◆ 弓師の想い


 私の名前はリズベス。

 まだ地元の田舎にいる頃にはヘッカートという姓も付いていたが、実家を飛び出したときに捨てた。

 今は四人の幼馴染とともに"シュヴァリエ・ド・リベルタ"という冒険者パーティーを組んで生計を立てて暮らしている。


 私は小さい頃から魔法が大好きだった。

 村出身の私が七歳の頃、いっちょ前に女の子としてのおしゃれを意識し始めて、母と街に出かけたときに魔法の素晴らしさを知った。

 都会の街の喧噪の中に、魔法を繰り広げて腕試しする輩が目に入り、その繰り広げる奇跡の数々に思わず魅了された。母に「私も魔法を使いたい」とその場で話したところ、母は少し困った顔をしながら曖昧な返事をしていた。


「うちの家系はそんなに魔法が得意じゃないわよ」


 でもまったく使えないわけじゃない。たまに母が家事の最中にこっそり水や火を手先から繰り出すところを何度も見たことがある。

 そしてすっかり魔法に取りつかれた私は、独学で調べるうちに村から少し離れた町に"魔法学校"なるものがあることを知った。

 私は何としてでも魔法学校に入りたかった。

 母に相談したが、結局「お父さんがなんて言うか……」と困った顔をしていた。


 私の父親はハンターだった。

 斧や弓を巧みに使いこなし、狩りによってほぼ自給自足の生活をしていた。

 弓の引き方を教えてもらっている時には、夢中になって弓の練習を重ねていたものだ。

 そんな私を見て父も満足そうにしているのを覚えている。

 でも私の興味が弓から魔法に移り変わっているのを父が知ると、父はたいそう機嫌が悪そうにし、「そんなものは認めん」の一点張りだった。

 魔法学校への入学の相談など、以ての外だろう。

 しかし私はあきらめなかった。

 町に出かけては図書館に立ち寄って独学で勉強をし、魔法の使い方を知った。



 魔法には炎・氷・電気の基本属性に加えて、光、闇を含めて、大きく5属性の攻撃魔法と、治癒魔法があることが分かった。

 現在普及している世界標準の能力判定用機械"マナグラム"では、魔法で生み出すエネルギー量と操る技量を測定し、GからSまで属性ごとに個人でランク分けできるようになっている。


 さらに過去の偉人たちが生み出した魔術には、初級魔術から中級、上級、準神級、神級と五つに分類している"技"があり、偉人が考案した呪文を詠唱することで魔法が発現する。

 つまり、ある程度完成された"技"は、呪文の力を借りることで使うことができるようで、単純に火を発生させたり、氷の粒を形成する程度なら詠唱などなく使えるということらしい。

 しかし最初は一向に使うことはできなかった。

 どうにも魔法の属性には得意不得意があるようだ。


 私は悪戦苦闘しながらも、何とか氷魔法の初級アイスドロップを小粒ではあるが形成することに成功した。

 コツをつかんでしまえば何とやら、だった。

 私は次から次へと火属性、電気属性の初級魔術も扱えるようになった。

 結果として私は氷魔法の適性が高いが、他の魔法に関してもベーシックに使えるということがわかった。

 その結果を母に早速、報告した。

 母はなんとも複雑な顔をしていたが、熱意が伝わったのか父に話してくれることになった。


 父は最初こそ駄目の一点張りを決めていたのだが、母が何か説得してくれたのか、「これからは魔法を知識として理解しておく必要もあるだろう」と納得してくれた。

 私は飛び上がるほど喜んで、魔法学校への入学に備えた。

 十歳の冬に魔法学校へと入学した。


 しかし現実はそんなに甘くはない。いざ魔法学校へ入学したとき、他の同世代の子たちとの実力差を痛感した。

 私の魔力操作の技量では、他の子たちには極めて劣った。

 得意だと自負していた氷魔術ですら、アイスドロップの的当て競争で最下位だった。

 私は魔法が生み出す力はあってもそれを操る能力は低かったのだ。

 そこから私は劣等感を感じて落ちこぼれていった。


 反面、弓の扱いには長けていた。

 弓の練習を通しては父の助言を思い出していた。

 やはり私は魔法よりも弓に生きた方がいいのではないだろうか?


