◆ 赤毛の呪い
――――赤毛の子は呪われた子だ。
育った村の言い伝えでは、燃え盛るように赤い毛を持つ子が生まれたら、それは災害の予兆だとされていた。
山間部の田舎村ではそんなアホみたいな迷信がずっと信じられていた。
俺は、生まれてすぐ村の長に殺されかかったが、両親の計らいでなんとか一命を取り留めた。
その後は山奥に隠されるように育てられた。
常識を学ぶ機会はなかったが、大自然が俺を強くさせた。立派な名前なんざ貰えなかったが、両親からは見た目のまま"レッド"と呼ばれていた。
俺がまだ六歳だった頃、突如山に火が放たれた。
村の人間たちは、俺の両親がひそかに俺を育てているのに気づいていたんだ。
山火事の勢いは、それはもう悲惨なもんだった。
なんとか退路を見つけ出し、山から逃げ出した俺はすぐに実家に駆け付けた。
でも、両親が住む家にも火が放たれていた。村の掟に背いた罰として、俺の両親は寝込みを襲われて焼き殺されたんだ。
その時、俺は一心不乱で燃え盛る家の中へ飛び込んだ。
"――――父さん! 母さん!"
馴染みのない生家を探し回って、寝室と思われる部屋に飛び込んだ。そこには服はぼろぼろに焼け焦げたヤケドだらけの母親が倒れていた。
"――――レッド、あなたは生きなさい。早く逃げるの……"
母親と交わした最後の言葉がそれだった。
父親は隣で既に事切れており、母親もそれだけ伝えて息を引き取った。
俺はしばらくその場から動けないでいた。
俺の唯一の支えだった両親は、村のばかみたいな迷信のせいで殺された。
許せねえ……あいつらだけは……。
"――――あ……あ………あああ……! あああああああ!!"
叫んだ。
こんな村、まるごと燃えてしまえばいいと思った。
焼け崩れる家の木材は、不思議と熱さは感じられなかった。
ただ、村の連中へ復讐がしてぇ……。
その思いだけが俺を支配していた。
気づけば村は、火事で消滅していた。
夜明けに差し込む光が、俺とその周囲の黒焦げだけを照らし出した。
ぶすぶすと燻る煙が目に付き、それは俺の体からも吹き出ていた。
火? と思った瞬間に体から火が湧き起こる。俺は魔法なんてものがこの世に存在することをそのとき初めて知った。
…
山火事に気付いた隣村の人間に助けられた。
でも、惨状を直接見た隣村の奴らからも、"赤毛の子の厄災だ"と忌み嫌われた。
どこへ行っても結局同じだった。
そんな迫害から、俺を助けてくれたのは近隣の町の魔法学校の校長だった。八歳になった俺をタダで魔法学校へ入学させてくれて、さらには私生活の面倒すら見てくれた。
村を一晩で丸々消失させたという恐るべき力は、魔法を究める世界においては貴重な存在だったようだ。
学生登録のとき、俺は自ら"アルフレッド"と名乗った。
同年代の子たちと一緒にいれば、少しはマシかと思っていた。
だがクラスメイトにとっても、俺は迫害の対象でしかない。
今まで集団生活に慣れ親しんでこなかった俺は、あまりのめちゃくちゃっぷりにクラスメイトから大層嫌われた。
クラスメイトからは悪役のレッテルを張られていた。
そしてみんな"無謀のアルフレッド"と呼び、俺を蔑んだ。
この赤い毛が目立つ……。
忌まわしき赤毛。
そんなコンプレックスとは、魔法の実践授業が始まったタイミングでおさらばできた。簡単に言っちまえば、俺の火力にクラスメイト全員びびっただけだった。
みんなこの程度の炎は噴き出せると思っていたが、マッチ一本分くらいの火しか灯せない奴もいた。そこからクラスメイトからのイジメはなくなり、その代わりに避けられるようになった。
俺はクラスメイトからいくら馬鹿にされようが、虐めを受けようが、大して気にはしなかったが―――。
だがその変わりっぷりだけは気に入らなかった。
弱いと感じた奴の事は徹底的に叩き潰すくせに、強いと知ると手のひら返したようにすぐ逃げる。
卑怯で、姑息で、その堂々としないクラスメイトたちが、今は亡き村のアイツらを思い出させた。
別に、気に入らねえからって片っ端から殴ろうなんて思わなかったが、強さがあればちょっかいは出されないってことが分かった。
だから体も鍛え続けたし、魔法の鍛錬も火に特化して訓練し続けた。
そのうち俺の事を怖がって避ける奴や変に取り繕ろうとする奴が周囲にちらほら現れたが、あんまりそういう奴らとは関わりたくなかった。
