第4場 ―楽園潜入―
Episode27 家族会議
朝の寒さは、熱気を優しく冷ましてくれた。
人と本気で戦ったのは、これが初めてだったかもしれない。
体はぼろぼろで、起きあがるなんて到底無理だった。
でも何だろう。この胸に満ちた感情は。
全力で相手に気持ちをぶつけるのは、それはそれは清々しいものだった。
"―――なに、どうしたの?"
"―――モンスターが現れたのか?"
アルフレッドとの激しい戦いで周囲に野次馬が集まってきて、激しい戦いの爪痕を見物に来ていた。
「……リベルタは」
隣で仰向けに寝そべるアルフレッドが、ふと口を開いた。
「リベルタは……もう無くなっちまった」
その言葉は、決して悔やんでいるようには聞こえなかった。アルフレッドは凛々しく空を見上げ、自分の運命を受け入れんとする男の眼差しがそこにはあった。だが、その強い眼差しから頬を伝う涙。
頭で整理はできても感情は無理なんだろう。
男泣き。
アルフレッドはいつだってめそめそなんかしない。涙が出たらそれは勝手に流しておき、拭いもしない、隠しもしない。アルフレッドとはそういう男だ。
「ドウェインはおかしくなっちまった。トリスタンも、リズベスも出ていっちまった」
ゆっくりと、その失われた仲間たちのことを思い出すように、語りだした。
「リンジーの腹………あれは俺の子だ」
「やっぱり、そうだったんだ」
アジトの方へ視線を向けると、リンジーは案外近くまで駆けつけてくれていた。だがある程度の距離まで来てからは、遠くから俺たちのことを見守ってくれているようだった。
「俺はお前のことを………お前のこと、守ってやれなかった」
アルフレッドは後悔してるんだろうか。
俺はこうして帰ってきた。
それだけでもういいじゃないか。
「たった一つ、たった一つのミスですべて変わっちまうんだ」
「………」
「そんで失敗が怖くて、何もできなかった」
環境が変われば人は変わる。信頼する仲間たちを失ったこの男は、それは悲惨な毎日だっただろう。蛮勇は冒険者ランクが上がるにつれて、あまりにも多くのものを手に入れすぎた。
その愛剣、あそこのアジト、街での名声。
大切な仲間。
その存在の大きさが、この蛮勇を徐々に萎縮させた。
少しずつ失っていく度に手元にあるものが大事になる。
……新たな家族であるリンジー、その子ども。
アルフレッドは決して守りの男じゃない。攻めの男だ。だが、あそこにいるかけがえのない存在だけは、もうこの男の一部であり、守っていかなければならないんだ。
「でもな―――」
アルフレッドは顔つきを変えた。
それは朗らかな顔。追い詰められた顔じゃない。
笑っているようにも見える。
「やっぱ俺には、こっちの方が向いてるぜ」
アルフレッドは拳を空へと突き出して、地べたから天上へと宣誓した。
「それでこそ」
「………?」
「それでこそ、リベルタのリーダーだよ、フレッド」
俺はその誓いを賛美した。
○
「まったく……信じられませんわね」
俺とアルフレッドの治療が一通り終わった後、ナンシーさんがリベルタのアジトへと訪れた。俺とフレッドが、リンジーに出してもらった熱い濡れタオルで汚れた体を拭き取って、服を着込んだ後の事だ。とりあえず申し訳程度のお茶を出し、リビングで一服してもらっていた。
「なにが……ですか?」
「あなたたちのその滅茶苦茶なパワーも、連れの女の子を一人で置いていく神経もです!」
ナンシーさんは俺がコンラン亭を飛び出した後、ちょうど起きてきたケアを引き連れて、リベルタのアジトへ来てくれたのだ。
しかもコンラン亭で朝の仕事中だったため、エプロン姿のままだ。
おまけにドウェインもふらふらと付いてきたらしい。
女の子を引き連れて歩く女性のあとをふらふらと追う不審人物……。
夜だったら間違いなく御用だっただろう。そしてアジト近くへ到着したとき、俺とアルフレッドの真剣勝負が目に入ったらしい。
「ジュニアさんー」
ナンシーさんの隣で座るケアは、ちょこんと座って足をばたつかせていた。
「ナンシーさぁん」
一方でナンシーさんのななめ後ろに立つドウェインも精神年齢的にはケアと変わらないぐらいのボケきった口調だった。
ナンシーさんは頭を抱えた。
