第2場 ―遺跡攻略―

Episode10 水の都ダリ・アモール


 リベルタのメンバーに加わって早五ヶ月が経過した。季節の移り変わりも激しいもので外も少し暑さが鬱陶しくなってきた時節だった。

 俺の役割は主に戦場でもアジトでも、雑用がメインだ。

 狩り場ではアイテムの荷物係、町では日用品の買い出し。

 ……基本的に荷物係しかやっていないな。


 でも俺は満足だ。

 実戦の場に連れてってもらって、熟練者たちの戦いぶりをじっくり見学することができているし、稽古もつけてもらってる。家事全般をリンジーと一緒にやることでメンバーの人たちとの交流もしており、関係性も良好だった。

 おかげでマナグラム上でも自分の成長を実感できた。


 ================

 種族:人間 年齢:10歳5ヶ月

 生命:70/70

 魔力: 0/0

 筋力 D

 敏捷 C


 <能力>

 直感 D

 拳闘 E

 剣術 C

 ================


 リーダーからの通達で"さん付け"なんていう他人行儀は止めろ、ということだから、全員を呼び捨てで呼べるように努めた。それからある程度は俺のメンバー内のポジションも確立できた。

 小さい部屋だが、俺の個室もフレッドの向かいに割り当てられた。

 いつまでもリンジーと相部屋はいかんだろう、という話だ。

 ちょっと残念。


 ところで俺も、リベルタ内の事情にはある程度精通してきた。いまだに分からないのはドウェインの日夜繰り広げる"地下実験"くらいだった。なんでドウェインだけ部屋が一階なのか。

 どうやら地下倉庫で彼は怪しげな魔術実験を日夜繰り広げているらしい。

 絶対に立ち入り禁止だから、そこになにがあるかは不明のままである。

 たまに夜中に地下の方から獣の雄叫びやエネルギーの収束音のような音が聞こえてくるが、気にしてはいけない。

 仲間とはいえ踏み入れてはいけないプライバシーというものがある。

 それはしっかりと守っていこう。



     〇



 リベルタが次に攻略に向かうのはガラ遺跡と呼ばれる古代遺跡がダンジョン化した所だ。俺も今回は初めてダンジョンに同行させてもらうことになった。

 ダンジョンとは単に言っても、さまざまな種類がある。

 メラーナのように洞窟に魔物が住み着いて形成されたダンジョン。

 歴史上の古戦場や、遺跡がダンジョン化したもの。

 森や火山など自然界がダンジョン化したもの、など。

 いずれにしてもダンジョンには魔石が形成される。

 この魔石というのが、高値で売れるらしい。

 冒険者たちはそれを狙ってダンジョンに向かうそうだ。


 ガラ遺跡は古代文明が儀式に使っていた祭壇と遺跡がダンジョン化したもので、難易度はけっこう高い。事前の情報によると、「牛鬼」と呼ばれるゾンビ系モンスターがうじゃうじゃいるとか……。

 魔石に加えて昔の祭儀用の遺物もあるから、一攫千金が狙えるらしい。


 今はそこに一番近い街、ダリ・アモールに拠点を置いて攻略の準備をしている最中だった。

 ダリ・アモールは海に面していて、貿易用の港もある。街中には河川が流れているため、渡し船が行き交っている。立ち並ぶ建造物も染料を混ぜ合わせた防腐塗料によって彩られて、おしゃれな街だっだ。

 また、中でも圧巻されたのが街の中心に建てられた大聖堂である。敷地の広さはもちろんのこと、ドーム型に突き出た尖塔が存在感を与える。

 その手前の大広場には多数の冒険者たちも行き交っていた。

 この雑踏に血が騒ぐのか、いつもより早歩きではしゃぐ大人げない赤毛のリーダー、アルフレッドと俺は二人で買い物に来ていた。


「よし、それじゃあ、後の買い足し頼んだぜ! ジャック」


 何の前触れもなく、アルフレッドは片手をあげて走り去ろうとした。


「え?! えぇ、ちょっと、フレッドっ!」

「なんだよ、いつもの二倍買ってくればいいんだよ。ガキのお前でも計算できんだろ」

「いや、俺は平気だけど。またリンジーに怒られるんじゃない?」


 こないだも二人で買い物に行ったときにフレッドだけどこかへ行って、俺一人で買い出しから帰ったことがある。

 それを見てリンジーが怒った。十歳の子どもが一人でお使いするのは危ないからだとか。俺としてはそこまで守ってもらわなくても大丈夫だと思うが、最近このあたりで子どもの誘拐、失踪の事件が増えているという噂もあった。

