Episode18 星降る前夜祭


 いよいよ前夜祭当日。

 メドナさんの奏でる楽器やその透き通った歌声が聴ける。

 楽しみすぎて一日中、大興奮だ。


「フレッド、前夜祭だけど代わりに行こうか?」


 宿泊中の男部屋で、アルフレッドに声をかけたのはドウェインである。


「どうしたんだ急に。人混みは嫌いじゃなかったか?」


 アルフレッドは今回、俺の付き添いを頼まれていて、嫌々祭りに参加することになっている。ドウェインはそんなリーダーを見て、労いの言葉をかけたくなったようだ。


「キミは疲れているだろうし、別にジャックの付き添いなら誰だっていいじゃないか」

「まぁそうだな……数日後にはまたダンジョンだしな」

「だったら休んでてよ。僕はそんなに体力使ってないし、リズやリンジーにも言っておくからさ」

「そうか。じゃあ今回はお言葉に甘えちまうかなぁ……ふぁあ……」


 アルフレッドはそうとう疲れているのか、欠伸をかいてベッドに仰向けで倒れ込んだ。そのまま目を瞑って、すぐにでも眠ろうとしていた。


「じゃあジャックくん。準備できたら行こうか」

「うん! ありがとう、ドウェイン」


 とりあえず前夜祭参加メンバーは俺とドウェインとリンジー、リズの四人だ。珍しくアルフレッドがいない。



     ○



 夜、演奏会会場へと向かった。

 サン・アモレナ大聖堂の手前。円形の大広間だが、真ん中には大きな噴水がある。その噴水を囲うように特設会場が作られていた。

 円形に囲うようなステージが建てられ、ところどころに木柱が飛び出ている。その木柱には松明と一緒に、数多くの花飾りが添えられており、とても華やかだった。さらに舞台の椅子には大きなビオラやチェンバロ、いろんな楽器が設置されている。

 サン・アモレナ大広場付近で配られた前夜祭のプログラムを眺めた。

 前夜祭のスタートは完全に日が落ちた夜だ。

 ステージでいくつかのプログラムがあるみたいだが、メドナさんの所属する楽団の演奏会はハナを務めるようだ。

 楽団の名は"光の雫演奏楽団"というらしい。

 メドナ・ローレン(ソプラノ)と書かれている。


「さすがに前夜祭とだけあって人が多いわね」


 最初に口を開いたのはリズだった。

 リズの言うとおり、子連れの家族や身を寄せ合う恋人同士も多い。昼間の雑踏以上の賑わいぶりを見せていた。


「これじゃ特等席を探すのも大変だね。こんな凄い場でメドナさんが歌うなんてびっくりだよ」


 リンジーは俺と同じ感想だ。ソルテールのような片田舎の広場で、一日中のんびり座って気の向くままに演奏していた人物が、まさか大物だとは思うまい。


「そのメドナさんってどんな人よ?」

「……とにかく黒いイメージしかないかな」

「黒いイメージ? なんか怪しいわね」

「いつも黒いローブとフェザーハットを被ってたかな」


 リンジーが印象をリズに伝える。


「でも歌声とか演奏とかの実力は確かだったよ」

「へ~……それは楽しみね」


 前夜祭が始まるまで場所を探し、なんとか正面の舞台から少し離れた場所で敷物を引くことができた。

 四人でそこに座って見物することにした。



     …



 急に、ステージの明かりや街中の街灯が一斉に掻き消えた。周囲一帯を暗闇が支配し始める。会場に集まっている人々もガヤガヤとし始め、期待の声を上げていた。

 ――――そこに、チェンバロの音色が響き渡った。


 会場も静まりだした。

 重量ある音が静かな会場に鳴り始め、次第に音楽を形成していた。

 重みがあるが、しかしこの街に合う軽快なリズムだ。

 そこにもう一つ、チェンバロの音色が重なり始めた。

 二人、チェンバロを演奏している人がいる。

 協奏曲のようだ。

 オープニングセレモニーなのか、その軽快なリズムがしばらく続いた。音楽が山場に差し掛かったと思ったタイミング、豪快な音を立てて噴水から炎が舞い上がる。


 ――――わおっ!


