Episode17 カードゲーム:ウォーリアⅢ
アルフレッドとスキンの勝負は静かだった。
しかし、熾烈をきわめているのは明らかだった。
でもフレッドは気づいていない。さっき水面反射でフレッドの手札がばっちり映っていた。運よく強風が吹いて水面反射は封じることができたけど、でも最初の手札が見えているというのは貴重な情報源であることに間違いない。
俺はスキンの手札は分からないが、光Sも弓Sも持っているんだろう。
三手目から両者ともかなり長時間悩んでいた。アルフレッドはポーカーフェイスに努めながら挑発するような事を言っているが、ハッタリかもしれないし、ハッタリと思わせるテクニックかもしれないし、もうこの嘘の世界は何が何だか分からない。
「いくぜー?! せーのっ」
しかし、なぜだろう。
うちの赤いリーダーはなぜ迷いがないんだろう。
そういえばダンジョン潜入のときだって迷いはなかった。
なんでそんなに真っ直ぐ進めるんだ。
俺みたいにいろんな不安を覚えないのか?
無謀のアルフレッドは単なる考え無しの異名なのか?
そうして場にカードが叩きつけられた。
フレッド 弓A vs スキン 弓B
あいこだ。
ランク上では一つ上でも、ウォーリアではS未満はすべて雑魚。
「……ふ……へっへっへ! ひーっひっひ!」
スキンが笑い狂っていた。
そうか。残るフレッドの手札は剣Sと闇S。
どちらも光Sに負けてしまうんだ。
「ざまぁみろ! おい、イベリコのリーダーさんよ! ざまぁみろよ、なぁおい!」
スキンは勝ちが確定した事で立ち上がり、ガッツポーズをしてアルフレッドを見下していた。
「お前も可哀想になぁ、こんな豚パーティーの一味でよ! 心配すんな、俺がしっかりしたとこに売りさばいてやるよっ! ひーっひっひ!」
俺は奴隷になるのか。そしてリンジーやリズもこいつらの慰み者に。
……ちくしょう!
「なんでだよ、フレッド! なんで負けるんだよぉ!」
思わず、フレッドに掴みかかってしまった。リーダーとはいえこの失態は許せない。フレッドは俯いたままだった。表情が一切見てとれないが、敗北したことのショックで俺に顔向けできないってことか?
「―――豚はテメェだ、このイカサマ野郎が」
でもアルフレッドの真っ直ぐな目は変わっていなかった。
「あ?」
「だから、豚はテメェだって言ってんだよ」
「バカが強がってんじゃねぇよっ! お前の負けは確定だぜ、おらぁ!」
スキンは合図もなしにフレッドの前に光Sカードを叩きつけた。
「へっへっ、ほら出せよ。お前のカードをよぉ」
さらにフレッドに対して挑発を入れる。フレッドはそれに対して表情を変えずに睨んでいた。
「あーあ、どうやらすぐにでもブタ箱に入りてえみてえだな、この豚は」
「なんだと?!」
フレッドは自分の手札からカードを一枚静かに取り出すと、すっと床に投げやった。そこに描かれたカードは………《剣E》のカード!
「あ?! おい、どういうことだテメェ、イカサマしてんじゃねぇよ!」
「イカサマ? 俺は何もしてないぜ。条件は全部飲んだだろ」
「ふざけんな! お前、カードすり変えやがったな?!」
「すり変える? お前の目の前でちゃんとカードは変えたぜ」
「なんだと―――――あっ!」
何かに気付いたのか、スキンはすぐさま捨て札の中からカードを漁り始めた。そしてすぐ闇Sカードと、そして剣Sカードも見つけ出した。アルフレッドは、最初のカード交換のときから既に闇Sも剣Sも捨てていたんだ。
最後の大事な戦いで、雑魚カードだけで挑んだんだ。
俺との第一戦と同じように。
――――だから俺の、この雑魚どもに負けたんだ。
なんて度胸のある男なんだ。敵は、まさか大事な場面でこの無謀さは予想できなかったのだろう。
「俺に闇は似合わねえ」
「く…………」
悪党は負けを認めたのか、冷や汗をだらだらと流し始めた。
「お前らには覚悟が足りねえんだよ。普段からインチキしてる根性無しが俺に敵うと思ってんのか?」
「く、くそがぁあああ!」
スキンがアルフレッドに襲いかかった。掴みかかろうとでもいうのか、両手を広げて突っ込んできた。しかしアルフレッドは自ら懐に飛び込んで、相手の鳩尾に、掌底をめり込ませた。
そしてスキンはその場で跪いた。
その直後、不穏な電撃音が響き始めた。
「ん?」
「パラライズ!」
出っ歯が電気魔法をアルフレッドに浴びせた。
威力は低そうだが、床を這う電撃波がアルフレッドの足へ襲いかかる。
「ぐっ!」
アルフレッドは油断していたのか、それに直撃。
足が痺れたようで、辛そうに膝をついた。
「おい、逃げるぞ!」
「お、おう……」
出っ歯は屋台テントから飛び出し、スキンは腹を抱えながらその後を追っていった。
「ジャック! 追え……!」
アルフレッドの声に追従するように、偽・エクスカリバーが俺の腕に飛び込んできた。俺は拙くもそれをキャッチした。
「それを使って叩きのめしてこい!」
俺が果たしてあの二人組に……いや、迷うのはやめよう。俺だってリベルタのメンバーだ。
―――俺はお前を一人前の戦士として見込んで言ってるんだぜ?