俺が求めていたのは、そういうのじゃねえ。
芯を曲げない、ホンモノだけだ。
そんな中でも、俺が目を付けた奴は魔法学校に四人いた。
―――それがトリスタン、リズベス、リンジー、ドウェイン。
トリスタン、リズベスは強え。
中途半端な実力で粋がる奴らの何十倍も強かった。それを周りに振り翳そうとしない芯の強さがあった。
さらにリンジー、ドウェイン。
こいつらはなまっちょろいと思っていたが、こいつらなりのこだわりや譲れないものってのがあった。
芯に一本、"自分"を持っていた。
俺は不器用なりにこの四人に接触を図って、全員にまんまと打ち負かされた。
悔しいと思った。
でも悔しい、ってだけじゃねえ。
嬉しいとも思った。
こいつらは相手が強いとか、弱いとか、そんな事で態度を変える卑怯者じゃない。これだけは譲れねえって執念だけはしっかり持っていた。
俺は卒業間近になってようやく、将来なにするかを考え始めた。
でも考えるのは、自分の将来よりも例の四人の事ばかりだ。
あいつらは何をするんだろうか、と―――。
俺はこれからもアイツらと一緒にいたいって思っていた。
できれば冒険者パーティーを組みたい。
阿呆みたいな仕来たり、風潮、伝統、文化が蔓延する世界で"自分"を曲げない冒険者たち。
こんな束縛だらけの世界を自由に謳歌できる戦士たち。
―――Chevalier・de・Liberta
俺はすぐさまその提案を全員に持ちかけた。
◆
冒険者の取り柄は"無謀"こそだと思っていた。
俺はこの見込みある四人たちとともに、最強を誇って何度もパーティーを窮地へと追い立てた。それでもあいつらは付いてきたし、何とか切り抜けてランクもどんどん上がっていく。
だが"無謀"が許されるのは小物までだった。
時の流れ、メンバーの成長とともに"冷静"に代わっていく。
ランクAになるためには巨大な壁が立ちふさがった。もっと組織的な、もっと戦略的な立ち回りが必要だった。
無闇に敵を倒してるだけじゃAランクには上がれねえ。
それでメンバーの増員を提案したわけだが、リンジーがさっそく拾ってきたのはガキだった。
しかもただのガキじゃねえ。
―――どうしようもなく世界に絶望してるって顔したガキだ。
どんな境遇だったか知らないが、俺はこんな夢も希望もなさそうなガキは初めて見た。
ジャック。
名前も適当なら、根性も生半可そうな単なる子ども。
夢も希望も無いんじゃ、冒険者なんてできるわけがねえ。
だがリンジーは言っていた。「ジャックはホンモノだよ」ってな。
子どもが二人犠牲になった例のメラーナ洞窟の事件。あの事件でガーゴイルを前にして生き残ったらしい。
トリスタンのきつい修行にもついていった。
そして、俺ですらタイマン張るのも躊躇うグリズリーもぶっ倒しやがった。
こんなポテンシャルの塊みたいなガキを見たのは初めてだ。
文句なく採用だ。
個人的にはガキの面倒は苦手だが、ゆっくりでいい。
ゆっくり成長を見守ってやれば……。
こいつはリベルタの将来を背負う男になるって、そう思えた。
―――だがある時、それはちょっとした不注意で失われてしまった。
俺が目指していた理想、自由を愛する騎士。
そのメンバーが目指す理想は、まだ十歳のガキには重すぎた。
十歳………十歳なんて俺がようやく熊一頭倒して喜んでいた年頃だ。将来なにも考えずに、魔法学校のやつらとの張り合いで粋がっていた歳。
そんな年齢の子どもにAランク昇給の責任を押しつけた。
それが全ての崩壊の引き金だった。
「大群、来るよ……!」
はやる気持ちを抑えられず、安全確認を怠った俺はまんまとダンジョンの罠に嵌められた。
「ちくしょうっ、俺が相手をする! ドウェインはロープ引いてジャックを無理やり戻せ! リズは援護頼む!」
「「了解!」」
ジャックを失うわけにはいかねえ。
だが、その前にまず失ったのはドウェインだった。
あいつはオタク気質だが、工作員としての立ち回りが上手い。
「今、戻してあげるから待っ――――」
「………う、うわぁぁああああああ!」
「今のは?! ジャック君………!」
後ろでジャックの悲鳴とドウェインの驚愕の声が聞こえた。
「ライトニングウィップ!」
すぐさまドウェインは魔法を発動。