「はぁ……」
「ナンシーさん、すんません。全部俺が悪いんだ」
そこに立ったままだったアルフレッドが深々と頭を下げた。
「ここにいるジャックも、俺の不注意で離ればなれになっちまっててな」
「………ジャックさん?」
ナンシーさんが俺に視線を移した。そういえばケアが俺をジュニアと呼ぶから、ナンシーさんは俺の名前を知らない。
まぁジャックも愛称みたいなもんだけど。
「でもナンシーさんがジャックを助けてくれたって聞きました。本当にありがとうございます」
椅子に座るリンジーも、その場からだったが頭を下げた。
アルフレッドもリンジーももう子どもを持つ大人だ。
これが大人の礼儀ってやつだろう。
「なんだかお二方のお顔が、前にお会いしたときより明るく見えますわね」
「え?」
「"思い内にあれば色外に現る"ってやつですわね」
ナンシーさんはリンジーのお腹や俺とケアを見てからそう言った。俺が帰ってきたことがアルフレッドとリンジーを元気にさせたのだって言うなら俺も嬉しい限りだ
「はい!」
「おうよ!」
リンジーとアルフレッドは仲良く二人揃って返事をした。
この二人はもう夫婦ってことか。
以前パーティーで一緒にいたときとはまた違う関係になっているんだ。俺はなんだか複雑な気分でありながらも、すごくお似合いな二人だなと心の内では満足していた。
「ふふ、何よりです。それでは私はまだ仕事がありますのでこれで」
ナンシーさんは礼儀正しく挨拶をすると、ソファから立ち上がった。動作が軽く、物腰が柔らかなのはやはりお人柄なんだろう。
「失礼しますわ」
ナンシーさんはコンラン亭の宿部屋から出るときと同じように、アジトの扉を閉めた。
もう仕事モードなんだろうな。
「あ……ナンシーさん」
「おめぇはここにいろっ!」
アルフレッドは、ナンシーさんの後を付けようと玄関に近寄ったドウェインを制した。ドウェインの素振りはまるで子どものようだ。
俺はようやく我が家、自室でゆっくり過ごせる日々が戻ってきたんだと思うと嬉しくて堪らなかった。だが同じアジトでも、もう生活リズムはだいぶ違うものになることだろう。リンジーは身ごもった体で無理はできないだろうし、アルフレッドもこれから家計を支える意味で忙しい。
俺もこれから家事、アルフレッドの稼ぎの手伝い、リンジーの身の回りの世話、ドウェインのお守。いろいろ忙しくなりそうだ。落ち着いたらトリスタンとリズにも帰ってきてもらって、それでリベルタを取り戻す。
……あれ、なんか忘れてる?
「それで、」
ナンシーさんが帰ったことでアジトは、仲間内だけの家となった。他人がいなくなったことで、空気は一気にやわらいでいく。
そこにアルフレッドはすぐに口を開いた。
「この子はなんだ?」
アルフレッドが指差したのは、ソファにご機嫌そうに座る黒いシスター姿の虹色の虹彩が輝く女の子だった。
「あ……」
そういえばそうだった。俺をこんな体にした元凶。
女神ケア・トゥル・デ・ダウ
「私はジャックが死んだと思ってすごく、すごくつらい毎日だったのに」
「え、いや……」
「まさか、女ひっかけて遊んでたとはな」
二人からの軽蔑の視線が突き刺さる。リンジーを妊娠させたアルフレッドに言われたくないけどな。
「なんでこの子と一緒に?」
「………」
ケアをちらりと見たが、女神モードになって全部説明してくれるような気配は一切なかった。
「とりあえず全部話すけど……」
まぁ俺だってよく分からないことだらけだ。
全部話してみて、理解してもらえなかったら、そのときはそのときだ。
…
一通りの俺が見てきた事を話した。リンジーに一度話したときより、自分の中でもより整理して具体的に話せたと思う。
「つまりジャックがこんな爆発的に強くなって不気味な力を手に入れたってのも、全部この子のおかげだと?」
アルフレッドは俺の強さの秘密の方が気になっているようだった。
「……でも普通の魔法は相変わらず使えないよ」
「あんだけ動けんなら魔法なんて要らねえだろ」
戦いにおいてはそうだけど、例えば火をつけたり、電気を発生させたり、氷を作り出したりっていうのは生活でも便利なんだよな。
「……すごく可愛い子だけど、本当に女神様なの?」
