異界からの救世主3
……パチパチと離れた場所で誰かが拍手した。
俺たち三人はハッとして構え、音の方に身体を向ける。
「誰だ」
言うと拍手はピタッと止まり、
「いやぁ、凄いね。流石は塔の魔女の候補生。そういうことまでできちゃうんだね」
聞き覚えのある声がした。
「ジーク……、いや、陣郁馬の方か」
俺が剣を下ろすと、ノエルとモニカも警戒を止める。
「ジーク? 干渉者の?」
とモニカ。
「え? でもあのときとは違……」
ノエルも困惑気味だ。
葉が生い茂る桜の木下を通って現れた制服姿の男に俺は見覚えがあったが、モニカとノエルは初対面。俺が親しげに話しているのを見ても、単に“表”での知り合いが現れたのだろうかくらいにしか思えないようだ。
陣は片手をあげて挨拶し、俺たちの側まで来ると、
「今の時間は偶々人が居なかったから良かったけど、そろそろ学校が始まるとあって、あっちこっちで生徒の姿を見かけるんだ。この中庭だって、園芸部の女の子たちが朝から世話をしていた。来るタイミングを失敗してたら、注目の的になるところだったよ」
大げさにリアクションしながら話す様は、ジークの姿をしているときと同じだ。“こっち”じゃイケメン高校生の姿をしてるけど、実際は俺たちより十は上のいい大人なのだ。冗談交じりにもしっかり警告してくれるのはありがたい。
陣の顔を見てすっかり安心した俺は、ようやく手の中から武器を消した。
「待たせたな。当初の予定とは違ってしまったけど、約束通り何とか“こっち”に戻って来た。“異界からの救世主”として」
そう言って手を差し出すと、陣は何かを含んだような変な笑い方をして、
「待ってたよ、凌」
と手をしっかり握り返した。
「相当待った。長かった。本当は大した時間は経過していないはずなのに、相当待った様な気がするだけかもしれない。色々ありすぎて、立ち話じゃとても済まない。君を待っていたのは僕だけじゃない。美桜もシバも怜依奈も待ってた」
“シバ”の名前を聞いた瞬間、俺の心臓は激しく鼓動した。
唾を飲み込み、陣の顔から目を逸らすが、陣はそんな俺の様子に気付いていないのか、更に話を続ける。
「君という存在がどんなに大きかったか、今更のようにひしひしと感じた。どうにもできない相手というモノが存在して、僕たちが如何に小さいかをただ見せつけられるだけの日々だった。この間も話した通り、古賀先生はあの後何食わぬ顔で戻って来て、今も学校に居る。今日はテニス部の練習があるとかで来るのはわかってたんだ。けど、僕らには何もできないし、何も進展していない。君が来ればまた違った展開になっていくのではと思ってみていたけれど、やはり手出しをするのは難しそうだ。あ……、そうだな、詳しい話は部室でしよう。その前に、君とその二人の格好をどうにかしなければならないけどね」
陣はなかなか、手を離そうとしなかった。
相づちを打ちつつ、彼の言葉に応えようと口をもごもごさせても、彼は自分のペースでただひたすらに喋りまくった。
ようやく最後の言葉に辿り着いたとき、うんうんと深くうなずいた俺にようやく気付いたように見えた。
「この格好じゃ校内は動けないもんな。制服に着替えるよ」
俺はそう言って目をつむり、自分の制服姿を思い浮かべた。
目を開けて、自分の服装が替わっていることを確認する。ここしばらくレグルノーラっぽい格好ばかりだったから、高校の制服は何だか妙に新鮮だ。
額の石だけはどうしたら良いものか苦慮するが、とりあえず前髪で隠しておけば問題ないだろう。
「凄いなリョウ。戦闘は微妙だけど、こういうのは感心する」
と言ったのはノエルだった。
彼の前でも結構物を出したり引っ込めたりしている自覚はあったのだが、改めて言われると変な気持ちになる。
「着慣れた格好だから、パッとできたんだよ。で……、ノエルとモニカもどうにかしなきゃ連れて歩けないよな」
金髪白人顔のノエルと、黒髪ではあるが白人顔で年上のモニカでは、単に制服を着せただけではカモフラージュが難しい。
どうするよと陣に目配せすると、
「学内にもハーフの子や留学生は居るし、気にすることはない。とりあえず制服だけ用意してやれば何とかなるんじゃないかな」
ポジティブ過ぎる答えが返ってきて、俺は面食らった。
「そ、そういうもん?」
「そういうもん。君はいちいち見てくれに囚われすぎているんだよ。だから自分のことを不細工だとか根暗だとか、そういう風に定義づけてしまう。良くないと思うよ」
不細工という言葉を久々に聞いてカチンときた。
「悪かったな、不細工で」
口を尖らせ反論すると、
「救世主様は不細工ではありませんよ。素敵です」
モニカがすかさずフォローしてきて、それはそれで微妙な気持ちになる。
「とにかくさ、誰かが来る前にさっさとやらないといけないんじゃないの? ここで立ち話してるわけにはいかないんだろ?」
一番冷静なのは一番年下のノエル。
俺と陣ははいはいと適当にうなずき合い、俺がノエルの、陣がモニカの服を変化させることにした。
「自分はともかく、人の格好まで変えられる?」
首を傾げながら見上げてくるノエルを、
「まぁちょっと待ってろ」
と諭し、目を閉じた。
ノエルと自分の前に人差し指を立てて集中、ノエルの格好に高校の制服を重ねた姿を想像する。こういうイメージ像を頭に描くのも、以前はかなり苦手だったが、慣れてきたせいか随分スムーズにできるようになってきた。
人差し指の先一点に集中し、描いた像をノエルに飛ばす。
「へっ?」
ノエルがひっくり返ったような声を出したところで目を開けると、翠清高校の制服に身を包んだ小さな金髪男がわたわたと格好を確認しているのが見えた。
「ちょっと大きかったかな」
サイズがハッキリしなかったからなるべく小さいのをと思ったつもりだったが、心なしか制服がノエルを着て歩いているような状態になってしまった。足元のスニーカーも、サイズがあっているのか怪しい。“こっち”で言えばまだ中学生程度、しかも成長期はこれからですというくらい小さなノエルには、高校の制服はあまり似合っていなかった。
モニカはと言うと、おっと、意外に似合っている。……が、大きすぎるせいもあって、可愛い女子高生ではなく、女子高生のコスプレをしている外人のお姉さんにしか見えないところがなんともシュールだった。
「素敵です……! “表”の格好は刺激的で憧れます!」
どういうわけだかモニカは大喜びで、これのどこが良いのとブー垂れるノエルとは正反対の反応。これは術者の問題かもしれないが、そこはどうしようもないので諦めて貰うしかあるまい。
「ま、これでどうにか学校には入れそうだし、じゃ、行こうか」
陣はそう言って、俺たちに付いてくるよう合図した。
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