暴走3





















「最悪よ」


 塔の展望台で、見知らぬ女がそう言った。金髪のうら若い女性で、淡いクリーム色を基調としたローブを纏っている。

 彼女はそこからすっかり壊されたレグルノーラの街並みを見下ろし、ため息を吐いた。

 隣に立つのはライル。やはり彼も、険しい顔をしている。


「暫定とはいえ、塔の魔女となったあなたがそんなことを言ってはいけない。ディアナ様はもう戻るおつもりはないのだから、このままあなたが次の正式な塔の魔女になる可能性だってあるというのに」


 心なしか、ライルの頬がこけているように見える。

 新しい塔の魔女は髪を掻き上げ、目を伏せた。


「突然すぎます。何の準備も予告もなく、ある日突然塔の魔女になれだなんて。ディアナ様の時もそうだったらしいけど、塔の魔女になるために訓練を積んだとはいえ、酷すぎるわ」


 声を尖らせる魔女。彼女は完全に困惑しているようだ。


「しかも、よ……。かの竜によって街は壊滅状態。干渉者協会は跡形もなく消されてしまったし、市民部隊だって半分以上やられてしまったそうじゃない。キャンプさえ、かの竜に襲われて、半数も生き残っていないと。……こんな状況で塔の魔女を名乗れだなんて、最悪も最悪だと思わない?」


「けれど塔は、レグルノーラ中に『ローラを新たな塔の魔女に任命した』と触れ回ってしまった。残念ながら決定は覆らないそうだから、従うしかないだろうな」


 ライルが言うと、ローラはぷくっと頬を膨らませた。


「……無責任ね。市民部隊の隊長のクセに」


「そりゃ、塔に対しては全く権限がないからね」


 ハハッと苦笑いするライルをチラリと見て、またローラはため息を吐く。


「まさか、塔がこれほどまでに閉鎖的だったなんて、思いもしなかったわ。ディアナ様はよく我慢しておられたってことよね。改革をしすぎて命を狙われたこともあったとは聞いたけど。今ならうなずける。塔の魔女なんてただのお飾りだわ。魔力が強くて塔に従順な魔女さえいればいいんだったら、私より適任な娘がいくらでも居るんじゃないかしら」


「まぁそう言うな。やっと憧れの“塔の魔女”になれたんだから」


 慰めとは言えないような言葉を吐くライルだったが、顔は全く笑っていなかった。周囲を伺って、展望台から誰も居なくなるのをじっと待っているようにも見えた。

 レグルノーラの中心部に立つ白いこの塔だけは、ドレグ・ルゴラの攻撃にも屈しなかった。魔法の力で何重にも守られた塔は、この世界の象徴なのだ。その塔の最上階に住むのが塔の魔女。世界を全部見渡して、民を守り続けるのが役目。けれどその立場にあったディアナは、責任感の強さからレグルノーラを離れてしまった。俺の力を解放し、金色竜の卵を与えてしまったことを、後悔しているようだった。

 展望台に残っていた最後の数人がエレベーターへと消え、周囲に誰も居なくなったところで、ライルが漸く本題を切り出す。


「塔の魔女になったんなら、聞いているはずだ。消えた救世主の話を」


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