敗北2
俺はハッとして息を飲む。
湖面に倒れたままの金色竜が、首を上げてこちらを見ている。
『ドレグ・ルゴラが何を見せているのか、私には見えない。が、それはきっと真実じゃない。君は意識をしっかり持たなければならない』
気付けば俺は汗だくだった。手のひらも、足の裏も、嫌な汗でぐっしょり濡れている。引っ付いて離れようとしないキースだけが原因じゃない。この場の醸し出す妙な雰囲気と、湖を抜けるとき大量に体内に取り込んでしまった黒い水、そして中途半端に放り投げて来てしまったことに対する罪悪感が全部混ざって俺を不安にさせるのだ。
息が上がる。戦った直後でもないのに。
視界が霞む。いつの間にか身体が震えて、目には涙を浮かべていた。
テラの言うように、意識をしっかり保たなければ。ドレグ・ルゴラは今にもキースの身体を捨て、俺の身体に入り込もうとする。それだけは避けなければ。俺は俺として、どうにかこうにかこの逆境からドレグ・ルゴラを倒さなければならないのに。
『凌から離れろ。卑劣な竜め……』
重い身体を持ち上げながら、湖上からテラは力を振り絞って叫んだ。
どうやら竜同士では言葉が聞こえるらしい。キースはあからさまにご機嫌を斜めにしてチッと大きく舌を打った。
「私としたことが。うっかり、邪魔者が未だ生きていたのを忘れていた」
言った直後、キースの右腕がふいに俺の身体から離れてたのに気が付く。
白く巨大なものがスルリと自分の横を通り過ぎた。
何だ。
確認するよりも先に、テラの悲痛なわめき声が響いた。グシャッと何かが潰れる音――。
ダメだ。
そんなこと。
頭の中が空っぽになる。
『凌、私のことは……。気を、しっかり』
待って。
どうして身体が動かない。
どうして湖面に赤が広がる。
巨大な白い手の中で握りつぶされる金色竜。羽が折れ、手足が妙な方向に曲がっている。
『君が、世界を』
白い竜の手がゆっくりと開いた。
身体を潰された小さな竜が、真っ赤に染まっているのが見えた。
声をかける余裕もない。
白い竜はもう一度手を握る。そうして、手の中の金色竜を思いっ切り――。
「あ……、あぁ……っ」
息が、息ができない。
何だこれ。
シバが魔物になったときより、美桜が白い竜になってしまったときより、強い衝撃を受けている。
視界がぼやけるとか霞むとか。
そういう次元では全然なくて。
自分の存在が消えるとか消えないとか、この世界が壊れるとか壊れないとか。
何だろう。
ダメだ、ダメなんだ。
絶対になくなっちゃダメなもの、最後までずっと一緒だと思っていたものがなくなる時って、どうしてこんなにも心が、心が、心が。
多分俺は、相当酷い顔をしている。
俺が絶対になくしたくなかった最後の一つを簡単に奪ったかの竜を、心の底から憎んでいる。
制御?
自尊心?
何だそれ。馬鹿げてる。
どんなに頑張ったところで何も報われない。
救いたいと思っていたものが全部壊れていく。
こんな世界を救うだぁ? 冗談も大概にしろ。
せめてドレグ・ルゴラと相打ちすればなんて思ってたこともあったが、ざまぁない。相打ちどころか傷の一つも与えないうちに、かの竜は俺の最大の急所を突いた。
そう、テラだよ。
相棒として魔法の使い方もろくにできなかった頃から付き合ってくれた大切な竜。
戦い方、距離の取り方、力の使い方、何もかもテラが居たからこそ、どうにかなったのであって、俺一人じゃ何もできなかった。
伝説の竜だなんてわかっても、別に態度を極端に変えることもしなかったし、テラの考えはいつも一貫してた。だからこそ信頼したし、好きになった。
人相悪くて誰とも仲良くできずに居た俺に、テラはズケズケとモノを言った。ムカッとしたけれど、それはテラなりの愛情だったし、そういうの、ちゃんとわかったから俺もちゃんと話を聞いた。
隣に居ても、遠くに居ても、俺の中に入っていても、テラは距離をちゃんと取った。
俺が悲しんでいるときには黙っていてくれたし、辛いときには声をかけた。困っていたら的確にアドバイスくれたし、美桜とのことだって、ホントは言いたいことが沢山あっただろうに黙っててくれた。
失う?
こんなにも簡単に?
確かに戦闘は苦手だって。
一匹じゃ何もできない小さな竜だからって。
こんな……、こんなにも簡単に。
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