 ましてやこの大都会。

 普段の二倍必要なのはアイテムだけじゃなくて、警戒もだ。


「お前なら一人でも誘拐犯だって返り討ちにできるさ」

「それはわかんないけど、リンジーが怒るのはそういう問題じゃないと思うけど!」


 リンジーの狙いは俺の身の安全だけじゃない。

 メンバーと過ごす時間を増やして、少しでも親睦を深めるためだ。


「いいか、ジャック……」


 アルフレッドは踵を返して戻ってきた。相対的にはるかに小さな俺に目線を合わせるために少し屈んで、肩をぽんと叩いてきた。


「俺はお前のことを信じてる。それはもちろん俺の仲間だからだ。そうだ、俺たちは仲間なんだ!」

「いや、仲間なら買い物くらいおとなしく付き合えよ」


 俺の冷静な意見も無視してアルフレッドは続けた。


「信頼する仲間であるお前がわざわざ買ってくれた魔力ポーションは、それはそれは美味くてびっくりするくらいだぜ!」

「いや、だから―――」

「じゃ、頼んだ!」

「おい! 結局、抜け出したいだけじゃんか!」

「ははっ、お前だって一人前の冒険者ならこんな光景見て、じっとしてんじゃねーよ」


 そう爽やかな笑顔を向けながら、目にも止まらぬ速さでアルフレッドは人混みに紛れてどこかへ行ってしまった。

 ちなみに魔力ポーションはとてつもなく不味い。

 アルフレッドがどこへ行ったかは、だいたい検討はついている。ここは海に面していて貿易も盛んだ。新鮮な輸入品、珍しい武具や防具がたくさんある。それをチェックしに行ったんだ。

 結局、俺は一人で買い出しをやらされることになった。



     …



 お使い用に渡されていた紙をチェックし終えた。

 何度も買い出し要員をやらされると、だんだん商品の相場とか町の物価の違いが分かるようになってきた。俺がお使い役をやらされてるのは、常識を学ばせる目的もあるんだろうな。

 まぁ、どっちにしろそう考えた方が前向きに雑用もこなせる。

 これで一通りの買い物は終わったけど、背中の荷物が酷く重い。これを背負ったまま宿に帰るのはかなりの重労働だ。いったん道端で座って、休憩することにした。

 ギラギラと照りつける太陽が俺を攻撃する。

 立ち並ぶ家が作り出す影が唯一の救いだ。

 あと近くを流れる川も夏場の暑さを和らげてくれた。

 人の往来が多いのは、夏に涼み船目当てで観光する人も多いからかな。

 うーん……渡し船か。

 宿まで渡し船で移動すれば楽だな。


 ―――お金は余分に入ってるから困ったときは使ってね。


 ―――ジャック、剣士の道は日々の鍛錬だ。

    雑用も一つ一つがお前の力になるだろう。


 リンジーとトリスタンの言葉が天使と悪魔のささやきになって俺の頭の中で駆け巡る。

 でも俺は戦士になるんだ。

 ここで怠けたら決意が鈍る。

 リンジーの甘いささやきを掻き消して、歩いて帰ることにした。

 宿屋まで近づいてきたところで、冒険者ギルドを発見した。

 この町に合って、カラフルでおしゃれな建物だった。

 雰囲気もさっき大広場で見た大聖堂と似てる。

 ちょっと疲れたので、寄ってみようと思った。

 涼み客になってもこの暑さなら許してくれるだろう。



     …



 風遠しがいいのか、ギルド内はとても涼しかった。中は青色ベースのステンドグラスが張り巡らされて、幻想的な空間を作り上げていた。

 街が違うだけでこんなに違うものなのか。

 内部も人が多いわりに賑わいには欠けていた。

 賑わえるような雰囲気じゃないのかもしれない。

 ふと、大きく掲示された掲示板が目に付いた。

 バーウィッチのそれよりも依頼が多いようだ。

 だけど、ほとんどが子どもの捜索依頼ってところが異様な光景だ。

 こんなに子どもがいなくなってんのか。

 俺も変わった境遇があるとはいえ子どもの一人だ。

 ちょっと怖いな。

 ………早めに宿に戻ろう。


 掲示板から少し遠くの方に知り合いを見かけた。

 全身黒づくめの女性。俺にリュートやファイフの音色を聞かせ、心を癒してくれたメドナさんだ。ソルテールの時はいつも一人だったのに、今日は男性と一緒のようだ。兵士の鎧を着た男性だがそれほど体格はよくない。身長もそれほど高くないようで、アルフレッドみたいな気迫は感じない。

 恋人か?

