リアレイトの宵の空4

「“様”って付けられちゃうと、なんか変な気持ちになるのよね。モニカは私より年上なんだし、“美桜”で良いわよ。凌のことだって、“救世主様”だなんて可笑しいわ。呼び捨てにすれば良いのに」


「そ……、そういうわけにはいきません! 私は救世主様にお仕えしているのですから、呼び捨てなんてそんな! それに、救世主様を呼び捨てるなんて恐れ多いことです!」


「モニカは堅いから。適当さが足りないんだよ」


 ノエルがパンを口に頬張りながら言う。


「こんなポンコツ救世主、呼び捨てで十分。いや、呼び捨てになっただけマシだろ?」


「そうだな。ノエルはオレのこと、ずっと“悪人面”って呼んでたからな。成長した」


 ブッと、コンビニのパスタを頬張っていた美桜が小さく吹き出した。口元を慌ててウェットティッシュで拭い、


「何それ。あ……、“悪人面”?」


 余程ツボに入ったのか、ゲラゲラと笑い出す。


「わかる、わかるけど。よく我慢したわね」


「正直な分、可愛いもんだと思ってさ。ノエルが」


「ちょ……、ちょっと待てよ! 心の中では馬鹿にしてたのかよ! 最低だな!」


 何故かしらノエルは顔を真っ赤にしている。


「馬鹿にしてはいないけどさ。好きにさせれば良いじゃんって思ってさ。美桜も、いちいち神経尖らせないで、適当にしておいたら良いんだよ。それぞれがそれぞれの気持ちをもって相手を呼ぶんだから」


 言いながら俺は、久々のコンビニおにぎりを手に取った。紀州梅。酸っぱい味はレグルノーラにはなかったから、食べる前から唾が出る。


「何か、大人になったよね、凌」


 美桜が隣でぽつりと言った。


「はぁ?」


「だからね、大人になった。色々と辛いことが沢山あったはずなのに、今の凌はそんなこと微塵も感じさせないような余裕がある。芝山君にしたって、須川さんにしたって、この短い間に急激に強くなった。勿論それは、そうならざるを得なかったからだってわかってるけど。ほんの数ヶ月の間に、人間って変われるのね。そう思うと、なんだか私だけ取り残されてるような気がして」


 長い長いため息。

 カレンダーを見れば、確かにほんの数ヶ月。

 けど、俺にとってはとてもとても長い日々。

 取り残されてる? 美桜が? 違う。美桜がそう思うのは、周囲が必死に追いつこうとしているからだ。早く追いつかなければと走り続けていたからだ。


「それは気のせいですよ、ミオ様」


 缶チューハイを煽りながら、モニカが微笑む。


「歩く速さはみんな違う。速い人、遅い人、いろんな人が居るのです。ただ、一緒に横を歩きたいから無理をしてるだけ。そうやって無理してでも一緒に歩いてくれる人が居るってことは、とても幸せなことだと思いますよ」


 ほんのり桃色に頬を染めたモニカは、俺たちよりずっとずっと大人だ。何の気なしに発した言葉が、時折グッと胸に刺さる。それは彼女自身が年齢以上に苦労を重ねていることを物語っていた。

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