狂っていく4

「行くな? 何を言ってるんだ来澄」


 芝山が反論する。


「そういえば前にも言ってたな。砂漠の果てに行くのは諦めろ、だっけ? ボクは寧ろ、砂漠の果てにこそ真実が眠っていると思っている。いくら君が救世主の肩書きを手に入れたとしても、そこは譲れない。這ってでも砂漠の果てに行くつもりだ」


「ダメだ。絶対に……、行くべきじゃない」


「しつこいな。君は何の権限があってボクに指図するんだ。帆船を動かしているのはボクだ。ボクがボクの意思で砂漠の果てに向かう。それだけのことだろう?」


『凌、これ以上シバと話をしても無駄だ。運命は変えられない。それより、“ここ”は何かがおかしい』


 おかしい?

 俺がおかしいのか?

 これから芝山が死ぬかもしれないと思うと、何も考えられなくなる。

 誰かが芝山を殺すのか? 殺すとしたらやっぱり俺なのか?

 それとも自殺? 事故?

 例外なく“向こう”で死んだら“こっち”でも死ぬ。

 時間は不可逆だ。

 元には戻らない。

 芝山は死ぬ。運命は変えられない。止めちゃダメなのか? 何をしても変わらないのか?


『考えるな、凌! 君は病んでる。後戻りができないなら、前に進むしかないと、自分でもわかっていたんじゃなかったのか?』


 後戻りはできない。後悔はする。

 後悔して後悔して後悔して自分を責めて責めて責めて責めまくる。

 俺は親友の命一つ救えないクズ野郎だ。クズで生きる価値も存在すらも否定された単なる繰り人形。

 世界を救う? 一人の命すら救えないのに? それどころか自分の手で奪ったというのに?

 最低最悪、不要な存在だ。

 肩書きだけは立派なものを付けられたが、中身は相変わらずのヘタレだ。

 自分の意思で決めただなんて言っておきながら、本当は周囲に左右されてばかりで、どうにかこうにか逃げる手立てがないかずっと考えている。

 芝山のことだってそうだ。

 逃げたい。信じたくない。全部嘘だったなら。当然のように考える。

 ドレグ・ルゴラは俺を恨んだ。

 恨んで恨んで恨みまくって、俺が一番苦しむところにどんどん引っ張っていく。

 ダメだ。

 溢れていく感情を止めておくことができない。


「力尽くでも……引き留めるべきだった。できなかった俺が一番悪い」


 自分の力が実体化して広がっていくのがわかる。それが何色の光を帯びているのか、自分自身ではわからないが、恐らくあまり良くない色。美桜や陣に言わせりゃ、嫌な臭い、妙な気配。

 必死に気持ちを抑えつつ、ゆっくりと顔を上げて芝山を見る。

 焦点を合わせると、俺の表情に驚く芝山のうろたえた顔が目に入った。仲間を見ている顔じゃない。自分に敵意を向けたものから逃げようとしている顔。


「おい……、来澄。どうしたんだ」


 芝山の頬が引きつっている。


『凌、いい加減にしろ、落ち着くんだ』


 テラも言うが、意味がわからない。

 落ち着く? 俺にどうやって落ち着けと?


「どうしたの? 凌。まずコレでも飲んで……」


 開けっぱなしだったサイダー缶を美桜がそっと寄越してくる。短く息を吐き、缶を奪うようにして手に取った。

 落ち着く? 飲めば落ち着くのか?

 煽るように一気に喉に流し込む。冷たい。この熱した身体を全部冷やしてくれれば。思いながら最後まで飲む。

 バンと空になった缶をテーブルに置き、腕で口元を拭った。

 落ち着く? 落ち着いた?

 冷たいものを飲めば落ち着けるのか?

 落ち着いて冷静に、自分が殺した相手を見られるのか?

 芝山を見る。

 芝山が目を見張る。


「砂漠には行くなよ」


 興奮している。

 俺は確実に興奮して、芝山に凄んでいる。

 芝山はガタンと椅子を倒して立ち上がり、窓際まで後退っていく。


「な……んだよ、来澄。その目は。なんでボクをそんな目で見る」


 そんな目? どんな目?

 わからない。

 俺はただ、芝山を救いたくて。

 立ち上がり、長テーブルを迂回する。その合間に美桜やノエル、モニカが道を塞いだり邪魔したりするが、俺は全部はね除けていた。

 ただ、芝山だけを見ていた。

 どうすれば良いのか全然わからない。

 あのとき俺はシバを殺した。芝山も、俺の手で殺さなければならないのだろうか。


『やめろ凌。呑まれるな。……この大馬鹿野郎が! 身体を、貸せ……!』


 身体の中でテラがもがいている。俺がテラを受け付けようとしないからだ。

 誰かに殺されるくらいなら、俺が殺す。

 あのときはそう思った。

 今は?

 わからない。

 自分でも何がしたいのか、何が大切で、何を失っちゃいけなくて、今後どうすればいいのか。

 芝山を見ているうちに、どんどんわからなくなる。

 全てをはね除けて芝山の真ん前に来たとき、俺の頭の中は真っ白になっていた。キノコ眼鏡が俺のことを怯えた顔で見つめている。それが何を意味するのかさえ、全くわからなかった。


「凌! 止めろ!」


 右方向から声がする。陣だ。


「“ここ”に来てから君はおかしい。何があった。正気に戻れ!」


 どんな顔をしていたのか。

 どんな気配を発していたのか。

 陣は珍しく、飛び道具を構えていた。銃だ。小型の銃を構え、俺に銃口を向けている。


「いい加減にしろ、凌。シバに何をするつもりだ。君は狂っているのか? このままでは僕は、君を撃たなければならなくなる」

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