Episode9 熊との死闘


 三日間のトレーニングは過酷だった。

 ろくに運動らしい事もしていなかった俺なんて尚更だ。でも応援してくれるリンジーと、わざわざ付き合ってくれるトリスタンに申し訳ない。

 修行の合間、他のメンバーとはあまり顔を合わせる機会はなかった。

 アルフレッドさんは忙しいようで家の中で見かけることはなく、リズベスさんも俺には関わってはこない。

 ドウェインさんだけは応援するスタンスでたまに様子を見に来ていた。驚かされたのは、二日目の朝のトレーニングに交じって、俺がヒーヒー言う隣で平然と熟していたことだった。学者タイプのような印象とは裏腹に、さすがは名の知れたパーティの人員。

 冒険者であることには違いないのだった。


 トリスタンさんは俺に実践的な戦術を教えてくれず、ただひたすら体力、筋力トレーニングを指導してくれた。

 焦りを覚えて「せめて何か剣術を教えてほしい」と伝えたのだが「まだちゃんと体を動かせるほど筋力もスタミナも足りていない」と一蹴された。

 結局、約束の日まで基礎トレーニングで終わった。

 でもおかげさまでマナグラムに表示される俺のステータスは、わずかながらに伸びた。


 ================

 種族:人間

 年齢:10歳1ヶ月

 生命:48/58

 魔力: 0/0

 筋力 F

 敏捷 E


 <能力>

 直感 E

 拳闘 G

 ================


 勝手にスキル面で「拳闘」が増えていた。マナグラムが勝手に判断して"殴り合いのケンカはできる"程度は認めてくれたのかもしれない。いつものように朝の基礎トレーニングを終えて、トリスタンさんに声をかけられた。


「ジャック、マナグラムを見せてみろ」

「はい」

「……ふむ、まだこの程度か」


 俺はトリスタンさんの言葉にがっかりした。

 俺としてはかなり成長したと思っている。「よく頑張ってるな」程度の労いの言葉をかけてほしかった。

 でもそれは甘えでしかないのか。



     ○



 そしてリンジーの部屋で朝食を食べているときに呼び出しを食らった。軋む体にムチを打って、一階へと降りていった。

 ダイニングに入ると他の五人がテーブルを囲んでいる。


「よし、ガキ……いや、ジャックだったか。今日はお前と俺との約束の日だ」

「はい」


 アルフレッドさんが明るい表情で口を開いた。

 その表情に苛立たしさはなく、第一印象とはまた違った印象を覚えた。


「お前がこの数日間頑張っていたのは俺たちは知っている」


 そう言うと、他の面々も優しそうに頷き始めた。


「俺たちとパーティーを組むということは、生死を共にする仲間になるということだ」

「わかってます」

「だから、今日はお前にその覚悟を見せてもらう」


 真っ直ぐと、俺の目を見定めて赤毛のリーダーはそう言った。



     …



 ソルテールとバーウィッチの間の平原、そこを通過する一本道の街道がある。まず連れてこられたのは、その街道沿いにあるダイアーレンの森だった。切り倒されてそのままにされている木々や、綺麗に削り取られて年輪が露わになっている太い幹が何本もあった。


「ここには熊が出る」

「熊……ですか」

「ギルドからの依頼によると、ここの木こり連中は冬眠から覚めた熊の出没に悩まされているらしい」


 アルフレッドさんは淡々と依頼内容を俺に伝えた。

 つまりは熊狩りのクエストだという事だ。


「依頼では二十頭だが、お前は一頭でいい! 一頭倒してここへ獲物を連れてこい!」


 指を一本突き立てて俺にそう指示した。


「アルフィ、やっぱり十歳の子に熊狩りはまだ無理じゃないかな……」


 リンジーがそれに抗議を入れた。


「俺は十歳の頃にはもう熊狩りをしていた!」

「それはアルフィが昔から炎魔法が得意で、燃やしまくっただけだよね?」

「うるせぇ! 魔法に頼ろうが、素手で戦おうが、狩れればいいんだよ! いいか、ジャック!」


 先日オーガ討伐に遠征していたこの人たちからしたら朝飯前の依頼だな。俺のためにわざわざ選んでくれたのかな。他のメンバーの人たちも軽装とはいえしっかりと武器を手にしている。

 リズベスさんは、以前見かけたものよりも弓丈の短い弓を持参していた。

 狙撃用じゃなく迎撃用。飛距離や威力は出なくても細かい狙いがつけやすく、サポートに徹するものだ。

 結局、リンジーの幼馴染ってことは、みんな温かい人たちなんだ。

 俺はその好意に全力で応えなければならない。


「やります!」


 高らかに宣言した。


「よーし、それでこそ男だ! 熊はその森林の奥地にいる! 行け!」

「……え!?」

「なんだ? 早く行けよ!」

「いや、俺、何も持ってないんですけど」


 まさか素手で倒してこい、とでも?


「そうか。そういえば渡し忘れていたな。これを持って行け」


 俺に見合った短めに加工された鉄製のショートソードを投げてきた。

 がらん、と音を立てて剣が転がる。

 俺はそれを拾い上げた。二の腕の筋肉が少し悲鳴を上げたが、この程度なら何とか振るえるだろう。


「………」


 記念すべき俺の初の得物かもしれない。安価な鉄製で、大したことは無いかもしれないが、それでも武器を手にしたことで若干の勇気が湧く。


「……行きます!」

「おう!」

「え? ジャック! 私も――――」

「お前はここにいるんだ!」


 アルフレッドさんは駆け寄りかけたリンジーを片手で制した。


「えぇ、でも……何かあったら」

「リンジー。面倒見がいいことは結構だが、男に花を持たせてやるのも女の役目じゃねぇか?」

「えぇ? うーん……」

「ジャック、さっさと行け!」

「はい!」


 俺は森に向かって駆け出した。



     …



 対象は早くも見つかった。

 運よく群れではなく、一頭で発見できた。眼前の熊はのんびり落ち葉を引っ掻いて地中の中から何かを探しているようだった。その動物的な姿に、不意にも可愛いなと思ってしまった。

 でも無垢な生き物でも、異常発生してれば人に危害を加える。環境ニッチにパンクしかけた生物は、狩られる宿命にあるのだ。

 この俺の手によって。

 よし、ジャック、勇気を持て。

 お前は多少はトレーニングで鍛えられているはずだ!

 行ける!

 いや、行けよ!

 早く駆け寄れ。

 そして切り裂いてやれ。


 でもやっぱり勇気が出なかった。


 なにせ、デカい……。

 立ち上がったら家の屋根に届くくらい背丈があるんじゃないか?

 万全を期して子熊でも探した方がいいかな。

 いや、こんな幸運なシチュエーションでまた見つかるとは限らない。

 相手がこちらに気付いていない今が絶好のチャンスなんだ。

 でも俺にこのチャンスを生かす手立ては?

 魔法も無い。弓も知らない。俺にはこのショートソード一本が頼りだ。

 でもやるしかない。


「…………」


 心に鞭を打って、一歩前へ踏み出した。


 ―――バキッ!


 しかしそのたった一歩。

 たった一歩で俺はチャンスをふいにしてしまった。落ち葉に紛れて気づかなかったが、枯れ枝も転がっていたらしい。そこを運悪く片足で折ってしまった。乾いた音は熊の耳元に届き、こちらに気づいた。


 ―――グオオオオオオ!

 熊は警戒するとかそんな余裕すら見せずに一心不乱に俺めがけて突進してきた。俺に気付いた瞬間に、だ。

 しかも速い。四足で駆け寄る獣はまるで砲弾に見えた。何故こんなに気性が激しいんだ。少しくらいはその場で様子見てくれてもいいじゃないか。

 考えている余裕はなかった。俺はショートソードを両手で強く握りしめ、相手の突進に身構える。でも身構えてどうすればいいのか分からない!

 足がすくむ。

 筋肉痛も相俟って、俺をその場に縛りつけた。


 ―――グア!


「うぐっ!」


 熊の平手打ちが俺の肩をぶっ叩く。痛いとか感じる余裕すらなく、俺は地面にひれ伏した。まったく太刀打ちできない。

 そこに容赦なく、獲物を掬い上げるように熊の腕が振るわれる。

 俺は後方に吹っ飛ばされて背中を地面に強打した。

 この状況に陥っても、不思議と死ぬとは考えなかった。思うのは、熊一頭も狩れずに恥ずかしいという思いと、この惨めさを払拭してやりたいという苛立ちだけだった。


 爪が食い込んだのか、胸から斜め線が入るように出血していた。

 それも何故か痛みを感じなかった。もしかして痛いあまりに体が痛みを忘れようとしているのかもしれないが。

 それを右手で拭うと、少しだけ力がみなぎったような気がした。

 俺はこの熊と生きるか死ぬかの戦いをしているんだ。

 そこには一つの命があり、俺への攻撃は生き残るための闘争なんだ。

 だったらこの熊よりも弱い俺が、生半可な気持ちで挑んで敵うわけがない!


「………やって、やる……!」


 力を振り絞って立ち上がる。

 だが立ち上がったと同時に、再び熊の強襲が俺を襲った。

 逃げたって何も始まらないんだ。

 剣術なんてめちゃくちゃでもいい。一振りでも振るって相手を倒す。俺は熊を迎撃するようにショードソードを縦に振った。


 ――――ガンッ!

 それも腕一振りで防がれてしまった。

 そのまま熊の突進を食らって、吹っ飛ばされる。

 胸の傷口に響いて、世界が揺れた。

 そのまま後方の木に背中を強打した。

 肺が一瞬でつぶれて貯まっていた空気が全て吐き出される。

 呼吸ができない……。


 ―――グォアアアアア!


 そこに猛り狂った熊が一呼吸の休憩も俺に許さず迫ってきた。

 気づけば握りしめていたショートソードは手中には無かった。先ほど弾き飛ばされた衝撃でどこかへ投げ飛ばしてしまったのかもしれない。

 武器を失った。



 ―――いや、でも。

 それが何だというんだ。

 この熊だって武器なんか持ってない。

 体一つで俺を倒しにかかっているんだ。

 俺だってショートソードあるかないかでそんな大した差は無い。もうここまで来たら自棄だ。冒険者として最初の試練ですら突破できない男に、この先誰ひとりだって救えやしないんだ。



 俺は立ち上がって突進する熊の顔面を両手で"受け止めた"。

 ―――受け止めることができた!


 思っていた以上に突進の力は弱く感じられた。自分の血でべっとりした両手が、熊の体毛に絡まってベタついていた。


 ―――グォ……ゥ……。


 熊もその状態で少し硬直状態となった。今まで忙しなく強襲を続けていた熊が初めて制止した。


「ぐ…………やって、やる………んだ……!」


 逃げることはできない。やらなければならない。魔法が使えなければ自己暗示でもいい。こんなところで手こずっていたら、ダンジョン踏破だって仲間との狩り討伐にだって迷惑をかけ続ける。

 そんなことになってたまるもんか!

 熊は苦痛の表情を浮かべて、右腕で俺を振り払おうとしてきた。

 慌てて両手を離して避ける。

 なんとか目で追える。熊も空振りしたことが意外だったのか、腕の勢いを殺せずに少しばかり隙を作った。


 ―――そこだ!

 顔面に拳を叩き込む。

 まともに生き物を殴るのはこれが初めてだった。しかし感覚が麻痺しているのか、特に反動のダメージも感じない。

 何も感じない……?

 なんか変だけど火事場の馬鹿力ってやつか?

 俺の右拳は熊にはクリティカルヒットしたようだった。顎が外れたようで、悲鳴を上げた後に涎を惨めにだらだらと垂らし始めた。

 これはもしかして勝てるんじゃないか?


 ―――ゴ……オ……グォア………。


 熊は顎を外したまま咆哮を上げて、俺に平手打ちを仕掛けてきた。でもダメージがでかいのか、先ほどの俊敏な動作よりもかなり動作が遅く感じられた。

 チャンスだ。もう一発食らわせてやる!

 俺は熊の平手に対してパンチをする。

 パーに対してグーの攻撃。


 ―――パシンっ!


 本来だったら負けの一手だが、渾身の一撃は平手を弾き返した。

 右腕を弾かれたことに面くらったのか、熊は少し体制を崩した。

 考えなんかいらない。

 隙は新たな隙を作る。この熊も最初の強襲はそうだった。

 自然界の狩りでは休憩の時間なんか与えてやらないのだ。

 お返しだよ!


 開いた胴体に思いっきり拳を叩き込む。


 ―――――ォオオ!


 急所をつくことができたようだ。

 熊は倒れた。だがまだ死んでない。

 荒く呼吸をしている。

 俺は周辺を見渡してショートソードを探した。

 先ほどの木の根元に落ちており、案外すぐに見つかった。

 すぐに拾い上げる。アルフレッドさんから借りたときには筋肉痛の影響によって重く感じられたけど、今は驚くほど軽かった。熊との生死の攻防が俺の感覚を麻痺させているんだ。

 でもそれは好都合だ。

 倒れ伏して動けなくなっている熊めがけて躊躇することなく、首元へ突き刺そうとする。


 しかしまだだった。

 熊も俺のトドメの一撃を察したのか、倒れ伏したまま、今度は左手で弾き返した。剣が弾かれた衝撃で右手が後方に持っていかれ、肩が外れている気がする。右腕がぱっくりと裂けてダラダラと血を流していた。

 やっぱりダメなのか……?

 俺は熊にすら敵わないのか?

 右腕は動かなかった。

 鉄製のショートソードが手中からずり落ちた。熊も俺のダメージを実感したようで、起き上がって、体制を立て直してきた。

 でも息が荒く、さっきの元気はなさそうだ。


 俺は右手が再起不能。

 熊も右腕を庇うように不自然な姿勢で起き上がった。俺は心臓の激しい鼓動に応じて右腕から血が溢れ出る光景を他人事のように見守っていた。

 血はこんなに出ているのになぜか溢れる度に力が湧いてきた。


 熊が隙を見つけたのか、何度目かの突進を図る。

 だが遅い。

 俺も左腕が残っている。利き腕ではないが、左腕でも拳は拳だろう。


 ――――もういい加減に死んでしまえ!

 それは俺の気持ちも熊の気持ちも同じなんだろう。

 俺は一歩前に踏み込んで、弱った顎を再度アッパーで殴り掛かった。

 やはり左手にも何の衝撃を感じなかった。

 熊はついに仰向けで倒れた。

 もはやトドメを刺すまでもないほどに、熊は死に体だった。俺はそこに左手で持ち直したショートソードで喉元を一突きに貫いた。



     〇



 たかが熊狩りごときで死闘。

 俺は安堵感で、その場で倒れてから少し意識を失っていたようだ。

 記念すべき初めての狩りだったが、人に語れるほど圧勝ではない。

 目を覚ますと、目の前に心配そうに覗き込む栗色の髪の美人がいた。

 リンジーだ。


「き、気が付いた!」

「……リンジー……ここは?」


 周囲を見渡すと、まだ伐採区だった。

 近くには俺が先ほど死闘を繰り広げた熊が横たわっている。その先には何頭もの熊が倒れ伏していたが、どうも俺が狩った個体が一番最大だ。


「そ、そうか! た、倒せたんだ!」


 俺は喉が詰まっていることを感じながらも、勝てたという感動で興奮の声を上げた。

 意識がはっきりしてきてリンジーの他にも、アルフレッドさんとトリスタンさんが傍で立っていることに気づいた。そして先ほどまで傷だらけだった胸や右腕が綺麗さっぱり完治していることに気付いて、違和感を覚えた。


「ジャック、よくやった!」


 そこに傍から見ていたアルフレッドさんが声をかける。


「と、言いたいところだが、こいつはいったいどういうことだよ!」

「え?」

「俺は熊を倒せと言ったんだ! こいつはグリズリーじゃねえか!」

「グリズリー?」


 グリズリーと言えば一般的な熊よりも大型の種族―――魔物として分類される狂暴なグリズリーの事だ。

 魔物のグリズリーは気性が荒く、人を見つけたら容赦なく襲いかかる。驚くべきはそのパワーと生命力。どんな磨きのかかった剣によるダメージを受けてもしばらくは倒れないというのが特徴だとか。

 いつものオルドリッジ書庫情報である。


「こんなやつとショートソードだけでタイマン張るなんて、頭ぶっとんでるぜ」


 やたらと大きいと感じていたけれど、まさかグリズリーだったとは。


「いったいどんな魔法を使いやがったんだ?」

「アルフィ、ジャックは魔法が使えないんだよ!」

「んなわけないだろう!」

「マナグラムで見たときは魔力ゼロだった!」

「故障してるんじゃないのか? あんな戦いを繰り広げておいて………」


 あんな戦い? この人たち、近くで見てたのか?


「アルフレッドさん! 俺は――――」

「フレッド、何はともあれ"熊"を倒したんだ。メンバーとして認めるんだな?」


 トリスタンさんがそこに口を挟んだ。誰も何もしゃべらず、少しの間があった。春の陽気を感じる風が吹き込み、森林がざわざわと音を立てた。


「あ、あぁ、今日からお前はシュバリエ・ド・リベルタの一員だ!」

「……」

「俺の言葉には必ず返事をしろ!」

「は、はい!」

「よし、ジャック」


 そして赤毛のリーダーは俺の近くまで歩み寄り、リンジーと同様にしゃがんで俺の顔を覗き込んだ。

 俺の目を真っ直ぐと捉えたと思ったら、面白くなさそうな顔をすぐ切り替えた。満面の笑みで俺に微笑みかける。


「今日から俺たちは仲間だ。そろそろ家に帰って休むか?」

「……は、はい……!」


 その優しさに触れて、俺は涙が出そうになるほど感動した。

 こうして俺はリベルタの一員になった。

 初めての仲間、そして帰れる"家"が初めてできたのだった。

 不可解な戦闘経験を残して―――。



     …



 残りの熊を狩り回っていたリズベスさんとドウェインさんと合流して、リベルタのメンバー六人は帰途についた。

 その道中。


「おい、ジャック」

「はい! な、なんですかアルフレッドさん」

「いや、その……。あ、今日から俺のことはリーダーかフレッドとでも呼べ。それよりも」


 リーダーかフレッド?!

 急にそんな呼び捨ては無理だ。


「入隊記念だ。俺のことを一発殴れ」

「え……?!」


 意味が分からない。このパーティーはメンバーが加わるたびにリーダーを殴るという変な儀式があるのか?

 それともこの人は自虐体質なのか?


「いいから、思いっきりやれって」

「ア……フレッドさん! それは無理です」

「フレッドでいい! いいから殴れ」


 助け舟を出してもらうためにリンジーを見る。それに対してリンジーは肩をすくめるだけだった。


「い、いいんですか?」

「おうよ!」


 握り拳を作り上げて力を込める。正直先ほどの戦闘で疲れていたが、まぁ記念の儀式だし、いいか。


「それじゃあ………」


 勢いを溜めて駆け出した。


「こい!」


 右腕で殴りつけた―――と思ったら、フレッドさんは同じく右手に握り拳を作り上げて素早い動作で向かいくる俺の右拳に殴りつけた。

 反動が大きいどころではない。

 手甲の骨が砕けたんじゃないかと思えるほど痛い。


「いって!」

「ふん!」


 ひるんだ俺に回し蹴りを決めて吹き飛ばす。

 俺は背中を打ちつけて無様に倒れた。


「いってえええ!」

「アルフィ! 今のはひどいよ!」


 リンジーが俺の感情を代弁してくれた。


「あ、すまん。いつ勢いでやってしまった」

「まったく、入隊記念にこんな虐待するなんて、ひどいリーダーだね」

「いや――――」


 フレッドさんは何やら困惑していた。

 トリスタンさんは何も言うでもなくその光景を黙って眺めていた。


「始まったわね。フレッドは新人をいたぶるタイプ、と」

「そうじゃねえって!」


 リズベスさんも加わって、リーダーをいじった。


「ジャック、悪かった。お前はめちゃくちゃ強くなる! これから期待してるぞ!」


 気持ちをすぐに切り替えたのか、赤毛のリーダーは何の説得力もない一言を添えて、アジトの方へ振り返って歩き出した。



     …



 リベルタのアジトの近くまで帰ってきた。今までは居候でも、これからは俺の家でもあるんだ。

 ある意味、人生初めての家かもしれない。

 立ち止まって、嬉しさを噛みしめる。

 ふと隣でトリスタンさんが同じ位置で立ち止まった。


「ジャック、よく頑張ったな」

「はい……!」


 トリスタンさんは優しい目を向けてから再び歩き出した。


「あ、あの、明日からも稽古つけてくれますか?」

「ふ、期待のルーキーだ。もちろんだろう」

「ありがとうございます!」


 俺は駆け出して、仲間のアジトへと向かった。人に認めてもらえるのはこんなに嬉しいことなんだと感じる一日だった。


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