最後の4
「ところで、これ何の魔法? ちょっと大きすぎて字が」
「――ああ、これはな」
ディアナはズンズンと進み、円陣の元いた場所まで俺を引っ張った。そして足元の文字を指さし、そこから時計回りに字を辿っていくよう目配せする。
「リアレイトとレグルノーラを一時的に繋ぐ人工的なゲートを作るための魔法陣だ。ここから直接竜石をリアレイトに送り込む。ケイトに持たせた小さな竜石だけでは、白い竜の力を吸い取ることすらままならなかったようだからね」
「けど、竜石を転送するだけならそこまでする必要は」
「もちろん、それだけではない。そこにも記してあるように、私も自分の竜と共に“表”へ向かう」
「――ハァ?」
「二つの世界は表と裏。どちらか一方で解決できりゃそれに越したことはないが、互いに影響し合うところが難点だ。リアレイトの危機はレグルノーラの危機。普段魔物の居ないリアレイトに出た魔物や竜を制しなければ、レグルノーラにだって影響が及ぶ。だから早急に事態を収拾させねばならない。そのために、私が一肌脱ぐというのだ」
ディアナの横顔は涼しかった。
そして、こんなあり得ないことが書かれた魔法陣に力を注ぐ能力者たちも、一様に迷いのない顔をしていた。
「頭……おかしくなった?」
俺が言うと、
「お前よりはマシだ」
とディアナは鼻で笑う。
「詰まるところ、私はお前に尻を叩かれたのだ。私はまだ自分を失うほど精一杯に生きていたわけではなかったと思い知らされ、ならばこの世界のために何ができるだろうと必死に考えた。私は自分の大切なモノは全て失ったと思い込んでいたが、まだまだ大切なモノが一つ残っていたことに気が付いてね。ならばいっそのこと、それすら失ってもという覚悟で挑んでみようかと思ったのさ。……笑うがいい。この年になって何が惜しかったのかと」
魔法陣に書き込まれた文字の一つ一つが光り始めた。
丁度塔の倉庫から、車の荷台に積まれた竜石が運び込まれてきた。屋根のない運転席に座った二人には見覚えがあり、俺は大きく手を振った。
「アッシュ! エルク!」
洞穴で共に竜石を採掘した二人がにこやかに手を上げている。
「また会ったな」
アッシュが髭面をくしゃっとさせて笑うと、エルクも満面の笑みで親指を立ててきた。
「ついこの間のことなのに、随分前のことみたいだ。会えて良かった」
宙に浮いた車の荷台には様々な色をした竜石が、これでもかと積まれている。曇天下でも光を集めキラキラと輝く様は、かなり幻想的だ。
能力者たちが道を空け、車を魔法陣の真ん中へと通す。一緒にディアナが前に進むと、美しい文様の光が彼女の赤い服に写し出された。指笛を吹き、竜を呼ぶ。バサリバサリと羽の音がしたかと思うと、竜はそっと地面に降り立ち、ディアナの側できゅっと羽を畳んだ。
「凌、お前も」
言われてハッとする。
そうだ、俺も“表”へ戻らなければならない。
車の運転席からアッシュとエルクが降りて、大急ぎで魔法陣の外へ走って行く。つまり、魔法陣の輝く中にあるものだけが転送される、そういう仕組み。
最後の文字が光ると、二重円も光を増した。光に包まれながら、ふと俺はディアナに聞いた。
「ところで、最後の一つって」
すると彼女は言いづらそうに一度深くため息を吐いた。
やはり聞くのかと口の中で蓄えたように唇をひん曲げ、それから意を決したようにぽつりと言った。
「“塔の魔女”だよ。私の大切なモノ。それは“塔の魔女”としての、私の立場だ」
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