暗中模索2
俺とローラは互いに、
「え?」
と声を上げ、顔を見合う。
「恨む?」
「とおっしゃいますと?」
首を傾げ、グロリア・グレイの言葉の意味を考えるが、咄嗟には浮かんでこない。そりゃ、憎たらしいと思ったことは無きにしも非ずだが、恨むというとまた話が違うような気がして、素直にハイとは言い切れないのだ。
そんなおどおどしている俺たちを見て、グロリア・グレイはフンッと鼻を鳴らして笑った。
「負の感情を持ちながら立ち向かうのであれば、
長い黒髪を後ろにすきながら、グロリア・グレイは俺たちの顔を代わる代わる見つめてくる。試しているのだろうか。少し空気が威圧的だ。
ローラは、「そうですね」と前置きし、
「恐らく、憎むべき相手なのでしょう。市民がたくさん殺され、世界はメチャクチャに壊されました。どうやって再建すべきか途方に暮れている私たちレグル人にとって、かの竜ほど憎たらしい存在は居ないはず。ですが、私個人は……何とも。恨んだところで何も生みませんもの。まずはどうにかしなければと、そればかりです」
「俺も同感」
ローラの話を聞きながら、俺は何度もうなずいた。
「恨めば解決するなら、そうしてる。今必要なのは、ヤツを止める手段を知ること。俺の身体を使ってやりたい放題しているのは気に食わないが、今更恨むとか殺したいとか。――そうだな、解放してやりたい」
「解放?」
グロリア・グレイの眉がピクリと動いた。
「解放。そういう言葉が妥当かわからないけど」
俺は二人の顔を交互に見ながら、自分の考えを少しずつ言葉にする。
「ヤツを駆り立てるものが何なのか、答えは今のところ出ていない。けど、何か引っかかるものはある。例えば、“何かを手に入れるために何かを犠牲にしなければならない”というこの世界の掟のように、ヤツは自分の望みを叶えるために行動しているのかもしれない。何も手に入れることのなかったヤツは、誰よりも貪欲で、誰よりも真っ直ぐなだけなのだとしたら。……何度も記憶を見せられた。同じ竜からさえ見向きもされず、ヤツはどんどん腐っていった。ヤツの目線だから、それが全てではなかったとは思う。全てのものを拒絶していたヤツの耳には、優しい言葉は入ってこなかったんだろう。疑心暗鬼って言葉がある。一度疑えば、どこまでも疑ってしまう。誰もそんな気持ちじゃないのに、誰もが自分を苦しめる原因に見えてしまうんだ。ヤツがどれだけ長い間苦しんできたかはわからない。黒い感情で満たされた湖に沈められ、ヤツの黒い心は益々黒くなってしまった。解放できるとしたら……、俺しか居ない。俺もずっと黒い感情に惑わされてきた一人だから。それを払拭したのは美桜だった。つまり、ヤツの娘。誰も信じたくない、誰とも関わりたくないと思っていた俺は、彼女に助けられた。どうにか……、できないか方法を色々考えている。けど、どれが一番いいか、どうすれば丸く収まるのか、全く見えてこない。ぶっ殺して終わりってのが、恐らく手っ取り早い。けど、あの強さだ。正攻法じゃなくてもいい、ヤツを苦しみから解放して、丸く収める方法が、どこかにあるはずだ」
畳みかけるように一方的に喋ってしまった。
本当はもう少し話したかった気もするが、べらべらと喋る俺に二人が目を点にしているような気がして、話を切った。
「要するに、……救いたいと」
グロリア・グレイに言われて、俺はハッとした。
『救いたい』? 言い方を変えれば確かに。
「そうかもしれない。……わからない。けど、とにかく解放してあげなきゃと」
「意外……ですわ。辛い目に遭ってらっしゃるのに、かの竜に対してそのような感情を抱くなど」
あっけにとられたローラに、俺は自分の考え自体が普通ではないのだと気付かされる。
「恨まなきゃ、おかしい?」
「いえ。そうではありませんが。その……、わかりますわ。グロリア・グレイが認めたのも、モニカが貴方に仕えるのも。私も……、初めてお会いしたというのに、どうしてかしら、貴方に物凄く惹かれてしまう」
言いながらローラは耳まで赤くして、目を潤ませている。
何がどうなっているのかちんぷんかんぷんの俺に、仕切り直すぞとばかりに咳払いするグロリア・グレイ。
「で、救ってどうしようというのだ。
「理想は――、世界が全て元通りになること。時間は不可逆だから限界はあるのかもしれないが、かの竜が二度と“表”へ侵攻しないよう万全な対策と共に封じ込めるか、息の根を止めるか。あらゆる手段を使って、今はヤツを止めることを最優先に」
「……そうなるであろうな。救うと言っても所詮は理想。こちらの思惑とかの竜の望みが合致するとは到底思えん」
「だけど、それができなきゃ、また同じことの繰り返しになる。今はとにかくヤツを弱らせることが先決。弱らせて、俺が身体に戻る隙ができれば」
「その……、一つ、いいかしら」
ローラがふと割って入った。
「かの竜は、あの巨体を“表”でどう維持しているのですか?」
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