狂っていく3

『替わるか?』


 とテラ。

 いや、もう少し。かの竜が何を企んでいるのか見極めたい。


『そうか。無理はするな』


 わかってる。

 座ってみたのは良いものの、震えは全く止まる気配がない。普段とは違う俺に、モニカもノエルも異常を感じているようで、俺の近くに腰掛けて、やたらと視線を送ってくる。


「それにしても、まさか“表”に戻って来てくれるとは思わなかった。あ、みんな座って。冷たいものでも飲んで落ち着こう」


 陣が言いながら適当に席を決め、皆を座らせていく。よりによって芝山は俺の真正面。窓からの逆光で顔は見えにくいが、目を向けることができない。

 缶ジュースの形状を初めて見たモニカとノエルが、これはどうするんでしょうと助けを求めてくるが、俺はそれに答えられる精神状態になかった。代わりに手を差し伸べたのは須川で、彼らが“表”の人間でないのを知ってか知らずか、はいどうぞと一つずつ開けては差し出していた。


「凌のも開けるね」


 須川がテーブルの向こうから身を乗り出して空けてくれる。


「ありがとう」


 社交辞令程度に返すために顔を上げると、嫌が応にも芝山の姿が目に入り、俺は慌てて目を逸らした。


「冷たい!」


「ふぅ~、これは美味しい。さっぱりしますね」


「やっぱり夏はサイダーに限るな」


 皆が口々に言うのが、妙に気に障る。


「凌、飲まないの? 炭酸抜けちゃうわよ」


 気を遣って美桜が言うのさえ、素直に受け取れない。


 逃げたい。

 逃げ出したい。


 殺したはずの芝山が目の前に居る。

 それだけで心が壊れそうなのに、これから何が待ち受けているか考えると。


「ところでさ」


 声を上げたのはノエルだった。


「かの竜の使いが“表”にいるってのは、かなりヤバいんじゃないのか。“向こう”ですら不吉な存在なのに」


 噴水からリザードマンが現れ、古賀明に変化へんげして去って行ったことが余程衝撃的だったのだろう。ノエルの声は暗かった。


「ヤバいどころの話じゃない」


 答える陣の声もまた、暗かった。


「二つの世界を繋ぐ“ゲート”付近での異常はかなりのものだ。“裏”からも何人か応援を貰ってるけど、思うように封印できない。一度開いてしまった“穴”を閉じるのは一苦労だ。最初から開かないようにするのがベストなんだろうけど、そうも上手くいかないのが現実というもの。皆頑張ってくれてるけど、生身の人間だし、どうしても限界は出てくる。同時に二つ以上の“ゲート”が広がりだしたら、それだけでもう、どうにもできなくなってしまう。竜の力を得た凌ならば、僕たちとは違ってすんなり穴を封じられるかもしれない。相変わらず同化したままなんだろう?」


 視線を感じて陣を見る。


「あ、ああ」


 うなずいてみせるが、本当はグロリア・グレイに無理やり剥がされたことによって、分離が以前より楽になっているということを、ここでは黙っていた方が良さそうだ。


「今ここにみんないるってことは、“ゲート”は大丈夫ってこと?」とノエル。


「そういうこと。探知機があるわけじゃないけど、感覚で。ただ、四六時中監視しているわけにもいかないから、そこが難しいところ。夜間早朝は“裏”の人間にお願いするようにしてるけど、この異常な“穴”の広がりが、学校以外の他の“ゲート”でも起きるようになったら、どうにもできなくなってしまう。応急処置しかできてないからこそ、不安で不安で仕方ないわけだ」


「今のところ、リザードマンは古賀先生だけに見えるけど」


 と、話し始めたのは芝山だった。


「もしかしたらもっと多くのリザードマンが“こっち”に来ているかもしれない。穴だって、ボクらの知らないところでたくさん開いているかもしれない。そう考えると、休んでなんか居られないだろ。どうにかして、かの竜の目的とやらを探らなければいけない。そのためにも、いち早く砂漠の果てまで向かわなきゃならないんだ」


 ――砂漠。

 落ち着きかけていた胸がまた高鳴ってくる。

 砂漠。帆船。おさ

 剣を振るう俺、魔法を発動させる俺。

 弾ける魔物。飛び散る肉塊。


『ダメだ、考えるな凌』


 テラの警告。

 わかってる。わかってるけど、自然と頭の中に光景が。


「砂漠には……行くな」


 自分の意思とは関係なしに、俺はそう言っていた。


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