Episode20 赤黒い魔力


「おっしゃあ! んじゃあリベンジと行きますか!」


 トリスタンを除く、メンバー五人は再びガラ遺跡周辺まで到着した。

 カーニバルには日間だけ参加し、アルフレッドもリズとリンジーの踊り子姿を見納めることができて大満足していた。資金調達やダンジョン攻略の準備、メンバーの体調面、すべて万全の状態での再チャレンジだ。

 魔石採掘用のツルハシも、かなり良いものを持参してきた。あれだけ大量の魔石があるのでは、掘りつくすのに時間がかかりそうだったからだ。

 でも、俺に限ってはなかなか本調子じゃない。

 前夜祭の晩にアリサから言われた言葉がずっと頭に残っていた。


 ―――戦う人が増えるのは、本当に人助けになるのかな?


 考えれば考えるほど、そうなのかもしれないと思えてくる。戦いに駆り立てたが故にアランとピーターという若い命が奪われてしまったトラウマもある。


 ―――戦いを求めるその欲望こそが悪だって。


 そうなのかもしれない。女神ケアは戦いを嫌っている。


 ―――ケアは魔力の神だけど、その力を人間に与えたのは彼女にとっては不本意な事だったらしいんだ。


 ドウェインが教えてくれた事も思い出した。今日のこのダンジョン潜入は、神の怒りに触れてとんでもない大被害を引き起こす可能性もある。

 もしリベルタのみんなに何かあったら……。


「ジャック、どうしたんだよ。顔色が悪いぞ」

「いや、大丈夫……」


 アルフレッドすら俺を心配するほどだ。今の俺は傍から見て相当やられてるんだろうな。



     …



 前回もキャンプを張った大空洞にとりあえず陣地を作成する。そこからはひたすら、こないだ空けた穴を探すのに徹した。


「一週間ぶりだからちょっとうろ覚えだね」

「そうだねぇ。でも、ガラは構造が変わるようなところでもないから」


 リンジーとドウェインのやりとり。

 何も無い空間というのは少し経つといろいろ忘れてしまうものだ。

 しばらくメンバーでいろんな通路をウロウロして一時間程度で、ようやく穴をあけた場所を発見した。不自然に盛り上がった土地。壁にあけたアンカーポイント用の穴など、間違いなかった。さっそく土を掘り返し、封印用に使っていたテントを剥がした。

 中を覗き込んだが、暗闇と静けさが支配されて、その先に牛鬼が犇ひしめき合っているとはとても思えなかった。一週間前と同じようにアンカーポイントを設置し、ローブを垂らそうと思ったところ、アルフレッドに止められた。


「待て、ジャック」

「……下に降りないの?」

「お前は出発前の作戦会議を聞いてなかったのか?」


 なんだっけ。ぼーっとしていて全然聞いてなかった。

 アリサの言葉ばかりが頭を巡って人の話が耳に入らない。


「言っただろう! 下に降りてからじゃキリがねえ。だからここから魔法をぶっ放して敵をある程度一掃しようって事だ」

「あ、そうか」

「まったく、呆けてもらっちゃ困るぜ」


 気をしっかりもたないと。

 俺の不注意で、足引っ張るような事態にはならないように。


 思い出した。

 下層へ降りる前に、リンジーの上級魔術ブレイズガストで高出力の炎を一気に送り込んで、下層の牛たちを丸焼けにするんだった。

 ブレイズガストはファイアボールのようなエネルギー弾どころではなく、火炎放射を送り続ける魔術だ。瞬間火力としてはファイアボールの方が高いが、広範囲で高エネルギーの火炎放射ともなると魔力消費はとても高く、その大量のエネルギーを操る必要があるため、上級魔法に位置するものだ。

 あの大量の牛鬼だが、数が多いだけで所詮は牛の大群。別の種が紛れ込んでいるわけでもないので、それで片が付くだろう、ということだ。

 俺が慌てて退くと、リンジーもワンドを取り出した。ワンドは魔法操作の手助けをしてくれる道具だ。リンジーと言えどもさすがに上級を操るときにはワンドの力を借りた方が楽なのだろう。


「じゃあ、いくよ」


 そして詠唱を開始した。


「――――古より紅蓮の螻が大地を這う。ソエルから舞い降りし無数の束……テラは熱を帯び、生命に息吹を与えん。温床の大地は我が母堂なり。天高きソエルは我が尊父なり」


 上級ともなるとかなり詠唱が長くなるようだった。一つ一つのワードを詠唱するたびにリンジーの周囲を赤い魔力が纏わりつき、リンジー自身にも頬に汗が伝っていた。


「―――この螻、再びソエルより参りて爆ぜろ……! 灼熱の大地を熾したまえ!」


 詠唱が終わったところで赤い魔力がワンドへと一点集中したその直後。


「みんな離れててね! いっけぇえ、ブレイズガストっ!」


 リンジーの叫びとともに、ワンドの先から特大の火炎が放たれた。

 ダンジョン内の通路を埋め尽くすレベルの大きな炎だ。

 それが穴へと凄まじい轟音を立てながら真っ直ぐ向かい、赤い流砂でも無理やり詰め込むかのように、火炎がどんどん下層へと降り注いだ。その迫力たるや、まさに巨大な赤い蛇が暴れているかのような有り様だった。

