Episode19 幼い戦士と幼い歌姫
前夜祭の演奏会は大盛況だった。
アリサの歌が終わった後、拍手はしばらく鳴り止まなかった。楽団の四人は一礼し、拍手をしばらく浴びていた。
すると突然、始まりと同じように街灯やステージの松明がかき消えてて、会場を暗闇が支配した。
また松明が灯る頃には、光の雫演奏楽団の姿はない。
終わってしまった……。
なんか楽しみにしていたものが終わると、物悲しさを覚える。
演奏会が終わった後もしばらく前夜祭は続いた。オープニングを務めた演奏会とは違ってお祭りムードが強く、ステージの出し物に対して観客は立ち見したり、自由に歩き回ったりして夜店をぶらぶらしている人が大半だった。
「メドナさんの歌声すごくよかったわね」
「ね。ソルテールでも大人気だったよ」
「また来てくれないかしらね~」
リズとリンジーがそれぞれ感想を述べていた。
「じゃあジャックの目的も遂げたことだし、そろそろ宿へ帰りましょうか」
「明日からが本番だしね」
リズとリンジーは明日から二日間だけカーニバルパレードの踊り子を務める。
それの当日リハーサルで朝が早いらしい。
だが、俺はファンとしてどうしてもメドナさんに挨拶に行きたい。
「ジャック、もう帰るわよ?」
「うーん……俺メドナさんに会いに行きたい」
「えぇ? アポなしで会える人なの?」
リズは俺を茶化していたが、普通にソルテールにいるときも、この街でも普通に会話していた人だ。
「そうだね。ジャックの面倒も見てもらってたし、行くなら私が連れ添うよ」
「それなら私たちは先に帰ってようかしら」
リンジーが付き添ってくれることになり、リズとドウェインは先に宿へ帰ってしまった。
…
出演者控えはサン・アモレナ大聖堂内入口付近に設営されているテントにある。おそらくそこにいるだろうということで迷子にならないよう、リンジーに連れてきてもらった。
広いテントで、各出演者団体ごとに割り当てられているようだ。
テント付近にはロープが敷かれ、「関係者以外立ち入り禁止」の札が垂れ下がっていた。
そのロープぎりぎりまで大勢のファンが押しかけている場所があった。
案の定、その先のテント入口には"光の雫演奏楽団控え"の立札。
ファンには子どもが多いようで、親子連ればかりだ。
ふとリンジーを見上げた。母親にしては若すぎるが、遠巻きから見たら俺とリンジーも親子みたいに見えるか。
早く大人になりたい。
「こりゃすごい……もしかしたら会えないかもしれないよ」
リンジーも予想以上の取り巻きに驚いているようだった。とりあえず他のファンに混じって、ロープぎりぎりまで近寄ったところ、ある人物が正面から飛び出してきた。
「やっほー、団長のグレイスです! 今日はみなさんありがとー! どうもー! どうもでーす!」
団長じきじきに声援に駆け付けたようだった。
白い流れるようなドレスが大人の雰囲気漂わせているが、仕草はとても明るく、ファンの声援に両手を振って応えていた。
淡いブロンドの髪が、先ほどのコンサートではメドナさんと対称をつくりあげていた。
「これからもばんばんコンサート開くからよろしく!」
団長さんがファン一人一人を眺めまわして手を振っていたそのとき、ふと俺と目が合った。
「―――あなたは」
「ん?」
そしてわざわざロープ近くまで寄ってきてくれた。子どもたちの歓声が高まる。アイドルのような存在が無遠慮に近寄ってくる。
「ジャックくんでしょ?」
なぜ俺の名前を……。
「そうです」
「やっぱり! ……ここからは入れないから、遠回りになるけど左側から裏に回って」
小声で俺に耳打ちしてきた。それだけ伝えて俺にウィンクしてきた。そしてすぐさま他の子どもたちに握手してテント内へ戻っていった。
「団長さんとも知り合いだったの?」
「ううん、はじめて話した」
「えぇ……まぁ特別招待だし、行ってみよっか」
リンジーに手を引かれ、グレイスさんの言うとおり裏口に回った。
…
テントの裏側は静かなものだった。
