごい頑張ってくれてるって、分かってるから」


 以前にも同じような事を言われたような気がする。

 でも俺にやりたいことなんてない。

 俺は戦士だ。人の役に立てればそれでいい。


「俺がもしこれやりたいって言ったらリンジーは止める?」

「………」


 ちょっと空を見てリンジーは何か考えたかと思うと、すぐ下を向いて目を瞑って溜息をついた。


「止めない」


 よし、決定だ。そうと決まれば明日さっそく行ってみよう。アルフレッドと同行してこのパーシーン・ストライドさんのところへ出向き、依頼内容を聞こう。



     …



 その日の深夜。

 外でガタガタと変な音が鳴り響いた。

 俺はこの手の物音ですぐ目が覚めるタイプだ。

 目を開いて窓辺から外の方を確認した。俺の部屋の窓からは玄関先が見えるようになっている。

 変な音とともにバチバチという稲妻の音と眩しい光が届いた。


「………?」


 なんだろう。

 敵とか盗人だったらさっさと撃退しなければ。

 ただでさえこの家には何もないのだ。さらに物を盗られたり壊されたりしたら堪ったもんじゃない。

 リンジーお手製の毛糸の羽織りものを背中にかけて玄関へ向かった。

 この時期、まだまだ夜は寒い。

 玄関扉をあけると、煌々と照らされた月明かりが庭を照らしていた。

 しかしそれ以上に光を放つ謎の物質がそこにはあった。

 丸い光の球体が庭にふわふわと浮いている。たまに球体の周辺をバチバチと電撃が帯びていた。


「なんだ?」


 突如、俺の声に反応したかのように球体はギュルンと"振り返"り、ふわふわと俺のもとへ近寄ってきた。そしてその光源は徐々に弱まっていった。

 その球体の中には、あのときのケアの姿があった。ケア自身も光を放ち、月夜に神秘的な少女の姿をくっきりと浮かび上がらせる。ゆっくりとケアは目を開き、久しぶりに見た眼中の赤黒い渦を展開させた。


「……ケア」

「久しぶりね」


 なんだか口調がちょっと違う。

 だが表情は女神モードのケアらしく、無表情だった。


「久しぶり? いつも会ってるけど……」

「アレは肉体自身の意識の方よ。私と記憶は共有しているけれど、それを正しく認識して表現する知能がないの。人格が2つあるなら、私とは久しぶりで正しいでしょう?」

「知能がない……じゃあ今のお前はなんなんだ?」

「今は神経の情報伝達をスパークさせて四つに分散した思考で情報処理してるの。四の四乗速の思考回路クアッド・コアよ。普段の私が一倍速なら、今の私の思考は二百五十六倍速」