穴深くへと落ちて行くジャックを引っ張り上げるために、電撃魔法のアレンジ、電気の鞭でジャックを掴んだ。
「ぎ、ぎゃあああ!」
だがその直後、ドウェインの悲鳴も聞こえてきた。
後ろを振り返ると、ライトニングウィップを介して赤黒い魔力が伝導し、攻撃を受けるドウェインの姿が目に入った。
「ドウェイン……!」
俺もリズも迫りくる牛の大群の対処をしなければならなかった。
すぐにはドウェインを助けられねえ。
一定数の牛を葬った後、応援にかけつけたリンジーのファイアボールによって助けられた。
「はぁ……はぁ……みんな大丈夫?!」
リンジーがまさに救いの女神に見えたぜ。だが、ダンジョンの女神の方は俺たちを許してくれないようだった。
大きな音を立てて、ダンジョンがぼろぼろと崩壊し始めていく。迫りくる岩々は、俺たちのとどめを刺すために仕向けられたかのようだった。
どうやってもジャックを助けに穴を下りようなんて余裕はなかった。それで命からがらドウェインを肩にかついでダンジョンから脱出した。
「ね、ねえ?! ジャックはどうしたの?!」
俺はリンジーのその問いで初めて、仲間を失っちまったんだと自覚した。
涙は流すわけにはいかねえ。リーダーとして……。
でも出すべき言葉は何もなかった。
「ねえ、ジャックは!」
「―――だめだった」
「……え?! なに、今なんて言ったの?!」
リンジーもあまりに信じられないことを聞いて、頭で理解できなかったんだろう。
「ジャックは―――ダメだった……んだ………」
現実を言葉に変えて、俺は今まで大切にしていた自分の何かが崩れ去った気がした。
「嘘……嘘だよ……!」
リンジーはそれだけ言うと、ぼろぼろと泣き出した。
何もできなくなったのか、蹲ってただ呆然と崩壊したガラ遺跡の祭壇を眺めていた。
気づけばリズベスも泣いていた。ドウェインは気を失っていて、生きているのか死んでいるのかも分からなかった。
なんだか俺も……やっぱり泣けてきた。
○
俺のこの失態、リンジーが一番許してくれないだろうと思った。
リベルタ内で一番ジャックを慕っていたのはリンジーだ。
アジトへ帰る道中、誰一人喋る奴はいなかった。いつも明るくメンバーを照らしてくれていたリンジーが完全に沈んでいた。
皮肉屋のリズもあまりの事に何も言葉にできなかった。
俺だって喋る気になれない。
ドウェインはヒーリングをかけても相変わらず意識を失ったままだったから、荷車で運んだ。
そんな調子でアジトへ一晩かけて帰った。
いつもだったらここで、ジャックが変に気遣って茶目っ気を見せてくれたりして和ませてくれたもんだ。この半年でジャックという存在がリベルタに欠かせない存在になっていたんだと気付いた。
だがこんな絶望を味わってもまだ、悲劇は終わらねえ。
次に失ったのはトリスタン。
俺たちの帰りを待っていてくれたトリスタン。
俺"たち"にもちろんジャックが含まれているのは言うまでもねえ。
事情を話すとトリスタンは、
「では、行ってくる」
とだけ言葉にして、新調した長刀を握りしめ、出ていこうとした。
「どこ行くんだよ! おい、トリスタン!」
俺はそのままトリスタンが一生戻ってこないんじゃねえかって気がして、声を荒げてしまった。
「決まっているだろう。俺はジャックを探しにガラへ行く」
「ばかやろう! ジャックは……死んだんだ!」
「なぜ………そう決めつける?」
――――トリスタンの目は殺気だっていた。
仲間を置いてのこのこ帰ってきたリーダーを、まるで恨んでいるような目つきだ。暗殺者集落の生まれのトリスタンは、本気出したら女神ですら暗殺しちまうんじゃないかとそんな気がした。
「お前は見てなかったからそう言えんだろうが! ガラ遺跡はもう入り口すらねえ! 完全に崩壊しちまったんだ!」
「だったら―――」
迫りくる白い影。
少しの影も捉えることはできなかった。
「………ぐ……」
「入口なぞ無理にでもこじ開けろ。昔のお前はそういう男だったろう? "無謀のアルフレッド"」
トリスタンの神速のみねうちをくらい、無様に片膝をついた。
そうしてトリスタンは行方を眩ました。
…
何日か経ってドウェインが意識を取り戻した。
ドウェインの回復を喜べたのは束の間だ。
すぐに様子がおかしいことに気付く。