 ワンドから出力される炎が止んでもなお、下層へ向かった特大の火炎放射は暴れていた。

 足下から乱れた振動が伝わってくる。ダンジョンが崩壊しないか心配になる。下層からは牛鬼のものとも思われる悲鳴も併せて聞こえてきた。魔物と言えど、聴こえてくる悲鳴は牛そのものなので可哀想な気がしてきた。

 しばらくして静かになり、ブレイズガストは霧散したようだ。


「よし、これで相当片付いただろ! リンジー、ナイスだ!」


 アルフレッドはガッツポーズしてリンジーに感謝した。このダンジョンではリンジーが大活躍だ。


「うん……そ、それじゃあ私は……」


 一方で当の本人はとてもげっそりしている。魔力を放出しすぎて枯渇気味なようだ。疲労の色を隠せていない。


「あぁ、ご苦労だった。テントで休んでてくれ」

「……あとはよろしくね……」


 そう言って、テントのある大空洞へと戻っていった。

 しかし様子からしてとても心配だ。


「リンジー、一人でも大丈夫なの?」

「うん……上級は久しぶりだったから思った以上に消耗したよ。でも大丈夫。魔物もいないみたいだし。ポーションも飲んでおくから」


 そう言いながらふらふらと立ち去っていった。

 魔力だけでなくて体力も消耗している様子だ。


「じゃあ俺たちは下へ降りて採掘と行こうぜ!」


 アルフレッドはお宝の方に目がいっているのか、リンジーのことはあまり心配していないようである。

 でも、さくっと発掘して戻ってくればそれで終わりなのか。

 なんだか呆気ない……。

 俺は見てただけで全然活躍できてないし。



     …



 ロープを伝って四人とも降りていった。ドウェインは緊急脱出要員として後衛に。アルフレッドとリズが前衛に。俺は囲われるように中衛に位置した。

 あらかじめ下層の牛のモンスターを一掃していたこともあって、とても静かだった。ドウェインとリズが松明役として炎で周囲を照らし出した。

 そして漂う焦げ臭さ。先ほどのリンジーの放ったブレイズガストが確実に魔物たちを葬った事を知らせていた。その証拠に、通路のいたるところに真っ黒に焦げた塊がいくつも転がっている。少し進んだところに虹色に光を放つ魔石の数々が、岩肌より突き出ていた。


「よし、さっさと削り落とすぜ」


 アルフレッドとドウェイン、そして俺が各自ツルハシで採掘作業に入った。

 リズは敵影の見張り役だ。

 なんだかやっていることは泥棒そのもの。

 女神が実在するのなら、この様子は聖地を荒らす盗賊と同じだ。冒険者という存在がそういう在り方なのだから仕方ないだろうが、でも俺はかなりびびっていた。

 女神ケアの怒りに触れて罰があたるんじゃないかと、とても不安だった。

 こないだのときのように女神の声も、その姿も見えなかった。

 それが逆に怖い。


「……おい、あれ見ろ」


 魔石採掘をしながら通路を進んでいく。

 いよいよ行き止まりにぶち当たった。

 ただの行き止まりではない。巨大魔石が通路を塞いでいる。しかも単に巨大というわけではない。今まで掘り集めていた綺麗な虹色の魔石とは違って、禍々しい赤黒い色が渦を巻き、危険信号を放っていた。

 そしてその魔石の前には大きな穴が開いている。

 転がる焼け焦げた牛鬼の亡骸の痕跡から、ブレイズガストが行き場を失って地下へと穴を開けたように見える。

 巨大な魔石の前には少しの足場しか残っていなかった。


「……ドウェイン、何だか分かるか?」

「んー、魔物の群れが持つ宝玉の一種に見えるけど、でも魔族言語の印章もない」


 そういえば半年前に俺がメラーナダンジョンで見かけたガーゴイルの宝玉と色合いや、取り巻く魔力が似ている。トリスタンの言っていた「神聖だが危険な魔力」とはこれの事だろうか。