 というか、なんでメドナさんが冒険者ギルドに?

 楽団をやってるんじゃなかったっけ。


「メドナさん!」

「ん? ……あぁ、ジャックくん。久しぶりだね」

「メドナさんもお元気そうですね!」

「まぁね。ジャックくんはどう?」

「俺は冒険者になりました!」

「………」


 その言葉を聞いた瞬間、一瞬の間まがあった。


「そうか、リンジーさんのパーティーに認められたんだね」

「はい!」

「心なしか前より逞しく見えるよ。ところで今日はこんな街でどうしたの?」

「えーっと、これです」


 俺は後ろの荷をメドナさんに示した。冒険者パーティーに加わったとはいえ、ちゃんと戦闘員として戦っているわけではなく、雑用係をこなしていることを大きな声では言えなかった。

 そんな俺の様子をメドナさんはすぐ察してくれたようだった。


「あ、そういうことね」

「メドナさんはどうしたんですか? あとそちらの男の人も……」

「あ、あぁ~、紹介がまだだったね。こちらはクレウス」


 紹介された男性は一歩前に歩み出て、子どもの俺に対しても律儀に礼をした。


「どうも。私はクレウス・マグリール。この街で兵士をやっている者だよ」

「は、はじめまして、俺はジャックです」


 喋ってみると、明るくて陽気そうな印象。

 喋り方も丁寧で覇気があり、実直そうな人だ。


「ジャックくんか。キミはその歳で冒険者をやっているなんてすごいね」

「ま、まぁまだ雑用みたいなもので」

「いやいや、なかなかできるものじゃないよ」

「いや~、それほどでも……」


 なんだか照れくさい。

 なんとなくこの人が世渡り上手な人だと感じた。

 それにしても街の兵士がなぜこんなところに。


「クレウスさんはどうしてこんなところに?」

「いや、それはだね」

「―――彼は、私の護衛みたいなものかな」

「護衛?」

「最近物騒だから、私のようにか弱いレディには護衛が必要なのさ」


 街の兵士なのにメドナさんの護衛?

 吟遊詩人のメドナさんと兵士のクレウスにどんな関係が?