阿呆みたいに表情がくだけて、涎も垂らしていた。意味不明な言葉を発してはベッドの上でいきなり暴れまわったりした。
ドウェインは気が触れてしまったようだ。
会話もできず、体力が回復した頃にはアジトから出てどこかへ走り去ってしまったときもあった。
リズやリンジーと一緒に探し回って町中で迷惑をかけるドウェインを何とか押さえ込んだ。
俺たちはそんなドウェインの面倒を見てるうちに、"ドウェインの事も失っちまったんだ"と気付いた。
――俺は精神的に限界だった。
メンバーが六人に増えたと思ったら、一気に三人も失っちまった。
引きこもりがちになり、何もする気が起きなかった。
リズはそんな俺を気にかけてドア越しに皮肉の言葉をかけてくれたりしていたが、一切聞く気にはなれなかった。
「三人なら報酬の分け前も大きくなるんじゃない? なんて、リンジーに聞かれたら怒られるわね」
「………」
その時はうるせえと思っていたが、あいつなりの気遣いの言葉なんだと後で気づいた。
それからリンジーだ。
リンジーは俺を絶対に許しちゃくれないと思っていたが、欠かさず朝食も夕食も運んでくれた。
そんなリンジーの姿を見て、俺は涙を流した。
「リンジー、お前が一番俺のことを恨んでんじゃねえのか……?」
「アルフィ……そんなことない」
だがリンジーは無理にでも笑おうとしていた。
「だって今一番つらいのはアルフィだと思うから」
俺はもう我慢の限界だった。
これがリンジーの芯の通った所だった。
肩入れはしない。一番辛い人間にやさしくする。
だが、今の俺がそんな優しさに触れてしまったら―――。
俺は衝動的にリンジーを抱きしめていた。
「……アルフィ?」
「悪い……こうしていたいんだ……」
リンジーの心の温もりは傍で触れるほどより強く感じられた。
「………うん、いいよ……」
そうしてリンジーとはどんどん心の距離が近くなった。いつしか男女の関係になるまで、俺はリンジーに依存してしまっていた。
○
だが、心のその欲望は新たな窮地へと俺を追いやった。
リンジーの妊娠が発覚した。
新たな命が芽生え、"仲間"ではなく俺は"家族"を手に入れた。
だがそうなったとき、今まで仲間の関係だった人間はどう思うだろうか?
その不安は現実のものとなった。
「……信じられない」
「リズ………リンジーとはその、ずっとそういう関係で」
「いつから?」
「こっちに帰ってから一ヶ月くらいだ……」
「もう2ヵ月も前じゃない!」
リズは俺の想像以上に怒り散らしていた。
少しは祝ってくれるだろうか、と淡い期待を抱いた俺が馬鹿だった。
おかしくなってしまったドウェインを除けば、男一人、女二人だ。
そんな状況で、リズが除け者にされたと感じるのはちょっと考えれば分かることだった。
さらにはリズは俺が活動休止気味だった間、パーティーの収入を支えるためにクエストを一人で引き受けたりして頑張ってくれていた。そんな間に俺とリンジーが仲良くしていたら、顰蹙を買うのも間違いない。
リズは俺に不満もぶちまける事もなく、ひっそりとアジトを離れていった。
気づけば、俺はたくさんのものを失っていた。
家族はできた。家だってある。
でも俺が目指していたものは何だったか。ありとあらゆる制約に縛られ、自由の騎士はもう存在しなかった。
だけど、俺ももう二十歳になった。
もういいんじゃないかと思い始めた。
納得はしていないが、ある種の運命というやつかもしれない。
そんな事を考えながら、リンジーのお腹の中で育つ俺の子どもが無事にこの世に生まれてきてくれればいいと自分自身にそう言い利かせて納得していた。リンジーのお腹が腫れ上がるごとに、すくすくと子どもが育っていっているのだと実感できた。
―――そんなある日の事だ。
「………は嘘つかないもんね」
リンジーが誰かと喋っていた。
来客とは珍しい。町の人だろうか。
「………それで、その場所からは? どうやって………」
なんの会話をしてるんだろう。リンジーの体はようやく安定期に入ったとはいえ、あまり無理はさせたくない。
会話がバトンタッチできるなら変わってやろうか。
階段をゆっくりと降りていくと、ソファに座る"見知らぬ子ども"が目に入った。
「あ―――」
「誰だ?」
顔面の右側に入れ墨……いや、何かの紋章?