リンジーと二人で近寄ったところ、いきなりテントの垂れ幕がぶわっと引き上げられた。
「こっちこっち!」
団長のグレイスさんだった。団長のわりに仕草は子どものようだ。
リンジーと二人で掻い潜る。
「いらっしゃい、メドナから聞いてるわ。可愛い子ね~」
「え!」
そして頭を撫でられた。
「あっと、失礼しました。私は団長のグレイス・グレイソン。よろしくどうぞ」
リンジーにもすぐさま明るく挨拶をして握手を交わした。
「……り、リンジーです。よろしくです。ジャックの保護者みたいなものです」
「シュヴァリエ・ド・リベルタのリンジーさん?」
「はい、そうですけど?」
リンジーも困惑しているようだった。
「噂には聞いていますよ。凄腕の魔法使いって」
「いや、それほどでもない、です……」
なんか注目のスターのわりにマネージャーみたいな素振りをする人だった。
「グレイスさんはとても綺麗な方ですね」
「いやぁ、これが馬子にも衣装ってやつかしら? 衣装栄えしてるだけですよ」
はっはっは、なんて大口を開けて笑っていた。舞台でも明るい人だと思っていたが、舞台裏ではそれを超えてガサツさも伺えた。
「………えーっと、グレイスさん……」
「なに? グレイスでいいわよ」
グレイスさんは俺の問いかけに対して、すぐ膝に手を当て俺に目線を合わせ、俺の顔を覗き込んだ。
「あっ、えーと、その……」
「んん………こうして見ると、あなたってすごく良い。その声も、そのルックスも、将来は大スターになれそうね。指先も綺麗ね? チェンバロでも弾いてみる? ん?」
すごい勢いで観察と評価がつけられて、困惑して本来の目的をうまく伝えられない。目つきがちょっと怖い。一歩間違えればストーカーにでもなっていたんじゃないか?
「そしてこのサラサラの髪……だめだ! ジャックくん、匂いを嗅いでもいいかしら?」
「えぇ?!」
「グレイスさん! ジャックはうちの大事な隊員です! ここへ来たのはメドナさんに少しご挨拶をと思って来たんですけどっ」
リンジーがいよいよ怒りの声をあげた。
芸術家には変わった人が多いと聞くが、これは正真正銘の変人なのでは?
「あら、そうだったの? メドナだったら奥にいますよ。こっちこっち」
気持ちの切り替えが早いのか、行動の移り変わりが目まぐるしい人だった。
テント奥のカーテンを何度か掻い潜り、光の雫演奏楽団の人たちがいるところへたどり着いた。団員たちはそれぞれ自身の楽器に触れながら、手入れをしたり、駄弁ったりして休憩していた。
先ほどステージに上がった四人の他にも、数人の子どもや大人がいた。
俺とリンジーという来客に対してちょっと困惑している。
「みんな、紹介するわ! シュヴァリエ・ド・リベルタのリンジーさんとジャックくん」
「こ、こんばんは」
「はじめまして」
団員の反応はまちまちだった。いらっしゃいと声をかけてくれる人もいれば、無愛想に一瞥だけくれるだけの人もいた。
そんな中、紅茶を飲んでいたメドナさんとクレウスさんが立ち上がって、近寄ってくれた。
「ジャックくん、来てくれたんだね。あとリンジーさんもありがとうございます」
メドナさんが優しい目を向けて声をかけてくれた。コンサート中に見せた、きらりと怪しく光るあの赤い瞳ではない。
「私もいて驚いただろう?」
クレウスさんがそれに続いて、俺をからかうように声をかけてきた。
「メドナさん、とても綺麗でしたよ。歌、素敵でした」
「そんな大した物じゃないですよ」
リンジーはソルテールで留守番中、何度かメドナさんに広場で会っていた。俺がそれ目的で広場へ行くときに何度も付いてきていたからだ。俺の知らないところでも町で見かけては声をかけていたのかもしれない。
「俺も! 俺も感動しました!」
リンジーに追従するように俺も感想を入れる。
「ありがとう、ジャックくん。ぜひキミにもいつかステージに上がってほしいものだよ」
「いや、俺には無理ですよ」
「ジャックはこれから剣士として頑張るんだもんね」
リンジーは何を思ったか俺の肩を支えた。もしかして楽団に取られると思ったのか?