「心配すんな、リベルタは最強だ! ジャック、お前だって最強なんだよ」
「……うん!」
ぐちゃぐちゃになった屋台テントから抜け出し、悪党の後を追う。
…
すぐに二人は見つかった。スキンヘッドの方のダメージがでかいようで、それほど早く走れないようだ。それでも必死に逃げていた。人の迷惑も考えず、道行く人を乱暴にかき分けてメインストリートを進んでいく悪党。お祭りの準備物も時たま破壊しながら無理やり進んでいるようだった。
せっかくの装飾が台無しになっている。
許せない。絶対に捕まえる!
俺は全力で走った。
群衆の脇をかいくぐり、どんどん距離を詰めていった。
―――きゃっ、ちょっと……!
―――うわぁ、なんだ?
追い越す人々がたまに驚きや不満の声をあげてはいるが、お構いなしで通り過ぎた。
「しつけえぜ、このガキがぁ!」
出っ歯の方が俺の接近に気づき、近くの出店に積まれている木箱を乱暴に崩して俺の進行を妨害してきた。木箱が乱雑に道に転がる。
俺は積み上がった木箱を踏み台にして、建物から突き出る軒の上にジャンプして駆け上がった。そのまま軒を渡って走り続け、ついには敵二人を追い越したところで、再度ストリートに着地した。
騒ぎを遠巻きで見守るギャラリーが円形に悪党と俺を取り囲み、気づけばストリートファイト会場となっていた。
「追いついたぞっ!」
「はぁ……はぁ……ガキに何が、できるってんだぜ……はぁ……」
「俺をなめるな! リベルタはみんな最強だ!」
「くっ―――パラライズっ」
出っ歯が間髪いれずに電撃魔法をしかけてきた。すぐさま何度かの電撃をジャンプして回避した。
「ちょこまかと……!」
出っ歯はさらに氷魔法を空中に展開させ始める。
だが俺には今、武器がある。アルフレッドから託された偽エクスカリバー。偽物とはいえ、リーダーから託された剣というだけに俺に勇気をくれた。
「おい、そんなおもちゃみてえな剣で何をしようってんだ? チャンバラでもするつもりか?」
俺は偽エクスカリバーが纏っていた布を取り去って投げ捨てた。
トリスタンに教えてもらった剣術を思い出す。
基本の構え。右肩上に垂直に剣先を向けて、相手の攻撃に備える。
「格好つけやがってっ! くらえ!」
無数の氷の棘が襲いかかる。だが遅い。俺にも見える。
八撃だ。
八本の氷の棘が真っ直ぐ俺に襲いかかってくる。
その性格な順番を見切って、一つ一つ叩き斬る―――。
基本の構えを忘れてはならない。剣を縦に振って構え直すのが間に合わないのであれば、構え直す動作と剣先の自然な流れにまかせて連撃を作って対処する。
「弾いた?! このガキ、まったくの素人でもなさそうだ」
「一斉にやっちまえばいい! いくぜッ」
スキンヘッドも苦痛の表情を浮かべながらも襲いかかってきた。向かってくる巨体は隙だらけだった。まるで防御するつもりもなければ、少しくらい斬られても構わないと言わんばかりの勢いだ。
こんなウスノロだったら、一瞬だ。
後ろから氷の棘の追撃も用意されていた。剣先を背後に向けて、下段の構えに入る。向かえ討つために、相手の足元にスライディングで滑り込んだ。
滑り込むタイミングで足首を切りつける。
足をやられてスキンヘッドは倒れ伏した。俺はスライディングの姿勢からすぐ立ち上がり、勢いを殺さないように走り続けた。出っ歯のもとへ到達し、喉元へと剣先を突き立てる。
「大人しく捕まれ」
「このガキがっ……」
もはや勝敗は明らか。
「うっ………ぐぁ!!」
しかしその直後、出っ歯がなぜか悲鳴をあげた。
なんだと思って顔を見上げると、誰かしらの片手が俺の背後から伸びて出っ歯の顔面を掴んでいた。その表情は苦しみに悶えている。
後ろを振り返って片手の主を確認すると、そこに居たのは、いつものように茶色いベストを着て、緩くカールした茶髪を後ろに流す学者然とした男だ。
ドウェインだ。
予想だにしなかった光景にびっくりして、剣を下げて少し距離をあけた。俺が離れるや否や、ドウェインは右手を離し、左拳で相手の顎を砕いて続けざまの動作で、右ストレートで殴り飛ばした。
「やれやれ、困るねぇ。うちの若手に手だしてもらっちゃ」
そこに足首から血をだらだら流したスキンヘッドが背後から襲いかかる。
「……うるぁ! 死ねやぁ!」
スキンヘッドのボディーブローがドウェインに襲いかかる。
が、ドウェインはそれをヒラリと躱しながら敵の頭をジャンプ蹴りし、着地後には容赦のない回し蹴りで背中から突き飛ばした。
強蹴が空気を切り裂く音を立て、スキンの背中からバキッという嫌な音が鳴る。そしてスキンは既に意識を失った出っ歯の隣に並んで倒れた。あまりの速さに素人目には何が起こったのかさっぱり分からなかっただろう。
ドウェインってこんなに肉弾戦強かったのか。
「君たちの宿はここじゃないよ」
悪党二人組の周囲に幾何学的な魔法陣が浮かび上がり、それが緑色に強く光りだしたかと思ったら、悪党二人組は一瞬で消えてしまった。
あれはトランジット・サークル……転移魔法だ!