 観客たちからも驚きの声があがった。演出で炎を上げたのだろう。そしてステージの松明が同時に灯り、チェンバロを演奏する二人の奏者を映し出した。

 左手には相変わらず黒づくめだが、綺麗なシルクドレスに身を纏ったメドナさん。右手にもメドナさんと同じく綺麗な女性が、対称的な白いドレスを着て協奏を奏でていた。

 やがて演奏が終わったのか、会場から大きな拍手が湧きあがる。

 二人の奏者は立ち上がり、一礼した。

 そして白い女性が口を開いた。


「今夜は私たちのコンサートに足を運んでいただいてありがとうございます!」


 明るく快活な声で会場にお礼を述べた。またしても拍手が巻き起こる。


「ダリ・アモール・カーニバルの前夜祭。この大役を仰せつかる光の雫演奏楽団の団長グレイスと申します!」


 団長ということはメドナさんが言う、凄い人っていうのはあの人のことか。グレイスさんか。顔立ちはメドナさんに似ているが、雰囲気が違う。

 メドナさんが"陰"としたら"陽"にあたるというか。

 プログラムには「グレイス・グレイソン(フルート)」とある。

 芸名か?


「前置きはともかく、みなさん盛り上がっていきましょう!」


 そう言うと、グレイスさんは立ったまま、鍵盤を先ほどの音楽よりもさらに軽快に弾きはじめ、会場の雰囲気を一新させた。

 チェンバロのような鍵盤楽器も得意なのか。

 とても楽しげなリズムで演奏を続け、ハイテンポな雰囲気を作り上げた。なんか想像していた厳粛な雰囲気の演奏会と違うが、斬新で面白い。


「なんかダンスでも踊れそうな演奏会ね」

「もしかしたらそういう趣旨なのかもしれないよ。僕と一緒に踊るかい?」

「結構よ」


 リズとドウェインのやりとりも聞いてて面白かった。

 そして一曲目の掴みの曲を演奏し終えたのか、二人は再度お辞儀した。


「それじゃあみなさん! 今日一緒に前夜祭を盛り上げてくれるうちの楽団のメンバーをご紹介します!」


 そうしてグレイスさんは片手をあげて、メドナさんを指示した。快活な動きがグレイスさんの軽いドレスをふわりと持ち上げた。


「まずはソプラノ担当メドナ・ローレンです!」

「よろしくお願いします」


 メドナさんが頭を下げて、そして大きな拍手が巻き起こる。


「続きまして、ヴィオラの二人をご紹介します! クレウス・マグリール!」


 グレイスさんはメドナさんと反対の方を手で示す。

 すると、見覚えのある男性が壇上に上がった。

 こないだ冒険者ギルドで挨拶したクレウスさんだ。

 さすがに兵士鎧の姿じゃなく、軽いベストを着ていた。

 あの人も楽団の人なのか?

 兵士をやってるとか言ってなかったっけ?


「そしてうちの期待の新人で看板娘の、アリサ・ヘイルウッドです!」


 右手から小さな女の子が可愛らしいドレスに身を包んで、小さなヴィオラを手にステージに上がった。ぎこちなくお辞儀をしており、歩き方もガチガチだった。見た感じ、俺と同い年くらいかもしれない。


 頭からは、見慣れない巻き角が生えている。

 もしかして人間とは別の種族?

 この辺では珍しかったが、頭に角が生えている以外は丸っきり人間と同じだった。髪の毛もふわふわしていて、心なしかダンジョンで見かけた少女の亡霊に似ていた。


「それじゃあ紹介が終わったところで、次のプログラムに行きたいと思います!」


 グレイスさんに合わせてメドナさんは立ち上がり、どこから取り出したのか、マンドリンを手にする。

 そして会場の中央へとゆっくりと歩いていった。

 ついにメドナさんの得意分野で本領が発揮される。

 グレイスさんの方もフルートを取り出した。メドナさんから教えてもらったファイフと違って、とても長い横笛だ。


「次の曲は"フリーデンヒェンの魔女"です」


 グレイスさんはすぐにフルートを構えた。会場の静まる雰囲気を見計らってか、ゆっくりと笛を吹き始めた。

 綺麗な高音の音色が会場中に響き渡る。

 グレイスさんの独奏が少し続いた後、ヴィオラの二人が合わせるように合奏を始めた。後から出てきた予想外の人物たちだったが、演奏の腕前は確かだった。

 少し前奏が続く。

 オープニングの曲調とは違って落ち着いていて、少し温かい雰囲気に包まれていた。そしてメドナさんのマンドリンが鳴り響き始め、ゆっくりと彼女の歌声が響き始めた。



 ――――いつの日も、雪原は静かに心沁みる。


 ――――母に慕われ、人に慕われ、しかし彼女は忌むべき子。


 ――――母の愛は温かくも、されど大地の風は冷たく吹き荒ぶ。



 歌声は街中に響き渡っていた。この綺麗な歌声を響き渡らせる声量がすごい。

 聴衆は染み入るように聴き入っていた。

 俺もメドナさんの久しぶりの歌声に気持ちが高揚した。



 ――――"銀色の世界は私を祝福してくれるの?"