「"天然物"の宝玉かな? 天然のわりに純度が高そうだけどねぇ」

「それってつまり、私たちがレアなお宝を発見したってこと?」

「多分………新種のマナファクターかも」

「いよっしゃぁあああ!」


 アルフレッドが大声を上げて喜びの声をあげた。

 リズも飛び上がって喜んでいた。

 マナファクター。魔石のように魔力によって生成された物質のことだ。魔法の研究が進むに連れて、新種のものがどんどん発見されている。

 それらは研究機関に超高額で売れるのに加えて、発見者にはそういった機関から褒章が与えられるという。もちろん冒険者であればパーティーのランクアップも認められる。

 ついにリベルタがAランクになるということを意味していた。


「でもこれだけ巨大な岩ともなると、全部運びだすのは無理だね」

「もう一度出直して転移魔法で転移させるっていう方法はどうだ?」

「トランジット・サークルの原理はワームホールの理論を魔法陣に応用したものだから、魔法陣を展開させる地平面がないと使えないんだ」

「そうだ! ある程度削り落として分けて運んじゃえば?」

「それは勿体ないなぁ。遺物の発掘はなるべく傷つけない方が価値が高いし」


 各々、なんとか地上へ運び出す手段を議論していた。しかし俺はこれが大きな禍災のきっかけになりそうな予感をびんびんに感じていた。

 削るどころか手に触れることすら怖ろしい。


「まだ新種かどうか分からないし、とりあえず一欠片持ち去って、しかるべき機関に調べてもらう方がいいかもねぇ」

「それだ!」

「ただ、問題はどうやって削るかだけど」


 巨大なマナファクターに到達するには小さい足場を壁づたいに歩いて近づくしかない。それだけ手前の穴は広く深く、そして落ちたらその闇に吸い込まれそうだ。

 小さな足場に壁づたい、ということは……。


「ジャック」


 ほら、やっぱり。


「お前にしかできない。あの足場は俺らじゃ無理だ」

「そう言われると思った」


 大きな穴をちらりと見やる。間違って落ちたりしたら終わりだ。


「危険だとは思うが、頼むっ! こればっかりはパーティー全体のためなんだ!」


 パーティー全体のためか。ダンジョンにきても見物しかできていなかった俺。ここでやらなければ、俺の存在価値はない。


「お願いだ! 六人でAランクパーティーなんて俺の知る限り歴代初めてだ! そこに新メンバーのお前が一躍買ってくれたらお前の知名度も一気に上がるだろう!」

「ジャックにはけっこう荷が重いかもしれないけど、お願いっ! ロープで命綱も使えば大丈夫よっ」


 アルフレッドとリズの期待には応えたいが、穴に落ちる恐怖心より、アレを削ることの恐怖心の方が勝る。

 でもやるしかない。

 怖い怖い嫌だ嫌だなんて、子どもの我がままじゃあるまいし、同じ仲間としてやるしかないんだ。パーティーメンバーの期待を背負っているんだ。

 俺しかできないんだ。



     〇



 腰にロープを巻きつけて、背中にツルハシを背負って、いざ小さな足場を渡り歩いた。壁に両手を当てて慎重に行く。赤黒い結晶に徐々に近づくにつれて、恐怖心が増していった。

 ふと恐怖の対象を見る。

 結晶の内部は赤黒い魔力が渦を巻いていた。

 まるで意識ごと吸い込まれるようだ。


 ――――ゴロ……。

 足を踏み外し、石が転がる。


「危ないっ!」


 でも寸前で持ち直し、なんとか事なきを得た。

 心臓がばくばくする。

 削れた足場が穴の下へと落ちていった。音が聞こえないということは相当深い穴なんだろう。下には何があるのか想像もつかない。


「ヒヤヒヤさせやがるぜ」


 ギャラリーもそんな俺の様子を心配そうに見守っている。

 少しずつ足先を進めていたとき、ふとあの声が聞こえ始めた。


 "―――やめて―――"


 "―――私を犯さないで―――"


 間違いなくあのときと同じ声。

 私を犯す? あの少女はこの結晶の中に?

 結晶の方を眺める。相変わらず赤黒い魔力が渦を巻く。その渦中、あの少女の顔が浮かび上がった気がした。



 "―――でも来てくれたのね―――"



 渦中の少女が口を開いた。その直後、ダンジョン内がゴゴゴと振動し始める。振動が強すぎて、穴に落ちてしまいそうだ。


「危ねえ!」

「ねえ、いったん戻った方がいいんじゃない!?」


 ドドドと、何かが迫りくる音が鳴り響いた。これは一週間前にも嫌になるほど聞いた音。牛鬼の大群の行進音だった。


「やべえぞ! なんでいきなり現れやがるんだっ」

「ジャック、早く戻ってきて!」

「う、うわ……ああ……」


 しかしあまりの振動に身動きが取れない。

 足場が狭すぎて振り落とされそうになる。


「大群が来るよ!」

「ちくしょう、俺が相手をする! ドウェインはロープ引いてジャックを無理やり戻せ。リズは援護頼む!」

「了解!」


 不足の事態にメンバーも混乱していた。

 しかも三人ということもあり、先日より火力不足だ。ドウェインが俺を無理やり手繰り寄せようと、ロープを強く引っ張った。


「うわっ」


 俺はそのまま少しだけ穴へと落ちて、一瞬の浮遊感を味わう。そしてロープでぶら下げられて、腰にがくりと衝撃が走った。


「今、戻してあげるから待っ――――」


 ドウェインがロープを手繰り寄せているその瞬間だった。

 穴の下からキラリと光る閃光がロープを狙い撃つように襲いかかった。閃光はロープに命中してその繋がりを絶ち、俺は支えを失った。


「う、うわぁぁああああ!」

「今のは?!」


 どんどんドウェインの影が遠ざかり、俺は深淵へといつまでも落ちていった。穴の深さは予想以上。いつまでも続く浮遊感と漆黒の闇に襲われて、俺はいつかバーウィッチでも経験した死の孤独を味わっていた。


 "―――虚数次元の魔法使い。私はあなたを待っていました―――"


 いつしか意識は遠のいた。


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