なんだかガラの悪そうなガキだった。
隣には自分の身重の女房がいるということで警戒心が増した。
「なにをしている……」
リンジーが俺に気付いて駆け寄ってきた。
「アルフィ、ジャックだよっ! ジャックが…………戻ってきたの!」
その言葉は、俺の頭の中で何回か反芻した。
ジャック? ―――――そうだ。
シュヴァリエ・ド・リベルタのジャック。
「なんだと……?」
「ふ、フレッド……」
だが、あいつは死んだんだ。
あいつが死んだから、俺はこうして。
「お前………ほんとにジャックか?」
おかしいだろ。もう半年も前の事だ。
死んだ子どもが生きていた?
しかも今さらのこのことアジトへ?
疑問に思った瞬間、その右頬の紋章が魔族紋章であることに気が付いた。
「おい……魔族の紋章じゃねぇか……!」
「え?」
「リンジー、下がれ」
魔族が昔の仲間の名を語って家に取り入ってきた。侵入者だ。
「フレッド、俺だ! ジャックだよ」
だがその声も、顔も、目も、以前失った仲間そのものだった。
本当にジャックなのか?
いや、ちげェ……。
ジャックであるはずがねぇ。
だって俺はあのときジャックが死んだから、こうなった。
ドウェインはやられた。
トリスタンはそのジャックを捜しに行ったっきり。
リンジーは身ごもった。
リズベスもパーティーから離れた。
ジャックが生きてんなら、なんで俺はこんなになってんだよ!
「なんだテメェは! ジャックの名をそれ以上語るんじゃねぇ!」
「アルフィ、どうしたの? ジャックだよ……確かに顔の半分は、ちょっと変だけどさっ」
リンジーは素直すぎる。
受け入れちゃいけねえんだ。
第一にジャックじゃねえ。
その紋章、その歪な右腕はなんだ。
「……ジャックはなぁ……死んだんだよ……」
「俺は、生きて帰ってきたんだ」
そんなハキハキと喋りやがって。お前が生きてたんなら、この半年どこで何してやがったんだよ。
もっと早く帰ってくれば少しは違ったんじゃねえのか。
「テメェは違う……」
「俺がジャッ――――――」
まだ言うか、このジャックもどきがッ――!
俺は頭に血が上って久々に本気で"対象"をぶん殴った。
その魔族は家の壁をぶち破って外へ吹っ飛んだ。
だがまだ生きてやがる。
ほらな……ジャックじゃねえ。
ジャックなら今の一撃で死んでんだろ。
だったら徹底的に始末しねえと……。
ジャックは大切な仲間だった。それを気軽に語る奴は許さねえし、こんな状況で、仲間の奇跡の生還を認められるわけがねえ!
俺はリビングに置いてあった愛剣を手に取った。
かつてパーティーで攻略した超難関ダンジョン『バイラ火山』。
そこで勝ち取ったこの戦利品ボルカニック・ボルガ。
リベルタのリーダーの証だ。
「ア、アルフィ……!」
「リンジーは下がってろ」
葬る。絶対に――――!
魔族のあとを追った。
そして炎魔法を纏着させ、ボルカニック・ボルガの真価を発揮させる。
「――――おらぁ!!」
「うぁあっ!」
必殺の一撃。
しかしそれでも魔族は倒れなかった。
見た目以上にだいぶ硬いらしい。
だが構うことはねえ。本気出して戦うのは久しぶりだ。
準備運動のあとに、確実にぶっ殺す。
森へと吹っ飛んだ対象へと、ゆっくりと迫った。
さすがにダメージも大きいはずだ。
しかし森の方から殺気が漂った。それはトリスタンが出ていくときにも感じた悪寒と同じものだ。
その次の瞬間、鋭利な緑色の物体が俺めがけて飛んできた。
寸でのところでボルガで叩き斬る――。
よく見ると、葉っぱのようだ。どんな魔術か知らないが、そんなもので牽制したつもりか……。
しかし―――。
軽くぶった切ったつもりが、愛剣の炎は脆くも霧散した。
俺の炎が初めて打ち消された瞬間だった。
リズのフローズンアローですら打ち破る俺の豪火は、そんな葉っぱ数枚で消え去ってしまった。
「……なんだと?!」
「今だ!」
そして迫りくる、ジャックの声。
いや、ジャックのマネをした声なだけだ!