 なんか隠しているような気がする。

 まぁ、あまり深く詮索しない方がいいか。

 大人には大人の事情があるもんだ。


「そうだ、ジャックくん。また音楽を聴きたくない?」

「え!」


 俺は音楽が好きだ。

 特にメドナさんの奏でる曲やその歌。


「ぜひ聴きたいです! あ、でも――――」


 今はお遣いの真っ最中。

 しかも明日にはちょっと難しめのダンジョンに向けて出発する。


「でも?」

「いや、明日から近くのダンジョンに行くんです」

「近くのダンジョンって、もしかしてガラ遺跡かな?」

「そうです」

「……も、もうそんな危険地帯へ行くんだね」


 メドナさんすら珍しく目を丸くして驚いていた。

 隣のクレウスさんも、ウソだろみたいな顔をしている。


「俺のパーティーの人たちが強い人たちばかりなので、大丈夫だと思ってます」

「そうか……それでも心配だ」

「そんなに危ないところなんですか?」

「私も一度行ったことがある」


 クレウスさんが物思いに耽るように喋りだした。


「ガラ遺跡は昔ここの古代文明がある儀式に使っていたところだよ」

「それは本で読んだことがあります」

「でも儀式というのも、それはそれは悍ましいものだったと聞いている」

「……それは一体どんな?」

「それは子どもの君に私から語るのは憚れるよ」

「はばかれる……?」

「まぁ、とにかく命は大事にね」


 クレウスさんは淡々と語っていたが、最後に俺への気遣いを忘れなかった。それに遮るようにメドナさんが口を開いた。


「ジャックくん、実は一週間後にあのサン・アモレナ大聖堂の前の大広場を借りて、楽団主催の演奏会をやる予定なんだ」

「演奏会ですか! 聴きたい!」

「ジャックくんならそう言ってくれると思った」


 上機嫌そうにメドナさんは一枚の紙を取り出した。


「これはその演奏会の案内状」

「え!?」


 俺はその手渡された案内状に目を通した。

 どうやら1週間後にこの街で大きなお祭りがあるらしい。そのお祭りというのはカーニバルで踊ったり、仮面をつけて仮装したりするかなり盛大なイベントのようだ。前夜祭ということで、メドナさんが所属する楽団が演奏会を開いて祭りを盛り上げる、ということらしい。


「最近子どもの誘拐事件が多いからね。この街の人たちも少しナイーブになっているんだ」

「あぁ、さっき俺もクエストを見ました」

「でしょう? それでうちの楽団が抜擢されたというわけ」

「彼女の楽器と歌声には人々の心を癒す魔法の力があるからね」

「クレウス、それは大げさだよ」

「いや、これは本当のことさ。ジャックくんも聴いたことがあるんだろ」


 そうだ。

 俺もアランとピーターの死に対してナイーブになっていた。

 そこをメドナさんの歌声が助けてくれたんだ。

 大げさとは言わず、本当のことだ。


「俺も癒されたことがあります」

「そう? それは嬉しいな」


 メドナさんは甘い笑みを浮かべた。

 その妖艶さが冒険者ギルド内で際立つ。

 メドナさんは歌姫だ。

 こんな大きな街の前夜祭の大舞台に抜擢されるほど。

 俺はそんな人から手取り足取り、楽器を教えてもらったことを誇りに思える。


 一週間後か……。

 ダンジョンへ潜入する期間は長くても三日間と決めている。

 三日経ったら何の成果が得られずとも出ていく。

 順調に魔石採集や遺物捜索が終わったら、一週間で戻ってこれるだろう。

 でもどうだろう。

 難易度が高いらしいし、順調に戻ってこれるかどうか。


「リーダーに相談して絶対に聴きに行きます!」

「そうか。ふふふ、ありがとう」


 この人の仕草にはいちいちドキっとするなぁ。



     〇



 そしてメドナさんとクレウスさんの二人に別れを告げて冒険者ギルドを後にした。みんながいる宿まではもう少しで辿り着く。


「くっそおおおおおおお!!!」

「なんだ?!」


 唐突に聞き覚えのある絶叫が響き渡った。振り返ると、アルフレッドが物凄いスピードで必死にこちらに走ってくる。

 なぜか上着を脱いで、上裸姿。

 小脇に上着やその他装備品を抱えている。

 下半身は着衣状態だったから、なんとか規制には引っかからないだろう。


「フレッド?!」

「ジャーーーック!! 走れええええ!」

「え? え!?」


 よく見るとアルフレッドの後ろから、重そうな鎧を着た2人の兵士が追っかけてきていた。あっという間にアルフレッドは俺のところに辿り着き、走る勢いを殺すことなく、俺の背中の荷ごと肩に担いで走り続けた。


