【24】時空の狭間へ
106.終わりの始まり
終わりの始まり1
グロリア・グレイは洞穴から出ることはなかった。
テラの言うように、節操ない色魔だからかけられた呪いなのか、何か別の理由があるのか知らないが、彼女は永遠に洞穴から出ることを許されぬ存在らしい。虹色にほのかに光る竜石の宮殿で、彼女はまた孤独と生きる。
これを哀れだとか惨めだとか、そういうくくりで捉えるのはあまりにも軽率だ。
彼女には竜の卵と石を守るという使命が課せられていて、彼女自身、それを誇りに思っている。外界との交流を極端に遮断されるのと引き替えに、彼女はこの世界で必要とされるパーツの一部となった。全てを失って塔の魔女となったディアナとどこか被って、俺は彼女のことを少し愛おしいと感じてしまっていた。
「身体に異常はないか」
洞穴の出口に向かう道で、テラはボソッと呟いた。
「なんだよそれ」
台車を押すアッシュとエルクを先頭にモニカとノエルが後尾を守る形で、俺たちは歩いていた。
大きな声を出すと洞穴中に響き渡る。なるべく前後のヤツらに聞こえないよう、俺もボソッと呟き返した。
「グレイがただ色欲のためだけに君と接吻を交わしたのだとは思えない。狡猾だからな。何かあれば直ぐに教えるんだ」
「わかってるよ」
あまりにもキスが上手すぎて、あのままだと本当にヤバかった。身体がとろけそうだというのはああいうことを言うのだろう。頭がボーッとして身体中の血液が沸騰しそうだった。力を注いだという最初のキスも、さっきの唐突なキスも、俺にとっては刺激的過ぎたのだ。
洞穴の入り口に近づくにつれ、徐々に周囲が明るくなっていった。
どうやら今は昼間らしい。外は白く、近くにある木々のシルエットがぼんやりと浮かび上がっていた。
白い光の中にアッシュとエルクが消え、俺とテラもそれに続く。
分厚い雲で覆われている世界さえ、洞穴の中よりはずっと眩しい。何度も目をしばたたかせ、目を慣らしていく。
木々の奥の林道に、竜石の積まれた車両が見えた。アッシュたちが最後の竜石を荷台に積んでいる。何往復となく向かい、次第に山になっていったのを思い出すと感慨深いものがある。積み終われば最後に幌をかける。この作業も何度となく繰り返した。
台車にモニカが魔法をかけてくれたお陰で、竜石を運ぶのにはさほど苦労しなかったのは幸いした。
工具の使いすぎで腕が痺れたり、肩が変に凝ったりもした。単純な作業の繰り返し。だが、やって良かったと思える成果がそこにあった。
積み込み作業を終えたアッシュたちが戻って来た。
出発前と同じ場所で、俺たちは互いの顔を見つめ合った。
「お疲れ様。竜石は責任持って、塔で保管しよう」
そう言ったのは、年長のアッシュだった。
「君たちのことは忘れない。竜石が必要になったらいつでも駆けつけるよ」
柔らかい表情でエルクが言った。
俺は深々と二人に向かって頭を下げた。
「ありがとう。正直、無茶なことをお願いしてしまったと思って、何度も後悔した。最後まで付き合ってくれて本当に嬉しかった」
「そういう礼は」
アッシュは俺の身体を無理やり起こし、
「かの竜を倒してから言ってくれ。まだ終わりじゃない。寧ろこれからが本番だ」
ありきたりの会話が胸に染みる。
「約束する。ここまで来たんだ。最後まで、やり遂げる」
そこまで言ったところで俺は、自分の頭上に魔法陣が現れたのに気が付いた。深い緑色の光が注いでくる。
――“救世主よ、我が召喚に応え給え”
久々の召喚魔法。
「ディアナ様だ」
特徴的な文様の魔法陣に、ノエルがいち早く反応した。
モニカも間違いないと首を縦に振っている。
俺はゆっくりと右手を掲げ、魔法陣に当てた。魔法陣の色が徐々に緑から黄色へと変わっていく。
「また、会おう」
俺は短くそう言って、アッシュとエルクに別れを告げた。
「待て凌。私も連れて行け」
テラが俺の左腕を掴む。
「ノエル、私たちも」
モニカが足元に移動魔法用の魔法陣を描いていく。
魔法陣の光に全身が包まれる。
視界が真っ白になる。
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