119.標的
標的1
「それにしても、『かの竜を怒らせた』とは、一体どういう意味だ。救世主殿は殆ど現れたことのないかの竜と、何度も接触しているとでも?」
部室内のざわめきを断ち切るように、レオが低い声で言った。
表情を緩めていた芝山たちも、口元をきゅっと締めて椅子に座る。
疎らに置かれた椅子は、いつの間にか俺をグルッと囲むように円を描いて配置されていた。否応なしに視線が集まり、俺はブルッと背筋を震わしてしまった。
「何度、という程でも」
レオが何を考えてこの質問をぶつけてきたのか。俺は焦りで手のひらに妙な汗を掻いているのに気付く。
答えに失敗すれば、美桜のことが皆に知れ渡ってしまう。それだけは避けなければ。
ジークも同じことを考えているのか、難しそうな顔をしてこっちを睨んでいるように見える。
「『怒らせた』というからには、それ相応のことをしたのだろう。そのとき、かの竜は人型であったのか、竜の姿であったのか。人型であったのであれば、どのような人物であったのか。竜であれば一体いつ接触する機会があったというのか。これは大事なことなので、じっくりとお話を伺いたい」
刺さるようなレオの視線に、俺は顔を背けたくて仕方がなかった。
さて……。どうするか。
『私の出番のようだな』
テラの声。
『君ではボロが出る。美桜のことは口にせず、筋が通るように話せば良いのだろう』
ま、そうだけど。
『では、いつものように』
フッと意識が遠のいたかと思うと、俺は自分の身体を操ることができなくなっていた。テラが身体を乗っ取り、俺の意識は脳内を漂う。
視線をレオに定めて、テラは俺の顔でニッと笑った。
「かの竜は、己の意思に反して動く者全てを疎ましく思うのだ」
急に俺の口調が変わったことに気が付いたのか、裏の干渉者たちは一斉に目を見開いた。
「自分の思い通りにならないと思えば、それを全て排除しようとする。力でねじ伏せ従えてきたかの竜は、正論を嫌う。だから標的にされた」
「誰だ!」
赤毛のジョーがマントの下から短剣を抜く。その刃先がキラッと光り俺に向けられるが、俺の身体は抵抗するどころか、腕をこまねいて足組をし、余裕の態度を見せた。
「テラに変わった」
とノエル。
「テラ?」
ジョーがノエルに反応する。
「リョウの中に入り込んでる金色竜だよ。偶にこうやってリョウの身体を乗っ取って表に出てくる。本人曰く三百年前にかの竜を封印した伝説の竜らしいけど、とにかく態度がデカくて」
「金色竜? まさか」
「信じられぬようであれば竜化してみせるが?」
売り言葉に買い言葉で、テラは余計なことを言う。裏の干渉者たちを見下すような視線を送ると、彼らは彼らで何か感じ取ったらしい。レオとルークがジョーを制し、ジョーは渋々と剣を戻して椅子に座り直った。
「かの竜と凌が接触したのはキャンプが最初だと聞いている」
テラは早速嘘を吐いた。
「私が駆けつけたときにはもう、かの竜は手の付けられない状態になっていた。かの竜が人間の姿でキャンプに潜り込んでいたことを凌が突き止めたからだ。何の目的があってそんなことをしていたのか、結局はわからなかったが、計画を頓挫させられ、かの竜は酷く怒り狂った。だからキャンプを焼いた。かの竜の怒りを買ったとはつまり、そういうことだ」
「――それってつまり、もしかしてボクの一言が原因……?」
芝山が弱々しい声で口を挟む。
「キャンプに寄ったときに、世話になっていた干渉者が来澄らしき人物を探していたんで、ボクはそのことを来澄に伝えたんだ。後になってから、それがかの竜だったと来澄に知らされた。けど……おかしいな。確か彼は、十年ほど前に出会った干渉者なんだけどって」
「凌は自分の名前を出されたことを不審に思ったのだろう。そして、かの竜の化身に辿り着いた。かの竜に何を言われたのか、記憶を閉ざしてしまって全く教えてはくれないが、責任感の強い凌にとって、このことを話すのは辛かったのだろう。だから私が敢えて前に出た。凌は仲間のせいにはしたくないという気持ちが強すぎて、真実を話せばシバが傷つくと思っていたようだからな」
ギロリと向けられた俺の目に萎縮して、芝山は手で口を覆い視線を逸らしている。
そういえばそんなこと。芝山は小さく言って、そのまま何も言わなくなった。
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