 早二年が過ぎたとき、赤毛のやんちゃなクラスメイト、アルフレッドに声をかけられた。彼はクラスではガキ大将のような存在で、スクールカーストでは上位の存在だ。下位の私は、声をかけられたときに少し怖いと感じた。

 だが、アルフレッドは私を脅すでもなく、一つの提案をしてきた。


「お前さ、弓が得意なんだろ? だったら魔法を弦で引いてみたらどうだよ?」


 私は、はっとなった。そうだ。何も二つを分ける必要はないのだ。

 私は氷魔法が得意で、弓も得意だ。

 ならばそれを矢として放てれば――――。


 そこからは必死だった。アイスドロップの形状を矢じり状に形成することに夢中になった。

 私はこの矢じり状の氷をアイスアローと勝手に呼んでいる。

 基本課程で習う授業はほぼそっちのけで練習した。

 その結果、私は魔法操作の欠点を弓の力を借りることで克服したのだった。

 教師たちも魔法の力を弓に乗せて練習する私のことを評価し始めた。これまで弓師は弓師として、魔術師は魔術師として生涯を通す者が多く、私のような存在は稀のようだった。

 熟練の魔術師であれば、単に魔弾を放てばいい話だが、弓弦と組み合わせることで余分な魔力消費を抑えられる点が画期的だった。


 しかしそこで気になっていたのがその発端となる助言をくれた赤毛の男の子のことだ。私はあの同級生に、こんな単純だが盲点だったことを教えてくれたお礼を伝えなければならない。

 勇気を持って私の方から声をかけてみた。

 お礼と、そしてもっと仲良くなりたいという意思を伝えるために。


「けっ、冗談のつもりだったのによ! 結局、魔法が操れないのを誤魔化してるだけじゃねえか!」


 でもアルフレッドは素直じゃなかった。

 私はその言葉に子どもだったこともあって、かちんときた。

 弓弦の力をなめないでほしい。

 そして彼に決闘を申し込んだ。


 私の魔弓と、彼の魔力操作のどちらが優れているのか……。

 学校でもその決闘は話題となり、ギャラリーが集まるほど注目を集めていた。

 結果は私の勝ちだった。

 アルフレッドの得意とする炎の魔法は氷属性の天敵とも言えたが、私のアイスアローは彼の魔法では捉えられなかったようだ。彼に致命傷を与えて打ち負かし、リズベス・ヘッカートの名は一躍有名となった。