リンジーは珍しく不貞腐れたような表情を浮かべた。俺が女の子と二人で帰ってきた、というのが息子に初めて彼女ができたレベルに気に入らないのだろう。
「うーん……」
「あぅ」
三人の視線を受けて、ケアも困惑していた。
確かに変なところと言えば、瞳の色くらいか。
他はまるっきり人間の女の子のままだった。
そんな中、アルフレッドは頭をかきながら苦い顔をしていた。
「前にドウェインが言っていたんだが、女神ケアってのは俺たちみたいな魔石荒らしの冒険者は気に入らねぇって話だったぜ?」
その情報を俺とアルフレッドに教えてくれたドウェインももはやそんなの覚えてなさそうにぼけっとしている。
「だとすると、ここはそんな気に入らねぇ奴らのアジトであって、本来は敵なんじゃねえのか?」
アルフレッドの警戒心は当然のことだ。
ケア自身も女神モードのときに"人の欲"について語っていたような気がする。
でも、今のケアは一切そんな様子は見せなかった。
何か困ったように言葉を無理やり弾きだすように、ケアは喋り始めた。
「ジュニアさんの……助ける、世界っ! うぅ……救って」
ケアは頑張ってたどたどしく言葉を発していた。うまく喋れない子どもが顔を赤くして必死に思いを伝えようとしている風に見えた。
その様子はあまりにも無邪気で、邪神には決して見えない。
「か、かわいい」
そこに最初に惚れ込んだのはリンジーだ。
すぐさまケアの隣に寄って、頭を撫で始める。
新しいペットを手に入れたかのように撫でまわす。
「なんて可愛い子なの!」
「あ……ぅう……」
ケアは黙ってそれを受け入れていたが、いきなりぴたっと動作を止めて、表情が一気に硬いものに変わった。
「ごめん、痛かった?」
リンジーはそのケアの様子に気付いて手を放したが、その直後のケアの言葉にリンジーも驚愕の顔を浮かべた。
「……リンダ」
「―――え?」
「リンダさん」
聞きなれない名前だった。
「おいおい、こいつはリンジーだ。間違って覚えるな」
「リンダさんー」
アルフレッドの忠告も無視してケアはその名を呼び続けた。
「リンダって誰だよ」
「さぁ……」
ここ何日かケアと行動していてそんな人物と出会ったことがない事を確かめた。力を貸してくれたのは観光協会のアルマンドさんくらいだ。
「おい、リンジー?」
「………」
「どうした?」
「………ん? な、なんでもないよ」
リンジーには何か心当たりがありそうだった。
でもそれをあえて聞こうとは、俺もアルフレッドも思えなかった。なんだかそのときのリンジーは、いつもよりも雰囲気が重く、そして張り詰めた顔をしていたからだ。
○
結局、ケアの今後については様子見ということになった。そもそもうちで保護するかどうかについてもアルフレッド的には議論したかったようだが、問答無用でリンジーが「飼いたい」(原文まま)と言ったので、そこは不問となった。
そしてリベルタのこれからの事についても話し合いをした。
俺はすぐにでも「みんなを連れ戻そうよ」と提案したかったのだが、聞く話によるとトリスタンは俺を捜してどこへ行ったか約半年間、行方不明。
リズベスはなんかもう、俺がいるとかいないとか関係なく出て行ったみたいなので難しそうだ。
ドウェインも元に戻ってほしいが、町のヒーラーに見せてもよく分からなかったとのこと。
だから先に、これからの生活の事について考えることにした。
今はかつてのダンジョン攻略時の戦利品を少しずつ売っ払って生計を立てているらしい。各々のことだが、リンジーのお腹には赤ん坊がいる。ドウェインはお守が必要だ。それで、俺とケアという子ども二人も加わって面倒事が増える。
リベルタの家族、大ピンチ。
でも俺はアルフレッドへのクエスト協力と、リンジーへの家事手伝い、ドウェインのお守を率先して願い出た。
アルフレッドとリンジーはそんな俺を心配していたが、そもそもパーティーがばらばらになったのは、俺が発端だ。
責任をとらないといけない。
そんなこんなで旧リベルタメンバーとケアの、ジリ貧生活が始まった。
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