 意味が分からないけど……。

 なんだかその表現は気味が悪いな。


「でも口調も違うじゃんか」

「記憶は共有しているって言ったでしょ? 現代の言葉遣いについて私なりに勉強したつもり。別に口調を変えてもいいん"ですのよ"?」

「それはナンシーさんか?」


 ケアはその問いには答えなかった。


「結局俺にはなにをさせるつもりなんだ?」


 また人格が変わる前にそれだけは聞いておきたかった。

 別に警戒しているわけじゃない。以前聞いたときには人間と魔法の歴史について教えてもらっただけだから、続きがあるなら教えてほしい。


「まだ、そのときじゃないわ」

「まだ?」

「世界を救う時がまだってことよ」

「その"世界を救う"ってのはどういうことなの? 別に恐怖の大魔王がいるわけでもないのに」

「恐怖の大魔王……あなたたちが知らないだけで、その概念は徐々に膨れ上がっている」

「概念が膨れ上がる?」


 ケアは無表情で言葉を止めた。

 俺を真っ直ぐと見つめる瞳。

 その赤黒い渦中にまるで吸い込まれるような錯覚を感じた。


「牛は、食べられるために生まれたのかしら?」

「ん?」

「羊は毛を刈られるために生まれたのかしら?」

「……つまり人間のエゴについて言っているの? そうやって人間が他の動物を犠牲にするのが悪いって?」


 ケアは特に視線を背けるでもなく、俺の目を見つめ続けている。

 俺も負けじとそれに対面し続けた。


「違うわ。イザイア・オルドリッジ・サードジュニア」

「……その名前はやめろよ」

「答えはイエスよ。牛は食べられるために生まれ、羊は毛を刈られるために生まれたの」


 な、なんだって……。


「それがあなたたちの言う"自然"ってやつでしょう。でも、あなたは骨付き肉をどう食べる?」

「どうって骨を持ちながらかぶりつくよ」

「でも骨は、あなたが肉を食べやすいように彼らが獲得したものではないのよ」


 ………?


「訳が分からない。何が言いたいんだ」

「魔石は魔力の源でヒトはその恩恵を受けて魔法を使う。でもヒトがその存在意義を変えていいものではないの」

「結局、魔石荒らしが気に入らないんじゃん」

「ちょっと違う。あるべきものをあるべき姿にしておかない。そういうヒトがこの世には居る。それがヒトの怖いところであり、"恐怖の大魔王"なのよ」

「はぁ……」

「そういう狂った歯車たちがこれからあなたを襲うわ。それを倒してあなたは英雄になる。どう? win-winでしょう」


 だめだ。

 女神様のお考えにはついていけない。


「あ、ちょっとアドバイスをください」

「なにかしら?」

「俺はバーウィッチのおとり調査に行く。それは間違った事じゃないよな?」

「運命に偶然はない。あなたの決断はすべて正解になるの」

「そう。それはよかった。でもまた誰かが居なくなるとか、行方不明になるとか、それが心配なんだ」

「……」


 その疑問にケアは答えてくれなかった。

 黙ったまま徐々に光を失い、女神はその眼を閉じた。

 そしてその場でケアは倒れた。


「あ……!」


 駆け寄って体を支えると、そこにはすやすやと眠る可愛らしい女の子がいた。おそらくこれで無理やり起こしても、そこにはただの少女しかいないんだろう。

 俺はその小柄で軽い体をお姫様だっこして家の中に入った。

 ケアはリンジーの部屋で寝泊りしている。

 仕方ないのでリンジーの部屋にいき、ケアを布団に入れてあげた。


「―――ジャック」


 だがリンジーは起きていた。


「お、起きてたんだ。ごめん。ケアが寝ぼけて外に出てたから」

「そう……」


 リンジーは少し体を動かして、赤ん坊を孕んだその重たい体を少しだけ動かした。


「ジャック、また居なくなったら嫌だよ」

「もちろんだよ」

「私はジャックが居なくなったとき、ちょっと後悔したの。この家に連れてきたことを」


 それはもうかれこれ一年も前の事だ。


「私は……たまに考えなしだからさ。ジャックを見つけたときにちゃんと家族を探して、元のお家へ返してあげてれば、ジャックも死ぬことなく、みんな離ればなれになることもなかったのかなって」

「俺は感謝してるよ」

「ありがとう。でも私も今はよかったって思ってる。ジャックが帰ってきてから、きっとみんなもいつか帰ってくる、ドウェインも元に戻るってなんだか思えてきてね」


 俺はリンジーの傍に寄って、布団をかけ直して上げた。


「リンジー、ゆっくり休んで」

「うん。この子が生まれたら今度はジャックが名前をつけてあげてね」

「えー? 俺にそんなセンスないよ。ポチとかタマとか付けちゃうかもよ」

「ふふ……それでもいいよ」

「え?!」


 リンジーは以前のように悪戯っぽく微笑んだ。


「おやすみ、ジャック」

「おやすみ、リンジー」


 俺は静かに扉を閉めて、リンジーの家を出た。

 明日から久しぶりのバーウィッチだ。

 朝早く起きて準備万端で行こう。

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