 その武勇伝は、嬉々として父と母にも報告した。

 しかし父は私の功績を許してくれなかった。

 そんなものは邪道だと、私を叱咤した。

 後に知ったことだが、私の父は魔術が使えない人物だった。

 魔術が使えないハンディを弓術で乗り切り、ハンターとして生きてきたようだ。


 そんな父の事は尊敬していたが、しかし私には私のプライドや生き方というものがある。

 私は独自の技の研究は止めなかった。

 魔法学校への五年の在籍期間が終わり、私は無事に卒業を果たした。

 "魔弓のリズベス"として、稀な戦術を体得した私を学校も評価してくれた。

 無事に卒業できた私だが、その修めた学業については父は納得してくれなかった。結局、口論の末に私は家を飛び出したのである。

 卒業式の日、今度はアルフレッドから私に決闘の申し込みがあった。


「勝ち逃げは許さねえ。最後に勝負を決めようや」


 と、不敵な笑みを浮かべて二の腕を組むアルフレッドの姿は、思春期を迎えて男として成長を遂げた今もなお、少年の仕草を残したままだった。

 その決闘を受けて立つことにした。

 卒業してしまえばもう会うこともないかもしれない。

 別れの一勝負だ。

 しかし、そんな思いも彼の次の一言で打ち破られた。


「俺が勝ったら、お前は俺と一緒に冒険者になってもらうぜ!」


 訳の分からない提案だ。

 でも私は負けまいと思って承諾した。

 私もこの五年間、単なるアイスアローだけに磨きをかけていたわけではない。

 弓矢に絶対零度の冷気を纏わせて対象を凍らせるフローズンアローや、炎や電撃に応用したものもあり、今では変幻自在だ。


「私が勝ったら?」

「リズ、お前は俺に勝てねえ!」

「バカね。じゃあ勝ってから考えることにするわよ」

「おうよ!」


 いつぞやアルフレッドが私の弓矢を剣術で叩き斬るという芸当を見せてくれたことがある。しかしそれはフローズンアローやライトニングショットの前では無意味だ。

 私の新技で焦がしつくしてくれよう。



 ――――しかしその決闘の行方は私の無残な敗北で終わった。

 彼は私と同様に、己が剣に炎で纏わせて、私のフローズンアローを無効化して叩き斬った。それだけでなく大剣の炎をブースターとして生きた弾丸のように高速移動する技まで身に着けていた。

 面くらった私はライトニングショットさえ上手く当てることができなかった。


 そうして私はアルフレッドとパーティを組むことになった。

 しかしそれは私にとってまったくの不本意という訳でもない。

 ましては初恋の相手とこれからも一緒に過ごせるのだ。

 ちょうど家出して行くところがなかったし、私はこの破天荒な彼のパートナーになることを決めたのである。



     ○



 そうして他にも魔法学校で仲が良かったリンジーやトリスタン、下級生のドウェインも誘いかけ、シュヴァリエ・ド・リベルタは結成された。

 それからさらに五年を経過したとき、アルフレッドはメンバーの増員を提案した。私にとってこれは思いもよらない提案だった。

 パーティーランクにも五人では限界が見え始めた。

 より組織的に動く必要があるだろう、ということでのリーダーの決断だった。

 私はリーダーの意見に賛成した。


 アジトも用意し始めて本格的に拠点を作った矢先のことである。オーガ狩りの依頼を達成して戻ってきたところ、リンジーがある子供をアジトに連れてきて養っていた。

 たかが十歳の子どもらしい。

 私が魔法学校へ入学した年齢程度の子だ。

 一体何ができるんだろう。


 アルフレッドの与えた試練は熊狩りだった。

 リンジーも大反対していた。さすがに十歳の少年に熊狩りは無理じゃないかと私も思った。

 メンバー全員で話し合ったが、アルフレッドは子どもの根性を試したいとのことだ。遠巻きから見守り、狙撃を得意とする私が少年のピンチには熊を葬り、重度の怪我を負ったときにはドウェインが救護に回る。

 そういう保険をつけてメンバー一同同意した。

 アルフレッドはわざわざ熊狩りのクエストを受けに出かけ、非力な少年でも扱えそうなショートソードを武器屋で買ってきた。

 私はそんなアルフレッドの面倒見の良さに惹かれるのだった。

 そして熊狩りクエストの指定場所にて少年は意を決して単独で戦いに行った。

 その心意気はとても健気なものだった。


 ―――しかし、トラブルが起きた。

 少年が見つけたのは、熊が魔物化した怪物"グリズリー"だった。焦ったのは私だけでなく、リベルタ全員だった。


「ジャッ―――――!」


 危険を知らせようと声をあげかけたリンジーの口を、アルフレッドが覆った。


「待て、どうするか様子を見よう」

「でもあれはさすがに危なすぎるよ。リズ、フォロー間に合うの?」

「え? うーん……」

「いいか? 冒険者の心得は敵わない相手は避けることだ。さすがにあれはどんなバカなガキでも獲物に選ばないだろう」


 ―――――バキッ!