騙されてたまるかよ!
木刀片手に凄まじいスピードで突っ込んできた。
馬鹿がッ!
そんなボロクズで俺の愛剣に敵うと思っていやがるのか。
再度、炎を湧き立たせ、それを迎えた。
剣と剣が弾け合い、俺の闘志の証である炎は消え去ってしまう。
――――なぜ?
俺は二度目の衝突で、これは俺自身の迷いによるものなんじゃないかと感じるようになってきた。
この声、この踏み込み、太刀筋。
本当は、本当にもしかして……。
しかし目の前のその卓越した動きはジャックにしてはまるで何十年も修行を積んで帰ってきたようにも見える
「なんなんだテメェは……!」
もう迷いは断ち切ってやる。
この半年間、俺は苦しんだ。
ジャックという存在は俺を狂わせた。
その幻惑を見せる目の前の魔族は悪そのものでしかない。
―――殺すッ!
向こうも俺のタイミングを見計らって踏み込んできた。
しかし、その姿。
その繰り広げる斬撃の数々は……。
かつて仲間だった白い戦士の技そのものだった。
一秒もの間に十の剣戟を繰り出すその秘剣『ソニックアイ』は、暗殺者集落に伝わる秘奥義だ。
このガキは数秒の間で十一連撃。
技こそは劣るものの、音速に迫る速度と一連の剣撃はトリスタンが得意とした技だ。
なんで、こいつが……。
その疑問の答えは目の前にある。
「くっ………」
久しぶりの速攻戦に思わず斬られそうになる。何とか対処するものの、ついには頭上高くにボルカニック・ボルガは弾き飛ばされた。
「―――ふっ!」
でも剣だけが戦う手段じゃねえ!
拳同士の殴り合いなら……!
だがその好機も、こいつはすぐさま対処してきた。
その構え。その拳。
俺が教えた……。
そうだ、俺が教えたんだよ。
こいつに……。
油断した俺は、腹に一撃食らっちまった。
「ぐぁ…っ!」
思わず仰け反った。
なんとか意識を保ち、ちょうど降りかかってきたボルガを掴み、それを杖のように支えにした。
いいパンチじゃねえか。
「はぁ……はぁ………ふ………ふふ……」
だが負けるわけにはいかねえ。
俺はリーダーだぜ……。
「まだ……まだ終わっちゃいねえよ……!」
子分に負けるなんざ、"無謀のアルフレッド"の名が廃るぜ。
「俺に………勝とうなんざぁ……! 十年、早ええんだよッ!」
ボルカニック・ボルガ。
自由の騎士の象徴が唸りを上げる。
「ぅぅううるぁああああ!!」
「俺だって負けねぇよッ! あああああああ!」
これが最後の一撃だ。
もう勝てなくてもいいと思った。
俺は純粋に戦うのが好きだった。
それを思い出させてくれたお前に感謝しなくちゃいけねえな。
"―――Chevalier・de・Liberta"
男なら誰だって、戦いに生きてえと思うだろうが。
それが真の自由っやつさ。
大地を蹴って勢いをつけ、跳ねるように斬りかかったその渾身の一撃。
その一撃を、俺は受け切れなかった。
愛剣ごと振り抜かれ、弾かれ、無様に仰向けに倒れた。
だが、近くにうつ伏せで倒れ伏すコイツもまた、限界だったみてえだ。
「……は……はぁ……はぁ……」
息切れでうまく言葉が出てこなった。
でも言わなきゃいけねえ。
俺は……リーダーだからな。
「ジャック」
朝の風が吹きすさび、周囲に寝起きの町の住民が集まっているようだった。そうか、まだ朝だったか。
「朝帰りたぁ、いっちょ前なことしやがって」
「………た……ただいま」
ジャックはひねり出すように声を出した。
それから何分か、俺たちは朝空を見上げ続けた。
風が、俺の頬を伝う涙の存在を知らせた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます