復元2

 砂地を進んでいくうちに、ヒールの高いブーツを履いていたローラは徐々に歩きづらくなったのか、何度もふらつくようになる。そっと手を添えると、


「ありがとう」


 とはにかんで、


「この格好じゃダメね、着替えるわ」


 と、次の瞬間にはもう別の装いになっていた。

 涼やかな薄手のワンピースには大きめのフリルが付いている。ローブの丈は短くなり、足元は砂地をしっかり踏みしめられるよう底の平らな靴へと履き替えられていた。髪の毛も高い位置できゅっとひとまとめにされ、まるでさっきとは別人のようだ。

 男たちは皆目を丸くして、それがさっきまでの彼女なのかどうかを確認するような仕草で覗き込んでくる。そのくらい、格好が変わるだけで印象が変わる。女子とは凄まじい生き物だと考えさせられる。

 彼女はそんな視線を気にも留めず、ズンズン進んだ。


「砂漠は初めてなの。思ったよりもずっと広い」


 地平線の向こうまでずっと続く砂と岩の大地を、ローラはじっくりと見回した。

 感動を覚えているのだろうか。ま、普通一般の市民が砂漠に来るというのはまずないらしいから仕方はない。まして、レグルノーラは狭く閉ざされた世界。開放感のある砂漠に面食らうのは当たり前だ。


「で、どうやって船を復元するのだ」


 シバが腕を組み、首を傾げる。

 復元するとは言っても、船自体はもう黒い湖の底だ。何一つ残っていない。


「前にも言ったのだけれど、人の記憶を元にして具現化させる方法を採ります」


 くるりと向き直って、ローラは自信たっぷりに話した。


「関係者から少しずつ情報を集めて寄り正確なものを作りだしていく。復元とは言うけれど、実際は曖昧な記憶をより強固なものにしてから具現化するというのが正確ね。だからもしかしたら、幾つか以前と違うところが出てくるかもしれない。いつもは小さなものを復元させるのよ。例えば、なくしてしまったぬいぐるみだったり、壊れてしまった宝物だったり。今回は帆船でしょ。正直なところ、私の魔力だけじゃ足りないと思って。文献を漁っていたら、魔力増幅の手段として竜石を使う方法があると書かれていたものだから、グロリア・グレイのところへ」


 へぇと感心の声を面々は漏らしたが、俺は思わず、


「それ、失敗したらどうするつもりだった?」


 と聞いてしまう。

 するとローラはフフと笑って、


「失敗を恐れていては何もできないもの。もし断られていたら、別の方法を探していただけよ」


 何とも思い切った考えの持ち主だ。ダメな結果ばかり想像して凹みまくる俺とは対極に居る。


「復元した後はどうする? まさか砂漠の縁までまた船を走らせるのか? どれくらいかかるのかわからないぞ」


 今度はシバが怪訝そうに尋ねる。

 ローラはやはり余裕の表情だ。


「位置情報の記憶を辿って、船ごと転移させます。縁から落ちる最後の最後まで帆船に居た乗組員の皆さんやリョウの記憶をお借りすれば、正確な位置を捉えることは出来ると思いますわ」


 ……なるほど。記憶を使ってというのには半信半疑でいたが、自分の魔法に自信がなければこのような発言は出ないだろう。信じるが吉、とも言う。


「わかった。それならばどうにかなりそうだな」


「ありがとう! 流石は救世主と言われてるだけあって、物わかりが良いわね」


「いや、そこ、あんまり関係なくね?」


「では早速だけど、グロリア・グレイにいただいた竜玉を貸してくださる?」


 ローラはそう言って、スッと右手を差し出した。

 洞穴の竜グロリア・グレイがくれた竜玉はたった一つ。洞穴の奥には大量に竜玉が保管されていたが、彼女はその一つさえ渡すのを躊躇していたほどだ。

 腰に結わえていた道具袋から、俺は竜玉を取り出した。硬式野球のボールよりも少し大きいくらいのその球は、石と言うだけあって少し重い。が、鉄球のように重すぎることもなければ、テニスボールのように軽すぎることもない。丁度手にしっくりくる重さだ。

 ローラの手にそっと竜玉を載せると、彼女はその表面をゆっくりと指で撫でる。指先が触れたところから少しずつ光が溢れ、次第にそれらは魔法陣を形作っていった。

 彼女はうんと一回頷き、その竜石を左手に持ったまま、今度は地面に向かってそっと右手をかざした。砂地に大きめの魔法陣を描き、その中に文字を書き込んでいく。


――“記憶の中に眠った砂漠の帆船よ、我の求めに応じ、その船体をを復元させよ”


 魔法陣が白銀に光り、魔法が発動し始めた。


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