敗北3

 力の限り、叫んでいた。

 黒い湖の果てに届くほどデカイ声で、俺は叫びまくっていた。

 言葉にならない感情をただ吐き出したくて、そうしなければ自分というものがなくなってしまうんじゃないかと言うくらいデカイ声で叫び続けていた。


 押し殺していた力が徐々に暴走し、自分の声がデカくなるのと同じように身体の中から溢れていくのがわかった。自分の身体を中心にして激しく風がうねっている。

 力という力を出し切れば気が済むのじゃないかと、そう思っていたのかもしれない。

 キースは俺から離れて、遠くから俺を見ている。いつの間にか彼の姿は元に戻っていて、けれど右手には確かに血が付いていた。

 湖を覆っていた分厚い透明な板が割れて、ボゴボゴ音を立て沈んでいく。

 テラの亡骸が湖に落ち、黒い水に呑まれていくのを視界のどこかでぼんやり捉える。



 力があろうがなかろうが、結末は同じなのだとしたら。

 俺は何のために力を得たのだ。



 失うために何かを得ていたのだと。

 出会いと別れは対なのだから、それが単に今訪れただけなのだと。



 そういうことならば、俺は力なんて欲しくなかった。



 美桜があの日教室で『見つけた』だなんて言わなくても、多分きっとこうなっていた。

 どういうわけか干渉能力を持って生まれた俺が誤って用水路に落ちたあの日から、きっと全ては決まっていた。

 いや。もしかしたらもっと前。

 ドレグ・ルゴラは俺の中の何かを察知して、最初からこうする予定で。





















 ――そこから直ぐに意識が飛んだ。





















 つまり俺は、負けたのだ。

 ガチな魔法戦でもなく、血で血を洗う肉弾戦でもない。


 心理戦に負けた。



 負けて、自分の身体を明け渡した。





















「ク……、クククッ。フハッハハハハハハ……ッ」


 俺の身体が肩を震わせ笑っている。


「遂に――、遂に手に入れた。最強の人間の身体を。私を倒そうとやって来た救世主の身体を、私は遂に手に入れた」


 俺の中に入り込んだドレグ・ルゴラが俺の声で叫んでいる。

 黒い湖を眼下に、俺は人間の姿のままで宙に浮いていた。キースは消え、代わりに、俺の中におぞましいものが入り込んだ。

 テラに身体を乗っ取られていたときとは全然違う。対等な同化ではないというのが直ぐにわかった。


「あの下劣な金色竜と違って、ある程度のうつわがないと、私の場合受け入れてもらえないのでね。流石救世主と呼ばれるだけのことはある。こんなにもすんなりと私の身体が入り込めた。上手いこと湖の水を大量に取り込んでくれたこともあってか、私の身体は君の身体によく馴染む」


 ヤツは俺の身体のあちこちをまじまじと見つめ、満足げに口角を上げた。

 やはり湖の水には何かあったらしい。もしかしたら、やたらと変な映像が見えたのもそのせいなのだろうか。


「潜在能力はキースよりも格段に高い。が、操りきれていないのは実に惜しかった。しかし、私ならば存分に発揮させることができる。全てを破壊する力に変えて」


 ドレグ・ルゴラはそう言って、俺の顔でにんまりと笑った。

 腕を鳴らし、


「さて」


 と前置きすると、ドレグ・ルゴラはグルッと周囲を見渡した。

 黒い水平線がどこまでも続く閉鎖空間。レグルノーラの大地の端っこが遠くに見えている。

 ドレグ・ルゴラは一旦目をつむり、それからパッと目を開いた。

 同時に俺の衣装が真っ黒に変わっていることに気付く。市民服基調の戦闘服が消え、上から下まで真っ黒い軍服のような格好に。このむさ苦しいほど蒸した空気を無視して、黒いブーツに黒革の手袋まで付けている。


「正義感の強そうな服は嫌いだ。やはり私はこうでなくては」


 かの竜は満足げに頷いて、それから一つ、足元に魔法陣を描きだした。


――“レグルノーラの中心部へ”


 魔法陣が光り、身体を照らす。


「人間どもがどんな反応するのか、実に楽しみだ」


 ドレグ・ルゴラは俺の声でそう言って、不敵に笑った。

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