Episode11 ガラ遺跡Ⅰ
ガラ遺跡。
かつてここは崇拝する女神に対して儀式を行う祭壇だった。
牛を生きたまま連れ、腹に刀を差しこむ。
そのまま大きな胃を取り出して女神に捧げる、という儀式だ。儀式後にはその胃も開いて、草の消化物などを取り出し、洗礼を受けるものの顔や全身に模様を描くように塗りたくる。
想像しただけでキツい臭いがする。
その祭壇も現在はダンジョン化してしまった。その中に出没する「牛鬼」という魔物はその亡骸や怨念が作り上げたと言われる。リベルタパーティーはそんな歴史ある遺跡を前にして平然としていた。
「さて、今回の目的だが――――」
アルフレッドはガラ遺跡を見据えてゆっくりと口を開いた。
「俺たちは今、資金不足だ」
「そうだねぇ。家も買っちゃったし」
「ドウェイン、お前の夜な夜な繰り広げる怪しい実験のせいでもあるんだぜ!」
「……僕は生粋の魔術師だ。研究なしでは生きていけない体だよ」
「わかってる! だからここで一攫千金を狙ってやろうという算段だぜ」
アルフレッドの目がぎらりと光る。その目には金銀財宝が浮かび上がっているようだ。
「そして今回はジャックも一緒だ!」
「は、はい!」
いきなり呼ばれてびっくりした。
俺はメラーナダンジョン以来だから万全の装備でいる。
装備か真新しいから、ベテランたちからはルーキーに見えるんだろう。
トラウマはあるけど、今日はパーティーランクBランクのベテランと一緒だ。俺はいつものようにサポートに徹して、なるべく五人の邪魔をしないように立ち回ればいい。
「ジャック、俺はお前の勘の良さを買ってるんだぜ?」
「勘の良さ?」
「このパーティーじゃ、お前が一番直感スキルが高い」
「え? そうなの?」
言われて自分自身のマナグラムを見る。ボロいけど、リンジーが初めて俺に買ってくれた記念の装備だ。そこには「直感D」の文字が浮かび上がっていた。
「俺にそんなスキルはねえし、トリスタンですら"F"だ」
「そうなのか」
「だからよ、その直感スキルでお宝をざっくり発見してくれや!」
「えー!」
「期待してるぜ!」
爽やかに親指を突き立てたアルフレッド。ほぼ初めてともいえるダンジョンで期待されても何もできないと思うけど……。
こうしてダンジョン化したガラ遺跡に入り込んだ。どんよりとした雲行きと、人気のないもの悲しさが、自由の騎士たちを誘い込んでいた。
…
ダンジョンは朽ち果てた石造りの門から入る。
その門を潜り抜けると、屋外に野ざらしにされた祭壇があって、その脇に地下へと続く階段があった。この階段というのも、最初にダンジョンの存在を知った冒険者たちがギルド本部に要請して作ったものらしい。
「んじゃあ、お宝探しと行きますかぁ!」
アルフレッドは何も臆することなくその階段を下りていった。それにトリスタン、リズ、リンジー、俺、ドウェインと続く。階段に足を踏み入れた瞬間に、ひやりと足先から冷気を感じた。この感覚はメラーナダンジョンに入ったときと同じだった。
「ジャック、怖いの?」
近くにいるリンジーに声をかけられた。
「そ、そりゃあ……」
俺の様子を察したのか、リンジーは微笑みかけてくれた。
「大丈夫。私たち五人も集まれば何の心配もいらないよ」
「……うん」
ふふふ、とのんびり笑いながらダンジョンに入っていった。
…
リンジーは炎の魔法を上空に展開し、明かりを作った。
惜しげもなく魔法を使い続けて魔力が枯渇することはないのか、と少しだけ心配になったが、リンジーの魔力はきっと底なしなんだろう。しばらく通路のようなものが続いたが、岩肌が露出していたり、人工的な石段が続いたり、何がどうしてこんな構造をしているのか、よく分からなかった。
本で読んだ話によると、ダンジョンの形成にはその土地環境が影響を与えるとからしい。
つまり遺跡に形成されたダンジョンは、同じように遺跡のような材質で構造を作り上げるし、森に形成されたダンジョンは森林が際限なく続くようなダンジョンになるとか。
「フレッド、止まれ」
突如、トリスタンが先頭を歩くアルフレッドに声をかけた。それに反論するでもなくアルフレッドは立ち止まった。そしてトリスタンが少し前に進み、しゃがんで地面を触り始めた。
「どうだよ?」
「うーむ」
トリスタンが目を瞑って眉間にしわを寄せた。
「気配は強く感じるが、まだ近くにはいない」
「そうか、だったら進むぜ?」
「あぁ」
何のやりとりだろう?
怪訝そうな表情を浮かべていた俺に、リンジーが教えてくれた。
「魔石はかなり高出力の魔力を発しているからね。近くにあったら魔力を感じ取れるの」
そういうものなのか?