「……ふふ、冗談ですよ。まぁここにいるクレウスみたいに兵士を務めながら趣味でやってる人もいますけどね」
「はは、私はもう退役するからな」
クレウスさんは兵士だと聞いていたが、楽器の演奏の腕前も相当だった。退役するとはいえまだまだ前線で戦えそうなほど若く見えるが、けっこうな若作りなのか?
…
そんな調子で舞台裏の楽団の人たちとひとしきり挨拶をした。人々から歓声を浴びるスターたちも、舞台裏で見ると同じように人間臭さがあってちょっと面白かった。
リンジーも場になじんだように、クレウスさんやメドナさん、団長のグレイスさんと談笑していた。
俺は彼女らの会話に付いていけずに世間話を黙って聞いていた。
「あ、あの………」
突然、後ろから声をかけられた。
振り返ると、そこには先ほど演奏会のシメを務め上げた、巻き角の女の子がいた。癖のある白い髪が羊毛のようにモコモコとカールしていて、目もくりっとした可愛らしい女の子だ。
まだ演奏会のドレスのままだった。
舞台アイドルに間近で会ったようで、とても緊張した。
そのさらに後ろには黒髪の男の子もいた。
どちらも楽団の子ども団員か。
「私はアリサって言います。あ、あなたも音楽に興味があるの……?」
「あるよ。俺の名前はジャック」
「ジャックくんね! よろしく。この子は―――」
「ラインガルド……」
黒髪の少年の方は無愛想に、その珍しい名前だけを伝えてきた。青い瞳をしていて、どこか影のある少年だ。
「もしかして、貴方はこないだ大通りで悪い人たちと……」
「悪い人たち?」
「その、あなたが戦っているのを見たわ」
きっとアルフレッドとドウェインとともに捕まえた詐欺師2人のことだ。
「そうだよ。リベルタの仲間たちでやっつけたんだ!」
「すごいっ! ジャックくんは勇者様なんだぁ」
アリサは俺を羨望の眼差しで見ていた。勇者様って、そんな風には思ったことはないけど、同世代の女の子に褒められて悪い気はしない。
「あんな大舞台でボーカルを務めるのもすごいと思うよ」
「……ううん、私はまだ全然ダメ。楽器も練習中なの」
謙遜していても嬉しそうにしている様子が見てとれた。
「アリサ、ジャックくんと少し遊んできてあげなさいな」
その様子を見てとったのか、団長グレイスさんがアリサに命じた。
「はい! ジャックくん、来て」
「ラインガルドもね」
「うん」
グレイスさんは俺たち三人の子どもたちを見送った。
リンジーからも「あんまり遠くへ行っちゃだめだよ」と忠告が聞こえてきた。
…
テントの外へ連れてこられ、サン・アモレナ大聖堂の正面入り口付近まで三人で歩いて来た 人気はないが、すぐ近くにテントがあるし、前夜祭を楽しむ人たちも近くにたくさんいるからいきなり誘拐されるなんてことはないだろう。
アリサはけっこう積極的な子のようだ。
打ち解けてからいろいろと聞いてきた。
出身や好きな事、どうやって強くなったのかとか。
――そしてサン・アモレナ大聖堂の固く閉ざされた大きな扉前に辿り着く。扉の周辺には神話の神々をモチーフとした彫刻が施されている。
聞かれるばかりではと思い、アリサの事を聞いてみた。
「気になってたんだけど……」
巻き角に目を向けた。
「あぁ、これ? みんな珍しそうにするの。でも私の生まれた村ではみんなこうだよ」
「獣人族なの?」
「そうよ。北の国から来たの」
獣人族。人里離れた山奥や島々には、人の姿で獣の特性を持った人々が暮らしているという。
人間たちと積極的に交流を深める獣人族もいるが、ほとんどがひっそりと暮らしているらしい。
「触ってもいい?」
「いいよ」
「ダメだ!」
黙ったままだったラインガルドがいきなり大声をあげて、凄い形相で俺を睨んでいた。
俺はびっくりして固まった。アリサはそんなラインガルドの様子を見て、目を伏せて申し訳なさそうにしていた。