 ――――少女の疑問はいつしか膨らんだ。


 ――――少女が禁忌を知ったらば、光も闇へと沈んでしまう。



 そして気づけば大広場を白い物が舞い始めた。


「なんだこれは?」


 静かに聞いていたドウェインが小声で疑問を口にした。

 手で触れて観察しているようだった。


「………あ、雪か」


 会場中に雪が降り始める。

 夏の夜空にはあり得ない、白い大粒の雪結晶が舞い降りる。

 先ほどの炎の演出と同じように、氷魔法で雪を生成しているようだった。

 雪は街灯に静かに照らされて、夏の満天の夜空と相俟って、まるで星が舞い降りたかのようだった。しばらく幻想的な光景とともにヴィオラやフルート、マンドリンの伴奏が続く。

 さらに第二部が始まった。



 ――――少女の力は、世界をも干渉する。


 ――――その力は栄光を掴み、光は少女を照らし出した。



 歌声に続いて、一瞬メドナさんの赤い瞳がきらりと輝いたような気がした。

 急に、ぶわっと舞い降りる雪が吹雪に変わる。

 これはちょっとやりすぎじゃないか……?

 ふと周囲の反応が気になって周りを見渡したところ、白銀の世界に誰一人いなかった。



 ――――奏でる音色、響き渡る声。そのすべてが心を掴んで離さない。


 ――――少女の世界は白銀だった。



 相変わらず孤独の白の世界に、メドナさんの歌声や光の雫演奏楽団の演奏は聞こえてくる。

 なんだこれ………。

 みんなはどこだ!?

 でも、目に映る光景とは裏腹に、体はぽかぽかと温かくなっていき、とても気分が良くなっていく。気づけば雪原は白から黒へと世界を変えて、夜へと変わっていた。



 ――――星降る夜に、想いを乗せて。


 ――――少女は人々を癒すソエルとなった。



 白から黒へ、黒から白へ世界はまたしても白銀の世界に移り変わった。



「ちょっと、ジャック。どうしたの?」

「……ん?」


 はっとなったときには目の前にリンジーがいた。周囲の様子は先ほどの大広間と同じ。大粒の雪結晶が舞い降り続けて、曲は後奏に入って終わりを告げていた。


「なんか目つきが変になってたけど」

「そうかな?」


 あまりに深く曲を聴き入りすぎて幻覚でも見たんだろう。でも、とても気持ちいい幻覚だった。メドナさんが何か魔法でもかけたのかと思った。

 願わくばもう一度連れていってほしいくらいだ。

 会場に拍手が巻き起こり、いよいよ最後の曲のようだった。

 メドナさんはまたしてもチェンバロの前に座った。


「それでは最後の演奏になりますが、アリサにしめてもらいます!」


 グレイスさんの紹介で真ん中に歩いてきたアリサと呼ばれた女の子。頭から2本の巻き角が出ているのがとても気になった。


「みなさん、よ、よろしくお願いします―――"水辺のアモール"」


 巻き角のアリサは楽器を持っていなかった。

 歌う、ということだろうか?

 グレイスさんの独奏のフルートが流れる。これまでの曲とは違って、何とも切なげな、しかし甘いメロディを奏でていた。

 そこにメドナさんのチェンバロが加わる。

 アリサはやがて歌い始めた。



 ――――覚えていますか? あなたとの初めての出会い。


 ――――街灯が私たち二人を水面に映し出したの。


 ――――私が孤独の夜に彷徨っても、あなたはいつも傍にいてくれた。


 ――――まだ気づいてなかったの。自分でもこんな気持ちになるなんて。


 ――――これからもずっと一緒に生きていきたい。



 少女にしてはアダルティックな曲だ。

 メドナさんの透き通った歌声とはまた違うが、しかしとても少女らしくて可愛い歌声だ。なんとなく会場の雰囲気も甘く包まれる。二人組の男女の来客は身を寄せ合って手を握り合っていた。



 ――――幸せよ。こんな気持ちにさせてくれてありがとう。


 ――――星空が私たちを祝福してるの。



 締めの音楽にはとてもぴったりだったようだ。

 良い雰囲気で幕締めとなった。

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