「ちょっ……何があったの?!」

「ジャック、話は後だ! とにかく巻くぞ!」


 後ろを見ると、二人の追っ手はなにかに怒ってる様子だ。重装備が邪魔をしてスピードが出ていないから何とか追いつかれていない。

 でも荷が重いのはアルフレッドも同じこと。

 俺がひーひー言いながら運んでいた荷物に加えて、俺自身までもアルフレッドは担いでいるんだ。

 でもこの男はそんなこと意に介さないくらい馬鹿力だった。



      ○



「あーっはっは。ばかみたい」


 事の顛末を聞いたリズが面白可笑しそうに笑った。逃走劇に巻き込まれた後、なんとか路地裏で兵士を巻いて、夕方にはようやく宿へと戻ってこれた。

 リーダーが上裸で疲れ果てて帰ってきたから、メンバーも何事かと思っていたみたいだ。でもそのアクシデントに一番腹を立てたのは他ならぬリンジーである。


「まったく! アルフィはもうなんて言うか、うんざりだよ!」

「いや、待てよ! 俺もまさか罠だったとは気づかなかったんだぜ?」

「そうじゃなくて、そもそもジャックを置いて1人でマーケットに行ったのが悪いんでしょっ!」

「それは………すまん」

「も~」


 俺を置いて露店を見て回り始めたアルフレッドはいかにもガラの悪そうな輩に、装備や武器を賭けて一勝負しないかと声をかけられた。

 相手の賭け品は、かの有名な名刀デュランダル。

 でも明らかに偽物である事はアルフレッドもお見通しだった。

 アルフレッドはそれに加えて条件をいくつか出して、いろいろ頂いてしまおうという悪知恵が働いたらしい。

 で、ありがちな展開だが、イカサマをかけられて身ぐるみを剥がされたそうだ。結局、最後は力尽くしで抵抗して自身の装備品だけ確保して逃げたらしいが、ペテン師連中に盗人扱いされて、兵士に追いかけられた、というわけだ。

 まったく、うちのリーダーは何やってるんだか。

 メドナさんたちの楽団の偉大さを見習ってほしいよ。


「それに比べてジャックは本当に良い子。ほら、これ! ちゃんと一人でお使いをこなしてるんだよ。しっかりしてよ、リーダー」

「面目ない……」


 リンジーが俺の頭を撫でた。

 果たしてリーダーがこんなで明日のダンジョンは大丈夫なのか?


「ジャック、お金のあまりは使わなかったの?」

「うん、まあ、特に欲しいものもなかったし」


 アルフレッドは俺とは立場が対象的すぎて気まずさのあまりに肩を落とした。


「これじゃ真面目なジャックくんが可哀想だねぇ」

「アルフレッド、ジャックに何かお詫びでもしたら?」


 ドウェインとリズが提案をした。


「うむ。今回は全面的に俺が悪かったと認めよう」

「アルフィ、なんでそんなに偉そうなんだよ」

「うるさい、俺はリーダーだからな――――だが過ちは認める。ジャック、何か要望があったら聞いてやる」


 急に要望と言われてもな。


「遠慮なんかいらん! なんだったらまた殴ってもいいぞ」

「いや、それはいいや」


 いつかのトラウマが呼び起される。アルフレッドの「殴ってもいいぞ」ほど信用できないものはない。


「そうだ!」


 リンジーが何か思いついたように手を叩いた。


「みんなこの街でお祭りがあるのは知ってる? それまでこの街にいて、ジャックを思う存分楽しませてあげるというのはどうかな?」

「あ―――」


 そうだ。メドナさんからもらった案内状を思い出した。

 お祭り当日は別にいいけど、前夜祭の演奏会には行きたい。


「それいいわね。私たちも楽しめるし、それにリーダーも汚名返上できるんじゃない?」

「お祭り、だと……」


 アルフレッドはさも不満そうに答えた。


「そうだよ。アルフィが今度こそちゃんとジャックを連れて、お祭りを見て回ってあげる! ジャック、それでどう?」

「うん、お祭りに行きたい!」

「決まりね」

「……はい」


 女性陣二人に捲し立てられたアルフレッドはかなり嫌そうな顔をしていた。だがここは罪滅ぼしの場。反論するわけにもいかないのか、アルフレッドはおとなしく返事をしていた。


「トリスタンとドウェインもそれでいいかな?」

「俺は祭りに興味はない。だがその間、単独行動を許してもらえるなら不満はない」

「僕は興味ある。まだこの街で調べたい事もあるしね」


 だんまりを決め込んでいたトリスタンも口を開いて承諾し、ドウェインも賛成した。


「ねえ、俺は前夜祭にも行きたいんだけど、いいかな?」


 要望を加えてみる。

 お祭りも楽しそうだけど、メドナさんの演奏会の方が楽しみだ。


「前夜祭?」

「うん、お祭りの前に、夜の演奏会をやるみたいなんだ。俺はそれに行ってみたい」

「そうなの? 最近誘拐も多いから夜は危ないんじゃあ?」

「大丈夫だよ! 街の人たちもみんな行くんだし」


 リンジーは少し考え込んでからアルフレッドを見た。


「じゃあアルフィ、それにもちゃんと付いていってあげてね」

「えぇ、なんで俺が……」

「な に か 文 句 あ る の ?」

「いえ、ないです……」


 アルフレッドはその日の晩はいつもの覇気がなく、とても惨めだった。

 こんな調子で本当に明日からダンジョンへ行くのか……。


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