「ごめん、ジャックくん」
「いや……俺の方こそ……」
「と、ところでジャックくんは、なんで剣士になりたいの?」
アリサは空気を読んで話題を変えた。
「俺は……」
なんで剣士になりたいのか、その答えは俺の育った環境に起因している。
魔法が使えない劣等感に苛まれ続けて育った。
一人前の戦士なら魔法に頼らなくてもいいとトリスタンにも教えてもらった。
神話の英雄たちは魔法なんか使わずとも戦いの技術だけで人々を救っていた。
俺はそんな姿に憧れている。
「かっこいいからかな。強ければたくさん人も助けられる」
「人助けがしたいの?」
「まぁそんなところかな」
ちょっとキザっぽかったかも。
でも実力が伴なえば、いつかはその理想も実現してみせる。
「ふーん………」
それをアリサは面白くなさそうに返事をした。俺はその意外な反応を疑問に思った。今まで気持ちよく話していた子が突然態度をあらためたら誰だって戸惑う。
「ジャックくん」
アリサは躊躇いがちに喋り始めた。
「戦う人が増えるのは、本当に人助けになるのかな?」
まるで俺を憐れむように。その道は間違っているとでも伝えたいかのようにそんなことをぼそりと呟いた
なんでそんなことを言うんだろう。なんだか否定されたみたいで面白くない。
「どういうこと?」
「戦いで人を助けるって………なんだかすごく暴力的……じゃない?」
「そうだけど、でも力がないと助けられない人たちもいるよ」
アリサは俺の反論を聞いて、大聖堂の扉の彫刻を見上げ始めた。そこには神々がさまざまなポーズでその偉大さを示している。
第一印象とは裏腹に、その少女の言葉はどこか達観的だ。
「力が増えれば、その分、戦いも生まれちゃうんだよ」
「戦士は必要じゃないか。だって、誰かが止めないと―――」
なにを?
自分でも言ってて、ふと疑問に思った。
幼い自分の理想はそれを描く論理自体が破綻していた。
戦いを止めるために、戦う?
そもそも誰も戦わなければ良いだけの話じゃないか。
戦いの発端はどこにあるんだ?
なんで俺は力を求めるんだ?
なんで剣士になりたいんだ?
その疑問は最初のアリサの質問と重なった。自分が目指していたことが急にとても幼稚なものだと指摘されたようで、自問自答が俺を混乱させた。
そんな俺の様子をアリサは黙って見ていた。
ラインガルドも相変わらずダンマリを決め込んでいた。
「この街の女神様もね」
「女神様……?」
この街の女神ケア・トゥル・デ・ダウか。
ケアは魔力の女神。この街に古くから伝わる伝承や神話に登場する神。
「ケアのことか」
「そう。女神のケア様もすごく昔の人間たちの戦いを見てこう伝えてるの」
アリサは、あどけない同世代の女の子のようには見えなかった。神話の語り部のように、真実を告げる代弁者のように、俺の中で神聖な存在に成り代わっていた。
「戦いを求めるその欲望こそが悪だって」
嘘だろ……。
例え確証もない神話だと思いながらも、俺の理想、夢が崩されるようなそんな気分を味わった。
「――――だから、ジャックくん」
しかし、アリサは構わず続ける。
「ジャックくんも、光の雫演奏楽団で音楽に生きようよ」
アリサは笑顔を向けてきた。先ほどの神聖さは失われ、やはりそこにいるのはただの一人の女の子だった。
「音楽はすごいよ。戦いなんて怖いことしなくても人を救える。人を癒す力がある」
勧誘してるのか、これは。しかし前夜祭に集まった多くの人たちに感動を与えたこの子の発言、その声には説得力があった。
「………」
「ジャックくんなら歓迎されると思うのっ」
ふふふ、と笑うその様子は天使の微笑みにも見えるし、小悪魔の誘惑にも見えた。
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