 リーダーの推測を裏切るほどにその少年はドジだったようだ。

 グリズリーが空かせた腹を満たすために少年を捕食対象にして、とんでもない速度で攻撃をしかけた。


「ジャック! リズ、助けて!」

「ええ、もちろんよ!」

「――――待て!」


 リーダーはそれさえも止めた。


「どうしてよ?!」

「ドウェイン、ヒーリングの準備は?!」

「いつでも大丈夫だよ」

「よし! リズは最後まで待て」


 結局、私は後手に回ることとなった。

 獅子は千尋の谷に我が子を突き落す、というが、これはいくらなんでも突き落すどころか突き放していると言えるのでは?

 そう思ったのも束の間、少年は何度もグリズリーの強襲に倒れた。

 しかしそれでも何度も立ち上がる。


「よし、根性は合格だ! ドウェイン! ナイスサポートだ」

「いや、彼にヒーリングが効かないみたいなんだけど………なぜかな」

「なんだと?!」

「えぇぇ、じゃあジャックは回復手段がないの?!」

「くっ……! リズが撃たないのであれば俺が行く」


 トリスタンが剣のヒルトを握りしめた。

 こちらの狼狽も置いてけぼりで、1頭の怪物の一方的な狩りは続いていた。

 しかし意外なことにも、狩りは"続いていた"のだ。



 なかなかに頑丈な少年だった。

 いくら攻撃を受けても死ななかった。

 むしろ徐々に動きが俊敏になっていった。


 ついにはグリズリーの突進を素手で"受け止めた"のである。どんな怪力であろうともあの巨体を素手で受けられる猛者は世界にも数える程度しかいないだろう。


「なんだあいつは――」


 アルフレッドも驚嘆の声を上げた。他の面々も息をのんで見守っていた。

 そうして、たかが少年と思っていた戦士は、グリズリーに素手の殴り合いで勝利したのである。その繰り広げる拳闘術はその小さな体から繰り出されたとは思えないほど卓越しており、そしてパワーがあった。


 少年は既に勝ったも同然のグリズリーに対してわざわざショートソードを突き立てた。その姿は己が獲物を討ち取った戦士のそれだった。

 そして少年は気を失ってその場で倒れたのだ。


「―――あれは……本当に人間か?」


 アルフレッドがリンジーに問うた。

 その質問に答えられる確信はリンジーにも無かったのだろう。



     …



 私は正直、最初は気味が悪かった。

 結局、子ども―――ジャックは、リベルタの一員となったのだが、あの戦いを見ても平然と接するほかのメンバーが信じられなかった。

 ドウェインと本来の依頼である二十頭の熊を葬っているとき、私はこの単なる熊の突進すら素手では受け止められないだろうと考えたりもした。



 そしてそれから数か月、ジャックと私たちは同じ屋根の下で過ごしていたが、その様子はただの子どものそれでしかなかった。

 子供らしく皿を落として割ってしまったり、旅の途中に迷子になったり。

 あのときの怪力さを見せることはなく、平然と過ごしている。

 そんなドジな様子をしばらく見ていると、あのときの出来事は単なる偶然の積み重なりなのではないか? と感じられるようになってきた。


 何しろジャックはとても可愛らしい子どもだった。

 ドジだが、素直で一生懸命で、ちょっと背伸びして私たちに精一杯付いてこようとするその実直さは私たちを魅了させた。

 当初は戦力の確保や組織拡大を目的としていたが、そんな目的以上にジャックを加えて良かったと思う。そのアイドル的な存在が、私たちの結束力をより高める要因になりえたからだ。


 数か月経過して、ジャックは凡人並に剣士として成長していった。あのときの奇跡のグリズリー討伐のような光景を見るのは、ちょうど私たちがジャックと出会ってから一年後の事となる。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る