魔力ゼロで魔術師の素質が何もない俺には知る由もなかった。
「でもそういうところには魔物がウヨウヨいるんだよ。魔物は魔力が大好物だからね」
そうか。結局のところ魔石の採集には魔物を掃討する実力がないといけないんだ。そうしてしばらく歩き続け、開けた場所に辿り着いた。
特に魔物は現れなかった。
「トリスタン、ここはどうだ?」
「ここはむしろ何も感じられない。きっと安全だろう」
「よし、ここでキャンプを設営しよう」
そこでテントを組み立てた。ダンジョンに長期間潜るために必要な野宿用のものだ。俺も手伝いに回った。
…
それから数時間は通路を行き来して、魔石を探索していたが何も発見することはなかった。さらに牛鬼という魔物にも遭遇してない。
「これだけ探したのに少しも見つけられないなんて……」
「リズ、僕は魔力探知をサボったわけじゃないよ」
「別にそういう意味で言ったんじゃないわよ」
パーティー内にもそんなやりとりが少し見受けられるようになった頃合い、リーダーが何か判断したのか、口を開いた。
「よし、今日はキャンプに戻って休むぞ!」
「え? でもまだ何も発見できてないよ」
「何言ってんだよ。発見できないってのも、一つの成果だぜ」
パーティーのムードの仕切り直し。アルフレッドはたまに考えなしだけど、いつも前向きでメンバー全員の状態には敏感だった。
それがリーダーとして大事な素質なんだろうな。
「トリスタン、ここら辺の魔力だけど……」
「うむ、俺もなんとなく変だとは思っている」
ドウェインがトリスタンに話しかけて、魔力探知の結果について考察し合っていた。
「おそらく下層があるのだろう。俺の見立てではあと2層はある」
「やっぱりそうか。どうも方向がよく分からなかったわけだ。でもこれだけ方向が定まらないんじゃあ、広範囲に鉱脈があると思ってるんだよねぇ」
「……概ね、ここら一帯の魔石は取りつくされているのだろう。だが下層へと続く通路を発見できた者はいないようだ」
なるほど。さらに下層があるのか。
果たしてアルフレッドはどういう決断を下すのか、
〇
おそらく夜という時間帯に食事を取りながら、パーティーメンバーは明日の事を相談した。
「―――と言うわけだが、下層へ向かう手段があるかどうかは分からん」
トリスタンが自説について語り、報告していた。
「私は無理やり掘り進んでもいいと思うわ」
「それについては僕も賛成だ。でも問題はどこから掘るか、だと思う」
「どういうことよ?」
「多分、下には魔石の鉱脈はかなり広がってる。どこから掘ってもいいかもしれないけど、どこへ降り立っても………」
「魔物の危険がつきまとう、ってか?」
アルフレッドがドウェインの意見を最後まで聞かずに代弁した。
「そうだねぇ」
「下から感じる魔力に差はないのか?」
「ない……というか、分からない」
「なら、どこから掘っても同じじゃねーか。俺はどこからでもゴーサインを出すぜ」
「―――待て」
そこにトリスタンが口を挟んだ。
「ドウェインの言う、分からないというのは魔力差だけではない」
「なんだよ?」
「うまく表現できないが、単純に魔石のものとは異なる魔力が混じっているようだ」
「親玉がいるってことか?」
「いや、ダンジョンボスとはまた違う―――どちらかという神聖なものだが、だが危険な魔力だ」
「神聖? もしかしてここに本当に神がいるとでも?」
「……かもな。神だとしても邪神だ」
ここはもともと女神を祭る祭壇がダンジョン化したところだ。
あながち冗談ではないかもしれない。
「その危険な魔力だけ探知して避けることはできないのかよ」
「それがどうもねぇ……。いろんな魔力源が入り混じって特定できないんだよ」
ドウェインが解説を挟んだ。少し意見が止まって、ダンジョン内に静寂が走った。それぞれリスクやリターンを考えて頭を悩ましているのだろう。
「ねえ、提案なんだけど」
そこに今まで何も喋らずに黙って聞いていたリンジーが喋った。
「……ジャックにどこを掘るか決めてもらうのはどうかな?」
「え!」
なんで俺なんだ。
「おい、リンジー、大事な判断のときだ。冗談は寝てから言えよ」
「入るときもアルフィ言ってたじゃん。ジャックの感の良さを買ってるって」
「それはそうだがな」
「どこから掘り進めても同じなら、たまにはジャックに決めさせてあげても良いんじゃない?」
「うーむ……」
メンバー全員が俺のことを見始めた。
やめてくれ……。
俺にプレッシャーをかけないでくれ……。
俺はただの十歳のガキだ。熟練の冒険者たちが悩んでいるのに俺が「ここだ」とか適当に判断して危険な目にあわせてしまったんじゃ、どうしようもないじゃないか。
「ま、それもそうだな」
「えぇ?!」
「明日起きたら早速、下層に向かって掘る。そのときはジャックが掘り進める場所を決めてくれ」
「いや、ちょっと待ってよ! 俺に任せられても何かあったら―――」
「ジャック!」
「は、はい!」
アルフレッドが俺の名を叫んだ。
「俺たちを誰だと思ってやがる。シュヴァリエ・ド・リベルタは最強だぜ?」
俺の目を真っ直ぐにとらえてアルフレッドはそう言い放った。ニヤリと笑う赤毛のリーダーは、昨晩の甲斐性の無さに反して、とても頼もしく、かっこよく見えた。この人たちなら俺が何をやらかしても何とかしてくれるんじゃないか。
そんな信頼感がその微笑みに垣間見えた。
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