リアレイトの宵の空2

「補助魔法? そんないい魔法を救世主様はご存じなのですか?」


 モニカが興味津々に俺を見てくる。


「いや、そんな。大した物じゃ」


 両手のひらをモニカに向けて、必死に首を横に振る。あまり突っ込まれたくはない。できれば、あんなしんどい補助魔法、本当にピンチの時しか使いたくないわけで。


『私も知らないが』


 唐突にテラが頭の中で言う。

 そりゃ、教えてないもん。ていうか、テラが居るところでは使ったこともないし。そういう状況にもなかった。


「多分、魔法力を分けてくれたのよね? 急に力が流れ込んできて、体力が回復したの。それにしてもかなりの魔法量で、あのあと凌はかなりグッタリしてたみたいだけど。あの魔法をみんなが使いこなせるようになったら、誰か一人の力を増強させて一気に片を付けるってことも出来そうじゃない?」


「面白そうですね。私も是非教えていただきたいと思います」


 モニカまで。


「いやぁ、どうだろう。リョウのは全部デタラメ魔法だからな。大体、レグル文字も刻めないんだぜ?」


 ノエルだけは俺のことを露骨に馬鹿にしてくる。しかも、あながち間違ってないじゃないから否定もできない。


「でも、アレは使えると思うわ。コントロールさえできればだけど。何だっけ、竜がどうの血がどうの」


「……“偉大なる竜よ、血を滾らせよ”」


「そう、それ!」


 ポンと手を打ち、美桜が声を高くした。


「どういう意味かわからなかったけど、とにかく凄かったのよ。竜の化身が魔法陣から這い出して私に飛び込んできて。魔法力を相手に分け与える魔法と解釈したのだけど、合ってるわよね?」


「た、多分……」


「多分って何よ」


「俺もあれ一回きりしか使ったことないし、あのときはそれしか方法が思い浮かばなかったからそうしたっていうか」


「でもあの魔法がなかったら、多分このマンション全部が穴だらけになってたわよ。本当に感謝してるんだから!」


 確かにあのときは、ヤバいどころの話じゃなかった。

 美桜がレグルノーラ飛びすぎたせいで“ゲート”になってしまった彼女の部屋に、巨大な穴が空いていた。骸骨兵は次から次へと這い出してくるし、広がりすぎた穴を閉じる魔法をかけつつも、ヤツらと戦わなければならなかった。時空の狭間と繋がったあの大穴を塞ぐために、俺は最後の切り札を使ったつもりだった。効果も知らない、あの魔法。けど、思いのほか有用で、俺たちは何とか穴を塞いだのだ。


「変な魔法だな」


 ノエルが鼻を鳴らして吐き出すように言った。


「普通は大地や光、風や炎に感謝をしつつ力をくれるようお願いするだろ。何で竜? 確かに竜も野生種が居るし、レグルノーラを構成する一要素ではあるけどさ」


「何でって言われても。俺にはさっぱり……」


「ま……、デタラメ魔法でも役に立つときはあると。古代魔法と違って、今は定型文なんてないわけだから、そこはまぁ、上手く発動すればヨシってヤツか」


「まぁ、そういうことで」


「歯切れ悪いな」


 この件に関してはあまり突っ込まれたくはないのだが。なにせ本当に、発動するまでどんな効果があるのかハッキリ知らなかったのだ。力を貸す為の魔法だということ以外は。


『きな臭い』


 テラまで。

 どこがきな臭いんだよ。


『君らしくない魔法だ。君が刻む言葉は直接的で、単純だったはずだが』


 そりゃそうだけど。教えて貰った言葉をそのまま使ってるんだから仕方ない。


『誰に』


 “向こう”の干渉者に。


『干渉者? ジークの他に君が頼れる干渉者でも?』


 それはまぁ、人付き合い悪いからね。

 ――と、あれ。気が付くと、モニカもノエルも制服姿から普段着に替わっていた。どうやら美桜が、見るに見かねて魔法を使ったらしい。


「うん。やっぱりこの方が合ってる」


 丈の長いカーディガンの襟をピンと引っ張りながら、ノエルは安心したように息を吐いた。

 モニカも砂漠向きの衣装に戻り、長い足と引き締まった腹を覗かせている。


「ありがとうございます、美桜様。戦闘用の魔法はなんとかなりそうですが、やはり魔法の効きにくいリアレイトでは、干渉力が強くないとイメージの具現化は難しいですね」


 高校の制服もまぁ似合っていたことは似合っていたのだが、やはりノエルと同じく、自分で選んだ服の方がしっくりくるようだ。


「買い出し行かなくちゃ。何が必要かわからないから、付いて来て欲しいんだけど、大丈夫?」


 美桜の言葉に俺たちは耳を疑い、互いに顔を見合わせた。


「買い物?」


「お店に行くのですか?」


「え? コイツらも連れて?」


 ほぼ同時に声を上げると、美桜が怪訝そうな顔で、


「要るでしょ? 下着とか。洗面具とか。食べ物もそうだし。荷物も持って貰わなくちゃいけないし。全部我慢してお家でお留守番してる? それとも、足りないものは魔力無尽蔵な凌がどんどん魔法で具現化するから良いです~ってヤツかしら? それで間に合うの?」


「間に合いませんね」


 とモニカ。


「特に下着に関しては、救世主様に具現化して貰うって、とても抵抗がありますし。サイズも大切ですからね。暗くなってきましたけど、今からでもお店、大丈夫なのですか?」


「大丈夫よ。ちょっとズルして、魔法で近くまで飛んじゃえば余裕でしょ?」


 美桜はさも当たり前のようにイタズラっぽくウインクした。





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