「ど、ドウェイン……」
「ジャック君、大丈夫だった?」
「う、うん」
稀に見るドウェインの格闘術を目の当たりにして、しかもまったく普段と変わりない様子でしれっとしていて、底知れない恐怖心を覚えた。
「それよりアイツらは?」
「今頃は鉄格子の中だよ」
「え?!」
「昨日、許可とって官庁の刑務所に仕掛けておいたんだ」
そうか、それでドウェインは昨日官庁に?
じゃあアルフレッドが昨日の朝からドウェインに頼んでた事ってこれ?
「ふっ……終わったみてえじゃねえか」
「あ、フレッド。お疲れ」
アルフレッドが足を引きずりながら野次馬をかき分けて近づいてきた。まだ足が痺れているのかもしれない。それに気づいたようで、ドウェインが手をかざしてすぐに治癒魔術をかけた。
「フレッドは最初からあいつらを捕まえるつもりで準備してたの?」
「そうともよ」
事情を聴いたところ、アルフレッドはこの街に着いたその日のうちからペテン師二人の存在を知り、捕まえようと画策していたようだ。
ペテン師連中のやり口はウォーリアの三回勝負。まず最初の一回は相手に勝たせる。これは対戦相手に"勝てる"と思わせるためらしい。そのあとの2戦をまんまと勝ち抜き、被害者から金や装備を巻き上げる、という手法だったようだ。
アルフレッドはまず偵察に行くために俺を置いてマーケットへ行き、その詐欺師二人を突き止めた。この時点であの二人が水魔法を使ってカードを覗いていることに気づいていた。
その対抗策として勝負の場を暗くして、炎で全方向を照らし、水面反射が起こらないようにする事を考えた。勝負中に強い潮風が吹きこんだのは、偶然ではなくドウェインの魔法らしい。
アルフレッドが地面をバンと強く叩きつけたのを合図に、ドウェインが街中に突風を巻き起こしたのだとか。
「ウォーリアの勝負は?」
「なんだ?」
「カード対戦では何かインチキしてたの?」
「そんなもんはいらねえ」
「じゃあ本当に負けてたらどうするつもりだったんだよ」
アルフレッドは少し空を見上げて、ちょっと考えたかと思ったら開き直ったように口を開いた。
「そのときはそのときだ!」
我がパーティリーダーながら無茶苦茶だな。
まぁ、この人が暴れまわったら悪党共もタダじゃ済まなかっただろう。
それをあえて相手の勝負に乗って、打ち負かす。
さすがアルフレッドだ。
「それにしても今回はジャックに助けられたぜ」
大きな手で頭をぽんぽんされた。
「お前が追っかけてあいつらを止めてくれなきゃ逃げられるところだった。今回はよくやったぞ!」
俺は俺で少しずつ、リベルタのパーティーメンバーとして認められていった。戦いは魔法なしでも十分戦えるし、メンバーの役にも立ちつつある。
…
その後、官庁から報酬を受け取った。
総額438万G。とんでもない大金だった。この街も大事なお祭りごとの前に、臭いものを片付けたかったのだろう。官庁の職員らから感謝され、リベルタの評判はさらに上がった。
そして偽エクスカリバーを購入した武器屋の主人のところへも行き、アルフレッドの愛剣を返してもらった。約束通り、ツーハンデッドソードも購入。
「お前ら聞いたぜ。ペテン師二人をとっ捕まえたんだってな?」
「おうよ! 大将が格安で譲ってくれたバスタードソードも大活躍だったぜ」
「へへっ、あんなもんで悪党をなんとかしてくれんならいくらでもくれてやるよ」
「ははっ、さんきゅー。またくるわ」
色黒坊主の武器屋の主人と別れた。
この街も噂の広まりは早いようで、リベルタの活躍は街中に知れ渡った。強い子どものメンバーがいるらしい、という噂も一部混じって。我ながら嬉しい限りである。
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